5-4
ブラスバンド部。
冬だったか。部はあるイベントで演奏することになった。
そのとき、俺は一人だけ外に出されたんだ。もちろん、下手だったから。
練習は女子部の学食で行われる。もちろん皆さん上手ですよ。
別に不満はなかった。下手だったんだから仕方がない。
特に、俺のパートは低音だったから、目立たないが全体のペースを乱してしまうことになる。
しかし、冬だったからな。学食の近くにある体育館で、一人で練習することになる。そこしか場所がないから。
外に出されたのは俺一人。
いいんだ。
不満はない。
それにしても、寒いな。楽器が、北風で冷たくなっている。
学食から聞こえてくる演奏曲。本当は、男子部は参加しなくてもいいのだが、部内での総意で参加することになった。
「おいS、これ片付けてくれ」
「自分でやってよ」
「いいからやれよ。おい、もっと早くしろよ、早くしろって言ってんだろ。オラ、速く、速く。おせえんだよ、もっと速くできないのか」
くそ、むかつく。
「なにぃ!むかつく?ふざけんなっ!俺は速くしろって言ってんだっ!だったら速くすればいいんたいっ!おらっ、はようせっ!」
こいつ、ぶっころしてぇっ!
このほかに、一気にブラスバンド部に入ってきた奴らがいたな。
俺が何度も「やめとけ」といったのに、入部してきた。しかも、そいつらは教室で俺を馬鹿にしている奴らだった。
「部長が入部を認めないのか?」
こう押し切られて、結局入ってきた。
だが、不平不満を俺にぶつけ、サボってばかり。女子部からはどうなっているのか問いただされ、古参の部員たちからはつきあげられる。
そいつらを参加させようとしても、全く無視。強制連行させようとしても、途中で逃走を企てる始末。
もちろん、責任を取らされたのは、この俺。
だが、そいつらはすぐにやめていった。
「S、お前の言うとおりだったよ」
こういって俺の労をねぎらう奴もいた。こいつはちゃんと練習にきていた。俺がやめたとき、こいつはこう言っていた。
「S、やめて正しかった。よかったね」
この後、俺に続いて立て続けに何人もやめた。
途中入部の奴、実力のある経験者の後輩、最古参の部員というふうに。
結局、ブラスバンド部は俺と対立していた奴の手に渡った。この場合、俺は追い出されたと、言ってしまっていいものだろうか。
俺は電柱に手をつき、息を吐いた。
息が白い。手で額をぬぐう。手の甲に汗がつき、それが湯気になっている。
どこかの民家から話し声が聞こえてくる。
はやくおふろにはいりなさい。
エエー、もうちょっといいじゃん。
そういえば、俺は何日風呂に入っていないんだ。
着替えた記憶もない。
今、俺はどんな顔をしているんだ?
汚い面がさらに汚くなっているだろう。
そんなことより、寝場所を見つけなければ。かなり無駄な時間を費やしてしまった。
瞬きすると、目の前に色々な奴の姿が出ては消えていく。
「あいつら、ぶっ殺して……」
首を振った。
今のせりふを忘れなければいけない。
あれだけ殺したあとで、またやる気か。
反省してから、舌の根も乾かぬうちに、またも。
病気なのか?
殺したい衝動がどこらからかくる。
馬鹿か?
もうやめろよ。どれだけ殺せば気がすむんだよ。
俺は歩き出した。
胸の中に何かがくすぶっていた。
気持ち悪い。
空き家とぼろアパートが続く。
小さな窓から光が漏れるだけ。
人の気配はない。静かだ。外灯の光もくすんでいて、それほど明るくない。
そんな中、目の前に一箇所だけ明るいところがあった。コインランドリーだった。
屋根と壁がある。今日はここで寝よう。足が自然と速くなる。
コインランドリーは百円シャワーと一緒だった。
洗濯機四つと乾燥機二つ。
安物の背もたれのない椅子が二つ。シャワーは四つあった。コインランドリーの中にあったのはそれだけ。
狭いスペースの中にそれだけのものが入り、無駄な空間がほとんどなくなっていた。当然ベンチなんてない。
しかし、俺には十分だった。
「今日は久しぶりゆっくり眠れるぜ。シャワーも浴びてみるかな……あっ、ダメだ。着替えがない。くそっ」
そうぼやいたが、表情が緩んでいるのがわかる。
入り口のドアに俺の手配書が張られていた。
が、誰かに落書きされていた。なまずひげや仙人みたいなあごひげが生えていたり、頭にやしの木が生えていたり、ほほに渦巻きがあったり、何か言っていたりしていた。
フキダシの中はこうだった。
『彼氏募集中。や ら な い か』
俺は同性愛者じゃないぞ。どこの馬鹿だ。
手配書をよく見てみると、隅っこに小さな字で
『殺さないでください』
あきれながらも俺はいすに座り、荷物を降ろす。
足が棒のように動かせなかった。筋肉が張っている。両手で片足ずつもみほぐしていく。
荷物をずっと背負いっぱなしで、肩も痛い。
誰もいないことを確認し、銃をリュックの中にしまった。久しぶりに軽くなった肩を上下させる。
筋肉の中に針金でも入っているような痛みと同時に、筋が小さな音を立てる。首も痛い。
「今、誰かと喧嘩になったら、俺は負けるな」
イヤ、ソンナコトハナイ。
俺は見回してみた。
誰もいない。
それはわかっていた。
それなのに、どこからともなく声が聞こえてきた。
ただの、気のせいなのか? それとも幻聴だったのか?
「疲れているんだ」
最近、ろくな場所で寝ていないからな。体力が落ちてきているんだろう。
これから、寒くなってきて、外で寝ていられなくなる。
それに加え、食事も水しか飲んでないのと同じだ。コンビニでおにぎりひとつでも食えば違ってくるだろうに。
腹が減りすぎると、胃の辺りが痛くなってくるんだよな。




