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公平と平等  作者: かわいかつひと


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20/33

言葉を誤ると、自分をも誤解する

人は言葉で思考しています。

だから、使う言葉がズレた瞬間、思考が誤作動する。

苦しみは本来の数倍に膨らみます。

悩みの多くは、感情そのものより、その感情を表す言葉の選び違いが原因だったりすることもある。


「自分が好きになれない」と言う人がいます。

でも本当は、好きになれないのではない。

「好き」という言葉では収まらないだけです。

大切に扱いたい。

価値を感じたい。

尊重したい。

これだけ異なる願いを、一語に押し潰してしまう。

だから出口が見えなくなります。

「孤独」という言葉を置いた瞬間、本当は複数あった感情が、一つに潰れてしまう。

理解されたい、つながりたい、安心したい。

分解できれば、次の行動が見えてくる。

でも「孤独」のままでは、どこにも手が届きません。

「不安」もそうです。

その中身は怒り、恐怖、悲しみ、恥が入り混じっています。

一括りにしているから、どこから触ればいいかわからない。

語彙が足りないと、感情の輪郭は曖昧になります。

曖昧なまま停滞し、苦しみだけが長期化する。


自己肯定感ブームは、この混乱をさらに深めたと思います。

「自分を好きになれ」と迫り、「好きになれない自分はダメ」という新しい呪いを作った。

好きになれなくていい。

尊重し、大切に扱えれば、それで十分です。


誰かが作った表現を借りたまま、自分の感情を語ろうとしても、どこかで合わなくなります。

「孤独」ではなく「つながりたい」。

「不安」ではなく「怖い」。

「自分が嫌い」ではなく「自分を粗末に扱っている」

一語が変わった瞬間、感情の見え方が変わります。

感情が見えない時は、まず言葉を疑った方がいい。

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