4.神格級魔法
「〈強化〉〈完全反射〉。 ……っ!!」
心の奥底まで響き渡るような、そんな澄み切った少女の声が聞こえた。
目をそっと開くと、俺の目の前には細くすらりと伸びた二本の脚が見えた。
そのまま視線を体に沿って上げていくと、銀髪の少女がまるで壁を作るように立っていた。
彼女の長い銀髪は、陽の光を浴びて宝石のように煌めき、そよ風の中を踊るように揺れている。
そして彼女の目の前には、比喩表現ではなく、本当に光の壁のようなものが存在していた。
「グルゥゥゴォォォォォォ!!!」
雄叫びを上げるベヒモスが、その光の壁に衝突した瞬間。
ほんの一瞬、時が止まったような静寂が辺りを包み込んだかと思うと、魔物の体はスタート地点よりも遥か遠くの上空へとはじき飛ばされた。
少女はふぅと小さく息をつくと、くるりと俺の方へ向き直る。
そして、まるで花が咲いたかのような笑顔を俺に向けた。
このフレンドリーな感じ、まさか彼女もパーティーメンバーだったの? だとしたら、かなりテンションが上がる。こんな美少女と一緒に旅をすることができるんだからな。でもたぶんだけど、彼女はメンバーじゃない。まぁとにかく、命を救ってもらったんだ。彼女には感謝しなければいけない。
「危ないところを、本当にありがとうございました! おかけで助かりました! 僕はアレン・マクスベルと言います。もしよろしければ、あなたのお名前を伺ってもいいですか?」
「わ……くっ!!」
彼女が口を開いて何かを話そうとした瞬間、まるで稲妻に打たれたかのように体を仰け反らし、苦しそうな表情で膝を付いた。
「だ、大丈夫ですかぁ!?」
彼女は肩で息をしながら、まるで大丈夫だと言っているように小さく笑って見せた。
もしかして、先ほどの魔法を使った反動なのか? それとも、あれだけの強力な魔法だ。何かしらの制約を受けているのかもしれない。とにかく、何とかしてでも彼女にお礼がしたい。
「どうか、僕に命を救っていただいたお礼をさせてもらえませんか?」
俺の言葉を聞いた少女は目を丸くさせて、とんでもないという風に頭を激しく左右に振った。が、すぐに体を仰け反らせてはたりと倒れ込んだ。
「だ、大丈夫!? とりあえず、ここじゃ真面なお礼もできないし、良かったら近くの街までご一緒しませんか?」
返事はない。でも、彼女の表情が肯定の意を表していた。
それにしても不思議な少女だな。何がって、先ずその格好だ。明らかに旅装ではない。白を基調としたその服装は、どこかの女神か神官かっていう軽装だ。まぁビジュアル的には最高だし、目の保養になるから別にいいんだけど。ただ他の二人と比較すると、明らかに浮いている。もしかしてこの近くで暮らしていて、たまたま通りかかったところを助けてくれたのかもしれない。
少女に関する考察を一旦切り上げて、俺は三つの背嚢の中身を整理すると、持ち運びしやすいように一つにまとめた。残りの荷物はここに置いて行くしかない。まさか命の恩人に、こんな重い荷物を背負わせるわけにはいかないしな。
そして俺には、もう一つしておかなければならないことがある。
それは、かつて仲間であった二人の土葬だ。もちろんベヒモスがここへ戻ってくる危険性はある。本来ならすぐに出発すべきだ。だがそれでも、やっぱり彼らをあのまま放置することなんてできない。この世界での葬送がどのように行われているかは知らないけれど、土葬することが彼らに対する俺のせめてもの手向けだ。
込み上げてくる吐き気と戦いながら、何とか二人の遺体を移動させて並べた。少し探してみたけれど、彼らの首に付けられていたタグプレートはどこにもなかった。
「こいつら俺の仲間なんです。これで寝床を作ってあげないといけないから、申し訳ないですけど、ちょっと時間をください。」
荷物整理の際に見つけたスコップを少女に見せると、少し驚いたように目を大きくした。だが俺はそれに構わず、地面を掘り始めた。
これ、かなりの時間がかかるよな。結構な重労働になるけど、仕方がないか。自分でそうすると決めたんだから。
俺が作業に取り掛かってからほどなくして、背後から鈴を転がすような凛とした声が聞こえた。
「〈万物転移〉」
その瞬間、俺が掘ろうとしていた地面が抉れ始め、あっという間に大人二人分の大穴が完成した。銀髪の少女を見やると、少し顔を歪めて苦しそうにしている。
やはり、声を出したり魔法を使ったりすることによって、彼女に何かしらのペナルティが発生するようだ。ならば、これ以上迷惑をかけることはできない。
「かなり苦しそうだけど、大丈夫ですか? 魔法はもう使わなくていいから、ゆっくりしていてください。」
すると彼女は、誰が見ても空元気だと分かる笑顔で返答した。
その後、俺は二人の遺体を大穴に入れると、何とか自力で埋め終えた。
さすがに中世風の剣と魔法の世界で、手の平を合わせて拝むのは少し違和感がある。
そう思い、両手を握り合わせるようにして、二人の冥福を祈ることにした。
顔も名前も知らない人たち。どうか安らかにお眠りください。二人の分まで、俺はこれから頑張ります。
ふと薄目を開けて隣を見ると、銀髪の少女も同じように祈りを捧げてくれている。
その立ち居振る舞いのあまりの美しさに、俺は一瞬で目を奪われた。
少女が祈る、ただそれだけの光景で一枚の絵画になりそうだ。その所作は、日頃から祈ることを日常的に行っている者のそれで、神々しさすら感じさせる。ほんとに不思議な少女だ。
おっさんの少女観察はそれぐらいにしておいて、俺は地面に置いてある大きな背嚢を背負うと、彼女に声をかける。
「さて、そろそろ行きましょうか!」
彼女はこちらに顔を向けると、小走りで近付いてきた。
とは言え、一体どちらに向かえばいいのかが分からない。荷物の中には地図なんてなかった。もしかすると地図は非常に貴重なもので、一般の冒険者では入手できないのかもしれない。まぁ仮に地図があったとしても、現在地が分からない以上、あまり意味がないのだろうけれど。
どこへ向かうべきか俺が頭を悩ませていると、銀髪の少女は空を見上げたり、辺りをきょろきょろと見回したりしている。
そして俺の方に向き直ってにこりと笑うと、まるで先導するように歩き始めた。
たぶん、こっちだよってことだよな?
異世界の地理に暗い俺が選べる選択肢など、ほとんど限られている。今は、神官のようなあの少女を信じて付いて行くしかない。
歩き始めて数分後、不意に少女の足がぴたりと止まる。首を捻って少し悩んでいる様子だ。もしかして道に迷ったのだろうか。
彼女は周囲を見回して、地面に転がっていた適当な棒切れを見付けるとそれを放り投げた。そして棒切れの指し示す方角を一瞥すると、そちらに向かって歩みを再開した。
え……? おぉぉぉぉぉい!! ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇい!! まさか、適当に進んでんじゃねぇだろうなぁぁぁぁ!?
俺は自分の不運を呪ってがっくりと肩を落とすと、彼女の後を黙って付き従った。
ΔΔΔ
「ブエロさまぁ~~ブエロさまぁ~~」
「騒々しいぞ、ニュート。用件だけを話せ。」
使い魔のニュートが、いつも通りの騒がしさで現れた。
「放っていたベヒモスの一体が、すんごい神聖魔法を感知しましたニャ~。まぁ今回の件とは関係ないと思いますけどね~。ニュートちゃんの勘が関係ないって言ってますし~。」
「神聖魔法だと? で、どの程度の規模だ?」
こやつの勘はよく外れるからな。だが神聖魔法であれば、確かに関係はないと判断すべきか。
「ん~。霊王級かぁ~。神格……級?かニャ」
「神格級だと!? なぜそれを先に言わんのだ!!」
「っニャ!」
こやつめ、事の重大さが理解できておらんのか。神格級ともなれば、関係の有無に関わらず、十分警戒に値するではないか。
「貴様はすぐにその場へと向かい、周囲を探索せよ。だが見つけても手出しはするなよ。」
「しません、しません! 命令されてもしませんニャ! それじゃ~行ってきま~っす!」
ニュートの姿は闇の中に溶け込み、気配は完全に消え去った。
わしは使い魔の選択を間違ったかもしれんな。
それにしても、神格級か……。まさか、神が降臨したとでもいうのか。




