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Imagedia  作者: SaikoroX
12/17

【第十一章:歪んだ断罪(Distorted Judgment)】

──星々が沈黙し、黒き祈りだけが空を満たす聖域。


そこは、セリグマ律廷の最深域に位置する礼拝殿――

“告解のコンフェッサリオ”。


巨大な十字型ステンドグラスから射す光は、

本来聖なるはずの色彩をどこか陰鬱に歪め、

床に落ちた影は“十字架”ではなく“鎖”のように見えた。


その中央。

鉄製の跪き台に膝をつき、

まるで罪を吐き出すように額を伏せる男がひとり。


ザレド・グレアミト。

神の名のもとに異端を刈り取る、“断罪の刃”。


しかし今、その口元は沈黙に閉ざされ、

祈りは自らを赦さぬ者のように重く垂れていた。


やがて――


静寂を裂く、ゆるやかな足音。


「……洗礼は、終わりましたか?」


堂内に落ちる荘厳な声。

白と金の法衣に身を包んだ律廷最高指導者、

オル・レヴァニスが姿を現した。


その声は決して大きくない。

しかし、それだけで空気の“温度”が変わる。


ザレドはゆっくりと顔を上げる。

「……我は、ただ祈りに身を委ねておりました」


「そうですか。」

オルは慈悲深さすら帯びた微笑を浮かべ、しかし目だけは凍えるように冷たい。


「あなたが敗れた相手――

虚構のギア

……あれは異端の力に触れていた。

あるいは、異端そのものかもしれない。」


礼拝殿の奥の扉が開き、

フィナとダルノスが姿を現す。

未だ癒えぬ傷を抱えたまま、静かに跪いた。


オルの声は変わらず静かだった。

だからこそ恐ろしい。


「アークラ――異なる空より落ちた“外界の異端”。

神の律にすら触れぬ存在。

和解を望むことすら、神への不敬となる。」


ザレドの肩がわずかに震える。


「……ですが、アグノテウムもまた異端を生みました。

虚構の光をまとう鎧。

真なる太陽のルーキスを冒涜する者。」


オルは歩み寄り、ザレドのすぐ前で止まった。


「ザレド・グレアミト。

あなたは再び立つ時が来ました。」


静かに、宣告のように。


「異端を断つ剣として、神に選ばれし者として。」


背後で、控えていた信徒たちが静かにひざまずく。


「新たなる鎧を授けましょう。

“赦し”ではなく、“制裁”のための鎧を。」


ザレドはゆっくりと拳を握り、顔を上げた。


その瞳は、祈りではなく、復讐で燃えていた。



礼拝堂の左右にある巨大な円柱壁が、低い鐘のような音を響かせながら割れた。


同時に、ゆっくりと機構式リフトが降りてくる。

ステンドグラスの光が揺れ、まるで“神が機体を照らしている”かのように影が伸びた。


浮かび上がったのは三機の漆黒のギア。


その外殻はアグノテウス現行機をベースにしながら、

どこか異様な“祈りの文様”のような刻印が走り、

本来の軍事兵器とは異質な神秘をまとっていた。



---


──SD-SG-03C《グレアミト専用》


──SD-SG-02L《フィナ専用》


──SD-SG-02H《ダルノス専用》



---


フィナが息を呑む。

その声は礼拝堂の静寂の中に溶け、かすかに震えていた。


「……これは……アグノテウスの禁忌技術では……?」


オル・レヴァニスは、まるで子を諭すようにゆったりと首を振る。


「違います。

これらは“民が祈りと共に捧げた技術”です。

神の光に照らされれば、禁忌は浄化される。

それは堕落ではなく、赦しへと変わるのです。」


ダルノスが思わず機体に触れようとして、直前で手を止める。


「……律廷が、直接……整備を?」


「ええ。」

オルは祈りの本を閉じながら答える。


「主機の改修、駆動系の浄化処理、

そして各部構成には神性比率(ルーシア値)を適用しています。

だが――」


一拍。


「最終の適合には、“あなた方自身の信仰と共鳴”が必要です。」


オルが手を掲げると、祭壇脇の扉が開いた。


静かに歩み出てきたのは、

黒と白の整備礼装を纏った細身の少女。


その佇まいは技術者というより、

聖職者のような神々しさを帯びていた。


エスレイ・フロウシア。


無言で深々と頭を下げる。


「エスレイは太陽律に基づく“機構の聖整備士サンクト・メカニカ”。

ソルディギアへの理解は律廷でも群を抜きます。

あなた方の剣が再び立つための、導き手となるでしょう。」


ザレドは新たな愛機を無言で見上げた。

その瞳には、敗北の色はもうない。


やがて――

深く、静かに頷いた。


「……光のために。

我は再び、剣となりましょう。」


オルは満足げに目を細め、聖書の帳面を閉じた。


「神は見ています。

あなた方の剣が、虚構を断ち、

世界の律を再び正すその日を――。」




礼拝殿からの儀礼的な行進を終え、場所は律廷専用格納庫へと移った。

巨大な礼装ギアたちが並ぶ空間は、戦場ではなく“祭具庫”を思わせる厳かな空気に満ちている。


その中央に、グレアミト隊の三人が立っていた。


ザレドは黙したまま、己に与えられたSD-SG-03Cを見上げている。

その鋼の外殻には祈りの紋様が刻まれ、どこか“神像”にも似た威圧感があった。


沈黙を破ったのは、フィナだった。


「……やっぱり、納得できないわ。」


彼女の声は冷たい金属の壁に反響する。


「アグノテウムの技術を――そのまま“神の器”として扱うなんて。

いくら浄化したって言われても、私にはどうしても……」


その不満を受けて、そばにいたエスレイが静かに言葉を添える。


「ソルディギアは“太陽律”の原理に従っています。

それは神の光を基盤とした機構……本質的に、歪みはありません。」


「構造の話じゃないのよ、エスレイ。」

フィナは一歩踏み出して詰め寄る。


「アグノテウムが作った兵器を、神の名で肯定するなんて……

オル司教様の方針でも、私は納得できない。」


エスレイは一瞬だけ視線を揺らした。

だが、その返答の前に――


ザレドの低い声が、格納庫に落ちた。


「……よい。」


彼は振り返らず、ただ目の前のギアを凝視したまま言う。


「必要なのは“異端を討ち滅ぼす力”だ。

その力がこの手に宿るならば、由来は問わぬ。」


その言葉に、フィナは悔しげに唇を噛むが、口を閉ざした。

ダルノスは腕を組んだまま、一言も発さずにザレドへ深く頷く。


隊の空気がひとつに収束していく中ーー

エスレイだけが、その均衡にわずかな不安を覚えた。


(……この“熱”は、正しいのだろうか?)


ほんの一瞬、眉をひそめる。

しかし、それを誰も気づかなかった。


ザレドはゆっくりと右手を胸に当て、深く息を吸う。


「救いとは、神が認めし者だけに許されるもの。」


重い声が格納庫全体に響く。


「この手は赦しを求めるためのものではない。

神の光を曇らせる“穢れ”を焼くためにある。」


彼の視線がゆっくりとギアの眼部へと重なる。


「――さあ。

裁きを始めよう。」


ギアの内部光が、まるで呼応するように淡く灯った。




艦内の細い通路に、三人分の足音が反響している。

アルヴィエルの管制室へ向かうのは、シオン、リアナ、そしてカイル。


「……ったくよ〜……なんでまた、こいつらと相部屋みたいな任務なんだよ。

小型艦にこの人数って、絶対ぎゅうぎゅうになるだろ……」


カイルが頭を抱えるように嘆く。

その後ろには、監視役として同行するユルクとジュリの姿があった。


「仕方ねぇだろ。お前ら、今は“監査対象”なんだから」

ユルクが肩をすくめる。


シオンが困ったように眉を寄せる。

「……でも、二つの戦術小隊から一人ずつって、不自然じゃないか?

普通は丸ごと一個小隊が付くもんだろ?」


「あ〜、まあね……」

ジュリは目をそらして苦笑する。

「“あの模擬戦”のこともあって、行きたがる人は少ないのよ……。

ほら、撃墜されたのもいるし……」


「おい、言い方ぁ」

カイルがむっとし、詰め寄ろうとする。


しかしジュリは手のひらをひらひらと振ってごまかした。

「気にしない気にしない。ね、シオン?」


リアナが焦ったように身を寄せる。

「ちょ、ちょっとジュリさん! シオンに触るのはだめですっ!」


それを見て、ユルクとカイルが小さく吹き出した。


そのとき、カイルがぽつりと呟く。

「……つーかさ。監査部の人選、間違ってんじゃねーの?

模擬戦の相手ですら“誰が出るか”妙に気を使ってたのに……

なんで監査は、この二人だけなんだよ。」


軽い口調。冗談半分。

だがシオンの胸の奥で、冷たい何かがわずかに動いた。


ジュリが苦笑して肩を上げる。

「ドラウスト圏の監査部の判断よ。

それに……ほら、最近“例の監査官”が忙しいんだって。

ティアナさん、でしょ?」


リアナが首を傾げる。

「え……? ティアナ監査官って、そんなに忙しいんですか?」


「らしいぜ〜」

カイルは気楽に笑いながら、軽く手を振った。

「どうせまた、誰かの尻尾追い回してんだろ。

まあ、俺らに来ないなら助かるわ。」


その軽口を最後に、一行は管制室の前へ到着した。


扉が開いた瞬間、室内の空気が変わる。

グラン大尉が管制卓の前に立ち、真剣な瞳で振り返った。


「……揃ったな。任務内容を伝える。」


さっきまでの軽いやり取りは、空気の中に消えていった。



---


「今回の任務は《アストラニア圏》に近い中立宙域の調査だ。

旧航路を通る貨物船が、奇妙な軌道を描いているという報告が複数上がっている。」


リアナが驚いた声を上げる。

「アストラニア圏……議会がある場所ですよね。こんな近くで?」


ジュリが航路図を覗き込みながら眉をひそめる。

「しかもこのエリア、防衛艦が定期巡回してるはず……普通なら密輸なんて無理よ。」


ユルクが苦い顔で言う。

「逆に、そういう“誰も疑わねぇ場所”でやる奴らもいる。

目立たねぇからな。」


「マジかよ……」

カイルがぽつりと漏らし、こっそりシオンに囁く。

「……なぁ、アストラニア圏って建前じゃ中立だろ?

なんで調査依頼があっちから来るんだよ。」


シオンは小声で返す。

「依頼元は“ゼルヴァ域代表局”だそうだ。」


「うへぇ……」

カイルが露骨に嫌そうな顔をする。


ユルクも鼻で笑った。

「ゼルヴァね。保守の巣じゃねぇか。妙に話がスムーズだった理由がわかったぜ。」


ジュリが小声で呟く。

「……やっぱり、何か仕組まれてるのかな。」


その横で、ダリオがぼそりと呟く。


「……胡散臭ぇ話だ。」


空気が重くなりかけたそのとき、グランが気配を切るように咳払いをひとつ。


「本任務は本部からの正式命令だ。

戦闘は起こり得るが――証拠の確保が最優先。

油断するな。」


全員が黙って頷いた。

先ほどの冗談混じりの雰囲気はもうない。

ここから先は、いつもの“現場”だ。




──数時間後。


アルヴィエルは任務宙域の手前まで到達していた。

艦内の空気は、先ほどの管制室でのやり取りから一転し、静かに、しかし確かに緊張を帯びていた。


「……そろそろだな」

ユルクがぼそりと呟き、全員が各端末へ視線を落とす。


軽口を叩いていたカイルでさえ、今は真剣な眼差しで座席に身を収めていた。

ジュリも黙って手元のセンサーを確認し、リアナは航行制御の最終チェックを進めている。


小型艇の出撃態勢が整ったところで、ダリオの声が穏やかに響いた。

「観測艇、Dev-3、続いて監査チーム、発進準備。――行くぞ」


その声を合図に、調査隊はアルヴィエルから離脱した。


***


観測艇とともに進行する艦隊は、旧エルド・シェイル航路へと滑り込む。

静まり返った宙域を、機体に搭載されたセンサーが丁寧になぞるように進む。


「……いた。あれが例の貨物船だな」

ユルクの報告に、シオンが正面のモニターへ目を凝らした。


小型の貨物船が、通常航路を外れ、使われていない管轄外宙域へとゆっくり進入していく。


「今さらだけど、本当にこんな場所でやってるとはね……」

ジュリが信じられないように唇を引き結ぶ。


シオンは操作パネルに指を走らせながら、リアナへ視線を向けた。

「貨物船との距離を保ったまま、もう少し接近できる?」


「了解。航行制御、微調整入れるね」

リアナの落ち着いた声とともに、艦の姿勢がわずかに傾く。


やがて、貨物船が完全に停止した。

そこから伸びたクレーンのようなアームが、横付けされた別の船体と接続されていく。


「……搬出作業中?」

カイルがモニターを覗き込みながら眉をひそめる。


そのとき、映像にぼんやりと影が映り込んだ。


シオンの表情がわずかに変わる。

「あれ……ギアか? いや、このシルエット……」


輪郭が徐々に解像度を上げ、はっきり形を成す。


「……あれ、セリグマ律廷の機体だよ」

ジュリが声を潜めた瞬間、空気が一段階沈み込んだ。


同時に――


「……!? 通信が……おかしい……!」

リアナが焦りを隠せない声でコンソールに向かう。


耳元で、通信がザザッとノイズを走らせた。


「通信妨害……?」

ユルクが短く呟いた次の瞬間、レーダーに複数の反応が一斉に現れた。


「囲まれてる……! 中隊規模で!」

ユルクが叫ぶと同時に、黒い影が周囲を取り囲むように映り込む。


セリグマ律廷のギア群――

それは、まるで“待ち伏せが成功した”と言わんばかりに、静かに位置を固定していた。


緊張が一気に張りつめたそのとき、


『全機、慌てるな』


ダリオの冷静な声が、雑音を切り裂くように入ってきた。


『こちらの初動は待て。……相手は“何かを待っている”』


その言葉に、一同は息を飲んだまま、微動だにせず次の状況を待ち続ける。


宙域の静寂が、逆に彼らの背筋を冷たく撫でていった。


『……くそ、これは完璧に仕組まれてたな。まったく、どこの誰が仕掛けた罠やら』

ダリオの声は静かだったが、その底には抑えきれない怒りが滲んでいた。


そのとき――

貨物船の側面に積まれていた格納コンテナが、ゆっくりと開いていく。


中から現れたのは、艶消しの黒と銀を基調としたソルディギア。

アグノテウス製をベースにしながら、どこか“違う”。

装甲の線には律廷の意匠が刻まれ、継ぎ足したような不自然な増幅器が禍々しく光っていた。


「……あれ、グレアミト小隊の紋章……?」

ジュリが息を飲む。


続いて――

コンテナ奥から、ひときわ重々しい影が姿を現した。


黒鉄めいた装甲。

腰部へ伸びる太いエネルギー供給ケーブル。

胸部には“第二抹消中隊・グレアミト小隊”の紋章。


ザレド・グレアミト。

再臨の使徒として、そのギアは静かに宙域の中心へと立ちはだかった。


周囲が凍りつくほどの静寂のあと――

ザレドの声が共通波を震わせた。


『神より授かりし、新たなる鎧。

罪なき信徒たちの寄進により、我が手に再び与えられた剣だ』


その声音は祈祷の朗読のようであり、処刑宣告のようでもあった。


『この刃は、異端を裁くためのもの……虚構をまとう“外なる騎士”よ』

『その存在は律の外にある。ならば、神の外にもある』


ザレドの言葉に呼応するように、周囲のギアが次々と展開を開始する。


貨物船の裏から姿を現したのは――

セリグマ律廷の紋章を持ちながら、アグノテウムの構造を歪めて組み直した“異形のギア”たち。


外装は祈りの装飾に染められ、しかし内部にはアグノテウムの骨組みがむき出しに残る。

まるで異教の肉に律廷の皮を縫い合わせたような存在だった。


そして、ザレドが静かに締めくくる。


『……祈りは済んだ。ここに、断罪を開始する』


ザレドの号令と共に、フィナとダルノスの機体が左右へ展開する。


フィナは長砲身の大型エネルギーライフルを構え、静かに狙撃態勢。

ダルノスは重厚なエネルギー転換シールドを前面に構え、ザレドの隣で壁のように立つ。


――剣、盾、弓。

セリグマ律廷が“裁きの三柱”と呼ぶ布陣が、イマジディアを三方向から包囲した。

動けば狙撃、撃てば盾に阻まれ、退けば刃が襲う。逃げ道は一切無い。


シオンはイマジディアのフレーム全体に緊張が走るのを感じる。

(……防がれ、撃たれ、追われる……どこにも抜け道がない)


そのとき、途切れていた通信がようやく復旧した。

グラン大尉の低い声が割り込む。


『シオン、聞こえるか。――絶対に撃ち合うな。耐えろ。

こちらは全周を中隊規模で囲まれている。

お前が正面の注意を引きつけてくれれば包囲を崩せる』


その冷静さに、シオンは知らず息を呑んだ。


続けて、輸送船から震えた声の緊急通信が入る。


『こちら商用航路船〈ベルセリア号〉……我々はただの配送業者です!

取引先が律廷の関係者だなど、つゆほども……!』


リアナが絶句する。

「……民間登録船……そんな……」


だが、セリグマ律廷の判断は容赦なかった。

ザレドが静かに通信を開く。


『その船は、かつて母なる星を穢した“核の炎”の残滓によって動いている。

穢れた機構は神の律を乱す。――よって、清めねばならない』


次の瞬間、フィナのギアが狙撃姿勢を輸送船側へ向けて切り替えた。


「やめてくださいッ!」


ジュリが悲鳴のように叫び、ギアを限界まで推進して輸送船の前へ飛び出す。

その声には怒りでも恐怖でもない、ただ――


「関係ない人たちを巻き込む理由なんて、どこにもないでしょッ!」


その叫びが届くより早く、閃光。


フィナのライフルが火を噴き、

ジュリのギアは一瞬遅れて爆煙に包まれた。

輸送船の船体が揺れ、衝撃波が周囲を飲み込む。


「ジュリ――ッ!!」


ユルクの絶叫が、張り詰めた宙域に悲痛なほど響き渡った。


ギリギリで推進を外していたジュリの機体は、左腕部と下半身が完全に吹き飛び、

制御不能のまま宙を漂っていた。


通信だけは──まだ切れていない。


『……わたし、まだ……だいじょ……ぶ……っ』


かすれる声が、ノイズ混じりに届く。


「くそっ……行くぞ、俺が行く!!」


ユルクが叫んだ瞬間、彼の機体は反転し、限界推進に切り替わった。

判断というより衝動。いつもは冷静な彼の声に、焦燥が露骨に滲んでいた。


「俺がジュリを引っ張る! ダリオ中尉、前を頼みます!」


『ああ、任せな。道、開けるぞ!』


ダリオの砲撃がセリグマ機の間へ連続で叩き込まれる。

その火線が空間を裂き、その隙間をユルクが一気に駆け抜ける。


「……ジュリ、今掴むぞ!」


損傷したジュリの機体を両腕で抱え込み、

逆推進で離脱軌道に移った。その背後には、常にダリオの火力が張り付いている。


「絶対に……離さねぇ!!」


ユルクが必死で叫ぶ。その声は震えていた。

怒りでも恐怖でもなく──大切な人を失うことへの純粋な恐れだ。


一方、ザレドはその光景を黙然と見つめていた。


『……我らが断罪の刃は、罪無き者に振るわれることはない』


淡々とした声。しかし、そこには奇妙な“弁解”のような色が混じっている。


『だが、あの輸送船が抱えていた物……それはこの宙域に存在してはならぬ穢れ。

穢れに触れた時点で、咎は刻まれたのだ』


明らかに後付けの理屈。

その言葉に、シオンの血が一気に沸騰した。


「……ふざけるなよ!」


胸の奥に熱が走り、イマジディアがそれに呼応するように震えた。


「穢れだ? 核だ? 全部、後付けの言い訳だ!

民間人を巻き込んで、それで“正義”のつもりかよ……!!」


怒りが引き金になった。


次の瞬間、イマジディアが爆発的に加速した。


シオンの視界が白く伸び、セリグマのギア数機がすれ違いざまに叩き落されていく。

ダルノスが慌ててシールドを前に構えたが、

シオンの斬撃はその縁を喰い破るように切り裂き、装甲を軋ませた。


「逃がすものか……ッ!!」


狙撃位置のフィナが射線変更を試みた瞬間──


イマジディアのライフルがチャージ完了の光を放つ。


放たれた閃光が、フィナの右肩とリアスラスターを正確に撃ち抜いた。


『しまっ──!!』


フィナ機は回転しながら宙に吹き飛ばされ、

後方の味方機が慌てて収容態勢を取る。


その一連の動きを見届けたザレドの顔が、僅かに歪んだ。


苦悶でも怒りでもない。

“まだ届かない”ことへの焦り──。


『……やはり、“虚構”は容易く裁けるものではないか』


小さく漏れた呟きのあと、

彼はすぐに実務的な声で指示を飛ばす。


『全隊、負傷者を収容。離脱行動へ移れ』


すでにアグノテウム後方艦隊が接近している。

長引けば挟撃。ザレドはそれを理解していた。


しかし撤退の中で、彼はもう一言だけ残す。


『……本来の目的は果たされた。

“穢れ”の根は、確かにあの虚構の鎧に宿っている』


その声は勝利宣言のようでいて、どこか言い聞かせに近い響きだった。


ザレドのギアは静かに旋回し、薄闇の向こうへ消えていく。


イマジディアは、なおも前方を睨みつけ続けていた。


遠ざかる異端の刃。

あれほどの暴虐を振るった相手を、ただ見送るしかできない悔しさが胸を刺す。


「……逃がすかッ!」


シオンが推進器に手をかけた、その瞬間。


「――止まれ、シオン!!」


鋭いダリオの声が響く。


「後ろを見ろ! ジュリが……まだ帰ってねぇだろ!!」


その言葉に、シオンの手が止まる。


振り返れば、ユルクがジュリの損傷した機体を抱え、

必死に退路を確保しようとしていた。

今は全員で“盾”にならなければならない。


「……っ!」


シオンは強く歯を噛み締めた。

怒り、焦り、憎しみ──全部が胸に渦巻く。


それでも。


「……了解、先輩。後ろは俺が抑えます」


『上等だ……お前が暴れるのは、あの子が笑ってからにしな』


イマジディアが反転し、脱出ルートの後方を守るように布陣した。


最後尾の位置で、ただひとり敵の追跡を牽制する。


遠くにはもはや、ザレドの影も、セリグマ律廷の刃も見えない。


残っているのは──


ジュリの薄れゆく意識が、まだ繋がっているかどうか。


その一点だけだった。

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