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断罪された天才魔導技師ですが、その処刑台は私の制御端末です。愚かな皇太子の悪事、全国配信で逆に公開処刑して差し上げます  作者: 今井 幻


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第25話「冷血令嬢、大炎上」

 石段の一段目に、靴底が触れた。


 ヴィオレッタは足裏に走った微細な振動を拾い、そのまま二段目へ足を運んだ。護衛との間の短鎖が金属音を立て、三段目を越えたあたりで、背後から何かが飛んできた。


 潰れた果実が左肩の後ろをかすめ、石段に赤い染みをつくる。甘ったるい腐臭が風に乗った。


 振り返らない。


 四段目。五段目。処刑台の天板が見えてくる。断頭台の刃が、正午の陽光を受けて白く光っている。その手前には処刑執行人の巨躯が——大剣を杖のように立て、仮面の奥からこちらを見下ろしていた。


 六段目を踏んだとき、護衛が鎖を短く引いた。


「止まれ」


 立ち止まる。ここが「待機位置」なのだろう。処刑台の端。天板には上がらせてもらえない。まだ、主役の登場を待つ必要があるらしい。


 ヴィオレッタは視線を上げた。


 処刑台の向こう側——石段ではなく、貴族用の観覧席に直結する高い通路から、陽光よりも眩しい白と金が現れた。


 レオンハルト・ヴァルムブルク。


 帝国第一皇太子。白を基調とした皇室礼装に、金糸の刺繍と無数の勲章。それらが一歩ごとに揺れ、彼の周囲だけに祝祭の空気を纏わせている。


 群衆がどよめいた。罵声の色が変わる。ヴィオレッタに向けられていた怒号が、一瞬だけ歓声へ上書きされた。


 ——その切り替わりの速さが、この男の唯一の才能だ。


 レオンハルトは群衆に向かって、片手を上げた。完璧な角度。完璧な笑顔。視線の配り方まで計算された、中身のない演出。


 ヴィオレッタは彼の靴を見ていた。白い革靴。処刑台の天板を踏む靴底に、戦場の泥も、実務室の墨汚れもない。儀礼でしか使われたことのない靴。


 頭上で、空気が震えた。


 巨大な魔導スクリーンが起動する。灰色だった矩形の平面に光が差し、レオンハルトの顔が——広場の空を覆い尽くすほどの巨大さで映し出された。


 全国中継の開始。


 そしてそれは同時に、帝国全土の端末にも送られているはずだった。


「——帝国の民よ」


 増幅された声が広場を満たした。柔らかく、温かく、そして嘘で塗り固められた声。


「諸君の安全を脅かす恐るべき陰謀が、まさにこの帝都の内部で進行していた」


 レオンハルトは表情を引き締め、悲痛に目を伏せた。練習した演技だとわかる。何十回も鏡の前で繰り返したのだろう。眉の角度も、声の震わせ方も、全てが設計されている。


 ただし——設計の質が、致命的に低い。


「この女——ヴィオレッタ・エーデルシュタインとその共犯者たちは、帝国の通信網に不正侵入し、国家転覆を企てていた。各地の通信塔を起点とした破壊工作。国家魔導銀行への違法なアクセス。そして——民を欺く偽の配信による扇動計画」


 群衆の間から、悲鳴に似た怒号が噴き出した。


「反逆だと……!?」


「やっぱりあの女、通信網を私物化してたんじゃねえか!」


「殺せ! 今すぐ首を落とせ!」


 レオンハルトが片手を上げると、怒号が静まる。この群衆制御だけは見事だと、ヴィオレッタは認めた。中身がないからこそ、外面の技術だけが異様に洗練されている。


「だが、安心してほしい」


 声のトーンが変わった。悲壮から希望へ。台本通りの転調。


「我が近衛の精鋭が、この計画を未然に鎮圧した。各地の反乱拠点は制圧され、首謀者の身柄はここに確保されている」


 スクリーンの映像が切り替わった。ヴィオレッタの顔が巨大に映し出される。手枷をかけられ、護衛に繋がれた姿。


 ——破壊された地方塔の映像。炎上するエーデルシュタイン家跡地。そしてどこかの地下通路で、血痕のついた床と散乱した機材が映る。


 ヴィオレッタの目が細くなった。


 あの血痕は。あの地下通路は。


 喉の奥が、一瞬だけ灼けた。


 だが表情は変えない。変えるわけにはいかない。今この瞬間、全国がこちらの顔を見ている。


「共犯者どもは既に無力化されている。二度と、この帝国の平和を脅かすことはない」


 レオンハルトの言葉を受けて、群衆の歓声が爆発した。拳を突き上げる者。泣き崩れる者。そして——祝福貨を投げ始める者たち。


 赤い光の粒子が、ちらちらと空中を舞い始めた。投げ銭。「見物料」としての赤色祝福貨。断罪ショーの開幕を祝う、残酷な紙吹雪。


「さあ」


 レオンハルトがこちらを向いた。サファイアブルーの瞳が、ヴィオレッタを見下ろす。


「登ってきなさい、エーデルシュタイン。帝国の民が、お前の最期を待っている」


 護衛が鎖を引いた。ヴィオレッタの体が一段上へ引き上げられる。


 そして——処刑台の天板に、足が乗った。


 *


 最初に感じたのは、音だった。


 群衆の怒号が遠くなる。スクリーンの増幅音が遠くなる。レオンハルトの演説が遠くなる。


 代わりに、足裏を通じて全身に伝わってくるものがある。


 振動。


 石と金属の下を走る、魔導回路の脈動。処刑台を貫く術式配列の息遣い。ヴィオレッタはそれを、盲人が点字を読むように、靴底から丹念に読み取っていた。


 この台を設計したのは自分だ。設計図の一本の線まで覚えている。


 だからこそ、わかる。


 ——これは、おかしい。


 本来の処刑台の魔導回路は、全国の中継端末と「並列」で接続される。各地の端末がそれぞれ独立して受信し、どこか一つが落ちても他に影響しない。冗長性を確保した、安全な設計。ヴィオレッタ自身が設計した仕様だ。


 だが今、足裏に伝わる振動のパターンが違う。


 並列ではない。


 一本の太い幹線に、全ての端末回線が数珠つなぎで接続されている。処刑台を起点にして、帝都の中継塔、周辺都市の受信局、地方の端末群が——全て直列で、物理的にこの台へ束ねられている。


 暫定直列同期。


 通常は禁じられている接続方式。並列分散のための余裕がなく、一箇所の障害が全系統に波及する危険な構成。だが、「今すぐ全国に同時配信したい」という一点においてだけは、最も手っ取り早い。


 腐った野菜がヴィオレッタの頬をかすめた。生温い汁が顎を伝う。拭わない。


 レオンハルトの声が続いている。群衆を煽り、正義を語り、自分の演出に酔っている声。ヴィオレッタの耳には、それがひどく遠い場所の出来事のように聞こえていた。


 足裏の情報だけが、鮮明だった。


 繋ぎ目の雑さ。増幅陣のバイパス処理の粗さ。回線負荷の偏り。どれをとっても、正規の技術者が十分な準備時間を与えられて施工した仕事ではない。


 処刑を「繰り上げた」のだ、この男は。


 通常の中継準備には最低でも三日かかる。増幅陣の並列接続、各中継塔との同期テスト、バックアップ回線の確保。ヴィオレッタが定めた標準手順は、全てそうなっている。


 だがレオンハルトは待てなかった。一日でも早くヴィオレッタの首を落とし、全国にその映像を流し、自分の「正義」を見せつけたかった。中継の準備が間に合わない? 構わない、直列で繋げ。現場技師が反対する? 黙らせろ。


 その結果が、これだ。


 全国の端末回線が、今この瞬間、物理的にヴィオレッタの足元へ接続されている。


 ヴィオレッタは、もう群衆の声を聞いていなかった。


 レオンハルトが何かを叫んでいる。「この女の罪状を読み上げよ」だか何だか。会計官らしき男が羊皮紙の巻物を広げ、偽造された数字の羅列を朗々と読み始めた。群衆が湧く。赤い投げ銭の光が、雪のように降り注ぐ。


 断罪ショーは最高潮に達しようとしていた。


 ヴィオレッタの右足が、わずかに位置をずらした。


 靴底が、処刑台の基部に埋め込まれた六角形の魔導刻印の真上に乗る。


 振動が変わった。回路全体の配線図が、足裏から骨を伝って脳まで一直線に昇ってくるような感覚。


 並列なら、ここから触れられるのは帝都近郊の数系統だけだ。


 だが直列なら——この台から、全国の端末に、一本の道で繋がっている。


 もう一つ。ヴィオレッタの意識が、振動の中に別の層を拾った。


 皇室儀礼のセッション。


 公開処刑は皇室の儀礼行為であるがゆえに、執行が開始された瞬間から、皇族鍵の認証セッションが端末側に常時接続される。それもまた、ヴィオレッタが設計した仕様の一つ。処刑の正統性を保証するための、皇室認証の自動載荷。


 つまり今この処刑台には、皇族鍵セッションが——載っている。


 ヴィオレッタの指輪の中には、99%の認証トークンが眠っている。設計者鍵はシグネットごと、ずっと手元にある。


 三鍵のうち二つが、この台の上で重なっている。


 あと一つ。最後の1バイト。それさえあれば。


 ——ないものを数えるな。


 ヴィオレッタは思考を切った。


 ないものはない。だが、「ある」ものは想定以上に揃っている。この台の直列接続。皇族鍵セッション。設計者権限。不完全であっても、証拠ログの抽出と差し込み予約はできる。全国の回線がここに束ねられている以上、差し込みの到達範囲は帝国全域だ。


 完全ではない。最後の一手が足りない。


 それでも——この台は、使える。


 石が飛んできた。今度は額の横を掠め、鋭い痛みが走った。温かいものが左のこめかみを伝い落ちる。


 群衆が笑った。


「いい気味だ!」


「泣きもしねえのか、あの女!」


 レオンハルトもまた笑んでいた。完璧な角度の、完璧に空虚な微笑。自分の演出が予定通りに進んでいることへの、満足。


 ——お前は今、何をしたのか。わかっていないのだろうな。


 ヴィオレッタの視線が、レオンハルトの顔を捉えた。


 仕様書を読んだことがない男。システムの設計思想を理解したことがない男。中継の接続方式が並列か直列かの区別すらつかない男。


 その男が、自分の首を一秒でも早く落としたいがために、全国の端末回線をこの処刑台に物理的に直結した。


 ヴィオレッタの口元が、かすかに動いた。


 群衆からは見えない角度。スクリーンのカメラにも映らない、ほんのわずかな変化。


 口角が、吊り上がった。


 ばかね。


 私の首を早く落としたいばかりに、全国の端末とここを同期ハードワイヤーさせてしまったじゃない。


 額から血を流しながら、ヴィオレッタは断頭台の刃を見上げた。


 この台は処刑台ではない。お前が知らないだけで——ここは、私の仕事場だ。


 舞台の物理条件は、敵の手によって、完璧に整えられた。

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