第五話 遺跡
日暮れから明け方まで歩き続けて、僕たちはその場所にたどり着いた。
ハルカが「遺跡」と呼んでいた、住む人がいなくなって久しい都の名残。うっすらと届きだした日の出の光によって、想像していたよりもはるかにまともな形を保ったその姿が照らし出されつつあった。
「すごい……地面?って言うのかな、あれの一番下、どれくらい深いところにあるんだろう」
リオナが立つ氷のちょうど真下には、巨大な尖塔状をした建造物の頂点らしきものが認められた。
地殻変動によって生じた深い渓谷、そこに形成された永久氷壁。ここへ向かう道中に、父さんが初めて語って聞かせてくれたところによると、その中に閉じ込められた廃墟群の保存状態は奇跡的と言うほかないぐらい良好で、七万年の時を経てなお機能を保った機器が発掘されることも珍しくないという。
「今まで見せる機会がないままで、悪かった――あまりお前たちに、甘えきった暮らしをしてほしくなかったもんでな」
こんな具合に弁解していた父さんではあったけれど、それにしたって寒さをしのぐ術くらいはもうちょっと持ち出してもらえなかったものかと思う。まあ、そろそろ鹿の毛皮で暖を取るのに抵抗もなくなってきた頃合いなので、今さらの話ではあるけれど。
ともあれ、僕たちがここにやって来た目的は明白で、残されたテクノロジーの産物を活用し、あの怪物に対抗する手段を整えること、そして少しでも身を隠し、休息を取ること――これら二つをおいて他になかった。
どういう手段によってなのかは未だ判明していないものの、アニタは父さんやハルカが衛星を通じて行っていた通信を傍受し、またそれによって僕たちの生活拠点を特定していたものと考えられる。その点、衛星とのリンクを絶ってから移動してきたこの場所であれば、知られる可能性は低いという話だった。
「――まあ、あくまで希望的観測としては、だがな。仮に俺たちの通信が、以前から筒抜けになっていたとしたら――あるいはもし、あのけったいな宇宙船が、地上の様子をくまなく見渡すような機能を有していたとすれば、正直に言ってお手上げだ。そうした最悪の可能性も考えると、二四時間以内にここで鉢合わせるような事態もあり得る」
僕たち三人に覚悟を促すような間をおいて、父さんは続ける。
「要はできるだけ早く、目当てのものを掘り出す必要があるわけだ。疲れてはいるだろうが――今はお前たちの手で、何とかするしかない」
足下から語りかける父さんに向かって、僕たちは大きくうなずいた。
最優先で確保する必要があるのは、はるか昔から厳しい寒さの中にあったこの地で人々の暮らしを支えてきた最重要の技術、すなわち熱を発生させる装置だということだった。都市を丸ごと暖めていた超強力な熱源、俗に人口太陽などと呼ばれていたそれの作用を狭い範囲に集中させることで、そこに存在する生物は身体中の液体が瞬時に気化し、なすすべもなく死に至る。遠い昔の戦争では実際にそうした応用がなされ、大きな悲劇を生んだ実例もあったそうで、理論上では地球生物にその攻撃を生き延びることは不可能だともいう。たとえ不完全にであっても、件の装置が残されていたなら、父さんの力と知識を――すなわち、人類が手にしていた叡智のほぼすべてを――総動員すれば、ものの数時間で再現は可能であり、そして目下、現実的には、それが唯一アニタに対抗しうる方法なのだという。
「――まあ、そこまで分の悪いものではないにせよ、これは賭けだ。全員で手分けして、ちょうどこの真下あたりに埋まっている人工太陽まで到達する。機構の少なくとも一部は、損なわれることなく残っている。そして、それの修復が完了するまで、あいつは俺たちの前には現れない。以上すべてが満たされれば勝ちだし、そうでなければ――負けだ」
負け、という一語がことのほか強い調子で発せられたので、寒さにちぢこまっていた僕たちの背筋も自然と伸びる。そう、これは戦いだ。人類の歴史が続いていくか、再び潰えてしまうかの命運を賭した、強大な異生物との全面戦争だ。
「――勝たなきゃ、絶対に」
朝日に輝き始めた氷の谷に、僕の決意を乗せた一声がこだました。




