8.書類選考
「自分で言い出しておいてなんだけどね。まぁその……、都市伝説というか……、噂話のようなものだけれど……。」
妙に歯切れの悪いマーシャさんは少し目線を上げ、頬を人差し指で小さくかいた。
「え~と、つまり……どういうことですか?」
「実は、彼女の素性はわたしもよく分からないんだけどね。何でも、自分の気に入った人を弟子にして、戦闘に関する技術を教えている、という噂を聞いたことがあるのよ。」
本当にただの噂話だ。
マーシャさんの話だと、メイドのお姉さんはギルドを訪れては周辺の魔物の情報や、何か変わったことがないかといったことを聞きにくるらしい。ギルドの方でも住民の安全のため、ある程度の情報はオープンにしている。
名前も分からない謎の多いお姉さんではあるが、一つだけ確かなことがある。
それは、彼女が冒険者ではないということだ。
何だか雲を掴むような話に聞こえるが、ギルドに俺のような超初心者コースがない以上、駄目元でお願いしてみるというのも選択肢の一つだ。
断られたら仕方がない。その時は諦めて、ギルドの訓練を受けよう。
それから数日間俺は張り込みをしている刑事のように、ギルドに彼女が訪れるのを待った。他の冒険者からは、クエストも受けないで何をやっているのだという冷たい視線を感じていた。
そして遂に、その時が来た。
マーシャさんとの約束もあるため、俺はメイドのお姉さんにギルドの外で声をかけるつもりだ。
彼女がこちらを気に留めるという様子はなく、そのままギルドを後にする。
「よし、行くぞ! テスラ!」
なぜかテスラも緊張の面持ちで、某ロールプレイングゲームキャラのように、ぴったりと俺の後に続いている。
それにしても、いざ声をかけるとなると緊張するよな。それに、どうやって話しかければいいのかもよく分からない。
そんなことを考えている内に、メイドのお姉さんは建物の角を曲がった。
俺もそれに続いて角を曲がる。
が、そこに彼女の姿はなかった。
あ、あれ? どこにもいない。そこまで時間は経過していなかったはずだぞ。ワープでもする魔法を使ったのかよ。
「一つ質問があります。わたしはあなたに、尾行されるようなことを何か致しましたか?」
後ろの物陰から発せられた言葉に心臓がどきりと高鳴り、俺はゆっくりと振り向く。
目を見張るほどに美しいその顔に一切の感情はなく、鋭い眼光のみがただ俺を見つめていた。
「あっ、ち、違うんです! 不愉快な思いをさせてしまってすみません! あなたに一つお願いがあって、こんな尾行まがいなことをしてしまいました!」
まがいではなく、本当にただの尾行、ストーカー行為そのものだ。
頭の上にクエスチョンマークを作って小首を傾げた彼女は、無言で話の続きを促した。
「僕を、あなたの弟子にしてください!」
「どうしてわたしが、あなたを弟子にしなければいけないのでしょうか?」
彼女の表情に、一分の変化もなかった。
並みの男なら、ここで心が折れているだろう。
そう、俺の心はぼっきぼきに折れまくっていた。
「実は、あなたが冒険者に稽古をつけているという話を小耳に挟んだので、もしよろしければ、僕もお願いできないかなぁと思いまして。」
「その話は、どなたからお聞きになられましたか?」
「いや、噂話で知ったというか……。ギルドの職員から聞いたというか……。」
面接試験なら、絶対に落とされるパターンだ。
あぁー、終わった。
ギルドの訓練を頑張るか。明日から。
思案顔の彼女は少しだけ視線を外したが、すぐに俺へと向き直る。
「明日の朝、この場所にお越しいただけますか?」
不採用と信じて疑わなかった俺は、彼女の意外な言葉に内心驚いた。
「はい、もちろん! じゃあ、弟子入りさせ――」
「詳細は明日、お話し致します。では失礼します。」
それだけ伝えると、彼女は踵を返して音もなく立ち去る。
そのすらりと伸びた姿勢の良い背中を、俺はいつまでも見送った。
ΔΔΔ
翌朝、俺とテスラは指定されていた昨日と同じ場所へと向かった。
そこにメイド服の女性の姿はなかったが、フード付きの外套を被った人物がひっそりと佇んでいた。
顔を確認することはできないが、外套の上からでも分かるあの凛とした立ち姿、間違いなく彼女だ。
「おはようございます! すみません、お待たせして!」
「おはようございます。唐突で恐縮ですが、先ずあなたにお話しておくことがございます。」
どれぐらい前から俺たちを待っていたのかは分からないが、彼女がそのことを気にする様子は特になかった。そしてこちらの反応を待たずに、説明を始める。
「あなたへの指導を行うかどうかを最終的に決めるのは、わたしではありません。わたしのお仕えする旦那様がお決めになられます。」
「そ、そうですか。分かりました。ではこれから、その方のところへ?」
彼女は小さく首を横に振る。
「その前に、旦那様のところへお連れするだけの資格があなたにあるかどうかを、先ずはわたしの方で判断致します。もしその資格がないと判断した場合、残念ですが今回のお話はなかったこととさせていただきます。」
採用面接に進めるかどうか、先ずは書類選考といったところか。
「その判断は、何を以って行うのですか?」
「ご理解が早くて助かります。」
そう言うと、彼女はほんの少し間を空ける。
「これからあなたには、クエストを一つだけ受けていただきます。特にこちらからの指定はございません。お好きなものを選んでいただいて結構です。」
まぁ、そうなるわな。選んだクエストの種類でだいたいのレベルも分かるし、その内容を観察するだけで、そいつの実力が分かるんだから。
要するに、先にお前の実力を見せてみろってことか。
「分かりました。本当に何でもいいんですね?」
「はい、構いません。わたしはあなたがどのようなクエストをお受けになるか、見させていただきます。それとクエスト中、わたしは一切の手出しを致しませんのでご承知おきください。」
テスラの方を向くと、任せなさいと言わんばかりに鼻息を荒くさせて俺を見上げている。
ありがとな、テスラ。
「もしかして、俺を手伝おうとしてくれているのか? ありがとな。でもテスラは手を出さずに見ていてくれないか? これは俺の試験なんだ。俺が自分で乗り越えなきゃ意味がないんだ。」
そうなの? という感じで頼れる相棒は寂しそうに肩を落とした。
ΔΔΔ
クエストボードを目前にして、俺は愕然としていた。
なぜなら、俺の受けることができるクエストが一つもないからだ。
階級的にクエストの数が少ないとか、そういう意味ではなく、転生後のアレンの実力では無理だということ。
ゴブリンの棲み処に行って退治して来い? そんなもん、集団で襲撃されたら死ぬだろうが!
アンデッドを浄化して来い? 俺は神官じゃねぇ! こっちがアンデッドにされるわ!
スライムを捕まえて来い? 実はスライム最強説を支持しているから無理!
採集系のクエストもあるのだが、そこは狂暴な魔物の群生地であったりするため、今の俺ではただの死地にしか過ぎない。
テスラが協力してくれれば、選択肢は一気に増える。しかし、今さら手伝ってくれとは口が裂けても言えるはずがない。
それに、先ほどから俺を無言で見つめる試験官さまの視線が、背中にちくちくと刺さってすごく痛い。
玉のような脂汗を額から垂らしながらクエストボードを見つめていると、隣のカウンターから話し声が聞こえた。
「その内容なら、わざわざギルドに依頼するほどでもないんじゃないかなぁ。それに、気を悪くしないで聞いてね。あなたの提示した金額だと、たぶんだけど……、誰も受けてはくれないと思うの。」
マーシャさんが、これ以上ないというぐらい申し訳なさそうな表情で、カウンター越しの女の子に返答している。
一体どうしたんだ? それにあの女の子。どうみても七、八歳ぐらいだよな。そんな子供が、血の気の多い大人どもがいるギルドに一人でクエストの依頼か?
「マーシャさん、どうかしたんですか?」
「あ、アレン君! 実はね……」
女の子の依頼は、街の近くにある森に群生している、リコルスと呼ばれる薬草の採集を手伝って欲しいというものだ。そしてその報酬金額が僅か銅貨三枚という、一回の食事代にも満たない程度の金額である。
そのため、無碍に断るのも可哀想だと思い、困り果てていたということだった。
俺はあることを確認すべく、マーシャさんに耳打ちする。
突然のことに、彼女は一瞬どきりとして顔を引いたが、ほんのりと頬を染めた顔をゆっくりと近付けて来た。
「その薬草の生えている森って、危険なところなんですか?」
「いいえ。そこは街の近くということもあって、そんなに狂暴な魔物がいるわけでもないわ。だから街の人はギルドに依頼せず、自分たちで採りに行く人が多いのよ。」
これだ! 正に、俺のためのクエストだ!
内容はただの子守みたいなものだし、今の俺でも十分可能なクエストだな。
試験官さまの反応が気になるけれど仕方がない。下手に高レベルなクエストを受けて失敗するよりは、成功させた方がいいに決まっている。
「その依頼、俺が受けますよ!」




