表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/375

第94話 プリンティング

 ロダロン。

 アブソリュートの星で最も警戒される三種、即ちクジー、ゴッデス・エウレカ、ゴア族に次ぎ、ミストレブルなどと並んで注意が求められる怪獣。火炎を纏った超高速の飛翔から繰り出される強烈なタックルに加えて火炎放射、毒液の噴射、強靭な爪による引っ掻き、クチバシによる連打はいずれも強烈。後手後手に回れば死に至る攻撃力を持ち、食欲に直結される凶暴性を備え、多くの生物を捕食する。その食事を邪魔してしまう、空腹時に遭遇するなどすると、アブソリュート戦士ですら大変危険であり実際に命を落とした者もいる。

 個体の少なさ、生息域の狭さ、縄張りから基本的に出ない、研究により種族としての限界が見えているなど刺激しなければ危険は少なく、知能も低いため絶滅に至るまでの殺処分は免れ一定数が保護されている。さらに色彩豊かな羽毛は装飾品にも用いられる。ただしロダロンが本来の生息域を離れ、広域的な捕食活動を始めたら殺処分が推奨されている。

 そして萌百子はそのロダロンをルーツに持つ。今のフジのコンディションでロダロンはあまりにも危険な相手だ。それに人型のロダロンも前代未聞だ。人型に化けるには一定以上の知能が必要。ミストレブルと違い、ロダロンにそれはないはずだった。


「セエアッ!」


 フジの選択は速攻である。いつも以上に雑念が多い今、戦いが長引けばその誤差が大きな誤算に繋がる。超自然の落雷が青の戦士に落ち、黄昏の下町に大きく稲光が弾けて水面に乱反射する。


「フィアーッ!」


 萌百子が懐かしの赤装束の宇宙海賊の如く左腕を突き出し右手を沿える。左手の先にはぷらんと袖が垂れているが、手先のある場所が大きく膨れ、袖が一直線に伸びて鳥を象ったオレンジの火炎弾が発射される!


「セッ!」


 強化形態ではバリアーは張れない。正確には張れなくもないが、展開可能な時間はたった三秒で強化形態中は集中力に欠けるため強度と精度に不安がある。そのためフジは拳に電撃を纏い、恐るべき瞬発力と精密動作性で鳥型火炎弾を殴って粉砕させた。真っ青な稲妻と真っ赤な火炎、双方がストロボめいて大きく隅田川を染め上げ、衝撃波によるさざ波で暗闇に消える。焼けるような熱い風がフジの体を撫でていった。……。昼間の戦いで大火傷を負ったが、高温に対するトラウマのようなものはないようだった。


「……」


 火炎弾には特に芯となるものもなく、純粋に火炎だった。それ故にフジは戸惑う。火炎を鳥の形に練り上げ、発射するには強力な念力とイマジネーションが必要だ。それも従来のロダロンにはない特徴だ。


「お腹鳴っちゃうかも」


 萌百子から余裕の笑みは消えない。すんすんと鼻を鳴らし、もんじゃのにおいを嗅ぎつけて少しお腹がすいたようだ。


「よいせっと!」


 メッセよ! この敵がロダロンだという情報は本当に正しいのか!? フジはメッセの判断と自分の正気を疑うことになる。

 目の前の……鼎と少し似たやや地雷系ファッションの女子の長すぎる両袖はびよんとゴム紐じみて伸び、フジの両肩の横を通り過ぎた。そしてびしっと引き締まって縮み始めフジの肩に触れた。


「んだぁ!?」


 袖の先端から生え、フジのパーカーの両肩に食い込む猛禽の爪! しっかりとカラスの戦士をホールドし、フジは引き倒されないように後ろに重心をかけて抗った。その間にもどんどん力は強くなり、どんどん正体不明の敵に引き寄せられる。


「フィアーッ!」


「やっぱそうくるよな」


 フジがこれだけ踏ん張っているということは、相手もそうだということだ。これはゴムの性質を持つ特殊な袖を使った綱引きだ。そして敵の絶対領域に籠る力が解放された。当然! フジと萌百子、二人が踏ん張り、袖が縮んだ分の力が溜まっている。萌百子が根競べを放棄すれば、袖はストレスから解放されて好きなように縮む。ハヤブサの主を乗せて疑似的なスワンダイブ式ドロップキックだ。


「セエアッ!」


 フジも地面に立つことを放棄し、助走をつけてドロップキックを放つ。強化形態に入ったことでこのシチュエーションで活きるはずの弾力バリアーとカラス化が使えないので、真正面から迎え撃つしかないのだ。がちん! と鈍い音を立て、カラスのスニーカーとハヤブサのパンプスのソールが正面衝突した。フジは仰向けに倒れて歯を食いしばり、骨まで痺れる衝撃に嫌気がさした。だが敵もドロップキック直後で倒れたままだ。ダメージがあるかはわからないが……。お互いに倒れているならここからは泥臭いグラウンドの攻防だ。フィギュアフォーレッグロック、テキサスクローバーリーフ、スピニングトーホールド、シャープシューター……。昼の戦い、いや、今までの戦いでは使わなかったグラウンドの関節技。そういったものも使わねばならないと反省していたが、今のフジにそんな気力はない。


「なぁ、お前もう帰ってくれねぇか?」


「うん?」


 互いに上体を起こし、赤いほっぺと丸いメガネを覗き合う。それなりの戦士同士の経験則と勘は、敵にはもうやる気がないことを察していた。


「お前の目的は火事場泥棒がいるってアピールだろ? 十分だ」


「そう?」


「敵に約束するってのも変な話だが、少なくともお前みてぇのがいるってわかった以上、俺はメタ・マインとの決戦は免除されることだろうよ。それでいいか? 俺を弾きたかったんじゃねぇ。俺が手頃だっただけだ。そうだろ?」


「ンフフ。でも理解が早くて助かる。いるよ、火事場泥棒も、漁夫も。でも最終的には君たちにはメタ・マインに勝ってもらわないと困る。ウチの先生は、ジェイド一人でメタ・マインに勝てると踏んでいる」


「先生? 医者か? 政治家か?」


「えらーい先生」


「こんなピチピチギャル侍らせて、エローい先生の間違いだろ。消えろ。願ってもねぇ。俺だってメタ・マインとは戦いたくねぇんだよ」


「じゃあね」


 萌百子の周囲に火炎が迸り、質量を伴ったような質感を帯びてから炸裂。炎は溶けたガラスの滝のように糸を引いて流れ落ちながら萌百子を空高くに運び、ロダロンのキャワイ子ちゃんは信じがたい速度で空を穿って東に消えた。


「ヘイ、メロン。今のなんだ?」


「わからない。戦いは引き分けでも痛み分けには程遠いわね。あの子の思惑通りよ。あの子はもう火事場泥棒に来ないけど、前例が出来た。わたしたちは分断された」


「姉貴と……」


「姉貴と?」


「まぁいいや。俺ぁ休む。俺は休むぞ! メロン、悪いけど報連相は頼んだ」




 〇




「そいでどないしたん」


「ああ。メタ・マインとは姉貴が戦う」


「……それで守れるんか?」


 フジの多忙な日は終わり、翌日は昼過ぎから街へ繰り出した。今日の相手はナカムラだ。なんとなく、フジとナカムラはいつも新宿か渋谷で集合し、渋谷で集まった日は新宿に、新宿に集まった日は渋谷に歩いてゴールで適当に食事をした。今日は渋谷から新宿へ、そして薄利多売の居酒屋で駄菓子を摘まんだ。


「近頃は」


「おん?」


「概念があやふやだ。男らしさっていったいなんだろうな。男らしいという概念がそもそも古いのか。それとも図々しいくらいに楽観的に相手の女の気持ちを考え、押しつけがましく助けてやるのが男か? どうだ、俺はカッコいいだろうって。それとも一度フラれたら潔く退くのが男か」


「フジさんフラれたんか?」


「そうだったらお前さんにとって願ってもみねぇことだろうよ。残念ながらそうじゃねぇ」


「残念ちゃうで。望月さんの彼氏がフジさん以上のチャランポランにならないってだけで朗報や。図々しいくらいに楽観的に押しつけがましく? 童貞の俺には男心も女心もわからん」


「俺もだ」


「……マジか。付き合ってどれだけになる?」


「去年の九月からだな」


「あんなええ女が横におってか。逆にすごいで。よく一緒に歩いてて股間パキらんな」


「サークルでお前さんの股間がパキったら俺がお前さんの顔面バキりに行くからな。まぁいいや。お前さんが童貞で助かった。この話に自分を感情移入しねぇ。客観的に答えてくれるだろう。ある男の話をする。よぉく想像力を働かせろよ。そうだな。まずは見た目だ。童貞のお前さんが自分の初めてくれてやってもいいってパキれる程のイケメンを想像しろ。お前さんはウラオビに会ったことがあるんだったな。あいつは確かにスゲェ美男子だったが、あいつとは全く違う。精悍と柔和が黄金比で混ざり、知性をアクセサリーのように纏っている。身長も高い。服装は……ちょっと(カブ)いて和服だ。細身だが筋肉もある。いかにもって感じのかっこよさだ」


「おん」


「でもそいつはずっと前の失恋が忘れられず、今になって元カノにちょっかいを出した。そんでその元カノの取り巻きとトラブってるうちに取り巻きと仲良くなり、復縁の外堀を埋めたかと思いきや急にやる気をなくして全てほっぽり出した。運よく元カノが困り始めて、今やる気を出して助ければまるで特撮! ってシチュエーション。なのにやつはビビった。その元カノよりも前に好きになった、実らなかった初恋の人から貰ったブックカバーで本を読み、自分を一時(いっとき)は受け入れ、誰よりも愛し、誰よりも愛してくれたかつての最愛の人を見捨てようとしている。どう思う?」


「死んだらええねん」


「そいつぁいい」


「清原和博おるやろ」


「ああ」


「巨人行きたかったのに桑田に出し抜かれて西武行って、西武で活躍して仁義通したら巨人行って、巨人行ったら松井おってへそ曲げてボロボロになってオリックス行ったのが清原や。フジさんの話に出てきたそいつは西武にも巨人にもオリックスにもビビっとる。三つともお前が欲しい言うてくれのに、なんで自分からその手を拒むんや。ビビりのガキ、それがそいつや。清原はきちんと筋通した。あれが男や」


「そうだよなァ。そういう意味じゃお前さんはわかりやすい。お前さんなら巨人に行きたかったら巨人が指名してくれるまで浪人してでも待つだろう」


「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。俺は鳴かせて見せようも殺してしまえも出来ん。鳴くまで待って、自然に自分の気持ちがフェードアウトして諦めるの待ちや」


「……今日。姉貴とメタ・マインが戦う」


「タイマンか?」


「タイマンだ。姉貴にリーダーの素質はねぇ。強すぎる姉貴に意見出来るやつはいねぇのに、強すぎる姉貴はチームを活かす方法がシロートだ。姉貴がダメなら兄貴、兄貴が戦ってる間に姉貴が回復し、兄貴と姉貴の交代交代。二人とも回復が間に合ってない状態なら別のやつが戦う」


「フジさんは?」


「俺は免除。火事場泥棒と漁夫に対する最大のカードという肩書のセーフティだ」


「優しい姉ちゃんやな。……。明後日以降。いや、もうちょい先やな。夏頃。俺は望月さんを“超常現象研究会”の次のキャプテンに指名することにした。俺らの代が抜けると望月さんと後輩もう一人。二人ならサークルは解散命令や。来年の春までにもう一人入れられんとアカン」


「鼎ならもう一人引っ張ってこれると?」


「そうは思っておらんかった。重荷になったり無様にサークルごと捨てられるなら、俺の引退と同時に解散。それでよかった。でも俺は望月さんに賭ける。それに俺の就活の学チカはサークルのキャプテンやったこと、やしな。望月さんにそのカードをやる。それでええか?」


「ありがとうな、ナカムラ」


「こっちこそ感謝したい。望月さんは……。入ってきた当初はただのカワイコちゃんやった。今は中身が伴っとる。責任感もあるし、他人に頼りにされ、頼りにしてる。何もないやつは他人を頼りにすることすらせん」


「俺の感謝を聞いてくれ。俺がポータルゲートで飛ばされた時、お前さんが探してくれたんだろう?」


「まぁな」


「で、俺が消えたって言う情報を流したのは匿名のアカウント。でもお前さんはそれが鼎のものだと見抜き、それでも俺を探した。いわば恋敵だぜ、俺はよ。この後俺が何を言うかは、お前さんがどう答えても同じだ。だが聞かせてくれ。アブソリュート・アッシュというヒーローを助けるためか? それとも、最愛の人の恋人を助けるためか」


「両方」


「男だぜ、ナカムラ。本当にありがとう。鼎の猿芝居のあのアカウント……。お前さんの文章に似てた。お前さんは鼎の人生のモブなんかじゃねぇ。……夏か。姉貴と兄貴が負けたら、俺がメタ・マインをブッ殺してやる。絶対に夏までこの星を守ってやるよ。鼎がキャプテンになる晴れ舞台、お前さんの最後の花道。まぁ、姉貴が負ける訳ねぇがなぁ」


「ふっ、言い切れるんか?」


「俺は鼎に賭けた。それで勝つ」




 〇




「珍しい客だな」


 月岡金吾はダイナーの扉を開けた。鳴る回数がめっきり減った扉のベルはカランカランと寂し気になった。金吾の表情は、手に持ったマグカップの中の特濃エスプレッソと同じくらいのイブシ銀なダンディズム。顕真は医者にかかって折れた左手の骨を正しく直し、ギプスで固定していた。


「お、お邪魔します」


「ようこそ、鼎ちゃん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ