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5.階級剥奪!?

 電車なんかに乗っていると、ときどき眠気に襲われるときがある。

 あれは1Hzぐらいの揺れを含んでいることが、眠気を誘う原因の一つだそうだ。


 俺は空を眺めながらそんなことを考えていた。

 この馬車というやつに乗ると、同じように眠くなるものかと思っていたが、現実はまるで違った。とにかく、地面の凹凸がダイレクトに尻へと伝わる。そして尻から背骨にかけて、突き上げるような振動が頻繁に発生する。心地良い揺れなんてものじゃない。むしろその逆で、不愉快極まりない。


 後ろの荷台に顔を向けると、一人の少女が小さな寝息を立ててぐっすりと眠っている。所狭しと並ぶ荷物の隙間に、自らの体を器用に潜り込ませていた。まるでパズルのピースのようにぴったりと嵌っている。


 一体どんな神経をしていれば、こんな悪路を進む馬車の中で熟睡することができるんだ?


「それにしても、アレン。お前も災難だったなぁ。こんな所で魔物に襲われるなんて。この辺りは、そこまで狂暴な魔物が出る地域じゃないんだけどなぁ。」


 こちらを見ずに手綱を握ったまま話しかけてきたおじさんは、これから向かう街を拠点にして活動している商人だ。名前をベッツというそうだ。

 銀髪の少女と二人で半日ほど歩いていると、ちょっとした街道を見付けることができた。そしてそこを通りかかった馬車が、商人をしているベッツさんだったというわけだ。

 そしてベッツさんとの会話から、いくつか分かったことがある。

 アレンはベッツさんと顔見知りだということ。そして今向かっているトレヴルージュの街には冒険者ギルドが存在しており、アレンの三人パーティーはそのギルドを拠点に活動していたということだ。

 ちなみにトレヴルージュとは、街道の交差する場所、を意味している。その名前からも、主要な街道を結ぶ拠点のような街であることが推測できる。おそらく、そこそこの大きさの街で、この文明レベルから考えると人口は一万人前後ぐらいの規模だろうか。でも、魔法や農業の発展度が分からないから、実際に見てみないことには何とも言えないが。


「いやぁ、本当に大変でした。死ぬかと思いましたよ。」


 まぁ、本当に一回死んでるんだけどな。


「それと、仲間のことは残念だったな。お前たち三人、いつも楽しそうにしていたのになぁ。」

「…………。」


 俺は何と答えればよいのか分からず、ただ俯くしかなかった。

 ベッツさんもそれ以上何かを言うでもなく、俺の様子を見て一人で納得してくれたようだ。

 ただ独り言のように、これからお前も大変になるな、とだけぽつりと呟いた。


 仲間も死んでしまったし、確かに色々と大変になるよな。


 俺はその程度の意味だと受け取り、さして気にも留めなかった。

 そこから街へ到着したのは、馬車で丸一日後のことだった。


 俺たちはベッツさんに十分なお礼を言って別れた。


 去り際に、何か困ったことがあれば、いつでも訪ねて来いよと言われたけれど、ベッツさんのお店がどこにあるのかが分かんねぇよ。


「えぇっと、先に冒険者ギルドに向かおうと思いますけど、それでもいいですか?」


 もちろん、返事はない。でもその表情を見れば、銀色に輝く美しい髪をしたこの少女の考えは何となく分かった。ただその銀髪も、今は目深に被ったローブによって見ることはできない。

 あのエロい神官のような格好で街を連れ歩くのはさすがにまずいと感じた。そこで背嚢の中に丸めて押し込んでおいた、革製の質素なローブを着させていた。これで街の中でも悪目立ちすることはないだろう。


 街の住人に聞きながら、俺たちはようやく冒険者ギルドに到着することができた。

 そこは二階建てのわりと大きな建物で、入り口からは冒険者たちの騒ぐ喧騒が漏れ出ていた。


 中へ入ると、酒場のようなテーブル席がいくつもあり、右手方向の奥に受付らしきカウンターが用意されていた。


 いつも思うんだけど、冒険者ギルドの中に酒場があるってのはどうなんだ? ここは彼らにとっての職場だろ。現代で言えば、会社の中に居酒屋があって、飲み食いしながら働いているようなもんだ。まぁ酒場を経営する商人はいつも固定客がいるから儲かるし、体が資本の冒険者もうまい飯を食って元気になれるから、お互いにとっていいのかもしれないけれど、俺はあまり好きにはなれない。


 俺たちは酒場のスペースを素通りし、受付のカウンターへと移動をする。


「アレン君じゃなぁーい! 更新試験のクエストはどうだったの!?」


 話しかけてきたカウンターの受付嬢は、どうやらアレンの顔見知りのようだ。こんな美人の受付嬢を雇えるとは、冒険者ギルドとは余程しっかりとした経営基盤があるのだろう。恐るべし、冒険者ギルド。


 それにしても、ここを活動拠点にしているんだから、俺のことを知っているのはいいとして、更新試験てのは一体何のことだ?


「いや、実はですね……。」


 俺はその受付嬢に、仲間が死んだこと、魔物に襲われた際に記憶喪失となって状況が把握できないでいること、その魔物は隣の少女に撃退してもらったということを説明した。さすがに異世界からアレンの体に転生しました、という事実は伝えるべきではないだろう。


「ん~。それはちょっとまずい状況ね。それに、他の二人のことは本当に残念だわ……。」


 沈痛な面持ちとなった彼女に合わせて、俺も視線を下げて沈黙する。


「とにかく、アレン君たちは更新試験のクエストに出発していたの。で、その締め切りが今週のフレイの日までだから、ちょっと絶望的ね。ブロンズスパイダー級への降格は免れないと思うわ。」


 フレイの日? 現代の曜日みたいなものなのかな。いや、それよりもだ。階級が降格するだって!? この世界では、階級は更新制なのかよ! 仮に今すぐ出発したとしても、転生したばかりの俺に魔物と真面に戦えるだけの力なんてねぇよ。仕方がないけど、諦めるしかないか。

 階級はおそらく、一番上がゴールドで、次にシルバー。そしてその下がブロンズだろう。ということは、上から二番目の階級から、三番目へとなるわけか。それによってどの程度の不都合を被るのか分からないが、念のため一覧ぐらいは確認させてもらうか。


「あのぉ、ちなみになんですけど。階級の一覧があれば見せてもらえませんか?」

「えぇ~? 別に構わないけど、そんなことも忘れちゃったのぉ??」


 先ほどまで同情の目を向けていたお姉さんであったが、俺の質問によって呆れた表情へと変わった。

 彼女が取り出した羊皮紙に記載された階級表に、俺は目を通した。

 結論から言うと、シルバーフォックス級は八階級中、上から六階級目であった。


 ゴールドの上にまだ四つも階級があんのかよ!! アレン、もうちょっと頑張っとけよ……。


 俺はふと、お姉さんの豊満な胸元に目を向けた。いや、決してスケベ心がそうさせたのではない。その自己主張の強い谷間に、きらりと光るタグプレートが見えた。よく見ると、マーシャ・ハイドネル、プラチナムエント級と書かれている。これはゴールドウルフ級の一つ上の階級だ。


 このお姉さん、めっちゃ強えぇ人だ!!

 それにしても、冒険者を受付嬢として雇うなんて、コストが高すぎるだろ。俺がギルド長なら、絶対アルバイトを雇って人件費を抑えるけどね。恐るべし、冒険者ギルド。


「ね、ねぇ……、アレン君。そんなに凝視されると、さすがのわたしも注意せざるを得ないんですけど……?」

「え? あ、いや、すみません! そ、それにしても階級の名前って、ど、どうして金属と生物の組み合わせなんすかね!?」


 完全に動揺した俺は自分でもどうでもいいと思えるような質問をして、何とか誤魔化した。いや、誤魔化しきれてはいないか……。


「え? そりゃぁまぁ、このアースガルルドにはわたしたちヒューマン以外にも、色々な種族がいる多様な世界だからかな? 金属が分かりやすいって種族もいれば、生物の方がいいっていう種族もいるから、みんなのことを考えてじゃないかなぁ~。まぁ、ゴールドウルフ以下はかなり適当な感じがするけど。て……、何か誤魔化してない!?」


 現代人の俺たちは、とかく人間を中心として物事を考えがちだ。でもこの世界では、しっかりと他種族にも配慮がされた、相互理解のある関係が築けているのかもしれない。


「えへ。ばれました……?」

「もぉ~、やっぱりぃ! って、そんなことより、もっと重要な話があるの、アレン君!」


 彼女の真剣な表情が、先ほどまでのふざけた空気を瞬く間に消し去った。

 自然と俺も襟を正し、彼女の話を聞く姿勢が整ったことを態度で示した。


「もしかすると、アレン君は冒険者としての階級を剥奪されることになるかもしれないわ……。」


 へ……? どういうことっすか……?




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