受信:日常生活が始まった件について
久しぶりの執筆ですのでご容赦いただけたなら幸いです。
何事もやり始めが大変ですので、感想で気力の支援をしていただけたなら嬉しいです。よろしくお願いします。
◇◇◇
ふと大地が目覚めたような涼しい緑色に染まっているのに気づいた。
じりじりと肌を焼く陽光を、吹き抜けた風が冷やし撫でる。
「どうりで甘紅の実がとれるわけだ。そうか。あれからひとつ、季節が移ったんだな……」
新緑色の空気を大きく吸い込んでみる。芳しい酸味の風がダンジョンの朝を作り出していた。
甘紅の実以外にも、最近は翠水の実らしきものやゴンリの実の木も見つけており、家の近くに移動させておいたのだ。
「ご主人さまだ。おはよー!」
「お兄ちゃん、おはようございます」
ぴょこんと跳ねるように現れたイチイ。それと対称に礼儀正しく頭を下げるミーヌがいた。
「ご主人さま、アイスズ食べる?」
ソフトクリームの形をして、コーンの部分に鈴がついているソレを俺に向けてきた。
これはダンジョン戦争でガチャのポイントが溜まった産物のモンスターのアイスズだ。食べ物ではあるが列記としたモンスターである。
「お兄ちゃんのために、いちばん大きいのを残していたんだよね?」
「あーっあーっ! 恥ずかしいから、もうっ! ご主人さま、食べさせてあげるね」
顔を真赤にして、アイスクリームがぐいっと突き出された。
口に含むと、暑さを忘れるようなまろやかな甘さが口の中でとろけていった。
「おいしい? すっごく凄いおいしいよね?」
「ああ。旨いな」
「ねー? おいしいよねっ♪」
満足気ににこにこと嬉しそうに笑うイチイ。
そして食べ終えたコーンの部分と鈴を分けて袋の中に入れた。たしかアイスズの鈴の部分にはアイスズの種が入っており、コーンの部分は栄養のある肥料になる。
「ご主人さま、アイスズを見つけたら教えてね」
「集めてどうするんだ?」
「まだないしょだよ」
その横でミーヌが別のモンスター。オドリヤマネにアイスズを食べさせていた。
こいつは小さなネズミ型のモンスターで、楽しいことがあると口笛を奏でながら葉っぱを持って踊る性質がある。
「餌付けしているんだな?」
「うん。ちょうだいって言っているような気がして」
また頭もよく人間が食べ物を持っているのを見つけると踊ってアピールもしてくるのだ。にこにこしながらミーヌがアイスズを分けてやっている。子供と小動物が戯れる姿は絵になる和やかさがあった。
俺はミーヌの隣にかがんでオドリヤマネの姿をながめた。
「あのね。お兄ちゃん」
するとミーヌのこそこそばなしの声が俺の耳元をくすぐった。
「イチイちゃんはね、秘密基地を作ろうとしているんだよ」
「あー。作ってどうするんだ?」
「秘密基地って言っても、アイスズの種をたくさん集めて蒔いているみたいだけどね」
どうやらイチイはアイスクリーム牧場を作ろうとしているようである。
「ねーねっ。ミーヌちゃん、行こうよ!」
「うん。待って」
「えへへ~♪ ~~っ♪」
ぴょこぴょこと上機嫌に跳ねて森の奥に入ってく姿に、俺は思わず穏やかに目を細めた。
モンスターが充実してきたので防衛をする必要性が薄くなってきた。そのためみんな自由に羽根を伸ばしているようだ。
「見張り台まで行ってみるか」
夏であると実感すると、高いところから景色が見たくなってきた。大きな森のダンジョンなのでさぞかし景色は壮大だろう。
黄色が散りばめられた見張り台までの道を歩いていく。ガチャで2回目のひまわりの種を当てたとき、イチイが遊びながら振りまいたひまわりが開花していた。
見上げると山と視線が交差した。あれは元天金山のダンジョンで、合併したサース町とセリ村のシンボルになっている。あの山を見るといつもテトロに見られているような気がするのだ。
「勝ったんだからちゃんとするさ。まあ、今はゆっくりしたいと思っているがな」
ところで合併した新しい街はなんと名前をつけるのだろうか。面倒だから2つの名前を合体してサースセリ? いいや、サーセリースなんて名前も良いかもしれない。
そんなくだらない事を考えながら気ままに歩いているとコウカが切り株を机にして何かを書いていた。
「何を書いているんだ?」
「あら、オーナー。おはようございます。イチイちゃんとミーヌちゃんのためのお小遣い帳を作っているのですわ」
隣りにいたプニ太郎がぷるぷると手伝っているとアピールする。失敗した紙が見当たらないということは廃材はプニ太郎に食べさせていたようだ。
「小遣い帳ってわざわざ必要か?」
「お金の管理は人生の基本ですわ。ここのダンジョンの環境では使うことだけしか覚えられません。やりくりするという知恵を身につけるために客観的なものが必要なのです。自立といいますか、冒険者になるには必須のスキルです。私に教えられることですから、ぜひ覚えていただきたいと思っておりますの」
これから何年後か、ダンジョンだけでなく見聞を広げるために旅に出ることもあるかもしれない。それにもしも俺に何かあったときは頼れるのはイチイやミーヌ自身になる。たしかに覚えていても不便にならない技術だろう。
今までは目の前の問題しか考えられなかったが、今では余裕ができて先のことまで考えられるようになったのかと感慨深く思った。
「アイツらはまだ子供だしなるほどな。じゃあなんでおまえは外でやっているんだよ」
「外の方が落ち着くのです。冒険者の名残かもしれませんわね」
コウカがテーブルの鉛筆の削りカスを撫で掃くと、プニ太郎がもしょもしょ口を開けてキャッチした。以心伝心で仲が良いらしい。
コウカと別れて見張り台へと向かう。ダンジョン戦争の後に俺が蒔いたひまわり畑の道を抜けると俺の身長の4倍ほどの木造の塔、見張り台が見えてきた。
今日はアマチャが見張りをしているはずだ。
「この柔らかさはどうやったら表現できるんだろう? う~ん。ちょっとこっちで試し描きしてみて……」
見張り台からアマチャの声が降ってきた。アマチャ以外にも誰か見張り台にいるのだろうか。しかし話し声とは少し違うような気がする。
俺は見張り台へよじ登って顔を出してみた。
「邪魔するぞ」
「ん? おおっっ!?」
俺が顔を出したのに気づいて慌てるアマチャ。何かが倒れる音と共に紙が舞が舞った。ひらひら踊る紙を1枚捕まえる。
「これは、墨絵か?」
「みっ見られたか。ぐぬぬっ……不覚であった」
アマチャが茹だったように耳まで真っ赤にしながら、驚いた拍子に倒してしまったパラソルとポンコツ丸特製の扇風機を立て直した。
「何を恥ずかしがってるんだよ。随分と上手じゃないか」
ふわふわ綿毛の羊モンスター、もこたんの墨絵を描いていた。こいつは綿の毛玉を撒き散らすが、それはとてもふわふわした高級品の綿として扱われている。狩らずに済むことから初心者冒険者でも安心して稼ぐことができるモンスターとして親しまれている。
「暇だったから描いていただけだ。そもそも我らはダンジョン勢力ではない。協力関係だ。そこまで丁寧な対応を求められても困るぞ。だから私は決してミスをした訳ではないんだぞっ!」
「聞かれてもないのにサボッた言い訳をされてもなあ」
「うう……。不覚だ。誰も来ないだろうと思っていつもどおりにしてたら……」
「いつも声を出しているってことか」
「ひにゃあぁぁぁ!! それが無ければ! それさえ無ければ! 聞かれていたのが恥ずかしい!!」
恥ずかしげに手で顔を隠してうーうーと悶ている。
「それにしてもかなり上手な絵だな」
「話題を変えようとしているのが分かるから辛いぞ。まあ、なんというか……癖なっているかも、しれないな」
珍しく歯切れの悪い口調で話し出す。
「まあ、手慰みで描いただけだ。姫さまが珍しく一箇所に留まってくださっている。今はたまたま穏やかな時間だったからやってみただけだ」
「上手になら本格的に勉強してみたらいいんじゃないか?」
「忍術を極めるまではな。姫さまを守りきれると確信するまではうつつは抜かせぬよ」
かすかに震えた小さな声ではあったが、しっかりと重みがある断言をした。
「ところで気になっていたのだが、ダンジョンは魔王に寵愛されているのであろう?」
「寵愛っていうか。まあそうだが何だ?」
「どうして、がちゃ という支援形式になっているんだ? 魔界を良くしたいからという大義名分でダンジョンを建てたのなら、支援はちゃんとしないとおかしいぞ」
「言われてみればどうだろうな……」
たしかに非効率すぎるのだ。最初はソーシャルゲームのようなシステムで珍しいと知っているからこそ意識はしなかったが、アマチャのように客観的な立場から見れば明らかに珍妙なシステムだろう。
そもそもダンジョン戦争だってどうして味方同士で争うことを許すシステムを容認しているのだろうか。フランチャイズ形式で真剣にダンジョンを経営している魔界であるからこそ、なぜそこだけ大きな無駄があるのか不信感が湧いてきた。
「まあ、とにかく我らは定住する気はまったく無いぞ。あまり頼りにされてはそっちが困るからな」
「分かった。絵でも何でも描いてもいいから、担当したからにはしっかりやってくれよ」
「ちっ違うぞ! 描いていたのは今日だけで、初めてだからな!」
言い方が琴線に触ったらしい。湯気をあげんばかりに怒鳴られて俺は撤退した。
夏の日差しで日陰が恋しくなる。のどが渇いてきたのでダンジョンの小屋に戻ることにした。
小屋の中へ戻る。そしてガチャで新しく出来たもう一つの部屋の扉を開けた。
カランカランとベルが鳴る。扉の向こうには清潔感のある明るめの酒場が出来ていた。
「いらっしゃい、旦那さま。何になさいますか?」
「オウレン。おまえ、何してるんだよ」
「ばーてんだー とやらをやっています」
「バーテンダーはグラス片手に本を読んでだらだらしていないぞ」
「いいじゃないですか。雰囲気が出ますし。気分ですよ、気分」
紐通しで結ばれた本を片手に、茶目っ気たっぷり笑って言い放ってきた。
「ちなみに何の酒が出るんだ?」
「この施設が出来たときに棚の中にあった本に書いてあるのなら作れるかもしれませんね。みもざ ならあります」
「ほぅ。ジントニックはあるか?」
「面倒だから みもざ にしてください」
「全然作る気が無ぇじゃないかよ! まあ、まだ日が昇ってる。冒険者から攻められるかもしれないから飲めないけどな」
「あらあら。テクニックが見せられなくて ざ~んねんです」
言葉尻がわずかに跳ねていた。明らかに冗談である。
ふと窓から本が羽ばたいて入ってきた。いや、あれは本ではなくてブックスズメというモンスターだ。見た目が本でページを翼のようにパタパタと動かして飛んでる生き物で、まるでオウレンとは旧知の仲であるかのようにそばに留まった。
そしてオウレンは手慣れた手付きでブックスズメに紙を渡すと、ブックスズメは紙をページに挟むように飲み込んだ。
紙を食べて気が済んだのか、すぐにページの羽をパタパタさせて飛び去っていった。
オウレンは抜けた羽毛もといページの羽を拾っていく。
「今日の新章ですよ」
「そうやって暇を潰していたんだな」
先程まで読んでいたオウレンの本はどうやらページから出来ていたらしい。
「食べさせる紙に書かれたものによって抜けた羽のページが変わるので面白いです。最近だとコウカちゃんの書いたお小遣い帳を食べさせたら、お小遣い帳が鍵になるミステリの短編小説が書いてありましたよ」
そう言って手慣れた本の紐を解き、新しいページを追加していった。
「やれる紙には限度があるだろ? 同じ物語にはならないのか?」
「ここ以外にも間食してくるようで似ているものはありませんね。あっ、でも……」
「なんだ?」
「最近は聖書の話が増えてきましたね。少し勢力を伸ばしているかもしれません」
「今も教会を気にしているのか?」
「わたしは……」
カランカランとベルが鳴る。
ヤクショウ国の独特の服、青い着物の少女が俺の隣に座った。
「よう、キキョウ。早かったじゃないか」
「ん。早かった」
パンケーキの旅に出ると言って2つか3つほど隣の街までプチ旅行をしに行ったキキョウが帰ってきた。
「おかしいですね。人が来てアマチャさんが気づくと、ここのベルが鳴る絡繰りが動くはずなのですが」
「ダンジョン戦争の残り香。街から天金山に入ったあと、天金山からこっちのダンジョンに続くワープを使って直接ここの森にきた。アマチャは反対の方を監視してた」
あいつまたミスりやがったぞ。うっかり忍者め。
「アマチャは連れて行かなかったんだよな。どうしたんだよ」
「ここのダンジョンが潰れたら嫌だから残しておいた」
離れるかもしれないと言っておきながら、ちゃんと気にかけている優しさに少しだけ胸が打たれた。
「なぜなら。ここもパンケーキの名店のひとつだから……!」
いつものキキョウだった。
「ゆえに。情報集め料を求める」
「いつものでいいよな」
コクリとうなずくキキョウにパンケーキを召喚する。
「おー。わほぉー」
目をキラキラさせたキキョウ。そしてパンケーキをも小動物じみた口で もしょもしょと食べていった。
「んむ。重畳である」
半分ほど食べてから正気 (?)に戻り感謝の言葉を述べてきた。
「で、今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?」
少し黙り間を置いたキキョウ。感じてきたことを言葉にするために、頭でまとめているようだ。
「ダンジョン戦争が原因。物と人の流れが完全に変わった。混乱を招く人がやってくるかもしれない」
それは不吉な占いのように、心へずしりと落ちる言葉であった。




