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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
傍若無人なシニカル・ウォー
47/53

終動:種なる正義が咲かせた件について

 それは宙に浮いている大きな紅いたまだった。透き通った紅色で、内部がチカチカと光っており機械的に見えなくもない。


 扉が開かれる音がする。複数の足音が入ってきた。イチイやオウレン、ミーヌ、コウカ、アマチャ、キキョウ、ビスマス、ガジュツ、ギルドマスターが入ってくる。ホミカとポンコツ丸までもいた。この2人が来ているということは、外のモンスターは全て討伐し終わったのだろう。


「オーナー。これはいったい……?」

「ダンジョンコアだろう。テトロ(アイツ)を倒すまで見えなかったが、すぐそばにあったんだな……」


 ダンジョンの主が倒されて実体化したダンジョンコアに、皆はもの珍しく見入っている。連戦連勝で何個もダンジョンコアを飲み込んでいき巨大化した結果がコレらしい。


 地鳴りが起こり、足下が大揺れした。


「うおぉっ! 何が起こってるんだ!? テトロ(アイツ)はもう倒したはずなのに!!」

「あわわっ。ご主人さまっ!」

「おにいちゃん!?」


 イチイとミーヌが俺にすがりついてくる。俺は2人を守るように抱えた。

 皆が慌てふためく中を、キキョウは冷静に瞳を細めた。


「……徐々に酷くなってくる。なにか悪化する原因があるはず」

「姫さま! 観察してる場合じゃありません! よく分かりませんが、危険です!」


 ハッとコウカが息を呑んだ。


「まさか!?」


 この場にいる全員の視線がコウカに集まる。コウカは推論ですがと前置きして、今の状況を話し始めていった。


「ここは天金山のダンジョンで『飛行』のスキルで浮いていますわ。でも、元々は鉱山のダンジョンで浮いていなかった。つまり、『飛行』のスキルを使っていたダンジョンの管理者がいなくなった今は……」

「ちょっと待ってください! それって……は、ハイパー落ちるって結論じゃないですか――!?」

「旦那さま、それどころではありません。下には深淵しんえんの森のダンジョンが広がっています。墜落したなら両方のダンジョン共に、このままではとんでもない被害が出てしまいます」


 勝利したのに全てを失ってしまう。あまりの規模の大きさに、皆は言葉を失って黙った。


「……あんやん。悔しいじゃろうが命あってのモノダネじゃけぇ、こりゃァ諦めるしか……」


 ポンコツ丸が皆の意見を代弁してくれたのだろう。反論する人間は誰もいなかった。

 分かっている。すこし前の自分ならばそうしただろう。


「でも、俺は森のダンジョンを守りたい。あそこは皆と過ごしてきた 大切な場所だ……!」


 そして俺は言い放った。


「ダンジョンバトルの勝利条件。ダンジョンマスターの俺がダンジョンコアを制圧できればいい。つまり、俺ならこれを止めることができるはずだ。天金山の『飛行』のスキルを再起動させれば、空に繋ぎとめておけるはず。お前らはさっさと降りろ。俺が残って食い止める!」


 本当に俺を残していいのかと皆が戸惑っている。それをオウレンの苦笑が打ち破った。


「自分勝手で乱暴なのは最初からブレませんね。分かりました、わたし達は先におりましょう」

「ああ。すまない」


 ギルドマスターが号令を出す。


「男の決意にはかなわん。よし、撤収するぞ! 皆、残ってくれたダンジョンマスターのために、全力で降りるのだ!」

「行きましょう。彼が作ってくれた時間を無駄にしてはいけません。ワープホールの場所へ戻り、ここから避難しましょう」


 ギルドマスターに同意したビスマスが、皆を急かして退路への誘導を始める。


「そうと決まれば。姫さま、さあ、こちらへ……!」

「ん。幸運を祈ってる。さらば……!」

「あばよ。おまえのダンジョンはオレが制圧するんだ。こんなところでくたばったらタダじゃおかねぇぞ!」


 アマチャ、キキョウ、ガジュツもビスマス達に先導されていく。その人混みから、さっと小さな影が抜けてきた。


「ご主人さまが残るなら、イチイも残る!」

「おにいちゃん。イチイちゃん……!!」


 すがりつくように、ぎゅっと抱きついてくるイチイ。ミーヌはどうしたものかと困り果てている。

 お子さま組は困ったものだと俺は思わず苦笑した。俺はイチイとミーヌを2人とも抱き寄せる。触れたぬくもりを大切に、二度と失くさないようにぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫だ心配するな。必ず帰る」

「でも、ご主人さま……!」

「約束する。俺の帰りを待っていてくれ」

「おにいちゃん……。うん……」

「ヤダ。やだよおぉぉ!」


 ミーヌは感情を飲み込んで俺の意志を汲んでくれたが、イチイは感情的に泣いてすがりついてくる。最後にぽんぽんと背中を撫でるように抱いて、離れることを促すがそれでもイチイはしがみついてきた。


「オーナーの迷惑になっていますわ。今の状況をよく考えてから発言しなさい」


 コウカが注意して俺からイチイを引きはがす。


「旦那さまを困らせてはいけませんよ。ほら、帰りましょうね」


 さらにオウレンがやってきて、後ろからイチイを抱き捕まえる。


「うぅ……。ごめんね、イチイちゃんっ!」

「ミーヌちゃん! オウレンさん! 離して! ご主人さまあぁぁ!」


 ミーヌとオウレンが扉の向こうへイチイを連れて行った。コウカだけが残っている。


「すまないなコウカ。悪役にさせて……」

「本当ですわ。オーナーには何を言っても聞かないでしょうから、わたくしからは何も言いませんわ。まあ、皆を代表して一つだけ言わせてください……あなたが無事に帰ってくることがわたくし達が脱出することを選んだ条件ですからね。オーナーの活躍を期待していますわよ」

「分かってる」

「では。ご武運を……」


 俺はコウカが去っていくのを見送った。

 さて、いよいよ俺の出番だ。ダンジョンコアに手を触れる。脳みそが熱い鉄の棒で掻き混ぜられるような激痛が身体中を貫いた。


「グゥアアぁぁ! フンぬぅぅおおォォ――!!」


 体が壊れてしまいそうなほどの激しい抵抗を、俺は根性で抑え込む。


『 Authentication complete. Hello new master! Language is being translated. 』

「よし、動いたか!?」

『言語:最適化変換を完了しました。ホーム画面を映します』


 立体映像のタッチパネルが映し出された。スマホなら良かったが、こいつのダンジョンはコレで設定されているらしい。


「操作性がちげぇじゃないかよ! どこだ!? どこを見ればいいんだ!?」


 スキル一覧には目ぼしい情報は無い。ダンジョン収益情報も違う。基礎設定の項目で『稼働したスキルの履歴』を見つけた。


「これだ……!!」


 俺は『稼動したスキルの履歴』を流し見ていくと、『飛行』を見つけることができた。急いで『飛行』を起動させる。

 落下中に急に『飛行』が発動したため、慣性で一瞬だけ体が鉛のように重たくなる。


「ぐぬぬぅぅッ! よし、これで……!」


 だが揺れは治まらない。ますます酷くなっているようにすら感じられる。


「どうなっているんだ!? 稼働中のスキル情報は……?」


 俺は『稼働中のスキル』の項目を見つける。ダンジョンに残された魔力残量がほんの少しのみ。かろうじて残っている魔力で『飛行』は発動しているが、飛び立つには至らずにどんどん落下している状態だった。墜落するのは時間の問題だという残酷な真実を見せ付けられた結果となる。

 魔力残量メーターの減りからして、5分は保たない。いいや、徐々に出力が弱ってくるのなら、メーターが減り切る前に墜落する可能性だってある。


「なんで魔力ねんりょうが無いんだよ! 嘘だろ……!」


 元来は移動させるダンジョンではないうえに、そもそもここは超大な金属の塊だ。さらにダンジョンバトルまで仕掛けて、ダンジョンの元の主を失ったのだからついに限界がきたようだ。


「緊急条件のメッセージがあります、だと……? ダンジョンポイントを生命力に還元してから魔力に変換できます? これだ……!!」


 ダンジョンポイントはかなり残っていた。なぜだろうかと考えると、緑影の姿が脳裏に過ぎった。撃破されていった色影達がまるで助けてくれているように思えたのは、俺の勝手な感傷だろうか。


「よし。これを『承認』だ!」


 すると『エラー』と画面に出た。『稼動するのに魔力が足りません』と映し出される。


「クソッ! 希望は残っているのにできないだと!? ヘルプ画面はどこだ? あった! ダンジョンマスターの魔力を消費することで、一時的に補給できる? いいだろう。やってやろうじゃないか。うおおぉぉ――ッッ!!」


 触れたコアから魂ごと抜き取られるほどの吸引力で、俺の体中の熱が吸い込まれていく。


「うぅぅ……っ! 早く、動けぇ――っ!!」


 画面に『ダンジョンポイント生命力還元装置』が作動したのを確認できた。しかし、メーターは未だに減り続けている。消費量が供給量よりも上回っているのだ。


「ポイントを魔力に還元するスピードが追いつかない! 手段はあるのに! こんなところで……ッッ!」


 黒い光の粒が集まっていき、それがむしのようにうごめいて形を作った。その闇色の光の中から現れたのは悪魔だった。


『それは、キミが世界を都合よく信じすぎているからそうなるのだ。当然の結果だ』

「テメェ、この場で何をふざけてやがるんだ」

『ボクは悪魔だからね。キミの助けを求める魂の悲鳴を聞いてやってきたのだよ』

「悲鳴、だと……!?」

『この世界には不条理で満ちている。偽りの希望ウソに惑わされて、それでも1人で全てを背負って生きてくことを選んだキミはとても立派だとボクは思う。だが、なぜキミは嘆かわしい悲鳴にあふれている世界を救おうとしているのか? 上辺だけの虚構で塗られている世界を、どうしてキミは全てを背負ってまで生きていこうとする?』


 その声には狂気は秘められておらず、ただただ純粋な問いかけだった。


「理由なんて御託ごたくは関係ない! 俺がそうしたんだよ! 俺はみんなと生きるこの場所を守りたいんだ! そしてテトロ(アイツ)のことも背負ってやると誓ったんだ。ならば、このダンジョンだって、あいつの居場所だった場所だ! 俺はこんな形で全部をぶっ壊したくねぇんだよ!」


 それを聞いた悪魔は、俺を慈しむように笑いかけた。


『なるほど。では、どきたまえ』

「なにをする気だ……!?」


 悪魔から圧倒的な魔力の奔流が乱れ放たれた。


『ボクはキミの意見に賛成だ。死別は思いを継ぐ意志があればそれは終焉にはならないだろう。愛とは気持ちである。自分の内から湧いてくるべきものである。キミ的に言わせてもらえば、他人に濃いだの薄いだの言われる筋合いは無い、だったかな? ボクはその愛の言葉に素晴らしく感銘を覚えたし、心の底から同感したよ。故に、ボクの無意識からくる愛がやりたいように、ボクは悪魔の概念せいぎに反逆しよう』


 ダンジョンコアに悪魔が触れた。すると、浮力の魔力値のメーターが上昇しはじめた。

 そうか、コイツはテトロ(アイツ)のアラウザルをサポートしたときのと同じ事をしようとしているようだ。自らの体を魔力に変換している。


『これはキミを助けるための行為ではない。彼とボクとの永遠の約束だ。彼が逝った時はボクも共に逝くと決めていた。彼がキミを見守ることを決意したなら、ボクは彼の応援団ファンだから、喜んでそのいしずえとなろう。きっとボクの命は今日の瞬間のためにあったのだろう。キミを生かすことが、今は亡き彼の本望だ』

「おまえ……! その、なんだ……。恩にきる」

『礼を言うのはこちらのほうさ。生死など関係なく、彼の意志を継ぐことこそが、ボクが彼へ送る真の愛だ! くふふっ。嗚呼ああ、楽しい現世だった。さあ、もうすぐエンディングの時間だ。悪魔ボクにとってのバッド(ハッピー)エンドといこうではないか! 悪魔の生き様へ反逆する善性でありながら、ボクの生き様へは無限なる肯定の善性の行為。いいぞ、癖になるなァ。あはははっ!』

御託ごたくはいいから、さっさとやるぞ!」

『もちろんだ。さぁ行こうではないか! ボクが果てるその先の世界みらいまで……!』


 悪魔が莫大な魔力をダンジョンへ充填していき、ダンジョンコアを力技で稼動させていく。

 するとあちこちから爆発音がとどろいた。ダンジョンそのものに無理をさせ続けた結果、内部施設から魔力が散り乱れて爆発していったようだ。


 しかし、俺は爆発を無視して動かし続ける。無理をしてでも今は止めなくてはいけないのだ。稼働率を限界以上に酷使し、それでも機械だからこそ命令があれば限界を超えて稼動し続ける。俺が諦めない限り、ずっとこいつは動き続ける。


「おおぉぉ――ッッ!?」


 大爆発の音に俺は殴り飛ばされ、爆風の煙幕に飲み込まれた。

 だが、ダンジョンコアに映る画面には『スキル 通常稼働中:飛行』となっているのを微かに見えた気がした。




(ふふふっ。ようやくボクもこの魂が眠る意味を見つけたよ。おや? キミも見ていてくれたようだね。ああそうだとも、ボクも彼らなら信じられると思ったんだ。だから、共に天から見守ることにしようか。彼らが作り出す正義ジャスティス世界みらいを……)



◇◇◇



 落下が治まっていく。空から落ちてくる地鳴りも止んだ。天金山のダンジョンは、空中に留まるように減速していく。


「落下スピードが変化しましたわ!」


 そして穏やかな浮遊感でゆっくりと止まっていった。


「さすが旦那さまです。ほっとしました」


 この場にいる村人兵士、冒険家達が静かにざわめく。その状況を認識してよいかと互いに顔を見合わせた。

 同じく、ほんの先程まで戦闘していたため緊張感が抜けきらないアマチャもまたおそるおそる問いかける。


「姫さま。これは、つまり……!」

一目瞭然いちもくりょうぜん。そういうこと」


 キキョウが頬をわずかに綻ばせて断言した。ホミカが高らかに喜びの声をあげる。


「ダンジョンバトルの案件タスクは、これで終了クロージングなのです☆」


 ダンジョンメンバーだけではなく、村人や冒険者達も含めて全員が声にならない喜びに打ち震えていた。誰もが声を出さないが、たしかな高ぶりがここに感じられた。

 ギルドマスターが振り返り、村人達と冒険者達へ叫んだ。


正真正銘しょうしんしょうめい。俺達の勝ちだ!」

『うおおぉぉ――!』


 耳を貫くような喜びの声がダンジョンに響き渡る。


「勇者のオレが出向いたのだ。ならばこうなることは必然だ。やはり、あいつはやり遂げると男だとオレは信じていたぞ」

「最後はどうなることかと思いましたが。やはり彼は正義の翼を破っただけのことはある。できる男ですね。本当に良かったです……」


 地をどよもす歓声に、か細い声が差し込まれる。


「ご主人さまはどうなったの?」


 イチイは不安に震えた声で周囲の大人達に問いかける。


「すっごい爆発があったんだよ? どうなの?」


 その純粋無垢な一言は喜色を静まらせるには十分な威力があった。ダンジョンの核の炸裂。いわば足元そのものが爆発したのだから無事でないことなど容易に想像がついた。


 皆の挙動に確信が持てたのか、いてもたってもいられなくなったイチイがダンジョンへ走り出そうとする。


「イチイちゃん、まだダンジョンに入っちゃダメ!」


 ミーヌに手を掴まれて止められたイチイは反論しようとしたが、ミーヌの顔を見て思わず立ちすくんでしまった。

 それは初めてミーヌと出会った時と同じ眼差し。真実に怯えきっていて、それでも信じたもののため、今にも泣きそうなほどに追い詰められている表情だった。


「約束したよ。帰って来るって」


 血を吐くような声で、短く断固とした決意を言ったミーヌ。


「でも、さっき爆発してたよ」

「コントロールできたのかはまだ分からない。ギリギリで保たせているなら、おにいちゃんの邪魔をしたらいけないから」


 わだかまる気持ちを抑えながら言い切ったミーヌ。


「でも、待っているだけなら何も変わらないよ! もう……。うぅ……」


 地を揺るがすダンジョンの爆発は子供ながらでも分かってしまうほどの凄まじさがあった。遠くで眺めていても分かったのだから、その中心にいた人物の行方など容易に想像がついてしまった。


「イチイちゃん。泣かないで」

「ひっく、ミーヌちゃんも泣いてるのに」

「うぅ……。おにいちゃんがいなくなったと思ったら、うぅ……」

「やだよぉ……。ご主人さまが死んじゃうのなんて……またひとりぼっちなのは、もうヤダあぁ! ご主人さまあぁぁ――!」





「……うるせぇな。おまえに殴られた傷が響くから叫ぶんじゃねぇよ。いいや、影だったから覚えていないのか。ったく、魔力を吸われて散々だったのに、ここでも相変わらずにワガママ放題を言って面倒なやつだなおまえは」


 皆の視線が俺に集まってきて、全員の目が点になった。

 なんだよ。わりと最初の方から居たんだぞ。ギルドマスターがなんか叫んで、村人や冒険者と一緒に うおー!って喜んでたのにな。まったく、天金山に目を奪われて誰も俺に気付かなかったらしい。なんかちょっとショックだぞ。


「な、なんでオーナーがここにいるのかしら?」

「そりゃあ、ダンジョン同士を繋げてワープしてきたんだよ。マスターの承認ができたからアレも俺のダンジョンって扱いだしな」

「あっはっはっは! 無事に成功しちょったんか! ドエラい男前じゃのぅ! あっはっはっは!」

「当ったり前だろうが。さすがに、爆発のときは駄目かと思ったけどな」


 爆発したときに俺は大きなエネルギーに包み込まれた。それはテトロ(アイツ)のアラウザルに取り込まれた時に似た心地だった。どうやらあの部屋でアラウザルを使ったので、わずかながら残りのようなものがただよっていたのかもしれない。

 相手と真正面から強制的に向き合わせるアラウザルだから、テトロ(アイツ)残骸ざんがいとなったアラウザルがあの場で俺が死ぬことを許さなかったのだろう。エネルギーに包まれたとき『あそこまで俺に大言を吐いたのなら死んで逃げるな』と言われた気がしたのだ。どうやら俺はテトロ(アイツ)に奇跡的に守られたようだ。


「とにかく! ほら、帰って来たんだぞ。一番頑張ってきた俺が帰って来たんだから、拍手くらいして出迎えてくれないのか?」


 一斉に拍手が鳴り響いて大歓迎される俺。ひと仕事してきたあとだから、その賛美がとても心地よかった。

 イチイは涙にぬれた瞳で言葉を失っている。


「ああ……ううぅぅ……」

「おまえの期待くらい余裕で背負ってやるさ。俺は、おまえと共に生きることを誓ったんだから。そうだろう?」

「ご主人さま……ううっあぁぁ――!」


 俺は胸に飛び込んでくるイチイの小さな身体を抱きとめた。

 くいっと手を引っ張られる感覚に振り向くと、目に涙をためて心の底から喜んでいるミーヌがいた。


「お兄ちゃん……」

「おまえを不幸にはさせない。俺が背負ってやると誓ったんだ。だから、もう一人ぼっちにはさせない。ほら、こっちに来るか?」

「うん……」


 イチイと一緒にまとめて抱きしめてやる。重なりあう体温に幸せそうな涙の温度が俺の胸を濡らした。俺の胸のなかで二人は顔を見合わせてくすぐったそうに笑い合い、もう二度と離さないと言わんばかりに一緒にぎゅっと抱きついてきた。


「旦那さま、無事で何よりです」

「オーナー。心配したのですからね」


 瞳に涙をためて迎えてくれて、待っている人がいた世界。


「ああ、帰って来れて本当に良かった」


 世界クラスのために生け贄になるのではない優しい世界。ようやく俺は自分が生きても良い居場所を見つけたのだった。



◇◇◇


After many days


◇◇◇



 いま俺は小屋の裏で土を耕している。すきで掘っていく作業はなかなか肉体的にくるらしいが、マッスル神の加護を得ている俺には余裕な作業だった。俺は農業系チートの才能もあるのかもしれない。


「ふぅ。これでよし」


 透き通った青い空を見上げながら俺はひたいの汗をぬぐった。労働で火照ほてった体へ森のそよ風が吹き抜けていく。


「旦那さま。はい、どうぞ」


 オウレンがそばに来てタオルを差し出してきた。


「おう。使わせてもらうぞ」

「おにいちゃん。お水も飲む?」

「飲む。ありがとう」


 喉を通り抜ける涼しさを飲んでいく。


「お疲れさまです、オーナー。本格的に形になってきましたわね」

「丁寧にやってるからな。やっと時間ができたことだし」

「たしかに。ダンジョンバトルの時は、いつもバタバタしている印象でしたわね。充実してはいましたが、いま思い返すと辛い日々でもありましたわね……」

「おにいちゃん。でも、宴会はみんなでさわいで楽しかったよ。おにいちゃんの料理をおいしいってみんなが食べていたよね。冒険者だからなのかな。みんないっぱい食べてたよね」


 終わった後は大宴会となった。食べ物は俺の冷凍食品で間に合わせたが、意外と村人や冒険者達から大好評だったのだ。メインは冷凍ピザと、冷凍チャーハン。酒があったので、冷凍枝豆も人気だった。


「そういえば旦那さま。レシピが欲しいと村の人に言われていましたが、あれはどうしましたか?」

「企業秘密ってことにして断った。もしもダンジョンの恩恵で出していると言ったら、略奪されかねない血走った目だったぞ」


 俺が大げさにおどけて言うと、コウカが笑った。


「うふふっ。それで断ったら村に来て毎年作って欲しいと言われたのですわね。良かったじゃないですか、オーナー。これも立派な外交ですわよ。これで村の全員がオーナーの味方ですわ。だって、宴会のご飯が食べられなくなってしまいますもの」


 森の中から誰かが歩いて来る。優しい木漏れ日にぬれて現れたのは、キキョウとアマチャだった。


「姫さま、ようやく着きました!」

「うん。戻った」

「あら。おかえりなさいですわ」


 キキョウとアマチャに残るように打診したところ、もう少し考えると返事をもらった。もっとも、もう少しと言いながら、すでに1ヶ月近くは経っているので ずっとなのではないかと勝手に思っている。明日から本気を出す的な意味でだ。


 ちょんちょんと俺のそでをキキョウが引っぱる。


「どうした?」

「パンケーキおいしかった。ごちそうさま」


 空になったお弁当箱を見せつけてきた。


「おお! 姫さまが直々に誉めているぞ! これは名誉なことだからな!」

「おう。流し台に弁当箱を置いて水に漬けてくれ。あとでまとめて洗う」

「ん。そうする」


 ちなみにアマチャに聞くと、キキョウは俺がパンケーキが作れるからと即決したらしい。

 そういえば協力してくれた村は合併して、着陸させた天金山を拠点にして新しい村を作り直しているとのこと。テトロ(アイツ)の遺産は新しい村のシンボルとなり発展していくことだろう。


 発展して人が多くなるにしたがって村に悪人が湧いてくるだろうが、キキョウは前回と同じく用心棒となって力を貸している。村人から頼られているのも満更ではないようだ。現にこうして見回りに行ってるようだしな。


「そういえば、ホミカは今日も村なのか?」


 俺の声にキキョウについて行こうとしていたアマチャが答えた。


「それはだな。え~と、あの融合人の……」

「ポンコツ丸か?」

「そうだ! ソイツと一緒に村で からおけ屋とやらの建築をしていたぞ。あの妖精、遊戯施設ゆうぎ しせつの大切さがナントカで他の えんたーていめんと施設も造ると言ってたな。……んん? 姫さま! 先に行かないでー! お待ちください!」

「小屋に帰るくらいお待ちくださいも何も無いだろうに……」


 ノリが良いポンコツ丸と快楽主義のホミカがタッグを組んで、村の娯楽文化が侵略されているらしい。ホミカは頭がまわるし遊びに関しても上手だから、本当に村を自分の遊び場として侵略しそうである。


「おにいちゃん。お水はいいの?」

「大丈夫だ。これを飲み終わったら、もうひと作業しておくかな」


 ミーヌに渡された水を飲み干してコップを返す。ありがとうの気持ちを込めて、ぽんぽんと頭を撫でると顔を赤くしてほにゃりと とろけた表情になった。


 ぴょこんと俺の背中に小柄な体がひっついてきた。


「ご主人さま、さっきから何をしてるの?」


 イチイが俺の背中をよじよじと登ってきて、俺の肩の上に顔を出して抱きついてきた。頬と頬が合わさって、ぬくもりが重なり合う。


「さっきランダムガチャを引いたら『ひまわりの種』が出た。花畑を作って植えてるところ」

「そのヒマワリノタネって強いの?」

「強くはねぇよ。まあ、あえて言うなら俺が強くなるのか?」


 植物を見ると、どうしても過去ぜんせのことを思い出す。だが、この痛みが今の俺を支えているのもまた事実なのだろう。だからこれは俺にとって必要な儀式なのだと思う。


「昔、植物を育てていたんだが、育て切れなかったんだ。俺しか育てる人がいなかったのにな。今度はちゃんと育てられればいいと満足するために植えてる」


 きらびやかな光を受けた風が吹き抜けて草原を優しく撫でていく。遠い過去を洗い流していくような風だった。


「本当に……今度は、咲かせられるといいな」

「だいじょうぶだよ!」


 イチイが無邪気に言う。


「だって、イチイ達がついてるよ。できることがあるなら、何でも言ってね。一緒にがんばるから!」


 イチイは満面の笑顔を咲かせた。


「…………ありがとう」


 俺がこの花畑で最初に咲かせた花は、笑顔だった。






 ――END――



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