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9.誰にでもできる簡単なお仕事です

 俺とテスラ、試験官のお姉さん、そして小さな女の子の四人は、森に向けて街道を順調に進軍していた。


 クエストの受注書を試験官さまに見せたとき、その場で不合格を言い渡されるのではないかと俺は内心冷や冷やしていた。だが彼女は目線だけで内容を読むとただ一言、では行きましょうと言った。


「それにしても、メリルちゃんはどうしてギルドに依頼を? 家族の人と採集に行けば良かったんじゃないの?」


 小さな女の子は、名前をメリルという。


「お父さんには内緒で行きたかったの! でも一人で森に入っちゃだめって、いつもお父さんに言われているから……。」


 なるほど、それで俺たち冒険者にお願いしようってことか。


「へぇ~。もしかして、それってお父さんにプレゼントするの?」

「うん、そうなんだぁ! リコルスの薬草はお茶にして飲むと、元気いっぱいになるって有名なんだよ? もしかしてアレンお兄ちゃん、知らなかったの??」


 はい、知りませんでした。そんなの俺が知っているわけがないだろ。

 それにしても、リコルスというのは回復薬かぁ。

 たぶん滋養強壮剤のような、ちょっと元気になった気がする程度のものだろうけれど。


「と、当然知っているよ、そんなこと! なんたって俺は、依頼者から超人気の冒険者だぞ!?」

「ふ~ん。」

「……。まぁそれで、お父さんに元気になるお薬を、サプライズでプレゼントしようってことだな?」

「うん! お父さんいつもお仕事でしんどそうにしてるから、元気になって欲しくて!」


 ええ話やな。


 メリルの天使のような笑顔が、今まで張り詰めていた俺の心に一時の安らぎを与えてくれた。

 ふと隣を見てみると、メリルの話を聞いて感動した無口な神官は、目を赤くして視界を滲ませている。


 いやいやいや、それは感情移入しすぎだろ。

 お前は女神さまか!




ΔΔΔ




「お~い! こっちにも見つけたぞ~!」


 俺は足元に生えたリコルスを根元から折り取った。

 薬草リコルスは一つの枝に十枚程度の葉が生えており、花の部分は薄紫色のつぼみのような形をしていた。

 知っていると豪語した手前、どのような植物かを聞くことのできなかった俺は、メリルが見つけて採取している様子を観察していた。


 手は出さないでくれと言ったが、テスラもいつの間にか俺の真似をして、薬草を摘んでいるようであった。ただその中に、いくつか関係のない葉も混ざっていた。


 試験官のお姉さんはというと、ただ一人、そんな俺たちを遠巻きに見つめているだけである。

 だが、自分だけ何もしていない状況が心苦しくなったのか、蚊の鳴くような声で、「こ、ここに、リコルスが生えているのですが……」とそっぽを向きながら指を差して教えてくれた。


 なんだよ、このツンデレちゃん。

 手伝いたきゃ、気にせず手伝ってくれればいいのに。ただ、時折見せる複雑そうな表情がちょっと気になるんだよな。


 結果として、誰にでもできる簡単なお仕事です状態であった。特に魔物と遭遇するというわけでもなく、まれに小動物を見かける程度の危険のないものだ。確かにこれなら、ギルドに依頼するほどのものではないというのも頷ける。


 そして俺たちは、意気揚々としてギルドへの帰路に就いた。




ΔΔΔ




 俺とメリルはギルドへ到着すると、カウンターに居たマーシャさんに自慢気にリコルスの葉を見せつけた。


「いや~、簡単な仕事でしたよ、マーシャさん! 見て下さい。この大量のリコルスの葉を!」


 俺はまるでお札のように、マーシャさんの顔の前で広げて見せる。

 だが、彼女はそんな俺を無視すると、カウンターよりも下にいるメリルに話しかけた。


「ね、ねぇ、メリルちゃん? この葉っぱで何を作ろうとしているの? ま、まさか、お茶を作ろうとしているわけじゃないよね……?」


 彼女の言動と蒼白な表情が、俺の心を一気に粟立てる。

 メリルもそれを感じ取ったのだろう、先ほどまでとは打って変わって不安気な表情を滲ませた。


「え……? そ、そうだよ。お父さんに元気になってもらおうと思って、この葉っぱでお茶をいっぱい作るの。」


 はぁ~と大きな溜息をついたマーシャさんは、上を向いて額に手を当てた。


「ごめんなさい。わたしがちゃんと説明をしなかったからいけなかったわ。」

「ど、どういうこと……?」


 マーシャさんは真剣な表情で、メリルに視線を合わせる。


「いい、メリルちゃん? よ~く聞いてね? リコルスの栄養分は、この葉っぱではなくて、根の部分に集中しているの。つまりね、採取しなきゃいけないのは、葉の部分ではなくて、根っこの方なの。それにね、リコルスの葉は苦味を抽出するときに使う、毒のようなものなのよ。だから、これはお父さんに渡さない方がいいと思うわ。」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は頭をハンマーで殴られたかのような強い衝撃を受けた。

 とてもではないが、メリルと視線を合わせることなどできるはずもなく、俺は黙って俯くしかなかった。

 今日一日の自分の間抜けな言動を深く悔いながら。


「そ、そうなんだ……。失敗しちゃったな、わたし……。あはは。」


 メリルは、目に一杯の涙を溜めながら必死に泣くまいとして、気丈に振る舞おうとしている。

 その場に、とてつもなく重たい空気だけが、容赦なくのし掛かる。


「こんな時に、すごく言いづらいのだけれど……。一応、ギルドとしては、これで依頼が完了になっちゃうのよ。もし使わないのなら、この葉っぱはわたしの方で処分をしておくわよ……?」


 そう、クエストの受注書には、薬草リコルスの採取とだけ書かれていた。その用途も、部位の指定もどこにも記載されていなかったのだ。だから、葉っぱを採取してもそれは立派な薬草リコルスとなり、めでたく任務完了となる。


「ありがとう、お姉ちゃん。じゃあお願いします!」


 文句一つ言おうとしないメリルは、俺の方へと静かに向き直る。


「それと……、アレンお兄ちゃん。人気者で忙しいのに、時間を無駄にしてしまってごめんなさい。はい、これ!」


 依頼報酬の銅貨を握り締めたその小さな手を、メリルはそっと差し出した。

 

 そんなの、受け取れるわけがないじゃないか。

 必死で貯めてきたであろう大事なお小遣いを。


 それを思うと、俺の胸は張り裂けそうになった。


 こんな小さな子が一人でここへ訪れたとき、どれだけ心細かっただろう。

 父親の喜ぶ顔を見たいがために、きっと、必死で勇気を振り絞ったに違いない。

 それなのに俺は!

 この子のそんな決意を、土足で踏み躙ったんだ!!

 何が簡単なお仕事だ! ふざけんなっ!!

 その簡単なお仕事ですら、てめぇは何一つ真面にこなせてねぇだろうがっ!!


「受け取らないのですか? 正式な依頼に基づく、正当(・・)な報酬ですよ? それに、あなたがそれを受け取らなければ、ギルドの信頼を失墜させることになります。それが、分からないわけではありませんよね?」


 んなぁこたぁ分かってるよっ!!

 でも! 受け取れねぇんだよ!!


 後ろで様子を傍観していた試験官の姿は見えないが、どんな顔をして言っているのかは手に取るように分かる。

 俺は自然と震える手を、握り拳を固めて必死に抑え込んだ。


「ア、アレン君……。ごめんね? わたしがちゃんと説明しなかったから。でも、一応、その報酬は受け取ってもらえないかな……?」


 マーシャさんが謝ることじゃないよ。

 これは全部、俺が悪いんだ。

 正式な依頼である以上、それを受け取る必要があるのは分かっている。

 だけど俺には、どうしてもそれができない!


 俺は何も言えないまま、ただ石像のように固まったまま立ち尽くした。

 すると後ろから、小さな溜息が聞こえた。


「実は葉が毒であり、根っこの方こそが本来の目的であることをわたしは知っていました。アレンさん。あなたは黙って見ていたわたしのことを恨みますか? 別にそれでも構いません。ですが、こういうことは自ら失敗をしなければ分からないことです。そのため、わたしはあえてお教えしませんでした。」


 彼女を恨む?

 そんなこと、思うはずがない。だって、最初に彼女ははっきりと言った。

 手出し(・・・)はしないと。

 

「あなたの不運は、薬草リコルスの詳細を依頼者も含めて知らなかったことです。そしてあなたの間違い(・・・)は、知らないことを調べずに、そのまま出発をしたことです。」


 くそっ!


「不運は誰にでも起こることです。ですが、冒険者は間違いを犯してはいけません。なぜならその間違いは、自分や仲間の死に直結しているからです。

 だからこそ、その不運を知識と準備で補うべきなのです。 

 あなたはどうして調べなかったのですか?」


 だって、それは。ただ薬草を取ればいいだけだと思ったから……。

 

「別に調べずとも、誰かに聞けば良かったのです。

 ただそれだけのことを、あなたは怠った。」


 確かに、そうだけど……。


「簡単な依頼だから、適当に終わらせようとでも思いましたか?」


 違う! そんなこと、俺は思ってなんかいない!


「その慢心が、今の結果を招いたのです。

 悔しいですか? どうにかしたいですか?」


 当たり前だ!


「あなたのその首に着けたプレートは、ただの飾りですか?」


 これは……、飾りなんかじゃねぇ!


「そうではないでしょう?

 あなたは冒険者ではないのですか!? 

 だったら! そんなところにつっ立っていないで、あなたは、あなたのやるべきことをちゃんとなさい!!」


 彼女の言葉に、一つの間違いもなかった。

 無遠慮に投げ込まれた幾本もの鋭利なナイフは、俺の心をずたずたに切り裂いた。


「お姉ちゃん、もうやめて! 悪いのは全部わたしなの! わたしがちゃんと調べなかったから悪いの!」


 違うよ、メリルちゃん。やっぱり、悪いのは俺なんだ。

 だって俺は、冒険者だから。

 依頼者のミスや勘違いも、知識と経験でカバーして任務を全うする必要がある。

 それがプロってもんだ。


「マーシャさん、すみません。ちょっと用事を思い出したので、出かけてきます。報酬は後で必ずもらいますから。」

「あ……、え? ちょっとぉ?」


 ったく、何やってんだよ俺は。

 こんな小さな子に庇われて、笑っちまうよ。

 いつまで自分を転生者だとか言って甘やかすつもりだよ。

 怖いならとっととやめて、商売でも何でもやればいいだろが。


 俺は小さな依頼者と目線を合わせるために、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


「メリルちゃん、お兄ちゃん冒険者のくせに何にも知らなくて、本当にごめんなぁ。」

「ううん、いいの。悪いのはわたしだから!」

「そんなことないよ。あのな、お兄ちゃん、これからちょっと出かけてくるから、この無口なお姉ちゃんと一緒に、ここで少し待っていてくれるかなぁ? お姉ちゃん無口だけど、一緒にいるとすごく楽しいから!」


 心優しき相棒は、今度こそ任せろという感じで大きく胸を張った。


「うん、分かった! 気を付けてね、アレンお兄ちゃん!」


 その小さな笑顔を背にして、俺は冒険者ギルドを勢いよく飛び出した。




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