第六話 進展
掘削を開始してから目当ての機械を手中に収めるまでの行程は、まったく何の滞りもなく進んだ。唯一にして最大の難所はその準備段階、すなわち掘削機の運搬で、人一人分の重さはゆうに超えているだろう金属の塊を、数kmの距離――それも、途中何度か急な坂を上りながら――たった三人で押してくるのは、これまで経験したことのない種類の苦行だった。
まあ、手はずさえ整えてしまえば後は待つだけで、セッティングを終えた掘削機は本当に全自動ですべてを行ってくれた。
角の落とされた直方体から四方へと細長いアームが伸びていき、それぞれの先端が氷の表面に打ち込まれる。本体が上下に二分割され、下半分が甲高い音を発し始める。直後、少し離れて見ていた僕たちもしばらく視界を奪われるくらいの水蒸気が立ちこめる。その後、何分もかからないうちに掘削機は音と振動を止め、やがてその下部に直径五、六mばかりの球体をくっつけて再び元の場所に戻ってくる――とまあ、そんな具合で、そのうまくいきようといったら、先行きを不安に思う気持ちも消し飛ぶくらいのインパクトがあった。
もっとも、喜ぶにはまだまだ早い。人工太陽なる機械が万年単位で氷漬けにされた後、どの程度その機能を保っているかはまったくの未知数だし、まずは父さんが作戦の成否を見通せるまでにも小一時間はかかるという。
「――そんなわけだ。お前たち、しばらく腹ごしらえと、息抜きでもしているといい――念のため、警戒は怠らないようにして、な」
こう言われて、僕たちはようやく、半日強ぶりの食事にありつけることになったのだった。
「――結局、何者なんだろうね。あの、アニタって、人――?って」
答えを求めるふうでもなく、今ここで答えが得られるわけもない問いを、リオナが口に上せる。僕は一応、どうだろうね、気にはなるけど――といったニュアンスの表情と首のかしげ方をしつつ、少し固くなりすぎた干し肉を咀嚼する。フィオナは無言のまま、ドライフルーツの小さな粒を口に運んでいる。状況を考えれば仕方ないところではあるけれど、彼女は僕たちの中でもひときわ暗い顔をしたままで、父さんの撤退宣言から今までろくに声も聞いた覚えがなかった。いつもなら交互にテンポ良く話し続ける双子の一方がそういう調子なので、いやが上にも沈黙の重さが意識され、いっそう気持ちも沈んでいってしまう。そんな雰囲気に耐えられなくなって、僕は急いで干し肉の塊を飲み込むと、考えもまとまらないまま口を開いていた。
「遺伝子変異体、といえば、世界のあちこちで戦争が続いていた時代には、様々な戦局人知れず暗躍した――なんて噂もあったみたいだけどね。平和な時期にも、極地での仕事に従事する人たちの働きは人間の能力を超えている、遺伝子操作でもされていなければ説明がつかない、なんて、まことしやかにささやかれてもいたし」
いずれも都市伝説の域を出るものではなく、専ら正史を取り扱うハルカの講義では一度として触れられたことのない話題だった。それはこの場でも当然そういうものとして受け止められ、すぐさま僕たちの意識の外へと出ていくと思っていた。
「――あれ?でもさ」
ところが、リオナはほんのわずかな違和感をすくい上げ、その正体を吟味するような間を置くと、僕たちにそれを示した。
「エイジのお父さん――すぐに断定してたよね。あれは、遺伝子変異体だ、って」
言われてみるまでまったく気にも留めていなかったものの、確かに妙な話ではあった。遺伝子変異体、という単語は、あのときの状況を見るやすぐさま父さんの口に上っていたように思う。そこに驚きとか、意外性といった感情が指し挟まっている様子は見られなかったし、思えば父さんの仕事は――
「待たせたな、お前たち」
突然、背後からかけられた声に思考を中断させられる。振り返ると、自分の身体の三倍くらいはあろうかという大きさの機械を二本のマニピュレーターで掲げ持って、父さんが僕たちの顔を見上げていた。
「予想以上にうまくいってな、とりあえず――完成、と言っていいだろう。あとは、実戦について、話を詰めたい。腹はもう膨れたか?」
「ああ――うん」
「そうか。それなら、すぐ移動だ」
有無を言わさぬ口調はいつもどおりのようでいて、どことなく何かを取り繕うような雰囲気をまとってもいるような気がした。




