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Imagedia  作者: SaikoroX
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【第十四章:共有される火種(Shared Spark)】

冷却材の霧が、白く微かな音を立ててコンクリートの床を這っていた。


ネルヴェリア第三格納庫――


その広大な空間は、常に一定の湿度と温度に保たれ、重く静かな機械音に支配されている。


イマジディアのフレームはほぼ全てが外され、

中央整備台の上で骨格だけを晒していた。


「推進反応値、十三パー浮いてる。……カイル、後部安定板の偏差も見とけ」


シオンの声が金属音に吸い込まれる。

エアリフト上のカイルが片手を挙げながら答えた。


「ログ取ってるっての。ついでに吸熱回路も洗っとく。

……にしてもさ、あの出力で無事ってのが一番怖ぇよ、お前の機体」


シオンは作業の手を止め、剥き出しになったシートの背もたれを、慈しむように指先でなぞった。


「……お前が作ってくれた、このスーツとシート。これのおかげだよ、カイル」


伏せられた視線の先で、シオンは少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。


「これに包まれていると、不思議と落ち着くんだ。……感謝してる」


エアリフトの上でカイルがニヤリと笑い、汚れたタオルを肩に放り投げた。


「なんだよ、改まって。……まぁな、お前それまでは何回も病室送りだったもんなぁ? 意識ぶっ飛んでばっかりで、俺の整備より軍医の説教受けてる時間の方が長かったんじゃねぇの」


「違いないな」


シオンは苦笑したが、すぐにその表情から冗談の色が消えた。


「……でも、冗談じゃなくてさ。お前がカルナ=ゼルヴァ域の素材を使って、スーツとシートを新調してくれてから、変わったんだ」


シオンは自分の胸元、パイロットスーツの生地を掴む。


「あのエンジンの、心臓を直接絞めつけるような……命を削り取られるような、あの独特の緊張感が薄まったんだ。……まるで、このスーツが『虚構』に呑み込まれそうになる俺を、現実に繋ぎ止めてくれているみたいに」


カイルが、手に持っていたレンチを置いた。その瞳からいつもの軽薄さが消え、技術者としての鋭い光が宿る。


「……『繋ぎ止める』、か。俺はただ、ヴォールダイトの耐振動性と、アークディナスの相転移特性を組み合わせて、G負荷を逃がすように設計しただけだ。だが……」


カイルは、中央で沈黙するI.E.S.S.コアを見つめた。


「ほんとにこのコアはよぉ……どうやって動いてて、なんでこんなに『すっぽり』こいつに付いたのか、俺には全然わからねぇんだ」


カイルは手に持っていたグリスまみれのタオルを、思わず強く握りしめる。

彼は、このコアがもともとアグノテウムの技術とは無縁の、アークラ由来の正体不明な「塊」であったことを知っている。


「……やっぱ怖ぇよ。俺たち整備士からすりゃ、中の構造が分からねぇのに、外側のフレームだけが完璧に適合しちまってる。……まるで、このコアの方が俺たちの作った『器』に合わせて、自分の形を変えたみてぇな、そんな気味の悪さがあるんだ」


その言葉に、シオンは自室で書きかけのまま放置された解析レポートを思い出し、困ったように頭を掻いた。虚構現象の断片は記録できても、肝心の動力源である「ブラックボックス」の内部までは一向に踏み込めていない。


「……まったくだな。こいつ、あっちこっちの戦闘で装甲は剥げるしフレームも歪むけど、一向にブラックボックスだけは開かない。……まるで、こちらの理解を拒んでいるみたいに...」


淡々と作業が続く中――

格納庫の奥で、もう一つのギアが静かに影を落としていた。

パイロン世代の鉄塊、《グレイラウス》。

左肩の大きな接合痕が、まるで“刻まれた過去”のように沈黙している。


「へぇ……その機体、まだ生きてたんだ」


不意に女の声。

振り向くと、クァルナ・リードが手袋を弄びながら歩み寄ってきていた。


艶のない視線が、シオンに刺さる。


「……なんかさ。そいつ見てると、手が疼くんだよねぇ」


彼女は自分のギアの肩部を、ゆっくり指先で叩く。


「ちょうどここ。……あんたに吹き飛ばされたとこ」


空気が一瞬だけ硬直した。


「……あの時の」


シオンの声は低く沈む。


「やっぱ、あんたら――!」


カイルがスパナを握り直し、一歩踏み出した。

整備員の顔ではない。怒りに火がついている。


「俺らは殺されかけたんだぞ! 何が監査だよ……ふざけんな!」


怒号が格納庫に響く直前――


「やめとけ」


冷静すぎる声が割り込んだ。


ダリオ・レーン。

副官服の裾を揺らしながら、彼はカイルの肩を掴む。


「……今は敵じゃない。

それに…」


言いかけたそのとき――

格納庫のシャッターが、ゆっくりと、静かに開き始めた。


白い照明が差し込み、

金属の足音がひとつ、重く響く。


ガイル・ヴォルグ。


確信に満ちた歩調で進み、

場の視線を一手に浴びながら、クァルナの横を通り抜け、

ダリオの前でぴたりと足を止めた。


「我々は、そのような“無法者”と繋がりはない」


声音は穏やかだが、拒絶は鋭い刃のようだった。


ガイルは懐から薄い識別タグを取り出し、

指先で軽く掲げてみせる。


「正式な傭兵登録だ。カルナ=ゼルヴァ域の認証付き。

……どこにスカーヴァンの名がある?」


カイルは言葉を失い、悔しげに下を向いた。


ダリオは深く息を吐き、頭をかきながら言う。


「……こういう時が一番面倒だよな、政治ってやつは。

手ェ出したら悪いのはこっちだ。

今は……こいつらの整備が終わるまで、耐えるしかない」


誰も反論できなかった。

イマジディアの背後で点滅する整備灯だけが、

歪んだ共存の空気を照らしていた。


ガイルは無言で格納庫内を一巡するように視線を走らせ、

最後にクァルナに目をやる。


クァルナは壁際に寄りかかったまま、何も言わない。

怒っているのか、興味が薄れたのか、それすら読めない。


その彼女を一度だけ見て、

ガイルはダリオへ視線を戻した。


「……すまないな、副官殿」


低く、遠くを思い返すような声だった。


「彼女は……昔、採掘惑星で育った。

労働者だった親を、あの惑星の劣悪な環境で亡くした」


ダリオはわずかに表情を曇らせた。

その意味を、軍人として理解している。


ガイルは短く続ける。


「換気不良か、冷却剤か、過労か……正確な死因さえ曖昧だった時代だ。

――労働者の命は、数字で片づけられていた」


沈黙が、格納庫全体を押し包む。



ガイルは、わずかに声を落として続けた。


「彼女にとって“国家”ってのはな……

誰も責任を取らずに、人が死ぬ場所なんだ。

だから、ああなる。……悪く思わないでやってくれ」


ダリオは答えず、ゆっくりと息を吐いた。


「……そりゃ、なんとも言えねぇな」


それが、軍人として絞り出せる限界の言葉だった。


その会話を聞いていたシオンが、胸の奥に引っかかったものを押し出すように、小さく問いかけた。


「……本当に……誰も責任を取らなかったんですか」


ガイルはその視線を真正面から受け止め、一瞬だけ目を細める。


「……あんまり詮索はするな」


そう言うと、懐に手を入れ、再び識別タグを取り出した。

薄い金属片が、整備灯の光を反射する。


「こんな履歴には、何も残らない。

残るのは“人が死んだ”って事実だけだ」


タグに刻まれたのは正規登録番号だけ。

そこに、過去の記録は一片もない。


沈黙が落ちる。


イマジディアの分解フレーム、

パイロンギアの無骨な影、

整備灯の冷たい光――。


格納庫全体が、触れるだけでひび割れそうなほど重く沈んでいた。


誰も、次の言葉を発せなかった。


ガイルとクァルナが格納庫を後にしたその直後――

沈んだ空気だけが、その場に取り残されていた。


しばらくして、小隊は再び整備作業へと戻っていく。

重い余韻は、まだ完全には消えていなかった。


「……連射を維持したいなら、出力は落とさざるを得ない」


「でも出力落としたら貫通力も落ちるぞ? 結局相殺じゃねぇか?」


格納庫の奥、作業台に広げられたホロパネルの前で、

シオンとカイルが図面を睨んでいた。


設計中の新型速射ビーム砲。

イマジディア向けに軽量化・安定性を両立したモデルだが、

制御ユニットと負荷配分はまだ不安定だった。


「調整しないと、反動制御だけでリミッターが悲鳴上げる」


「なぁ、バーニア逆噴で受けらんねぇの?

フィードバック遅れて壊れるなら、最初から逃がす前提で――」


その時だった。


「……悪い。重機、借りるぞ」


金属音と共に、格納庫の入口からひとりの男が現れた。


青黒い作業着、煤けた工具を肩に背負い、

やや猫背に見えるほど細身の体格。


マルキ・デナス。

ヴァルゲイン隊の整備担当――だが、同隊の中でも異質な存在。


カイルは眉をひそめ、吐き捨てるように言った。


「……なんで、こんな奴がうちの格納庫に……」


その呟きに、マルキは無言で備品棚を開けていたが、

工具箱を手に取ると、ぼそりと返した。


「……仕方ないだろ。カルナ=ゼルヴァには、こういう施設、ないんだから」


シオンの手が止まる。

マルキの背は、工具の重さにわずかに沈んでいた。


「“六大圏”って言ってもな……

どこも平等ってわけじゃない。

格納庫の床が抜けないだけ、あんたらは恵まれてるさ」


その言葉は淡々としていたが、

どこか“事実の重み”があった。


通り過ぎようとしたマルキの視線が、

ふとホロパネルに映る制御図を捉えた。

足が止まる。


「……これ、スイッチング遅れるぞ」


シオンが反応するより先に、

マルキは手を伸ばし、空中に映る制御ルーチンへ指を滑らせた。


「熱容量足りてないだろ?

出力絞るなら、チャージの瞬間だけ逃がして再合成回路で再加熱だ。

パイロン時代じゃ普通だったけど……今のエンジニアは面倒臭がる」


慣れた指つきで、ホロ空間に残像のような手順図を描き残す。


そして、工具箱を担ぎ直しながら言った。


「……あんたらが嫌う技術でも、俺らはそれで生きてきた。

進めばいい。身を滅ぼさない限りは、何でも賛成だ」


空中に残された手順図のラインが、

さっきまでの重苦しさとは別の意味で、胸に刺さる。


シオンもカイルも、すぐには言葉を出せなかった。


ただ、その後ろ姿が語った

“技術への向き合い方の違い”が――

確かにシオンの心に触れていた。


工具箱を抱えたまま、マルキはホロ図面を一瞥し、

ふっと鼻を鳴らした。


「……そもそも、お前ら。

この出力で命拾いしてんのに、下げてどうすんだよ。死にてぇのか」


図星すぎて、カイルが言葉を失う。

シオンも目を逸らし、無言で図面の端をいじった。


「……じゃあ見せてみろ」


マルキが当然のように片手を差し出す。


「まだ完成してない。見せる段階じゃ――」


「だから、だ」


短いが、妙に説得力のある言い方だった。


シオンがわずかに躊躇すると、その指を止めたのはカイルだった。


「シオン」


静かな声。

怒っているわけでも、呆れているわけでもない。


ただまっすぐな、仲間としての声だった。


「ジッと見とけ。……お前、いつも人の手を借りねぇだろ」


その一言に、シオンの胸がわずかに揺れる。

自分の癖を、誰よりも近くで見てきた仲間の声だった。


その隙を逃さず、マルキがホロデータに触れ始める。


表示されていたのは、未整理の武装案群――

防御システムの試作ログ。


「……これは」


マルキは無言のまま処理系を開き、

現行OSでは扱いきれない数値を、旧世代式の逆演算で捌いた。


「高出力は維持……でも偏向だけじゃ足りない。

なら、“虚構の波形”でフレアを作って……弾道干渉だ」


ホロ空間に、残像のような技術図面が高速で描かれていく。


「これは盾じゃない。

攻撃を逸らす――“幻影の壁”だ。

実体はない。けど、確かに作用する」


「虚構の……逆散布……!」


カイルが息を呑む。


「それ、当たってないのに壊れるやつか?

軌道が狂って自爆したように見える……ってことだよな?」


マルキは頷いた。


その顔は相変わらず無表情で、

ただ“仕事をした職人”のわずかな熱だけがそこにあった。


「素材はパイロン世代のフレームシンク。

再利用品でも調整すれば耐える。

問題は構造反応だが……」


マルキはイマジディアのコア側を一度だけ見た。


「……お前の機体なら、応えるかもな」


シオンは、ただその背中を見つめていた。


軽蔑も、敵意も、誤魔化しもない。

ただ、“技術者”としての矜持だけで、

自身の武装案を読み取り、補強し、組み上げた男。


しかも――ヴァルゲイン隊のはずの、あの男が。


自分でも踏み込むのを躊躇した領域へ、

誰かが当たり前のように踏み込み、

新しい道筋を描いてみせた。


その事実が、静かに胸を叩いた。


それは“敵”の背中ではなかった。

“技術を信じている者”の背中だった。


マルキの背中が完全に視界から消えると、

格納庫にはしばらく機械音だけが残った。


ホロパネルには、彼が描いた手順図の残光がまだ揺れている。


カイルが腕を組み、ぽつりと言った。


「……なぁ、シオン。

お前、ああいうの……嫌いじゃねぇだろ?」


シオンは返事をせず、虚構波形の図面に手を伸ばす。

その指先には、呆れでも否定でもない、

微かな“確かめるような熱”が宿っていた。


「……技術の話をする時の目は、誰でも同じだな」


「誰でも、ねぇ……」


カイルは肩をすくめる。


「スカーヴァンでも、ヴァルゲインでも、

ああやって真っ直ぐ向き合ってくる奴いるんだな。

ちょっと驚いたわ」


シオンは静かに息をつく。


「……敵か味方かじゃ判断できないものが、増えてきた」


「そりゃまぁ、そうだろな」


カイルは笑うでもなく、ただ事実として言った。


「お前が作ってるの、もう『兵器』じゃねぇもんな。

お前のイマジディア、誰かが生きるための“道具”なんだろ」


その言葉に、シオンはわずかに目を伏せる。


沈黙。


だが、重くはなかった。


必要な言葉だけが、胸の奥に落ちていく。


「……出力、調整し直す。

“幻影の壁”……試す価値はある」


「だろ? ほらな」


カイルは笑う。

それは、整備場に戻ってきた頃の“警戒”ではない。

仲間としての、ごく自然な笑みだった。


「……次の指令、来るぞ。

なんか、嫌な予感するけどよ」


シオンはホロパネルを閉じ、

イマジディアのフレームを一度だけ見上げた。


「ああ。

備えないとな――どこへ行くにしても」


冷え始めた格納庫の空気に白く溶けた。

整備灯がひとつ、またひとつと落ち、暗転が訪れる。 だが、静寂の中に響くイマジディアの鼓動

――I.E.S.S.の極小の波形だけが、消えない火種のように、二人の影をいつまでも長く引きずっていた。


この「共有された火」が、誰を焼き、何を照らすのか。 その答えを知る者は、まだ誰もいない。

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