二十二話 帰還とレアケース
「んじゃ、そろそろ…。やること済ませますかね…?」
先の戦闘で作られた遮蔽物は、先程鳴宮さんと丸山オジさんに交代して全て撤去し終えた後のこと。俺はそう言いながらこの広場を見回しながらそう言い放つ。
そんな俺の語り口調はどこか、対する相手の様子を伺おうとするようなばつの悪さがあった。
「えぇ、そうね…。」
俺の言葉を聞いたツルミさんが短くそう返事をした頃、俺は広場の片隅にある、少し目立つ色の布が巻かれた木に目線を移した。それを見て俺は腰に身につけているポーチから、巻きつけられているものと色違いの布を取り出しながら、その木に向かって歩いていく。
ツルミさんはそんな俺の後を追うようにしながらともに歩いていた。
そんな俺たちの間には、どこか気まずい沈黙が走っている。
俺の脳裏には、先程のツルミさんとエテュミアさんとの会話の様子が思い起こされていた。
普段のクール風な様子とは余りに違うハイテンションなエテュミアさんとの話しぶりが、何か言葉を発してみようと考える俺の脳裏に度々チラついて、結果何の言葉も口にすることができていないのだ。
おそらく、ツルミさんの方も俺と似たような状況だからこそ、今の沈黙が保たれているのだろう。
「コレを回収したら良いんだよな、結び目は…っと。」
俺はその木の側に近づき、中腰になって木に巻きつけられた布の結び目を探す。
「お、あったあった。んじゃ軽くほどいて…ってコレ固結びじゃないスか。ほどきにくいったらありゃしない…。」
俺はそう言いながら、布の結び目に手を伸ばし少しでも緩めようと試みる…がやはりうまくいかない。
力を込めてほどこうとしたり、結び目の隙間に指を差し込んでみようとしたり、思いつく限りのアプローチを実践してみたものの、固結びの強固さの前には無力感を実感する結果のみに留まった。
俺がそうして固結びされた布に悪戦苦闘していると、背後から少し呆れ、訝しむような声が聞こえてくる。
「・・・回収すれば良いだけなのだから、わざわざ解かなくても良いんじゃないかしら…?」
ゔっ。
今回は結び目じゃなくて俺の頭が固かったかもしれない。
俺はツルミさんに背を向けたまま、更なるきまりの悪さを感じ、表情を歪ませながらそう思う。
「えへ。」
えへってなんだよ、面白くねぇよ。なんならむしろ恥ずかしいよ。
ツルミさんは今の俺の発言には何の反応も示さず、俺達の間の空気は尚更気まずいものになってしまった…。反応されないのは正直助かったような気もするのが情けなくも感じてしまう。
これ以上この空気をどうしろと言うのか。
俺はよくありそうな短剣の形をイメージしながら背負ったワイルの持ち手に手をかけ、それを引き抜く。
するとワイルの形は俺のイメージ通り、陳腐な外見の短剣に変化した状態で俺の手に収まっていた。
その短剣型ワイルを木の幹と布の間に滑り込ませる形で挟み込ませ、そのまま結び目の側を切り裂くと布はハラリとなびきながら木から離れ重力に従って落ち始める。
俺はすかさずその布の片端を掴んでポーチにしまい、利き手で持ったワイルを左手に持ち替え、空いた右手で替えの目印を取り出しながら呟く。
「うっし、回収。これ提出できないと報酬出ないから失くさないようにしないとッスね。」
「ええ、そうね。管理はこのまま貴方に任せておくわ。」
ツルミさんの言葉を背中で聞きながら俺は軽く哨戒任務に関わる情報を振り返る。
この哨戒任務を果たした証明として、この目印を新しいものに取り替え、古いものを持ち帰りギルドに提出することが任務の完了に必要な条件となる。デカいハウンドウルフという強敵を倒したからといって、やることを忘れては元も子もない。
こうして古いものを回収し終えた今、忘れずに新しいものを結びつけなければ。
「んじゃ、今度はこれを巻き付けて…。ま、切って回収で良いなら固結びにしときゃ良いッスね。その方がほどけねぇからそうなってたんだろうし。」
俺は左手に逆手で短剣型ワイルを持ったままそう呟きながら、取り替えた布をしっかり力を込めて木に結びつける。勢い余ってビリッといかないように、予め布の厚さから力の上限は決めておきなさい。俺みたいな大雑把マンは特に。
そうして、しっかりと目印の布を取り替えた俺は、これで完璧だと軽く伸びをしながら、広場の方へ向き直る。
「さーて、こっちの方はどうしたもんか。ツルミさん、どうします?」
広場に転がるものに視線を向けながらツルミさんにそう問う。
俺の視線の先には、先の戦闘で仕留めた十体程のゴブリンと、人よりも大きいハウンドウルフ、それらの遺体が無造作に転がっている。
何の変哲もない森の広場に多くの魔物の遺体が転がる様からは、世界の殺伐とした側面を映しているかのような不気味な重みを感じた。
「問題ないかどうかなら問題はないけれど、これほど多くの魔物を倒したのなら、剥ぎ取りもしないのは勿体ないわね。」
剥ぎ取りというのはギルドで聞いた内容はゲームとかでイメージできる通り、倒した魔物の遺骸から再利用可能そうなものや部位を剥ぎ取り、素材として採取するというものだ。
例えば、硬い鱗や甲羅、毛皮などは分かりやすく再利用の余地がありそうだと分かるだろう。
それに加えて、魔物の体内には需要の多い『魔石』というものが生成されるとのこと。その名の通り、魔石の内部には魔力が蓄積されており、魔道具の動力源となったりもするらしい。
俺的には強い魔物ほど魔石もデカいのか?とか思ったが、意外にも魔物の強弱に関わらず魔石のサイズは一定と聞いた…という豆知識は置いといて。
「それじゃ!各々剥ぎ取りに取り掛かりますかね。」
俺は右腕を肩からぐるんぐるんと大きく回しながらそう言い、左手に持っていたワイルを右手に持ち直しながら歩き出す。
そんな俺に対して、ツルミさんは同意を示しつつも訝しげにこう問うてきた。
「ええ、分かったわ。けれど貴方、剥ぎ取りの経験はあるの?一応、私は多少経験があるけれど…。」
「ふっふっふー、ふが三つ。ってやつッス。俺自身は経験無いッスけど、アルサス君は手慣れててもうお茶の子さいさいって言ってたんで!一応俺もやってみますけど、最悪交代すればどうにかなるかと思うッス。」
笑顔で右手の親指を立てながら俺はそう言った。
他の人の助けありきなのによくそんなに自信満々で居られるな、とかそういうツッコミはノーサンキューってやつでもあります。
プチいつもの。
俺達は、現実の方でも暇な時とかは話をすることがしばしばある。そんな時にした会話の中で、偶然アルサス君は剥ぎ取りの経験があると聞いたことがあったのだ。今回はそれをアテにさせてもらおう。
「分かったわ。それなら貴方は、ゴブリンの魔石を頼んでも良いかしら?その代わり、ハウンドウルフは私に任せて頂戴。終わったらそっちの手伝いに行くから、できるだけ進めておいて。」
「ハイ、りょーかいッス!張り切っちゃいますよーっ!」
俺はツルミさんの言葉にそう、少々ハイテンションに答えて意気揚々と大股で歩き出す。
歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だァ〜。
こういうのがマジいつもの。テンション上がっちゃうね、なんでだろ!楽しいからいっか。
ハウンドウルフの方へ歩いて行くツルミさんを尻目に、俺は手近なゴブリンの元へ歩きつつ、アルサス君に声を掛ける。
(そういう訳ッス、ご指導お願いします。)
『りょーかーい。それじゃあまずは僕に、説明がてら一回やらせてみてよ。それをしっかり見て、できる限りやり方を覚えてからやってみるのはどうかなー?』
(おっけー分かった、そんじゃ一旦交代ッスね!)
俺は高ぶる心の勢いのままにアルサス君と二言三言ほど言葉を交わし、アルサス君と交代した。
「さーて、こういうのも久しぶりだけど感覚は鈍ってないかなー?」
僕はエルク君と交代して表に出る。
数日ぶりの肉体の感覚を伴った外の世界、頬を撫でる風や草木の匂い、空から照りつける少し傾いた日差しの暖かさなどを、少し懐かしく感じる。
だが今はちょっとしたものとはいえ仕事があって表に出た以上、ゆっくり外を楽しむのはまた次の機会に回すべきだろう。
僕はそう外の世界への小さな未練を割り切ることにした。それから眼前に佇むゴブリンだったモノの骸のもとで体を屈め、右手に持ったワイルを過去の経験に裏打ちされた感覚で骸に滑らせながら、エルク君に向けた説明を訥々と語りだす。
「体内にあるものが必要ならまずは…を剥がないと始まらない。こういうときには…。」
こうして生き物を捌いたのは一度や二度ではないし、やり方を誰かに教えるのも初めてではない。
戦闘とは直接的に関係しないこの技術はルーサー君のところでもリハビリしなかったから、ちゃんと覚えているかどうか不安だったがどうやらその心配は杞憂だったらしい。
僕は記憶を頼りに骸に刃を通してエルク君に実演しながら、一つ、また一つと心得を思い出していく。
彼はきっと知らないのだろう。刃物で肉を切り裂く感覚と、周囲に広がるむせ返るような鉄の匂いが、僕に何を教えてくれたのかなど。
そうして僕はすらすらと手と口を動かして骸を捌き終え、体内から取り出した結晶とも宝石ともつかない何かの球体は僕の手の上で陽の光を受けて輝いていた。
「他にそれらしいものはないし、きっとこれが『魔石』だよー。」
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「ふぃー、帰った帰ったー!結構トラブルもあったッスけど、無事に帰れて何よりッスね!」
「えぇ、そうね。手早く報告まで済ませて、今日はもう宿に戻るなりしてしまいましょう。」
街まで戻った俺とツルミさんはそう言葉を交わし合い、笑い合いながら街を歩いて行く。
夕暮れ前でうっすら赤みがかった空の下で、ちょっとした安心と喜びに微笑みながら俺達は冒険者ギルドの方へ向かっていった。
「見えてきたッスね、一体報酬はどれくらいになるんでしょーか。キツかったし、おまけしてほしいくらいッスけど!」
「それには同意するけれど…なにはともあれ、報告を済ませないと結果も分からないわ。」
「まぁ…それもそうッスね、結果に期待ッス。」
ツルミさんに諌められ、俺は頭を掻きながら返事をする。
俺がそう言い終わる頃にはちょうど、俺達の足はギルドの中に踏み入れられていた。
俺達がギルドに戻った今、偶然ラッシュの時間帯を避けることができていたのか、意外にも人が少なく閑散としていた。
俺は内心で幸運だと感じながら、受付に向けて歩いていく。
「哨戒任務を終わらせて来たんスけど、今お時間大丈夫ですか!」
こういう、声を出せば間違いなく周囲の人の視線が自分に集まるくらい静かな時に、誰かに話しかけるのは気恥ずかしく感じることもあるだろう。そういうときには…何を考えてもムダだ、諦めて話の内容を完結にまとめて話しかけなさい。待ってもいいけど、一瞬勇気を出すだけでその待ち時間をゼロにできるんだ、その方がお得だろう。と、小学校低学年の頃の若干人見知り気質だった俺にそう言いたい。
そうして過去に人見知りを克服した時の心構えを思い出しながら、俺は受付に座って何かの書類に筆を走らせていた職員さんに声をかける。
「はい、大丈夫ですよ。哨戒任務の報告でしたね?」
職員さんは俺の言葉に反応してこちらに視線を向け、手元の資料を机の傍らにずらしてから、そう答えた。
俺は職員さんの確認に答えながら、ポーチから回収してきた目印を取り出す。
.
「はい、そうッス。これが回収してきた方の目印なんで確認お願いしますね。」
「はい、確認します。少々お待ちを。」
職員さんは、俺が受付に取り出した目印の布を一瞥してから、受付のさらに奥にある事務スペースの一角にある棚の方へ向かって行き、その中の資料を探っているようだ。
悪く言えば、突然ほっぽり出された俺達は少しばかり退屈さを味わうことになった訳だが、俺はそれを誤魔化すようにツルミさんに声をかける。
「そうだ、ツルミさん。分かってるかもッスけど、剥ぎ取りしたものの準備はお願いします。こっちが持ってるのも準備しときますんで。」
「ええ、分かっているわ。」
空いた時間でもちょっとした確認を忘れない。そんな私は慎重派。
はい、いつもの。
こうやって予め確認しておけば、俺が忘れてもツルミさんが覚えてくれていればどうにかなるだろう、という打算もあった行動だが。
そうしてツルミさんと言葉を交わし終えると同時に、職員さんは確認を終えたのか受付で待つこちらの方に戻ってくる。
「はい、確認できました。任務は達成として処理できるかと。ギルドへのご協力に感謝致します。」
Quest Cleared!!
ゲームだったら画面にそう表示されていたであろう言葉を聞いた俺は、半分は自分の想像であるながらも達成感を感じて少し頬が綻んでしまった。
俺がその達成感に浸り、言葉を返さないでいると職員さんは続けてこちらにこう問うてくる。
「哨戒任務中、魔物との戦闘で得た素材などはございますか?魔石などが有れば、ついでに買い取りいたしますよ。」
職員さんのその言葉を聞いて俺は達成感の浴槽から抜け出し、思考を取り戻す。
そういえば、任務完了の達成感と仕事を終えたという安心感で忘れかけていたが、素材を買い取ってもらうのも、報酬を受け取るのもまだなのだ。
そう思い直した俺は、少し慌てて職員さんに返事をする。
「あ、ありますあります!忘れかけちまってました…。」
俺は少しきまり悪く笑いながら、ポーチからゴブリンから剥ぎ取った幾つかの魔石を取り出し、受付に置く。
初めての剥ぎ取りだったということもあって、ツルミさん程のハイペースで剥ぎ取りをすることができなかったが、それでもゴブリン4体から4つの魔石を剥ぎ取ることができた。
そうして取り出された魔石を見て、職員さんは少し驚いたように目を見開きながら答える。
「た、ただの哨戒任務でこれほど魔物と遭遇したのですか?っと…失礼しました。早速査定に…。」
職員さんは驚きをすぐに取り繕いながら、査定に取り掛かろうとしているのか、制服と細いチェーンで繋がっている片眼鏡をポケットから取り出しながらそう言い、魔石に手を伸ばす。
「待って頂戴、まだ私の分が残っているの。」
「なんと…これは失礼いたしました。」
ツルミさんはそう言って魔石に手を伸ばす職員さんを制止すると、職員さんは謝罪の言葉を発しながら魔石に伸ばした手を戻す。
その間にツルミさんは、折り畳まれたそれなりのボリュームの毛皮と俺の剥ぎ取ったものと変わらない幾つかの魔石、そして一目見てわかるほど一際澄んだ光沢を持つ魔石を取り出した。
職員さんの方も、俺達が剥ぎ取った素材には手を伸ばさないながらも、ポケットから取り出していた片眼鏡のレンズを覆う布を外し、自らの顔に身につける。
そんな職員さんを尻目に、全ての素材を取り出し終えたツルミさんは言葉を発する。
「これで全部よ、時間を取らせたわね。」
「はい、ご協力ありがとうございます…。」
職員さんはツルミさんなその言葉と目の前の光景に動揺しているのか、脂汗で顔から落ちそうになる片眼鏡の鼻当てを右手の人差し指で支え、どことなく声を震わせながらそう答えた。
この世界そのものの素人である俺には分からなかったが、もしかしたらコレ結構量が多かったりする部類なのだろうか。
俺がそう考えていると、職員さんは少し慌てた様子で、背後の事務スペースの方に振り返り、そこで何かしらの作業をしていた他の職員にこう言う。
「すみません、誰か一人査定にヘルプお願いします!」
今回のが量が多いのか、それともこの職員さんが新人だったりするのかは分からないが、少し手に余るものだったらしい。
少し慌ててそうだから、一応声をかけとこう。
「あーっと、待つのは全然問題ないんで、あんま焦んないで良いッスからね!」
「申し訳ありません、お気遣いありがとうございます。」
俺と職員さんがそうして言葉を交わすと同時に、職員さんの背後にもう一人別の職員が現れ、幾つかの魔石を事務スペースの机に移し、それぞれ分担しつつ査定に取り掛かる。
確か魔石は、強い魔物のものになれば魔力の質や密度が高まり、質や密度が高ければ高い程澄んだ輝きを放つのだという。だが、それだけじゃどの魔物の魔石かが分からないが、解析とか鑑定とかしたら何の魔物の魔石か分かるらしい。
鑑定の魔法を組み込んだ片眼鏡を製造する技術が確立され、それをギルド全体に普及できてからは、討伐依頼の討伐証明にも使われるようになったらしい。
俺は二人の職員さんが作業を進めるのを尻目に、冒険者になった時に聞いた説明の一節を思い返していた。
そんな時、査定をしていた職員の内、後からやってきた方の職員がこちらにこう質問してくる。
「すみません、こちらの魔石は一体どの魔物のものなのでしょうか?」
そう言いながら職員さんは俺達が取り出した魔石の内、最も澄んだ光沢を持つものを指差していた。
それを見て、俺が何か言葉を発するよりも先に、ツルミさんが言葉を返す。
「その魔石はハウンドウルフのものよ。そこに渡してある毛皮のものと同一の個体から取り出したわ。」
「なるほど…ありがとうございます。」
ツルミさんは、職員さん達の傍らに置いてある毛皮を指差しながらそう言った。
それを聞いて、もう一方の職員さんは毛皮の方を調べ始めた。そうして、毛皮を広げてサイズを軽く測り、二人の職員はお互いに小声で言葉を交わしてから、一方の職員は受付から離れていってしまう。
その職員は事務スペースすら越えて移動してしまい、すぐに姿が見えなくなってしまった。
それでも、残った一方の職員は何食わぬ顔で査定を続行しているようだったので、俺も深く気にすることはなく、そのまま静かに数分程の時が流れた頃、この場に似合わないような無遠慮な声量の声が響いた。
「ったく…なんだってんだ?こっちは街道補修の予算申請書がまだ残ってるんだぞ?全く…。」
聞き馴染みのあるその声の持ち主は、ずかずかと、どこか不機嫌そうな足音を響かせながら少しずつこちらに近づいてくる。
声の持ち主は、俺達の待つ受付と事務スペースの素材を一通り見回し、そのままの動きで視線を動かし、こちらと目を合わせた。
「あぁ…お前か。なんとなく分かったぞ。お前はそういうヤツなんだな。」
「はい…?えーっと、偶然ッスね…?」
俺は、少し呆れを含んだバトラカスさんの言葉に何となく返事を返す。
どことなく、小学校の教科書で必ず遭遇するアイツ味を感じたが…俺はそこには触れないことにした。割とマジでこん中だと俺しか分かんないだろうし。
バトラカスさんが今ここに現れたことと、その少しよそよそしいような態度からは少し嫌な予感を感じてしまった。それは、一雫だけ額にぶつかった天気雨のように、ほんの僅かなものだが…。
「まあ、アレだ。また、少し話すことがあると思うぜ。」
「あ、はい。さいですか…。」
どうやら、俺の嫌な予感は的中してしまったらしい。
そう、呆れまじりの言葉を受けた俺は今この場が予防接種の注射で自分の番を待つかのような、程良く…はない不穏な待ち時間を強いられているかのような少し陰鬱な気分になってしまった。
「まあ、今回のは直接的に悪いことにはならねぇさ。とにかく、今は待っときな。んで、これか…。」
バトラカスさんは俺に待つよう伝えてから職員の方へ向き直り、真剣そうな表情で会話を重ねている。
俺はただ、今が何事も無く過ぎると良いな、とお気楽に考えながら、苦笑しながら天を仰ぐばかりだった。
「フッフッフー、フフーン。」
「一応、呆れ笑いなのかしら…やっぱり貴方って、結構珍しいタイプよね…。」
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俺は自分の仕事場であるギルドの執務室に篭り、積み上げられた書類と格闘していた。
最近どういう訳か、樹海側の街道とその周辺があまりに頻繁に荒らされるのだ。
この街は、長らく未開の地であったセネド樹海を開拓する拠点とすることを目的に建造を進められている、所謂開拓街と呼ばれる街だ。
開拓街である関係上、他の街と違って魔物に襲われるリスクも非常に高いため、この街に移住する者の多くは余程の物好きや他の街に居られなくなった犯罪者紛いのヤツらが殆どだ。
とはいえ、街を訪れる者の全員がそうだという訳ではなく、樹海と反対側にはまた別の街があり、そこに至るまでには幾つかの集落がある。
そこからの移住者や、未開の地に最も近い街として、功名心や冒険心、先史遺留物目当ての冒険者がしばしば訪れ、長く滞在してくれているお陰で、開拓や治安維持が何とか回っている、というのが現実だ。
だが、そこで問題として目につくのが、街道の修繕申請だ。
それが一つや二つなら、多少人員を割いて依頼として張り出せば、そう長く掛からずに解決できる。だがそれが、五つ六つもあるとなれば手が回らなくなってくる。
街道の修繕と言えば、魔物の討伐などのようなあからさまな危険は感じないはず。それは当然のことなのだが、だからこそ問題がある。
俺達冒険者ギルドが動かせる実地の労働力は、当然冒険者だ。
だが冒険者は皆が皆、危険地帯を探索して魔物と戦い、先史遺留物や魔石を売って大金を稼ぐ、なんてことができるわけでは無い。
むしろ、そんなことができる者の方が少ないだろう。
それはなぜか、理由は簡単。
いつからそうなのかは分からないが、今の冒険者ギルドの実態は、都合よく労働力と戦力を提供する組織となっているからだ。
冒険、と言えば聞こえは良い。だがそれは、碌な戦力にもならないヤツにとっても同じことだ。そいつらには冒険者っていう箔と誰でもできるような仕事を与えて今日を過ごさせ良好な環境維持の為の労働力とする。こちらはそんな凡庸な労働力の働きと資金繰りで利益を得る。
そんな風な依存関係で『労働力』を縛り、生かさず殺さずで常に利益を得なければならないのだ。
その関係を維持していれば、一握りの『冒険者』達が冒険に専念して動きやすい環境を作れる。そうすることで勝手に、夢に溺れた『労働力』の呼び水となってくれるのだ。
つまり冒険者ギルドには、『労働力』の果たす仕事と、『冒険者』によるギルドのイメージ美化が必要なのだと言える。
それが今回の件にどう繋がるのか?
街道の修繕というのは本来、国や貴族などの権益を維持できるような莫大な財力と権力を持つ者がやることだ。
だがこの開拓街は、どこぞの上位貴族による嫌がらせ…もとい、この国直々の勅命として冒険者ギルドに開拓拠点を作る依頼を下してきたため、そのような貴族などは居らず、このギルドしかそのような面倒ごとを処理できる機関が存在しない。
よって、わざわざ冒険者ギルドが労働力と、その労働力を魔物などから保護するために戦力となる冒険者を手配し、加えて時間と労力を掛けに掛けて修繕を行わなければならないのだ。
当然この街道の修繕などは飽くまで一例で、魔物の分布変化に伴う調査隊の編成など、問題は山積みであるということは、積み上げられた書類が物語っていることだろう。
今はまだ、過去に積み上げた方々への貸しを返してもらうことで何とか成り立っては居るが、それもずっとは続けられない。
余りの仕事量に遠のきかける意識を引き戻すと、在りし日の自分の姿が目に浮かぶ。
ほんの少しの油断、それが無ければ俺は今も気ままな冒険者としての生活を続けることが出来たのだろうか。
「いけねぇいけねぇ。こんなこと考えるよりも手を動かさねぇと良い加減終わらねぇな。」
そう言いながら手慣れた手つきで、片手に持った2本のペンで同時に二枚の書類の署名欄に署名を書き込んでいく。
そんな細かいところで手を抜きながら、さらに幾つかの書類を処理したところで、俺の執務室のドアがノックされた。
「入って良いぞ、今回はどうした?何かトラブルか?」
俺はいつものように書類作業を進めながらそう答えると、ドアが開き見知った顔の部下が執務室に入ってくる。
この時間は既にラッシュが過ぎた時間帯のはずだが、それでも少しばかり人は居るだろうから、トラブルの可能性も無くはない。
そうアタリをつけた俺はそう尋ねるも、職員はそれを否定する。
「いえ、今回は違います。受付にて、不自然な魔石が有ると…。」
「そうか…。分かった、すぐ行く。先に戻ってろ。」
「はい、失礼します。」
普段のトラブルとはどこか毛色が違うが、面倒ごとのような雰囲気を感じた俺は、部下が部屋を出て行ったのを確認してからため息を吐き出した。
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そうして、職員さんと二言三言言葉を重ねたバトラカスさんはこちらに向けて、声を掛けてくる。
「おう、もう良いぞ。お前らも一回こっち向いてくれ。」
こちらに軽く手招きしながらバトラカスさんはそう言うと、俺達の提出した素材を査定していた職員さんと俺達の視線がバトラカスさんと、その手に持たれた一つの魔石に集中する。
「今回俺を呼んだのは、この魔石とその毛皮についてだな?」
バトラカスさんが、傍らの職員にそう尋ねると、最初に受付に居た職員さんが返事をする。
魔石だけじゃなくて、毛皮も関係してたっていうのはちょっと意外だった。
「はい、そうです。この魔石はハウンドウルフのものにしてはあり得ないほど澄んでいますし、毛皮のサイズで考えても通常のハウンドウルフのものを逸脱していましたので。」
職員がそう答えるとバトラカスさんは頷きながらこう言う。
「ああ、その判断も分かる。今回の場合のはマニュアルの端のページで軽く触れられてるだけだからな、しばらく使わなかったら忘れるのも無理はない。」
バトラカスさんは冷静そうな様子でそう言う。
そうして俺達と職員の視線を集めながら、バトラカスさんは勿体ぶるように少しの間を取ってからこう続けた。
「今回のコレはおそらく、『異常成長個体』のものだ。」
いいや!限界だッ!寝るねッ!(現在更新当日の午前7:30。)




