言動:ようやくダンジョンバトルが終戦した件について
俺は最後の一撃を冒険者達の影の群れにぶつけ、拳圧で叩き潰した。
「ふぅ……」
無我夢中に戦い続けて、ようやくひと息ついた。しかし、テトロのアラウザルはまだ終わらない。俺が全てを背負うことを証明するのがこの能力なのだから、まだ証明しきれていないということである。
村人兵士は群れで戦う訓練をしていたはずだから、群れが見当たらないということはおそらく全滅させたのだろう。外部からの冒険者達も似たようなもので全て倒したはず。そして俺は、ホミカ、ビスマス、ガジュツ、ギルドマスター、ポンコツ丸、キキョウ、アマチャ、オウレン、ミーヌ、コウカと撃破していった。
「そうだ。これで終わりじゃねぇよな。まだおまえが残っている……!」
それは俺の正義の始まりを知っている人物。そして一番最初に背負うと決意した人物である。
「待っていたぞ。イチイ……!」
小柄な体でワンコ族の耳が特徴的な影。俺は影のイチイと対峙した。10メートルほど距離があるはずなのだが、イチイの影から圧倒的な殺気をぶつけられて息を呑む。
「…………ッッ!!」
今までの影とは比べ物にならない。桁違いである異様な圧力だった。それこそまさに、コイツが俺にかけている願いが、俺の想像以上であったことの証明なのだろう。
イチイの姿が掻き消えて、一瞬で俺の目の前まで高速で迫ってきていた。
「おおォォらァ――ッッ!」
俺は咄嗟に拳で殴りかかる。放たれた拳圧は空間を歪ませ、華奢なイチイの体など用意に粉砕する威力が秘められている。
だが、イチイには届かない。イチイはツバメの如くに空を舞い跳び、アクロバティックに俺の頭上を越えた。そして、空中で体を捻りながらの裏拳で俺の後頭部を殴りつけてこようとしてくる。
「フゥッ! ハァ――ッッ!!」
俺は頭を逸らし、拳を振り上げて空にいるイチイを迎撃する。すると、イチイは裏拳を止めて、俺の拳の先を掠めるように指先で触り、俺の拳の勢いを利用して跳ねとんだ。
「ウオオぉぉ――ッッ!」
着地したイチイへ俺は殴りかかり、イチイも応戦した。
互いの滅多打ちが炸裂する。大気を押し潰す俺の拳。風を切り裂くイチイの拳。お互いに一歩も引かずに、猛攻が飛び交う。踏み込んだ大地がひび割れて弾けとび、拳の風圧で木々がへし折られていく。
イチイはダンジョンメンバーの中ではレベルが低いが、剣戟音階により他のメンバー中ではトップクラスの素早さと打撃攻撃を繰り出すことができる。一騎当千という言葉を現実のものにする可能性の化け物だ。戦術や、戦況すら、根底から戦場ごとひっくり返す実力を秘めている。ダンジョンメンバー中の最強論を唱え合うつもりは無いが、あげるとするならイチイが最初にあがっても不自然ではない。それほどまでの強さが、この小さな身体に秘められているのだ。
そして、素早さと打撃力で押し切る戦法は、まさに俺と同系である。だからこそ、俺達の戦いは正面からの殴り合いとなった。
イチイの拳に装着された刃が、俺の目元を切り裂いた。
「ググゥ、ヅああァァりャ――ッッ!」
目元をえぐられた痛みを無視して、こちらも殴り返す。拳は命中しなかったが、拳の風圧がイチイの体を巻き込んで吹き飛ばした。イチイは空中で紙切れのように回転しながらも、落下の途中から腰を捻ってくるりと綺麗に着地する。
「イチイ! テメェ、なんだその拳は! ふざけているのかァッッ!」
イチイの強さを知っている俺だからこそ分かってしまった。これはまだ本調子の拳ではない。まだまだ先のある拳である。
「ずっとそばにいたからすぐに気付いたぞ。おまえ、その拳で俺が死ぬと思っているのか? 俺との絆が失われることを怖がっているのか?」
俺の発言を影は嫌がるように反応し、再び高速で俺に猛攻を仕掛けてくる。おそらく、図星だったのだろう。
俺が緑影のような強敵と出会ったのと同じく、イチイも同質の強敵と出会ったはずである。強敵に出会って命を知ったイチイ。過去に奴隷として捨てられた経験もあり、誰かが死んで絆が断ち切れることが怖くなったのだろう。
人は死ぬことよりも希望が無いことの方が怖いと感じる生き物だ。例えば自殺で死ぬ人間は目の前の絶望を感じて自殺する。これは、迫り来る絶望の方が生きていることよりも怖いからこそ死ぬことを選んだ結果であろう。
つまり、イチイは俺が死ぬことを怖れている。ゆえに、俺に対して期待が募っていたのだ。絶対死んでほしくないと言う想いが、今、俺を殺しにかかってくる。
拳と、蹴りの応酬が乱れ飛ぶ中で、俺はイチイに問いかける。
「舐めているのか、おまえは。俺の誇りは甘くないぞ」
イチイの攻撃は強力ではあるが、まだ俺にとっての決定打とはなっていない。
「もっと気合いを入れろ! 影になっても葛藤なんかするんじゃねえ! ごまかすことを選ぶな! 俺を弱い人間だと見下してんじゃねえ! 自分の気持ちで勝手に自分を追い込むな! 俺の気持ちを忘れんじゃねえぞ! 俺を誰だと思っていやがる! お前の主人だぞ! 勝手に孤独になるんじゃねえ!」
その声に応じたのか、イチイの攻撃が鋭さを増していった。研ぎ澄まされた連続攻撃が、俺の肉をえぐっていく。俺は防御しながらも必死に耐えていく。
「そう、それでいい。俺とお前は同じ仲間なんだ。だからこそ、俺に容赦はするな!」
抜け殻になっていた俺を、最初に満たしてくれたのはおまえのワガママだったんだよ。
他から見ればおまえはクソ子供だっただろうが、俺にとっては初めて平等な意味で無遠慮に接してくれた奴だったんだ。初めて出会った『生きている魂』だったんだ。魂の牢獄だった実家を出たばかりの俺は、その輝きに救われていたんだ。
だからこそ、俺はおまえの気持ちに応えたいと思っている。人として立ち上がるために魂を手に入れた。俺は守るために力を手に入れた。植物を捨てられたときとは違う。あのときは絶望したが、今は違うんだ。俺は、手の内にあるものを守りたくて力を手に入れたのだ。
「だから安心しろ。もう無様に俺は負けない。お前が俺を想っている限り、俺は負けることは無いだろう。俺はお前のために、お前を背負い続けよう」
俺は腕を交差させて防御しながらも、イチイへ応えるべく力を溜めていく。
「俺を砕く攻撃はこの世に存在させない! 俺は死なねえ! さぁ、おまえの全力の一撃でこい!」
その攻撃に乗せたおまえの想いを、俺は全て受け止めてやろう。
その声に応えるかのように、イチイの挙動が変化した。剣戟音階の強化がついに上限に達したのだろう。イチイが俺から大きく距離を取って溜めの挙動に入る。そして、一気に加速してこちらへ駆けてきた。イチイの攻撃力へ加速した勢いが乗った文字通りに魂を込めた必殺の一撃が急襲してくる。
音速を連想させる高速でイチイが迫ってきた。イチイは左腕のフェイントを仕掛けてから、右腕でブローを解き放った。最高速の威力が加算された最高威力の一撃。大気ごと貫く、超打撃が俺の腹に突き刺さる。
「グガァぁ……ッッ! へへっ、はははッ」
乾いた笑いが漏れた。俺はイチイの全力を受け止め切ったのだ。
脳髄ごと揺らされて頭が回らないのは、その衝撃の凄まじさを物語っている。満身創痍の俺は吐血の絡んだガラガラ声で叫ぶ。
「がはははッ! 子供の期待に応えられないようで、はぁっ、はぁ、おまえの主人なんて名乗ってられるかァッ!」
攻撃しおわったイチイが俺から距離を取る前に、『ノーガード迎撃』のスキルが発動する。このスキルの効果は、迎撃攻撃のダメージが上昇し、命中率も上昇する。
こいつはおまえがガチャで当ててくれたスキルだったよな。ちゃんと役に立ってくれたぜ。さあ、おやすみの時間だ。おまえの不安を俺が背負ってやろう。
「っしゃァ、らぁぁァァ――――ッッ!!」
イチイが俺にかけていた期待を凌駕する最強の拳を叩き込む。俺はイチイの影を粉砕した。
◇◇◇
「これで、ようやく終わったのか。長かった……」
イチイは強敵だった。剣戟音階もさることながら、獣人特有の人間離れした体術もあり、すさまじい威力だった。あの一撃が受け止められたのは、自分の事ながら奇跡的な瞬間だったと思う。
『そうか。全てが終わったのか……』
目の前にテトロが浮かんでいた。しかし、その姿は半透明であり、光の粒となって消えている最中のようだった。ダンジョンに関わる全員を倒したため、アラウザルの効力が無くなったのだろう。アラウザルは自身の延長であり、すなわちアラウザルの崩壊は術者の死を意味する。
『俺はおまえをずっと見ていた。どうして他人からの期待を投げ捨てなかったのだ。おまえはどうして他人のために生きていられるのだ。絆とは醜くもあり、争いの原因にもなる。まったくもって俺が負けた理屈が分からん』
それは無垢な子供のような、本当に心の底からの純粋な疑問を問いかけている顔だった。
「それが良いと思ったからやっただけだ。理屈がナントカと言うおまえは意識に答えを求めすぎたんだよ。本当は駄目だと分かっているのに言い返せる言葉が無くて答えられないときだってあるだろう。それは言葉に昇らないから意識に上がらないだけだ。それを人は無意識と言う」
『ならば問おう。お前の無意識が生きる道。正義の力は何を目指している。どうしてそこまで信じることができるのだ?』
「正義を言葉にしろと言われても俺には言葉にできないが、無意識の中の俺は正義が正しいとしっかりと分かっている。理屈なんて関係なくて、本能として訴えかけてくるものだ。俺は心の底からの無意識のその言葉を受け入れたんだ。それ以外は何を言っても言い訳にしかならない」
誰かを敬うとか、思想を感じるとか、そういったものは言葉で完全に形にできるものではない。言葉にできないからと言っても、では形にできないのならその感じた思いは誤りなのかと問われても違うと答えるのと同じだろう。
「俺には誇りと信念がある。それらが倫理という名の道を、人間としての道を俺から踏み外させた。だから俺はダンジョンを作ったのかもしれない。そして、俺を慕ってついて来てくれる仲間ができた。力しか持っていない俺には、他にできる仲間への誠意の示し方は知らない。だから俺は、正義を突き進み続けると誓ったんだ」
俺の答えにテトロはくつくつと苦笑する。まるで憑き物が落ちたように、晴れ晴れしさすら感じられた。
『なるほど。それがおまえの重さだったのか。今の心境は言葉にならないが、確かに俺は納得できた。そうか、これが無意識なのか……。言葉にならない確かな答え。理屈にならない固い心情。ああ、ようやく理解することができた……』
そう。俺は己の選択を間違っていたなどとは思えない。これが正しいと確信している。どうして確信しているのかは、それが無意識で感じているからとしか言えない。
テトロが静かな満足と心からの納得を胸に、体が溶けるように消えていく。
『おまえの勝ちだ、深淵の森のダンジョンマスター。そして勝ち続けろ。お前の背負う正義の生き様を、俺は地獄から眺め続けてやろう』
それはテトロが自分以外の他人を初めて気にかけた言葉であったことに俺は気付いた。
「確かに聞いた。おまえの親愛。俺が背負い続けよう」
俺の言葉にテトロは一瞬思考が止まったのか言葉を失くした。そして、理解が追いついたようで苦笑しながら言葉を継いできた。
『俺まで背負うと言うのか。くくくっ、かはははっ! いいだろう。そうであろうと信じてやる。ああ、他人を信じてやろうと思ったのはいつぶり以来だろうか。俺はおまえに出会えた事を感謝しよう……』
俺とテトロは視線を合わせ首肯し合い、俺は介錯として自らの拳でテトロを屠った。
テトロが撃破され、アラウザルが消えていく。テトロの狂気でゆがめられていた世界が元に戻っていく。天金山とのダンジョン戦争はこれをもって終戦となった。




