第93話 それより僕と踊りませんか
「わたしにはリーダーの素質がない」
「……」
ミーティングにてユキは開口一番そう言った。
「人に共感する能力に欠けているから。そういう意味で、メッセこそ適任」
「かもね。でもわたしに欠けている素質をあなたは持っている」
「ええ、その通り。だからわたしの考えた大まかな策に対する異論があったらどんどん言って。それが多分、集団というものだから」
かつて、駿河燈がトーチランドで全く同じことを言ったとジェイドは知らない。
「ここに、わたしの作った薬がある。わたしの治癒の力を結晶化したもので、飲めば数十分で傷が治る。カケルの火傷は治したけど……。まだ全員に必要。受け取って。でも数に制限があるから一人一錠まで」
頑馬、フジ、メッセ、メロン、狐燐、イツキ。最終決戦に臨むメンバーの手に青い錠剤が行き渡った。
「今日から二十四時間、どうにか時間を取りましょう。何をしててもいいわ。大事な人と過ごす、趣味に費やす、美味しいものを食べる……。この数週間に皆が負った傷、消耗した精神力はとても大きい。これが最後……だといいけど。今から二十四時間後、メタ・マインに総攻撃を仕掛ける。前線で戦うのはわたし、頑馬、カケル、メッセ、犬養さん。メロンは……。メロンは今は東京に巡らせた分身が多いから、無理せず東京に怪しい動きがないかの見張り。狐燐は基本的にフリーよ。でも狐燐には一つだけお願いがあるわ」
「へぇ」
「絶対に誰とも戦わないこと。わたしが動けなくなったときのポータル要員として狐燐は絶対に必要」
「ガッテンテン」
「それから犬養さんも。犬養さんのアプリで狐燐を除くわたしたち全員の居場所がわかる。犬養さんも誰とも戦わず、いざという時に全員の居場所を把握出来るよう無茶はしないでね」
頑馬は不機嫌そうにライターの蓋の開閉を繰り返した。
「もし、メタ・マインが今すぐに動き始めたらどうなる?」
「メタ・マインをジェイドリウムに入れた場所、つまり大阪の万博記念公園に放り出される」
「お前はどうなる?」
「メタ・マインが強制排出になる程暴れたら、わたしは戦闘不能よ。わたしは自分で自分を治せないから、わたし抜きでの最終決戦になる」
「……」
「それでも二十四時間、時間は稼ぐわ」
「稼げる根拠は?」
「ない」
「他に作戦は?」
「ない」
「じゃあ俺は飯でも食いに行くかな」
頑馬はソファから立ち上がり、伸びをしてベランダを一瞥した。ここでタバコを一本吸うか、どうするか。そんな程度だ。ユキには確かにリーダーの素質はない。周囲にゆとりを与える、適度な休息を与えることはプラの弟子だった時代にプラにしてもらったことの模倣だ。じゃあ自分は? 自分は師匠のブロンコから、戦い以外に何を教わった? 少なくとも強さは証明してみせたい。
ジェイドの才能は生まれ持った敏捷性と念力。それに加え「誰よりも優しく誰よりも酷薄」な性格。それを持たない自分を呪ったこともあったが、碧沈花の言葉には少なからず救われていた。だから自分は優しさを……。
頑馬は言いかけた言葉を飲み込んだ。稲尾サラをどうするかだ。復活すれば強力な戦力になる……のか? だがサラはチームプレーには不慣れなようだし、復活したところでリンダのなれの果てであるメタ・マインに対し十分な敵意と戦意を保てるかはわからない。それでもサラの今後のため、戦える体に治してやってほしいとは思った。サラが望んでいるかはまた別の話だが。
「じゃあ俺も自由行動させてもらうわ」
フジは左手を小指から一本ずつ折ってから今度は伸ばし、無事を確かめた。皮膚の引きつりもなければ激痛もない。皮膚にはやや跡が残ったが、フジにはこの傷があると知っている者が凝視しなければわからない程度だ。
鼎とは明日遊ぶ約束を結んでいる。今日の自由行動でフジはまず月島に向かった。
「よぉ」
「無事か」
「お前さんこそな。目立つか? これ」
フジは和泉に左手の甲と掌を順に見せ、自らも覗き込んで見せた。機能には問題がないとはいえ、アブソリュート・アッシュに一生ものの傷を負わせたアブソリュート・フォックスは天晴だなんてタフなセリフはまだ吐けない。
「どうかしたのか?」
「ケガした」
「無事なように見えるが」
「ならいい。今日は奢ってやるよ」
一八七センチの和泉と一七四センチのフジは並んで月島の下町を歩き、都会特有の腐った水のにおいが漂い、少しして芳ばしいソウルフードのかおり。もんじゃだ。
「嫌な仕事を押し付けちまって悪かったな」
「聖透澄のことか?」
「建前を言えば地球人として生きている地球の企業の経営者だからお前さんに任せた。本音を言えば俺は聖透澄に裁きを下したくなかった。俺に期待して投資した人間だし、メロンとの二者択一ではどうしても俺はメロンを選ぶ。後ろめたく、それでも即決でな」
「ふぅー」
和泉の首には聖透澄の杖が食い込んだ跡が残っている。そのすぐ下には、ぶっとい首に巻かれた手綱のようなネクタイ。忠犬は自らその手綱を緩め、メニューを開いてタバコを咥えた。
「公務員としての俺と地球人としての俺でも意見は違う。公務員としてでは、メロンは無罪だがメロンに頼らず、地球人とアブソリュート・アッシュで全ての犯罪にカタをつけたかった。地球人としてでは、俺たち地球人はもうお前たちにはついていけない。この星の事実上の支配者はジェイド、レイ、アッシュの三兄弟と、三兄弟が仲間と認めた者たちだ。公務員の出番はお前たちが動きやすいように場を整え、始末書を仕上げることだけ。奈良公園だってよくもやってくれたな。鹿は天然記念物だぞ。一頭でも死んでたら俺が困る」
「お前さんらしくないな。お前さんにとってのプライドは地球人であることより公務員であることだろ。公務員のプライドを捨ててまで地球人の平穏と他力本願に走るんじゃねぇよ」
「言ったろ? ACIDはそう遠くない未来にミリオンスーツのようにお払い箱になるだろうと。お前たちの活躍がその未来を近くする。ACIDは異星人犯罪に対する組織だが、必要なのは既にジェイド、レイ、アッシュのサポート、それも主に後始末の組織だ。それはACIDの本職じゃない。遂行速度も執行可能な範囲も全く……。メタ・マイン? 俺たちにどうしろと? フォックス? アッシュが負けるような相手に俺が敵うとでも?」
「とことん今日はらしくねぇ。どうした」
「俺にガッカリしろ。それが俺なりの仕返しだ。聖透澄だが……。まぁいつも通りだな。異星人専用の収容所に収監される。ポータルがあれば逃げられる場所だな。だがあまりにも酷だろう。彼はずっと地球人として生きてきた。地球人として裁かれることが望みだろう」
「犯罪者の望みか」
「俺もヒジリ製菓の菓子を食って育ったからな。それに、聖透澄の気持ちを聞き、痛い程共感した」
「……。ああ、そういや。メロンをありがとよ」
「さっきも言っただろう。地球を守っているのは俺たちじゃなく、お前たちだ」
「お前さんらも必要だ。後始末だけの役人に聖透澄の相手はさせられねぇ」
「……フジ」
「どうした?」
「俺とメシを食ってくれてありがとうな。でもいいのか? フォックスと戦ってから恋人ときちんと時間を取ったか?」
「とってねぇ」
「俺でいいのか?」
「賢いお前さんならわかってるはずだ」
ユキがメタ・マインと戦うまでに時間をもうけたのはそれぞれの準備のためだけではない。この混乱に乗じて悪事を行う者、漁夫の利を狙う者はいるはずだ。事実、万博記念公園から逃げずに戦いを見ていた者もいる。そういった連中にとって今は千載一遇のチャンス。それぞれ行動しているユキ、頑馬、フジ、メロン、メッセ、狐燐、イツキ。少しでも戦力を削ってメタ・マインにぶつける筋書きはシンプルだが最善手だ。その出方を窺うために寿ユキに許された時間が二十四時間。治癒の錠剤がその証拠だ。
そしてそういう連中にとってフジは最も狙い目だ。フォックスとの戦いで心身ともに消耗し、ユキや頑馬程強くなく、メッセや狐燐のような面倒くさい強さもない。そんなことがわからぬフジではない。狙われるなら自分。だから巻き添えにならないように、メタ・マインと決着がつくまで鼎と会うことは極力避ける。いざという時でも和泉なら自力で切り抜けられるという算段だし、まずは聖透澄の件で謝らねばならなかった。
そこから先の食事は、特に互いに謝ることも愚痴を吐くこともなく二十代の若者らしい無駄話をしたり、時折業務連絡のような状況の確認を感情ベースではなく事実ベースで話した。今のフジは姉の建前通り、憩うことが仕事だ。それを和泉もわかっている。そしてフジは多少姉の言いつけを守れた。
「おばちゃん、お勘定お願いします」
フジの方が多く食べたが、既に満腹で動くのも億劫の和泉。それでもフジの足取りは軽く、二軒目にカラオケスナックでも行きそうだ。しかしフジは勝鬨橋を眺め、少し風に当たって和泉を待った。そしてこうべを垂れ、ひどく大きなため息をついた。
「そいつをやめろフジ。そいつはクセになる」
「和泉。動けるか?」
「……」
「ヘイ、メロン。サーチと報連相を頼む。援護はいらねぇ。俺がやる。和泉、避難誘導頼んだ」
夕暮れの東京湾に激しい水柱が乱立する。やがてその水柱は二列の直線となり、隅田川を遡上して勝鬨橋のアーチの上まで水しぶきを飛ばした。その先頭で水面すれすれを高速で飛行する橙色に光る火の玉。それがまっすぐにこちらに向かってきた。
「アブソリュートのコトワザにこういうのがある。“鳥の怪獣は強い”」
「確かにミストレブルもウインストンも強豪だな。でもそれはコトワザか? ただ事実か、感想だろ」
「今向かってくるあいつは……。ロダロンかもな。だとしたらミストレブル級だ」
フジはバリアーを展開する。狙ってくる場所はわかっている。絶対に自分だ。飛翔する弾丸状の流線形の空気のシールドの表面を走るオレンジの炎、その奥に隠れていたのは……。
「食らえッ!!!」
「セエエエエエ!!!?」
ハヤブサの最高速度は時速三〇〇キロを超える。そして今、十分な加速をつけてバリアーを砕き、フジに蹴りを食らわせたこの女性……二葉亭萌百子は、ハヤブサと同じく猛禽類の特徴を持つ怪獣ロダロンをルーツに持つ! 燃え盛る火炎はあまりの密度と速度により、ねばついた液体……溶けたガラスや水あめが糸を引くように流れて後方に置き去りにされ、オレンジ一色の火炎を纏った強力なキック! バリアーがなければ一撃KOだった可能性すらあった。それでも勢いは大きくあまり、フジは空き家にスラムダンクされて割れたガラスや木片、蜘蛛の巣に塗れた。
「コンチハァー!」
髪の毛は青、銀、赤の三色! お団子は二つ! 青のお団子と赤のお団子も根本は編んだ銀を這わせ、翼を連想させるブカブカのバーカーにホットパンツ、真っ赤なほっぺのキュートなお顔に元気な声。袖に隠れた手を腰に当て、萌百子は得意げにポーズをとった。
「ファッキンファックフラッシュ!」
言葉の意味はわからないがとにかくムカついていることはわかる悪態を吐いたフジは口に入ったほこりを吐き、もんじゃで膨れた腹をさすって廃屋の中から敵を睨みつけた。
「フジくん。さっきの飛行とキックの情報を共有したらメッセから応答があったわ。やっぱりその子はロダロンみたい」
「最悪かよ」
これは正直しんどい……。フォックスと決着をつけたのは今日の午後だ。ケガが治り、体力が回復しているとはいえフォックスから得た経験値の咀嚼と消化は終わっておらず、フル回転させた頭脳と敗北に打ちひしがれた心はまだ戦える状態ではない。それに、また戦いの現場で和泉に任せられることは避難誘導だけ。和泉の心中は察するに余りある。
フジは威嚇のために残っていた壁を蹴り壊し、血走った目でメンチを切ってドスの利いた声で問う。
「なんだてめぇは」
「火事場泥棒。君のハートを盗みに来た」
「今は和泉と遊んでる。和泉元彌じゃねぇぞ、ダブルブッキングはやらねぇ。消えろ。さもなくば死ね!」




