7.戦闘メイド
「お! 仲間殺しの冒険者さまじゃねぇか!」
俺がメイド姿の女性を眺めていると、酒を飲んで騒いでいた男の一人が声を上げた。
そしてこのフロアにいるほとんどの冒険者たちの視線が、一気に俺へと集中した。
昨日の会話が聞かれていたのだろう。どうやら俺の仲間が死んだことは、既にギルド内では周知の事実らしい。
ったく。こんなテンプレな絡み方しやがって。こういう馬鹿は無視するのが一番だが、変な噂が広がってもつまらんし、ここはしっかりと訂正しておく必要があるな。
「俺は仲間を殺してなんかいない! それに神の裁きを受けて、身の潔白は証明されているぞ!」
「ほぉ、そりゃ良かったな。仲間殺しさん。」
くっ。この野郎ぉ。
「アレン君、相手にしちゃダメ。彼にはわたしが後で、きっちりと注意しておくから。行きましょう。」
「分かっていますよ。俺もこれ以上相手にするつもりはありません。」
ふんっ。お前みたいなスキンヘッドは、後でこの強いお姉さんにたっぷり絞られろ!
俺は何とか気持ちを抑えて、カウンターへ向かおうと歩き始めた。
「おい、後ろのローブを被った小っせぇの! 次はお前の番かもしれねぇから気を付けろよ! それとも、あいつらがつるんで仲間の二人をはめたのかもな!?」
そう言い終えると、やつの周りにいる男共からどっと笑いが起こった。
その言葉を聞いた瞬間、俺の足は棒のようにぴたりと動きが止まる。
待てよ、このクソったれ。俺を揶揄すんのは百歩譲っていいとしてやるよ。
でもテスラは駄目だ。この子だけは絶対に駄目だ。
命の恩人、いや、友人を愚弄されて黙っているほど、俺はお人好しなんかじゃねぇぞ。
「……取り消せ。今の言葉は取り消せ、スキンヘッド。」
「あぁ? てめぇ、誰に向かってほざいてんだ?」
その瞬間、ギルド内は水を打ったようになり、険呑な空気が張り詰める。
男が背もたれから上体を起こし、立ち上がろうとしたときだった。
カウンターにいたメイド服の女性が、男の肩を押さえつけた。
スキンヘッドの男は苦悶の表情を浮かべ、それ以上ぴくりとも体を動かすことができないでいる。
あのお姉さん、一体どんな膂力をしているんだ?
腕一本で大男を椅子に押さえつけるなんて。
「それぐらいにしておいてはいかがでしょう。彼は神の裁きを受け、身の潔白が証明されているようですよ? これ以上続けて問題を起こせば、重大な規約違反となります。最悪、あなたの冒険者としての資格が剥奪されることになりかねませんよ?」
感情のこもらないその声は、聞く者により一層彼女の深淵さを感じさせる。
「ぐっ……。分かってるよ、んなこたぁ! ちょっとからかっただけじゃねぇか。」
「はぁい、そこまでぇ~! ねぇ、アーロイさん? これ以上続けるなら、わたしが相手をするわよぉ~?」
「いや、そりゃ遠慮しとくぜ、マーシャ。」
マーシャさんの乾いた笑顔を見たアーロイと呼ばれた男は、媚びるようなぎこちない笑顔を作った。もしかするとマーシャさんは、このギルドの監視役も兼任しているのかもしれない。
そしてメイド服の女性はすれ違いざまに俺を一瞥すると、特に何を言うでもなく、そのままギルドから立ち去った。
俺はテスラを見下ろすと、ごめんなという感じで苦笑いを浮かべた。
彼女もまた、気にしてないよという表情で返事をしてくれた。
ΔΔΔ
気を取り直した俺たち三人は、今後のことについて相談をしている。
「アレン君の更新試験は締め切りに間に合いそうにないから、そのタグプレートは返却してもらうことになりそうね。」
マーシャさんの話で、このタグプレートは俺の想像以上にハイテクな物であることが分かった。
自分の身分を証明することはもちろん、その他にもギルドポイントの管理が行えるようだ。ギルドポイントとは、所謂仮想通貨のことだ。これによって現金を持ち運ばなくても、各地のギルドで換金が可能になるらしい。要するに、キャッシュカードとしての役割を担っている。
そしてその技術は完全にブラックボックスで、ギルド組織の一部や王族、商工ギルドの工匠しか知り得ない。
よく観察してみると、プレートは単純な一枚の金属ではなく、複数の金属を薄く張り合わせた構造となっている。要するに、この中にノウハウが詰まっているわけだ。当然、解体されて調べられることの対策もされているのだろう。
それ故に、プレートを紛失した場合のペナルティも、階級が上がる毎に相当なものとなるようだ。
また、冒険者が死んでしまった場合だが、持ち主のギルドポイントの所有権は全てギルドに移譲されるようだ。これは、仲間殺しを防ぐ対策の一つでもあるそうだ。
そのせいで、階級の低い人はあまりギルドポイントを貯めないんだけどねと、マーシャさんは苦笑混じりの表情で話していた。もちろん、階級毎に必ず預けておかなければならない一定のポイント額はあるようだ。
そして、遺書を残す制度もあるようだが、ギャンブラーな彼らはほとんど利用していない。
そして最後に、仲間が死んで、タグプレートを紛失した場合だ。今回の俺が該当する。
その場合、残った者が紛失代金を支払うようだ。正に、踏んだり蹴ったり状態。だからこそ冒険者は皆、そんな最悪な状況に陥らないように腕を磨き、より強力な仲間をパーティーに引き入れようとする。俺は預けていたポイントと所持していた硬貨によって、何とか支払うことができた。
何だかデメリットの方が多いような気もするだろうが、もちろん、ギルドへ加入することによってそれ以上に多くの恩恵を受けることができる。
それにしても、一体冒険者の何がそこまで、彼らを冒険へと駆り立てるんだろうな。
名誉? 自由? 一獲千金を夢見て? それとも、武の極みを目指して?
なぁ、アレン。お前は一体、何を目指していたんだ?
「もう一度試験を受けて合格すれば、そのプレートは返してもらえるんですよね?」
「えぇもちろん。ピカピカの新しいプレートがもらえるわよ!」
いや、そうじゃない。俺はその年季の入ったアレンのプレートをそのまま返して欲しいんだ。
それは、仲間と共に積み上げたアレン・マクスベルという男が、この世界に生きていたという証。
だから、そのものじゃないと意味がない。
「いや、できれば、そのままプレートを返して欲しいんです。それは仲間と共に俺が冒険をしてきたという一つの証ですから。」
俺の言葉を聞いたマーシャさんは、少し切なげな表情で自分のプレートをそっと握り締めた。
「このタグプレートは秘匿性の問題で基本的に保管はせず、すぐに廃棄して再利用するの。でも、わたしからギルド長に一度掛け合ってみるから任せておいて!」
「ありがとうございます、マーシャさん! 感謝します!」
いつになく優しい表情を浮かべたマーシャさんであったが、すぐにその顔色を曇らせた。
「それより問題は、アレン君の記憶の方よね。本当に魔法や戦闘に関する記憶まで失くしたの!?」
「ん~、そうなんですよねぇ。本当に何も思い出せなくて。」
そう、俺の一番の問題は戦闘に関する情報がまるでないということだ。正直、転生した自分の実力さえ分からない。そんな状況でいきなりクエストに挑むのはあまりにも無謀だ。
これを解決しないことには、更新試験の合格など夢のまた夢となる。このままだと、本当に冒険者としての資格を失うことになりかねない。
それにこの記憶喪失設定もひどく曖昧だ。どこまで覚えていて、何を忘れているのかはぼかした説明にしている。早く独り立ちできるようにしないと、思わぬところでぼろが出るかもしれない。
「ギルド内で教官としてわたしが教えてあげることもできるけれど、他のギルドのお仕事もあるからあまり効率的とは言えないわねぇ。……ただ、一つだけ心当たりがあると言えばあるのよ。」
「本当ですか!? ぜひ教えてください!」
マーシャさんは周囲を見回して確認すると、俺の耳元へそっと顔を近付ける。
ほんのりと漂う甘い香りは、俺の鼻孔をくすぐるように刺激した。
やだ、すごくいい匂い。おじさん頭がくらくらしそう。
「絶対誰にも言っちゃダメだよ。アレン君は特別だからね。」
表情だけは真面目にして、俺は黙って大きく頷く。
そしてアレンがイケメン冒険者であったことを心の底から感謝した。
「さっきの騒ぎで助けてくれた、メイド服を着た女の人がいたでしょ? あの人に戦闘技術を一から学ぶの。」
プラチナムエント級の冒険者推薦ってことは、やはり相当な腕の持ち主だということか。
神妙な顔つきでマーシャさんを見つめていた俺は、頭の中である妄想をしていた。
冷たい目のメイドさんに罵倒され、厳しい特訓でしごかれる自分の姿を。




