第47話 アブソリュート・ブレイズ:ストーンコールド
……。
砂金彩凛との出会いを覚えていない。
ブレイズママとパトラパパであるマイオスは幼馴染で、父親のいないブレイズはマイオスを父として育ち、彩凛は物心ついた時から一緒にいたので一緒にお風呂にも入ったことがあるし、彩凛がその美しさで目立つようになってからは特別な幼馴染である自分がほんの少しだけ誇らしかった。
要するに、親に出会った瞬間を覚えていないように、常に当たり前にいた。ブレイズママが亡くなってからはブレイズは砂金家に住んでいたし、将来は結婚もする予定だった。二人を別つものは死だけのはずだった。だったのに。
〇
「バルダァッ!」
「ボディィィィィ!!!」
石の男はまたしても受けて立った。マインクラフトじみた直線の大胸筋で受け止め、先程よりも強い光で輝いた。体内に取り込んだ金属成分が赤熱し、色彩に異常が生じていた。だがスティングは倒れない、逃げない、押し負けない。完全なる拮抗状態だった。
「チッ」
ブレイズはプロキシウム光線を解除した。このまま根競べをすれば消耗は激しく、強化形態には持続時間の限度がある。中にはジェイドのように十八時間の強化維持という次元の違うものもいるが、今のブレイズならば長くてせいぜい数分だろう。それでもフジの九十秒というシビアすぎる時間を鑑みれば楽観すぎるくらいだ。
「バル」
スティングの胸は赤熱し、光線を受けた地点から動いていない。そして足元の床はスティングの足から放射状に焦げていた。前進も出来ていないのだ。つまり、プロキシウム光線を……どうにかする! どうにかすれば勝てるはずだ。
〇
……。
猿渡耕平との出会いは、小学校の五年生の二学期だった。それまでシカリは学校にほとんど来ることがなく、家族とサヴァイブ生活をしていたので誰も彼と話さなかった。だが、小学五年生の二学期。耕平は怪獣の骨で作った鉱石ラジオを夏休みの自由研究の成果として持ってきた。ラジオという媒体に対して興味のある薪悟ではなかったが、死んだ怪獣の声を呼ぶような怪獣鉱石ラジオに関心を持って彩凛と一緒に耕平に話しかけ、仲良くなり、耕平は学校に来るようになった。翌年に耕平は六十メートルの怪獣の全身骨格で鉱石ラジオを作り、彩凛、引率者のマイオスと三人で見に行ったものだ。
だが、結果として薪悟は耕平の救いになっていなかっただろう。苦しんだブレイズが頑張るだけで救われる、というブレイズ信仰に陥っていたエコーはそれはそれで満たされていたかもしれないが、会話に消極的で、ブレイズを信仰せずただの友人と思っていた耕平は、次第にZ飯店がブレイズを信仰する組織に変わっていくことに嫌気がさしていた。そして、耕平と同じく会話に消極的な薪悟であったから、結局のところ薪悟と耕平の関係は怪獣鉱石ラジオを介して知り合った時から何も発展しないまま十年の時が過ぎていた。
海部愛波との出会いは覚えている。体は縦にも横にも規格外に大きかったのに、それをいじられることもなく、苛烈で明るい性格でクラスの中心人物だった。兄が多く、学校という社会での生き方や、兄が教えた新しゲームやマンガをクラスに導入したことも大きかったのだろう。そんな彼女が何故、自分たちのような大人しい人間に構ったのかわからない。もしかしたら、自分がアッシュに対して抱く対抗心に秘かにシンパシーを感じていたのかもしれない。あの頃、愛波もアッシュを倒してクラス最強になることを目指していた。
そういった人間がZ飯店を作った。物理的に近過ぎていたパトラ以外は、本当にブレイズに何かを見出していたのかもしれない。だが今はいない。
〇
そして今。親や兄弟よりも長く過ごした恋人を失い、自分が学校に通えなくなっても支えてくれた仲間は仲間ではなく信仰者になってしまったり、或るいはブレイズではなくZ飯店という組織の変化に嫌気がさして去った。
今のブレイズは一人だった。常に周囲の人間に恵まれていたブレイズは孤独だった。情報を整理すれば今こそが人生のどん底で荒廃しているはずなのに、心は殺伐としていなかった。
愚鈍で鈍感だったからではない。壊れても新しいものを作る、足りないなら作る。スクラップアンドビルドが自分たち土建業の仕事だとマイオスも言っていた。
「壊さず、消費せず……」
ブレイズは心身ともにクールダウンしながら呟いた。視線の先のスティングは赤熱し、彼も放熱しないと本当に体に限界が来てしまうのだろう。ブレイズはこのまま、捨て鉢にスティングを殴りに行くことも出来る。本当に熱が臨界に達しかけているのなら脆化し、砕くことも出来るかもしれない。心を折ることさえも可能かもしれない。それでもしない。
プロキシウム光線、格闘。それでは今までの自分が持っていた技から何の成長もない。確かに初代の方程式に背いてプロキシウム光線を繋ぎで使うという大きな転換はあったが、強化形態を手にして劇的に変わり、この姿が特別だと自分で認識して……。尊厳のあるものにしなければならない。スティングは言った。アブソリュートマンは勝たねばならない、勝ち続けなければならない、と。だが勝つことが最優先だとしても、スティングたちプロレスラーのように内容も当然必要だ。
……彩凛。彩凛は知らない間に自分より強くなってしまっていた。Z飯店の調和を誰よりも重んじる彼女が、ブレイズより強くなってはいけないという教義に背いた。それが彼女なりにZ飯店を守る方法だったのだ。停滞による腐敗から脱し、スクラップアンドビルドするために。その彩凛の必殺技の構造は教えてもらえなかったが、おおよその想像はつく。
「循環、輪廻のイメージ」
彩凛がブレイズを超えたと証明した大技“絶対会心”は、光線系の技であり長い距離を使った加速がないと真価を発揮しないニフル・コリジョンのエネルギーを体内で循環させて凝縮し、拳に乗せて叩き込むことで、射程を犠牲に消費を抑えて一撃必殺の威力に高めるものだった。
ブレイズは、本来光線として放って消費するプロキシウムのエネルギーを手の先に纏わせてみた。それでもマッチの先のように、密度の低い赤の炎はぐずぐずと形が崩れて霧消していく。これではダメだ。松明で殴るようなもので、ダメージ源は熱ではなく打撃になってしまう。
イメージのスクラップアンドビルドを繰り返す。彩凛から着想を得るが、自分は彩凛の元恋人として学ぶわけではない。人生の中で見てきた一人の人物の成長として、真似る。
「ふっ、よいだろう。ようやく私は、お前を一人の強敵とみなす!」
スティングは歓喜しながら宣言し、四角柱の指でブレイズを指した。観客など誰もいないのに、実にプロレスラーらしい振る舞いだった。
その指の先には、両掌に直径五十センチメートル程の太陽……いや! サンライトイエローに凝縮したプロキシウムの炎のチャクラムを這わせ、回転ノコギリめいて高速回転させる炎の戦士の姿があった。
「……」
プロキシウムチャクラムの不規則な形、光による回転で顔の陰影も不安定、遠心力によって制御の外にはみ出て消えてしまう炎もあった。
だがブレイズはすべてを諦めないことにした。今までは慣性と惰性で生きてきてしまったから成長出来ず、侮られ、欲したものは小さかったのに失ったものは大きすぎた。
一旦、旧Z飯店のことを考えるのをやめた。彼らの存在がブレイズを恵まれ過ぎたものにしてしまい、それを失った今はあまりにもなくしすぎたものにしてしまう。いわばブレイズを外から定義してしまうものの典型だった。
では他には? 何が恵まれ、何が不遇だった? アッシュの存在だろう。どこの学校、クラスにも一番の優等生はいる。自分にとってはそれがアッシュだった。アッシュを超えて一番になろうとするのならば、世代ナンバーワンアブソリュートマンにならねばならない。では何故なろうとする? なってももう誰も褒めてはくれないのに。……尊厳だ。すべては尊厳だ! アッシュと過ごした小学校の六年間、ロクに話したこともないのにずっと彼を追い抜こうと考え、一度も諦めたことはなかった。だが、挑戦することもなかった。テストや運動会といった定期の行事があっただけだ。そういう場でしか挑むチャンスがなかったとしても「次はお前に勝つぞ」と一言でも言えれば挑戦だった。そんな執念すら見せない相手を、十年ぶりに会ったアッシュが顔も名前も覚えているはずがない。
だから今度は忘れさせない。
弛緩し、自分以外の大きな力による支配を受け入れてきた自分を壊せ。
慣性と惰性からの脱出。
「スティングさん、本気で俺と戦ってくださいよ。ガチで」
茫漠としていたブレイズの気持ち……闘志や殺意も、マッチ棒やアルコールランプのように揺らめくものではなく、ガスバーナーのように小さく絞られてもブレることのない強烈な炎へと凝縮、収束されていった。
プロキシウムチャクラムのエネルギーを奪っていく遠心力を念力で強引に制御し、プロキシウムチャクラムはさらに凝縮して形も真円へ、色のムラもなくなり、直径三十センチの完全に均一かつ高密度な炎の刃となっていた。これでもう無駄な消費はなかった。
「バァァァルダァアアア!!!」
「ボデェェェ!!!???」
プロキシウムチャクラムを右手に這わせたまま、袈裟斬りの空手チョップ! 初代の得意なムーブだが、ブレイズの頭に初代の存在はもうなかった。初代が持たない自分だけのプロキシウムチャクラムを活かす最大の動きとして空手チョップを選び、石の男スティングはそれを腕でガードした。だが! プロキシウムの刃は焼き尽くしながらスティングの腕を削り取り、刃の炎と鉱物が破損する際特有の火花が混ざり合って冗談のように強烈な光を発し、刃は腕へとめり込んで行った。確かに、石を刃で切り付けているのだから刃こぼれはある。だが、それ以上の消費はない! ただでさえスティングが怯むプロキシウム光線がさらに温度と密度を上げているのだ。もう石の男では耐えられない。
「ボダァ!」
苦し紛れにスティングが放ったローキックを読み、脛でカットして素早く足を折りたたみ、逃亡を阻止して腕を削り取り続けた。ごとり、と石の腕は落ち、床で砕け、ブレイズはヤクザキックで強引にスティングを蹴り飛ばした。先程まで足を絡められていた都合上スティングの重心は崩れており、喜劇のようにスティングは後退して尻もちをついた。
「バルダァッ!」
右のチャクラムを投擲! スティングは苦し紛れというには芯の通った動きでその刃を蹴り飛ばし、めきめきと音を立てて切り落とした腕が再生された。だが、スティングの体は全体的に、特に腹部を中心に細くなっている。スティングの体積と質量は変わらず、全身から右腕一本分を捻出したのだろう。
「さて……。私はこの通り、まだ戦える」
「そうだな」
「その前にいくつか話をしよう。何がお前をそこまで強くした?」
「尊厳と孤独。俺にとって尊厳とは人生で一番無縁のもので、孤独もそうだった。だが尊厳に近づいたことは一度もない程に鈍感で消極的で悪い意味で無欲。孤独は一度も感じたことがない程周囲の人間に恵まれていた。だからどちらの概念も知らなかった」
「今は違うか?」
「孤独は辛い」
……タヌキ寝入り続行中のフジはその言葉に反応せずにはいられなかった。
この言葉に辿り着いたアブソリュートマンは全員強かった。この言葉は教えられるものではない。やがて辿り着くものだ。そして初代も、ジェイドも、あのマインですらも「孤独は辛い」という結論に至っていたのだ。そして三人ともその孤独を克服せずとも、最大の敵と認めて忌避していた。ならばもし、辛いとわかった上でブレイズが孤独を受け入れ続けてしまったら? こいつは御大層に自分を他の人間に定義されないために自分を変えに来たと言ったが、このまま誰の言葉にも耳を傾けず、孤独を知ったが故に手に入れてしまった力が成功体験となって孤独を味方にしてしまったら? 歯止めが効かなくなる。孤独は辛いという感情だけではない。周囲に誰もいなければ際限なく個人の行動と思想が暴走する。その先にあるのはすべてを否定しながら暴れ続ける怪獣という末路だ。
「そうか……。私も孤独の辛さは知っている。つまはじき、蚊帳の外、縁の下。だが救いはある。そして、私に勝ったのならもう戻れないぞ。一度でも勝てば、敗者の無念を背負って生きていかねばならない。私が負ければ何を失うか、考えたことはあるか?」
「あなたは前に、俺を相手に八百長で敗退行為をした」
「そうだな。だが、それでも勝ちではないのか?」
「……。あなたがここで負ければディエゴからの信用を失う。前回が敗退行為だったとはいえ二連敗。ディエゴはあなたをプロレスでしか通用しなかった怪獣とみなし、全力の戦闘で使える人物ではなかったと判断する。DD興業内でのあなたの序列は下がる」
「そうだ。お前の言った通り私は尊厳を失い、DD興業内での地位が下がって孤独と再び向き合うかもな。私のその末路にある無念を受け入れる覚悟がなければ、勝っても強くはなれない」
「それでも勝つ。かつて、手を抜かれと踊らされた際の尊厳はもう……どうでもよくはないが、ガチのスティングさんとのこの戦いでは俺は明確に尊厳を賭ける」
「そうか。それでいい」
しばし、炎の男と石の男が激しく火花を散らした。体重が軽くなった分スティングの動きは軽快になったが、精神的な問題か動きに精彩は欠き、これ以上にない追い風が吹いているブレイズはそのすべての動きに対応した。スティングにプロキシウムチャクラムを防ぐ手立てはなく、またブレイズを喝采するような火花を散らして石の男はどんどん体積と質量を失った。たまにスティングの打撃が入り、ブレイズは鼻血を流したり打撲を負ったりしながらも、強化形態による興奮状態もあってアドレナリンがすべてをかき消し、倍以上の反撃を加えていった。今ならわかる。本来極端なまでに守備型で、ガチガチに防御を固めるはずのフジが、何故赤羽の戦いでは自分を相手に防御をしなかったのか。優勢ならば守る必要はないのだ。そして今、ブレイズは守りに入っていない。最低限の回避やブロックはするが、あくまでも最低限だった。興奮しているのに頭はクリアだった。あの時、自分はフジに舐められていた。だが今の自分はスティングを舐めてはいない。つまり、優勢になれば守りよりも攻め気になる。その当たり前を学習していた。スティングは徐々に守りと回避の時間が長くなっていた。
「ボッグ……?」
スティングの足が止まった。既にクリスタルの部分は脆く砕かれ、金属で補填した部分は酸化してしまっている。全身鉱物の男にもスタミナや弱気といった概念はあるようだった。そうでなければ、自分の勝利は価値が薄れる。ブレイズはスティングに敬意を払った。
もしスティングが正調のプロキシウム光線に耐えてくれなかったらプロキシウムチャクラムという最大の武器を得ることはなかっただろう。
「ここを斬れ」
「……」
スティングは自分の首筋を親指で指した。
「私の首級をとれ。それがお前への礼儀だ。残念だが、ここを斬られて首だけになっても私は死なない。本来であれば死ぬことがお前への礼儀だが、石怪獣鬼ラメ鬼である私にはそれすらも出来ない」
「俺はあなたを殺すことに執着はない。むしろ殺したくはない」
「ならば利害は一致しているのかもな。……悔しい。悔しい! 悔しいクソッタレ! 私はまた負ける! ……だが不味かろうとお前は私のこの無念を食い、血肉としろ。そうして私はお前の中に残り続ける。それを糧にせいぜい強くなるがいい。お前を讃える。礼をくれてやろう。その強化形態、名前は?」
「まだない」
「ならば、私が授けよう。二十年も以上前か。すべての権威に中指を立て、唾を吐き、逆らい、抗い、それでも誰からも愛されたプロレスラーがいた。上司、親、教師、或いは運命。そういった上からの理不尽な力に抑えつけられなかったものなどいない。そういったものたちの鬱屈や鬱憤を晴らす代表者として、常に戦い続けてケツを蹴りあげる最凶のタフ野郎にちなみ、そしてその熱量で石である私を心胆寒からしめたとして……。こう名乗れ! “アブソリュート・ブレイズ:ストーンコールド”!」
「ストーンコールド」
「また他人からの定義とは言うまいな? 既にお前は自分で自分を定義し、私を倒した。これは正当な報酬だ。受け取るかどうかはお前の自由だが」
「ありがたく頂戴します」
一閃!
ごとりと焼き切られた首が地面に落ち、首から下は金属と水晶のパーティクル……彩凛のニフル・コリジョンのエフェクトのように消えてなくなった。
上野地下宝物殿野良試合
〇芦屋薪悟/アブソリュート・ブレイズ(プロキシウムチャクラム)スティング・セーリィゼリー●
「うあああああああああああああ!!!!!」
強化形態が切れ、炎がなくなってもなお薪悟は勝利の余韻……。はじめて感じた勝利の絶頂に吠え続けていた。




