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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第46話 奇跡の炎よ、燃え上がれ

「……」


「……」


 上野地下二〇〇メートル。二人のアブソリュートマンが倒れていた。いや、一人はもう斃れていた。アブソリュート・アッシュことフジ・カケル。生きているのが不思議なくらいの重傷を負い、ディエゴが命を絶とうと思えばストンピング一発でフジの頭はヒトゲッティミートソースになる。当然躱す余力もない。

 一方のアブソリュート・ブレイズこと芦屋薪悟。彼はまだ数発の打撃を受けただけで、肘をついて痛みに抗い、息を整える余裕がある。


「おい、生きてるか、フジ」


「……」


 ……。そういう男だ。そういう男だと理解出来たことが、薪悟の成長だ。

 あの頃、奇策や奇襲といった類のものとは全く無縁に、生まれ持った才能でテストも運動会もぶっちぎりで、幼い薪悟には完璧……今ぐらいの歳には初代もジェイドも超えているんだろうな、なんて想像されたフジは、当然ながら完璧ではない。わかっていたはずだ。薪悟がはじめて地球に来た時、こっそり薪悟はフジがよく出没するという池袋に行ってみた。フジは濁った眼で路上喫煙し、ハサミを振り上げるアメリカザリガニじみて肩を揺らしてダサいワルとして歩き、コンカフェ嬢の太ももを凝視してついて行った挙句、一時間後には血塗れのヤクザを引きずってきて投げ捨てた。

 人は堕落する。それでもフジに幻滅はしない。挫折しない人間などいないし、フジにも事情があったのだろう。だから真っ向勝負一本では通用しなくなったフジは、死んだふりをしてディエゴからの追撃を逃れて回復を待ち、死んだふりからの奇襲すらテーブルに乗せている。放っておくのが吉だ。


「理想が潰えたか?」


「フジにも事情はある。彼も完璧ではない」


「お前、それをいつまでも言えるか?」


「どういうことだ?」


「アッシュの醜態や失態をどれだけ許す? 容認、黙認する? お前が憧れたのはその男だ。お前がその男に妥協するたび、その男に憧れたお前の格も下がる。その男のすべてを知り、その男が実はお前以下だったと知った時、それでもまだ憧れていたのならばお前はその男の下にいたままどこまでも下降する。憧れているからこそ許すな。許すのなら超えろ。超えて憧れるのをやめろ」


 石の男は無機質に言った。……。スティングに憧れはいるのだろうか? もしスティングの憧れがディエゴなら、憧れを裏切られることもなかったのだろう。……裏切らないものに憧れればいいのか? 例えば初代のような? そうではない。


「さっきお前は言った。今の自分にとって一番大事な人間は自分だと」


「フジに憧れる限り、それもフジに自分の定義を託した状態ということか……。難しいな」


 課題が多すぎる。フジへの憧れ、初代への憧れ。初代への憧れは既に信仰に達している。ならば自分にとっての神の所作に背くしかない。


「そう来るか」


 石の男スティングは両手の人差し指をフェイスペイントの口角に宛がい、そのままずいいとカーブを描いて上へとなぞった。石の体故に筋肉で現すことの出来ない笑いの表現だ。そして腕を広げ、鷹揚なポーズをとった。敵の構えを見ても逃げる気などなく、プロレスラーのドグマに従って受けるつもりなのだ。かつて、自分にとどめを刺した必殺の光線を。

 ブレイズが天高く掲げた右手を握りしめると指の間から太陽コロナめいてレッドの炎の糸が漏れ、その右手と左手で十字を組む。レッドの炎は凝縮されてサンライトイエローの光線へと代わり、薄暗い宝物殿を真昼のように明るく照らした。斃れたはずのフジもぴくりと動いたような気がしたが、それが強い光による体の反応なのか、タヌキ寝入りのほころびなのかはわからない。だが気にするべきではない。


「プロキシウム光線ッ!」


「ボドォオオオ!!!」


 山吹色の光が石の男にヒットした瞬間、スティングの全身に明るい輝きが乱反射した。

 プロキシウム光線。ブレイズはこの技を初代アブソリュートマンの必殺技ファクティウム光線に相当する技と位置づけ、初代がそうしたようにとどめの一撃以外で使うことはなかった。逆に言えば最強の技であるプロキシウム光線は、勝利が確定した瞬間でしか使えないという縛りがあったのだ。それはもう技でもとどめでもなく、祈りで神事だった。その初代への信仰をわかりやすい形で捨て、その呪縛もわからない愚鈍だったと気付いた今、ブレイズは赤熱していた。今までのあまりの恥ずかしさに。


「バルアアアアアアア!!!!!」


 恥ずかしさをかき消すように絶叫! 薪悟は強い高揚を覚えた。自己嫌悪、恥ずかしさ。だがそれでいい。それも自分のものだ。より出力を上げて光線を押し込む。かつてはこの技で腕が吹き飛んで砕け散ったスティングは、今度はしばしのけ反った後にぐっと胸でプロキシウム光線を受け止めたまま上体を戻し、強風に抗うように前傾姿勢の重い足取りで前進を続けた。その胸では、光線の着弾点から遠ざかるにつれて山吹色、赤、黄色と、放射状に熱と光が色彩を失っていった。


「バル……」


 腕に痛みと疲れが生じる。こんなに長時間光線を放ち、さらに出力を上げた経験はかつてない。乳酸のような物質が腕を苦しめている。全身から力が抜けていく。それでも胸に光線を受けたまま前進しきった怪人スティングは、既にブレイズを拳の間合いに収めていた。


「ボダァッ!」


「バゲェ……!? ゲッフ……」


 ワンパンチ! KO寸前! ブレイズの歯は剥離し、或るものは抜け、ブレイズの口の中をズタズタに切り裂いてから頬を突き抜けて飛び出し、壁に深々と埋まった。炎の青年の目は裏返り、白目同然となって崩れ落ちて膝ががちんと床を鳴らした。それでも……。それでも完全にダウンする前に手を突き、蛇口をひねるように吐血した。その腕もプロキシウム光線でオーバーヒートし、すぐに体を支えられずに全身を地面に預けさせた。ぐらぐらに回っている今の目でも、いつも通りに見てくれる目でも変わらないくらいに、目の前は自分の血一面だった。


「ここで俺は諦めるのか?」


 憧れではない。憧れではなく、一人の人間として問いたい。アッシュならこの程度のダメージで諦めるか?

 情熱ってなんだよ。消えちまえ。

 もしもアッシュを超えようとも思わず、ただ初代に憧れて部屋にポスターを貼ったりブロマイドを持ち歩いたりしているだけならもっと楽だったのだろうか?

 Z飯店はブレイズをリーダーとした目的のための集団にならず、ただ緩く町中華を食べながらくだらない話をするだけでいられたのか?


「お前は終わらせることが出来る。簡単だ。降参すれば私はもうお前に何もしない。ああ、謝罪も土下座も必要ない。参った、といえばそこで終わりだ。嫌なものは残るが」


「嫌なもの?」


「お前は一度、私と戦った。そして勝った」


「でも、あれは八百長だったんだろう?」


「八百長だ。あれはお前の実力ではない。だがお前は勝った。あそこで戦い、勝った」


 いる、なんて楽観的に考えられるオメデタイ頭だったらどれだけよかったかわからないが、あの八百長対決を見てブレイズに憧れた人間は一人でもいたのだろうか? もしこのスティング・セーリィゼリーが人々の脅威になった時、ブレイズが来てくれれば大丈夫だと思う人間が一人でも……。それって今だろう。スティングは今、上野の脅威だ。


「それともまた手を抜いてほしいか?」


 ぎちぎちと薪悟の拳から轢音がたった。骨も拳も肉も軋む程の力で握りしめ、真っ赤な炎が上へ昇り、体が握力に負けて血が滴っている。やがてその炎と血が混ざりあって体を駆け巡るイメージが浮かび、ブレイズは再起した。日が昇るように、スティングの石の体を下から上へと照らしていった。


「まったく……。“世話の焼ける”男だ」


「バルダァッ!」


 全く技巧を感じさせない力任せのパンチがスティングを殴り飛ばし、拳からの熱で赤熱したスティングが触れた木箱はそのシルエットのままに焼き切れた。木箱、展示品、書類の山。すべてを貫通し、スティングは数十メートル吹き飛ばされて仰向けに倒れ、全身にヒビが入って白く濁っていた。そして、スティングがさっきまで立っていた場所には未だにヒトダマじみて炎がくすぶっていた。

 ブレイズは感情任せの無形の打撃により上がってしまった足で床を踏みしめ、激情の発露として口から凶暴な吐息と赤セロハンじみた炎が吹き上がった。

 何かが決定的に変わった感覚があった。スティングを殴り飛ばした力もそうだし、炎がこうやって発現したこともない。狂ったように暴れ続ける心臓と、頬とこめかみにかかる違和感。使ったことのない顔の筋肉が意に反して暴れ、吸おうと意識しなければ体は勝手に空気を吐き出し続けていた。

 何より、高揚していた。今までの人生の不幸を回顧した時、スティングからの侮辱以上に辛いことはいくらでもあった。だが、ブチギレようと思ったのも、実際にブチギレたのはじめてだった。

 怒りが彼を突き動かしていた。


「ボド……」


 がしゃん、どしゃんと、スティングはわざわざ通行ルートの途中にある木箱やオブジェクトをド派手な音で殴り飛ばし、瓦礫を飛散させて自ら花道を演出した。途中、ヒビの入ったボディを回復させるべく様々な鉱物を経口摂取し、その鉱物の特徴が反映された。平時であれば時間をかけて水晶状の物質に変換するところだが、今のスティングには余力と時間がない。結果、銅鏡や黄金、プラチナを摂取したスティングは金属光沢と本来の透明の部分が融合し、鏡のような機能を持っていた。


「これが今のお前だ」


 スティングの胸に自分の姿が映っていた。炎の青年の目の周囲、口角に燈る炎、太く引かれた赤のメッシュ。幾分地味な変化であるが、ロゼが強化形態“フェノメナルワン”を発動した時と似た現象が起きている。

 強化形態……なのか? そう考えると説明はつく。外見変化、力の変化、そして性格変化。義憤だろうが八つ当たりだろうが、感情を思いのままに解き放つという選択。そしてそれを制御している自分。

 よかった……。誰も見ていない。

 薪悟は他人からの評価と位置づけで自分を定義される人生に終止符を打つためにこの戦場に来た。ここで強化形態への覚醒をZ飯店に見られてしまえば、「やっぱりブレイズが最強」だの「ようやく怒れた底抜けに優しい男」だの「さすがはZ飯店のリーダー」と、この強化形態へのラベルがお披露目と同時についてしまう。

 これは俺のものだ! 俺がラベリングする! 


「……」


 確かに、ブレイズよりもパトラとロゼの方が強かったという事実に直面した。その事実とどう向き合うかもわからないうちに解散したが、この姿を見れば幼馴染たちはブレイズが再びZ飯店最強に名乗りを上げた瞬間に感動し、彼の覚醒を彼本人以上に喜んだに違いない。だから一人でいい。……という理屈だったが、実はここにはもう一人幼馴染がいる。

 フジだ。

 フジはディエゴの圧倒的暴力に晒され、KOされている。斃れたまま流した血も固まり始め、もう誰も今のフジを気にしていない。それでもディエゴとスティングは気付いている。これはフジのタヌキ寝入りだと。フジは確かにディエゴの攻撃でダウンしたが、KOに至ってはいなかった。だが思った以上にブレイズが健闘し、ディエゴの興味がブレイズに向いてとどめを刺されないのなら、KOされたふりのタヌキ寝入りで回復を待ち、敵が近づけば不意打ちする。そのプランだった。

 ブレイズが幼少期にライバルと感じたその男だけが、立ち会っていたのだ。

 ただし、フジはうつぶせに倒れたままタヌキ寝入りしており、メガネは割れて血で汚れている。目視することは不可能で、第六感と温度、そして聴覚情報だけでブレイズの覚醒の情報を知るしかなかった。


「その強化形態、名前は?」


「やはりこれは強化形態か。名前はまだない。スティングさん。ここであなたに負けたのなら、この強化形態はなかったことにする。改めて別の機会に覚醒し直し、そこで輝かしい記憶と共にラベリングする」


「ドグマでありカルマだな。アブソリュートマンのドグマとカルマは勝ち続けること。倒した怪獣の無念を背負い、勝ち続けなければならない。死んだ怪獣もいるだろう。だから、アブソリュートマンと怪獣の戦いに敢闘賞などない。勝てないアブソリュートマンに価値などない。アブソリュートマンがすべてに勝利するから、怪獣たちは等しく敗者でいられる」


 タヌキ寝入りやそこからの不意打ちを使ってでも勝たねばならないくらいに。


「だがプロレスラーのドグマとカルマは面白いことだ。面白い試合が出来るのならば負けてもいいし、相手がホウキや透明人間でもいい。観客を楽しませること、それを私たちプロレスラーは、仕事と呼ぶ!」


「じゃあ誰も見ていないこれはプロレスラーの仕事ではないな」


「そういうことだ。じゃあどうすると思う? 楽しさに関係なく、お前をブチのめすだけ、ブレイズ」


 スティングに表情はない。それでも笑っているように見えた。……。十分にあるじゃないか、“スティング・セーリィゼリー”という自我と定義。

 ブレイズが拳を握るだけでぼうっと炎が弾けた。今までは大きなモーションを挟まなければ発現しなかった炎が今は簡単に呼び出せる。つまりだ。この技をすぐに出せる!


「プロキシウム光線!」

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