6.神の裁き
嘘だろ? 何も知らない異世界で、唯一の身分証明書を取り上げられてニートになるのかよ。ニートならまだましな方だ。これじゃあ、ただの放浪者じゃねぇか。
傍から見れば、今の俺は感情の抜け落ちたような虚ろな表情をしているかもしれない。
俺の様子に気が付いたマーシャさんが、慌てた様子で説明を続けた。
「ア、アレン君!? 大丈夫!? 階級の剥奪って言っても、それは一時的なものになると思うから安心して! ただ、アレン君が他の二人を殺していないってことが前提条件だけど……。」
俺が? あの二人を殺す?
マーシャさんの言葉を聞いて、俺は今更ながら自分の置かれている状況の深刻さと、自身の馬鹿さ加減にようやく気が付いた。つまり、俺は殺人の容疑者ということだ。
ここは剣と魔法の世界だ。そりゃ凶悪な魔物に仲間を殺されることもあるだろう。だが、仲間を殺してその金品を奪うということだって当然有り得るわけだ。
全く、何が俺にできる手向けの土葬だ! そんなのはただの自己満足だ! 本来ならもっとやるべきことが他にあったはずだ。第三者による現場の検分とかな。
一度死にかけたはずなのに、俺はまだ心のどこかでこの異世界を舐めていたんだ。
事後報告で、仲間が死にました、あらかわいそう、それで終わりだと。
だって冒険者なんだから、クエスト中に命を落とすことだってあるよね。自分が証言者となればみんな信じてくれるよね。その程度にしか考えていなかった。
それに、記憶喪失になりましただ? そんなの余計に怪しいだろうがよ!
俺はここで、ベッツさんの言った言葉の意味を初めて理解した。
「マ、マーシャさん! 俺はあの二人を殺してなんかいませんよ! 本当です、信じてください! 確かに、対応はまずかったかもしれませんけど。本当に、殺してなんかいないんです……。」
「落ち着いて、アレン君! わたしだって君が殺したなんて全然思ってないわよ!? だから、それを証明するために神の裁きを受けるの! それで君の無実が証明されるわ、きっと。」
神の裁き? 何だそれ。裁判の比喩表現か何かか? まさか、本当に神さまが判決を下すわけじゃないよな。
「神の裁き?」
「そうよ。裁きと真実の神ジュリオスを信仰している神官にお願いして、神意を問うの。この街にもジュリオス教の教会があるから、明日にでも向かうことになるわ。」
それって結局、その神官の気持ち次第なんじゃないのか? 何だか、眩暈がしてきた。
先ほどまで心配そうに俺を見つめていた銀髪の少女は、神の裁きの話になると、安堵したような表情を浮かべた。まるで、それなら大丈夫、と言っているように。神の裁きとは、それほどまでに、絶対の信頼を寄せられているものらしい。
そして、俺たち二人はマーシャさんの付き添いの元、別室にてギルド長に事情聴取をされた。そしてその内容を書き認めた羊皮紙は、明日の裁判にマーシャさんが届けてくれるらしい。
そこでようやく開放されることとなった。
それと今までの功績を鑑みて、ギルド長の判断で現時点ではタグプレートの没収はされなかった。
その後、俺たちは適当な酒場に入って遅い晩飯を共にした。入店をする際、タグプレートの提示を求められ、軽いカルチャーショックを受けた。まぁ普通に考えれば、武器を持った人が店に入ろうとすればそうなるか。ほんと、没収されなくて良かった。
宴もたけなわとなったところで(もちろん一方的にだけれど)、ある程度信頼関係が築けたと考えた俺は、少女に一つの提案をしてみた。
「あのぉ、俺は君のことを何と呼べばいいかな? やっぱり、教えてもらうことはできないんだよね?」
サラダをウサギのようにむしゃむしゃしていた少女は、俺を見るとすまなそうな表情で俯いた。だが、相変わらず口だけはしっかりと働いている。
おそらく、今までの様子から考えると、紙に名前を書くということもできそうにない。
「そこで、俺から一つ提案があるんだ! 君に名前を付けようと思うけど、どうかな? いつまでも君って言うのもなんだし。もちろん一時的な仮名だけどね。」
すると彼女は両手を胸の前で握り合わせると、目を輝かせて喜色を頬に浮かべた。ただ、やはり口だけは働くことをやめていない。
「よし、決まり! ん~、そうだなぁ~。テスラ! テスラってのはどう?」
元の世界で二十世紀に革命をもたらした、偉大な発明家から名前を拝借させてもらった。まぁ、本人は男性だけどね。
少女は嬉しそうに顔を何度も上下に素早く動かした。だが、すぐにいつもの痙攣を発症させると、その反動で口の中の内容物を盛大に噴き出した。
俺は自分の顔にへばり付いた野菜を一つずつ取り除きながら、とりあえず名前はテスラで決定だなと呟いた。
翌朝、俺とテスラは教えられた教会へと向かった。
既にマーシャさんは到着していて、俺たちの姿を見付けるとこちらに向かって大きく手を振っているのが確認できる。
結論から言うと、俺たちはその神の裁きとやらで、無罪放免ということになった。
概要だけ説明すると、神の裁きとは本当に神の意志だけで判決を下されるものだった。
具体的には、天秤の片方に短剣が、もう片方には金貨が置かれて平衡を保たれており、本人の言っていることが真実の場合は短剣に、虚言の場合は金貨に傾くそうだ。何でも、短剣は真実と正義の象徴で、金貨は腐敗と堕落の象徴だそうだ。ひどく偏った思想に感じられたが、神さまの好みらしいので、それが慣習化して定着したようだ。
神官が俺に向けて、神は殺害の有無を問うのではなく、あなたの言葉が真実かどうかを問いますと言った。前者であれば無罪、後者であれば、殺人を犯していなくても説明のどこかに嘘があれば有罪となる。
その瞬間、俺は背筋を冷たいものが流れるようにひやりとした。なぜなら、俺が記憶喪失という説明は全くのでまかせだからだ。そのせいか、天秤はしばらくの間悩み込むように揺れていたが、最終的には短剣の方へと傾いた。
案外、寛容な神さまなのかもしれない。ただ、俺が裁きを受けている間、テスラは必至で祈りを捧げていた。もしかすると、そのおかげで助かったのかもしれないが。
ちなみに、テスラも裁判を受けることになったが、神官の祈祷が終わると同時、かなり食い込み気味に短剣へと傾いた。きっと、テスラは真っ白なんだろう。
教会を出た俺は、非常に晴れやかな気分だった。個人的には、勝訴と書かれた紙を掲げてやりたいぐらい。まるでこの世界に認められたような、そんな嬉しさが俺の心を満たしていた。
だが今回の一件で、この異世界の住人がいかに宗教を心の拠り所としており、その生活に密接に関わっているかということを思い知らされた。何たって、その人が犯罪者かどうかを神さまに決めてもらうんだから。
俺とテスラ、そしてマーシャさんの三人は、そのまま冒険者ギルドへと向かった。
今後のことを考えるためにも、色々と相談しておきたいことがあった。
ΔΔΔ
冒険者ギルドに入ると、酒場は相変わらずの様子である。
昼間から酒を飲んで騒ぐ戦士風の男たち、静かに食事をしている魔導士のような女性、メンバーで作戦を打合せしているパーティー。
ただ、そんな彼らとは異質の存在に目が留まった。それは受付のカウンターに佇む、黒に近い濃紺の髪を綺麗に結い上げた女性だ。後ろ姿しか見えないが、彼女の身に纏うスタンダードなクラシカル調のメイド服は一際異彩を放ち、明らかにこの場にはそぐわない様相を呈していた。




