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バカと狂人の凡奇譚  作者: 五十音
序章 定められた運命の始発点
23/26

二十三話 眠れぬ夜、瞬くような数多の夢

「この流れだと、その『異常成長個体』ってのは何か聞いても良いんスよね…?」


 俺は少しの間続いていた静寂を破る。

 バトラカスさんが俺達の差し出した素材を観察し、『異常成長個体』なる名詞を口にしてからは元々鑑定していた職員二人は目を見合わせて何やら小さい声で言葉を交わしていた。

 今思えば、先程バトラカスさんが言い放った時も声量を抑えており、この場に居る俺達にしか聞こえないように配慮していたようにも思える。

 そんな状況を見れば、鈍い俺でも流石に現状の雰囲気の異様さには気づくことはできた。

 バトラカスさんは先程俺がぶつけた疑問に答えるかのように口を開く。


「ああ、説明してやる。お前らが今回倒して来たハウンドウルフ(コイツ)は、平均的な個体よりも遥かに大きく、魔石の品質も異様に高い。」


 バトラカスさんはゴブリンと、異常成長個体と呼ばれたハウンドウルフの魔石を、俺達に見えやすいようにそれぞれ持ち上げて言う。

 魔石の品質の良し悪しは、この前のギルド加入試験後の説明で聞いたことがある。

 聞いた話では確か、魔石の持つ色がどれほど澄んでいるのかで判断でき、濁り無く澄んだ色をしているほど品質が高くなるらしい。中でも特別に品質が高いものは宝石のような美しさを持つこともある、とも聞いた。

 また、ギルド側には同程度の品質の魔石でも正確にどの魔物から得られた魔石か判別する手段があるらしい。まあ、そうじゃないと同ランクかつ別種の魔物の判別がつかないだろうからそこは納得できる。

 魔石を手に持ったバトラカスさんは、ハウンドウルフの魔石を空いた手でコンコンと軽く叩きながら続ける。


「本来ならゴブリンとハウンドウルフは、それぞれ多くが同ランクの魔物。だから普通なら魔石の見た目だけじゃ、どっちがどっちの魔石かなんて区別が出来る訳もねぇんだ。」


 バトラカスさんはそこまで言ってから、手に持った魔石を机に置く。

 俺達が倒したゴブリンとハウンドウルフは、本来であれば同格の魔物であり魔石の区別もつかないはずだ。だが、俺達の持ち帰ったハウンドウルフの魔石の方はゴブリンのものと比べれば一目で分かるほど異様に澄んでいることが明らかに見て取れる。


「だから、こうやって魔石に品質の差が出るってのは明らかにおかしい。『異常』なことなんだ。だからギルド側としては、異常成長個体の素材として高く買い取ってやれる。」


 バトラカスさんはそこまでの説明を終えると、目を閉じて深い息を吐き出した。

 俺はバトラカスさんの説明の末尾に語られた、高く買い取れるという言葉を聞いて、思わずニヤリとした笑みを溢しながらこう発する。


「お、マジッスか!ラッキーラッキー。」


 お気楽そうにそう言う俺の言葉を聞いて、バトラカスさんは再びこちらに視線を向け直しこう言う。


「実際、コイツはBランク相当の価値と強さがあったかもしれん。細かい判定は難しいが、最低でもCランクパーティの戦力分は下らないと見える。」


 バトラカスさんは近くの壁に背を預け、淡々とそう説明を続ける。

 あのハウンドウルフは異常成長個体だったとはいえ、Bランク相当の強さだったかもしれない、という話には少し驚きがあった。

 だが続く説明を聞く限り、今のところはそんなに問題と言えるような問題はないようにも聞こえるが…。

 俺は少し首を傾げ、頭を掻きながらそのまま話を聞き続ける。


「問題があるとすれば、Eランク冒険者になったばかりの新人二人がBランク相当の魔物を討伐した、ってとこだ。これからはお前らに色んなヤツの目線が向くだろうな。」


 そう、どこか投げやりな様子を漏らしながらそう言うバトラカスさんの姿を見て、俺はようやく気づいた。

 つい先日、バトラカスさんからは俺の能力である『切り札(ジョーカー)』関連で相談したばかりで、目立たないようにするための方法を考えた。

 だが、意図的ではなかったとはいえ今回はその思いとは全く逆の結果に繋がる行動を行ってしまったのだ。

 それを証明するかのように、人の少ないギルドに残った僅かな人々の視線がこちらに集まっているのをしっかりと感じる。

 俺達の姿と例の魔石を見た時の、なんとも言えないバトラカスさんの態度と表情の意味が分かった気がする…。


「あっははーなるほど。なんかすんません…って、笑ってどうにかなる状況じゃないッスよねー…。」


「分かってくれたようで何より、ってか?まあ、これからも頑張れよ。期待の新人冒険者コンビ。」


 バトラカスさんはそう、半分諦めたように肩をすくめながらも、どこか誇らしげで嬉しそうに笑いながらそう言った。

 その表情の真意も、今の俺では少し測りかねるところがあったが、それでも不思議と悪い気はしなかった。


____________________________________________________


 俺は、暗く穏やかな海に沈んでいた。

 静かで緩やかな潮汐に体を包まれ、揺りかごの中で揺られながら優しい安息を享受している。

 それは、海のように広大な水の中を揺蕩うような感覚だった。

 だが、不思議と息苦しさはない。

 ずっとこのままで居るのも悪くはないと、そう思えてしまうような安穏を無意識の中で感じていた。

 そんな暗い海に一筋の光が差し込む。

 微かな雲間から降り注ぐ天使の梯子のように、か細くも神秘的な光。

 その光が次第に強く明るくなり、果てには俺の全身を照らし出す。

 余りの眩しさに、俺は目を深く閉じて無遠慮にも思える暁闇を晴らす陽光から目を守る。

 その光に目が慣れたのか、それとも光が弱まったのか、強烈さの薄れた光を意識に取り入れるためその目を開く。

 そうして目覚めてから、初めて自分が眠っていたことを認識するのだ。


「んで、目ぇ覚ました訳だが…。」


 俺は眠い目を擦り欠伸を漏らし、軽く伸びをしながらそう呟く。

 そうして、一通りの目覚めの動作を終えた俺は改めて周囲の景色を見回した。


「ここ、どこだ…。」


 俺はどこか見覚えのある丘の木陰に居た。

 周囲を森に囲まれた中の開けた草原、そこに緩やかな傾斜の丘があり、その頂点に一本だけ目立つように背の高い木が立っていた。

 丘の中心の高木、その木の側に腰を下ろし、幹に背を預ける形で俺は眠っていたのだ。

 だが、俺はギルドで哨戒任務の報告と魔物素材の売却を終えて、それからすぐに宿に戻って休養をとった。

 現実感世界の方も自宅のベッドで眠っているはずだし、こんなところで目覚める理由はないはずだ。

 俺は釈然としない疑問を抱えながら考え事に耽り、この景色に感じた既視感の正体を探る。


「あー、思い出した。ここ、ルーサーとの修行の時に見たな。」


 思い出したくもない、ルーサーからやらされた最初の持久走。その最後に全力の顔面ダイブ転倒をしてから、目を覚ましたのがここだ。

 だが、なんで今俺がここに居るのかは分からない。

 ルーサーから何か言われた記憶もないし、思い当たる節もない。何かルーサー的に予定外のことでも起きたのかとも思うが、ルーサーから連絡がない以上、それは俺が考えても詮なきことだ。

 理由やきっかけは分からないが、ここがルーサーの作り出した特殊な空間だと言うのなら、鳴宮さんとか他の人が居るかどうかは確認するべきだろう。

 俺はそう思い至ってから腰を持ち上げ立ち上がり、少し息を吸ってから大声で皆に呼びかける。


「鳴宮さーん!丸山さーん!アルサスくーん!エテュミアさーん!ここらへん、誰かいないんスかーっ!!」


 俺は腹から声を出し精一杯の大声を出したが、その声に応える者はおらず、ただ虚しく周囲に俺の声が木霊する。

 そうして木霊する自分の声を聞きながら、どこか現実感の薄いこの空間で、茂る葉の隙間から木の葉の配列を描く影と光の一部を体で遮っていた。


「誰も居ねぇか…。こうやって口に出しても誰も反応しないってことは、俺の中にも居ない、と…。」


 俺はリアルな太陽の光を浴び、風に体を撫でられ、木の葉のざわめきに包まれるが、普段とは違ってどこか違和感を感じた。

 この、自分の声以外は誰の声も聞こえないという現状が、俺の心からこの景色を楽しむ余裕を奪っているのかもしれない。

 俺は、寂しさとほんの少しの恐れを誤魔化すように、さらに叫ぶかのような呼びかけを続ける。


「こういうの、タチの悪いイタズラってヤツかもな…。はぁ…ルーサーさーん!居ないッスかー!居たら出てきてくれー!!」


 俺は、自分の中にいる最後の同居人の名を呼ぶ。

 しかし、その声には誰も応えなかった。

 俺は隠しきれない落胆を態度に示しながら、吐き捨てるように小さく呟く。


「はぁ…どこかも分からないこんな森の中に俺一人って、マジ…?」


 俺は頭をポリポリと掻きながら弱々しく漏れた自分の言葉に、更なるため息を吐く。

 そんな、楽観できない現状でも燦々と輝く太陽にはどこか恨めしいような思いすら感じていた、そんな時。


『一人…。』


 背後から、見知らぬ声が響いた。


「っ!?」


 俺は慌てて背後に振り返ると、俺と高木を挟んで反対側にいつの間にか不気味な人影が立っていた。

 その人影は暗い影や、もやのようなものを纏っており、外見も判然としない。

 目を凝らして姿を確認しようとしても、確認できるあらゆる情報が不明瞭で何一つ特徴が断定できない。

 加えて、一瞬何かが見えたような気がしてもその都度その都度、外形も色も全てが揺らぎ、確信に繋げるためのあらゆる情報が常に書き換わり続ける。

 その不確定感はもはや、常にその存在が書き換わり続けているのではないかと感じるほどだった。

 そんな歪な影は、こちらに何をするでもなく、話しかけてくるでもなく、ただこちらの問いに応えただけなのだが、周囲の穏やかな風景の中に佇むその存在は、とりわけ異質な雰囲気を放っているように思えた。


「誰だ…お前…?」


『私は全て、俺は答え、僕は導き、我は災い。汝は我の全てを知り、私の全てを知らない。』


 その影は、意図の掴めぬ言葉を変則的な声で紡いでいく。

 その影が発する声は毎瞬変化し、時に高く、時に低く、芯が通って透き通ったようにも、弱々しく震えるようにも変化する。

 まるで、やまびこを多種多様に加工した声を聞いているかのようだ。

 姿からも思えたことだが、この影の何かを認識しようとする度、俺のその意思に従うかのように常に変化し続け、影にまつわる全ての解釈が一つに定まらない。

 俺は一体、『何』の前に立っているんだ?

 夢の世界で腰に巻いていたポーチはいつの間にか姿を消しており、ワイルも俺の手元にはない。

 もしこの影の正体が魔物で、今この場で戦闘に発展してしまえば俺はまともに戦うこともままならないだろう。

 恐怖混じりの不安に、俺は思わず握った両手に力を込めてしまっていた。


「何言ってんだ…?おい、俺の言ってることは分かるか!そんで、俺に何か言いたいことでもあるのか?」


 この場から逃げ出してしまいそうになる恐怖を隠しながら、俺は影に向かってそう問いかける。

 その問いに、影は再び口を開いた。


『私は其の意を預かり知らず、君の答えに意味などなく、俺は全てを望み、俺は全てに興味を持たない。』


 そう、淡々としたような意思を感じさせない語り口調でそう言い終えてから、再び口を閉じて静かに佇む。

 影は口を開きはしたものの、そこから紡がれる言葉からは何ら特定の意味を読み取れない。

 ただ一つ分かったことは、現状この影は俺の問いに応えている、ということだけだ。

 それが分かったところで、この影の意図が何一つ理解できていないのは少し問題だが…。

 少なくとも、今すぐ殺し合いに発展するようなことにはならないらしい。

 俺はそう思い、ほんの少しだけ緊張を解く。が、まだ油断はできない。

 引き続き、会話や意思疎通を試みてみよう。


「一応聞いとくけどさ、オメー何もん?名前とかあるんかー?」


『其は我、我は汝、汝は其。其は全てが持ち、誰もが望むもの、されど誰もが恐れるもの。如何様にも解釈するが良い、その多様さこそが所以である。』


 こちらの問いに影は、予想していた通り要領を得ない言葉で返事を返してくる。

 それを聞いた俺は、やれやれと呆れ俯きながら頭を横に振り、背を向けてこの影から離れる方向に足を踏み出そうとしながら、吐き捨てるように呟く。


「分かっちゃいたが、やっぱりか。なぞなぞみてーで何言ってんのか分かんねーッス。」


『忘れたか。』


「・・・忘れたって、何を。」


 俺の諦めかけたような呟きに、短く、そして会話に意味が通じるかのような言葉が帰ってくる。

 相変わらず脈絡はなく、偶然だとも考えられるほど意図も掴みにくい一言だったが、俺には何か意味があるかのように感じられ、その言葉にどこか引っかかっていた。

 俺は、背を向けて歩き出そうとした足を止め、首を半回転させて横目で影を睨むように見ながら、短くそう問いかける。

 どうせ意味のある返事は返ってこない。そんな確信めいた思いが脳裏に満ちかけていたが、最後に一度だけ期待してみようと、そう思ったのだ。


『其が其足り、我が我足り、汝が汝足るその所以を。此処は意味なき場に非ず、万物には所以がある。汝は其に再び触れた故、此処は現れた。』


「やっぱし、分かんねぇよ…。なんか言うなら、もうちょっと簡単に言ってくんねぇ?それかヒント出すとかさ、なんかない?」


 俺は再び影に向き直り、頭をポリポリと掻き苦虫を噛み潰したように顔を顰めながらそう返す。

 意味の解釈できそうな部分を繋ぎ合わせ、どうにかこうにか話の流れを掴もうと考えれば考えるほど、眉根が段々と寄っていく。

 足りない頭で考えに考え抜いた結果、ほんの少し、ほんの少しだけ分かったところがある。

 この影は俺が何かを忘れていると言いたいらしい。


『此処の姿を、汝の全てを思い出せ、汝に欠けたるものを知れ、それが汝の望むこと。汝が真に望むことを知れ、それが其を知るということ。』


「だーっ!ずっと難しいこと言ってるよ!ほんとに同じ言葉話してんのかコレ!?発音そっくりの別言語かよっ!?」


 俺は不気味な影の要領を得ない言葉に痺れを切らし、髪をわしゃわしゃと激しく手で弄りながらそう叫ぶ。

 影はそんな俺の姿を、見ているのかすらも見て取れないまま、ただそこに佇んでいる。


「俺、頭固いからそういう謎かけみたいなの分かんねーんだってば…っと、今度は何だ?景色が…。」


 苦々しい表情で嘆きながらふと空を見上げると、テレビの電波不良で映像が乱れるかのように、周囲の景色にノイズが混ざり始める。

 透き通っていたように感じる太陽の光はくすみ、吹き抜けていた風は流れが鈍り止まってしまう直前のように澱み始めていた。

 そうして周囲を見回す間にも、空間の綻びは広がり、どんどんと崩壊が進んでいく。

 このまま崩壊に飲み込まれればどうなるか分かったものではない。


「おいおい、待て待て!まだ全然考えもまとまってないんだぞ…っ!?そうだ、お前は!?大丈夫か!?」


 俺は崩壊が加速して行く空間を見回した中で、先程まで会話をしていた影の存在を思い出し、咄嗟にそう言いながら影の方へ向き直る。

 訳の分からんヤツだが、見捨てるってのも寝覚めが悪い。

 そう思いながら影を振り返るも、その影もまたこの空間と同じように影の姿にもノイズが走っている。


「おいっ、聞いてんのかっ!?」


『忘れるな。賽は既に、投げられたのだ。満ちる時もまた、迫っている。』


「まだ言うのか!最初からだが、お前はずっと何言ってんのか…。」


 分かんねぇっての…。

 最後まで言い終える間もなく、俺は空間の崩壊に巻き込まれ、意識を飲み込むような暗い濁流に流されながら意識を失った。


____________________________________________________


「はっ…さむ…。」


 俺は自宅のベッドの中で布団にくるまって眠っていた…はずなのだが、今半分覚醒した意識が認知する感覚からは、布団にくるまっているとは思えない肌寒さを感じていた。

 寝苦しかったのか、眠ったまま布団を足で蹴飛ばして体から剥がしてしまったらしい。

 俺はそれをぼんやりとした頭で理解し、再び布団にくるまり二度寝の姿勢に移る。

 瞼を閉じているが、その状態でも一切の光を感じない。おそらく、日の出前に目を覚ましてしまっているのだろう。


(日の出前に目ぇ覚ますの、中々珍しいな…。なんか、変な夢見たからか…。)


 俺はぼんやりと先程の不可思議な夢を思い出す。

 ルーサーからやらされた修行の時に見た場所で、よく分からないことばっかり言う影と話した夢だ。

 それで言えばルーサーも大概訳分かんないヤツだし、何かしらルーサー側に原因があるのかもしれない。俺としてもそうなら理解しやすい。

 とりあえず、後でルーサーと話をしに…。

 俺はそこまで非言語的に思考をまとめると同時に、意識を失う。凄まじい眠気の中で意識を保つだけの気力を使い切ってしまったのだ。

 そうして俺は、改めて本格的に力尽きて二度寝の姿勢に移った…はずなのだが。


「なんだここ。またクレイジードリームでございます?」


 俺は突然、柔らかい陽光の差し込む見知らぬ部屋の中で目を覚ました。

 自宅で寝ぼけ眼での瞬きをし、その瞬きを終えた瞬間、その景色が切り替わっていた。たまに、感覚では一回瞬きしただけなのに朝になってるってことはあるが、景色まで変わるのは流石に今回が初だ。

 突然のことで、ベッドから動けないままで居る俺だが、記憶を幾ら探ってもここは自宅でもなければ夢世界側の宿屋でもない。

 眠りの浅い夜には幾つもの夢を見るというが、コレがそうなのだろうか。でも、夢を夢って理解してるコレはほんとに夢なのか?

 俺は見知らぬ部屋の中のベッドに寝転がったままぼんやりとそう思っていた。


「とりあえず夢と仮定して。どっか行ってみるか。」


 俺は体を起こし、ベッドに腰を掛けたような姿勢へと移行する。

 改めて確認してみれば、この部屋は夢世界側の家屋に近しい雰囲気を感じる。

 視界に映ったこの部屋の家具は洋風なものばかりだ。また、窓から差し込む朝焼けとも夕焼けともつかない優しい日差しが、部屋の中をセピア色に染め上げていた。

 ベッドに座ったまま見える窓の向こう側の景色には、広い草原や森の木々のような自然な緑と、太陽に照らされた薄橙の轍があり、近年の俺の現実世界では見られないような自然の色濃い景色が見えた。


「二度寝しちったし、また夢の異世界の方に行っちまったか?でもそれじゃ、場所が違うのは説明つかないな…。」


 俺は一人そう悩みながら、ベッドから腰を上げ、部屋の外に繋がるであろう扉に手を掛けた。

 そのまま扉を引くと、扉はガツンと鈍い音を立て、それを最後に動きが止まる。

 ・・・どうやら押し戸だったらしい。マジ恥ずい、一人でよかった。こういう独り思考にも返事がない以上、俺は今ほんとに一人だと見て良いだろう。

 俺は改めて扉を押し開き、この建物の廊下を歩き出す。


「ほんとに、異世界…もとい洋風だな…。やっぱしここ夢世界か?あーやべやべ、頭こんがらがってきた。一旦忘れよ。」


 俺はやれやれ頭を振りながら歩を進めて行く。

 どうやら、この建物は一軒家というよりも屋敷と言えるほどの広さを持つらしいことが分かった。


「はぁ…なんか今日の夢こんなんばっかだな…。夢ってそんなもんか?」


 俺は、いつもと違い誰からも返事のない独り言で寂しさを紛らわしながら、この屋敷の中で、生活音がするだとかの人の気配を探って散策を続ける。

 この屋敷は広さに反して、余りに人が少ない。

 こんなに広い建物なら、清潔に保つだけでもそれなりの人手が必要だろうに、これまで誰一人ともすれ違わないどころか、人の気配すら感じない。

 もしかしたら、この屋敷には誰も人が住んでいないのでは…っと、怪談みたいな想像は控えさせてもらいます。今はもうお腹いっぱいですんで。

 そうしてぼんやりと屋敷の廊下を進んでいると、一階と二階が吹き抜けのホールになっている、エントランスの様な場所に出た。


「豪華ねー、全く。これだから金持ちはさー、羨ましいんだよなー。隠れんぼとかやったら絶対楽しいぜ、コレ。」


 俺はそんな取り止めのない独り言を止めぬまま、エントランスを通り過ぎようとする。

 ちょうどその時、俺の耳は何かの音を捉えた。

 陶器の食器がカランと音を立てるかのような音だ。

 こんな音がするのなら、人が居ると見て良いだろう。

 この屋敷に偶然入った空き巣とか、そういうのじゃないと良いけど。

 俺はそう思いながら、ゆっくりと歩いて音のした部屋へと向かって歩いて行く。


「ここか…。」


コト…。


 また、音がした。

 今度は食器を置いたのだろうか、先程の音よりも少し静かなものだった。

 俺は音が聞こえた部屋の扉の目の前に立ち、扉を開けようとノブに手を伸ばす。

 この先から、ただならぬ気配を感じる…。

 扉を開けますか?

 Yes/No

 ゲームだったら、こんなダイアログが出てただろうな、とふざけ混じりでそう思いながら、恐る恐る扉を開き、静かに部屋の中に入って行った。


「全く…他人の部屋に入る時はノックくらいしたまえ。最低限の礼儀だぞ?」


 部屋に足を踏み入れると同時にそう、淡々としながらも芯の通った強い声音が響き渡った。

 その男は部屋の奥で椅子に深々と座り、こちらに背もたれを向けて正面の窓の外の景色に視線を向けていた。

 こちらに視線も向けずに一方的に言い放ったその声に、俺は覚えがあった。

 その声を発した人物が誰かを理解すると同時に、ここはどこなのかなどの幾つかの謎はすっかり解決してしまった。


「悪い悪い、ここがどこか分かってなかったからさ。最初だし許して欲しーッス。」


「そんなことだろうとは思ったさ。相手に礼儀を強いた以上、こちらが無礼を働く訳にはいかない。今回は不問としようか。」


 その椅子に座った人物はそう言いながら椅子を回転させ、こちらの顔を悠々と見据えた。

 この感じ、俺が用も無くこの場にやって来た訳ではないことを向こうは把握しているのだろう。だって分かってなかったら、アイツ絶対もっと不機嫌だもん。

 とはいえ、向こうもどれほどこちらのことを把握しているのかは分からない。一から説明するつもりで行こう。


「お気遣いどーもな、ルサえもん。」


「全く…君にとってはそれが礼儀なのか…?ともあれ、ようこそ。僕の領域へ。」


 ルーサーは一応の儀礼だと言わんばかりの、わざとらしい物言いでそう言いながら、ルーサーは右手に持っていたティーカップを自然な動作で空中に投げ放つ。

 投げ放たれたティーカップは空中を、ゆっくりと回転しながら浮遊し、いつの間にか空中を漂っていたソーサーとティースプーンと合流してからゆっくりとルーサーの傍のテーブルに静かに着地した。カッコ良。

 ルーサーはティーセットのその様を一瞥もしないまま、こちらにこう問うてきた。


「さて、今日はどんな用かな?態々僕に会いに来たんだ。僕に何か聞きたいことがあったんだろう?言ってみると良い、茶くらいなら出してやるさ。」


「話が早くて助かるッス。そんじゃまず一個確認なんだけどさ、俺が旅してる方の世界って夢の世界だって話だったよな?」


 俺はルーサーの返事を聞いて、頷きながらそう返す。

 その間にどこからか現れゆっくりとこちらに漂ってきた、茶入りのティーカップを右手で受け止めた。

 せっかく茶を出してもらったんだ、たんまり飲みまくって行こう。

 最初の質問を述べた俺は、受け取った茶に口を付けながらそう思っていた。


「ああ、そう話したな。何か気になることでも?」


 ルーサーは椅子に足を組みながら深く座って背もたれに体重を預けながら、右手を顎に当て手すりに右肘をついた、どことなく偉そうな座り姿でそう答える。

 そんな態度は彼と関われば日常茶飯事だから今回はスルーしよう。


「ちょっと気になることが二個あるんだけどさ、今現実の俺は二度寝してるじゃん?で、今寝てるのにゲーム風異世界じゃなくてここに居るのはなんで?あと、起きる前にゲーム風異世界でもなく普通に夢を見たんだけど、どういう現象?」


 俺はルーサーに雑な語彙で質問をぶつける。

 ルーサーは俺のその質問を、ティーカップに口を付けながら優雅な態度で聞いていた。

 俺がその二つの質問を述べた後、ルーサーはティーカップから口を離して返事をする。


「ここに…他者の精神領域に赴く条件は、君の意思と相手の合意や許可、加えて睡眠等による君の意識の喪失だ。また、異世界と現実の行き来は一日の睡眠に一度だけ、と僕が制御している。必要があれば別途交渉には応じよう。」


 ルーサーはスラスラと俺の問いへ的確に答えていく。

 ルーサーには俺以上の経験値があるのは当然としても、こういう時の咄嗟の言語化能力は少し羨ましく感じる。

 俺みたいなヤツでも分かるような説明ができるのはシンプルにルーサーの長所と言える部分だろう。

 俺がそう思っている間に、今度は俺の二つ目の質問に答え始める。


「なぜ僕が夢を操作しているにも関わらず君が通常の夢を見るのかだが、おそらく君の脳のリソース管理の問題だろう。」


「おおう?なんか難しそうな言葉が出た。」


 俺は説明を聞きながらも、途中で難しそうな話の気配を感じ取り、思わずそう口に出してしまった。

 ルーサーは俺のその言葉を聞いても、何ら反応を示さずに言葉を続ける。


「少し噛み砕いて説明しよう。君が一度の睡眠で夢を見ていられる時間にはある程度の上限がある。その上限に至るまでの時間をリソースとして、僕が君の夢を操作しているとすれば、そのリソースは毎回その全てを使い切っている訳ではない。ここまでは分かるな?」


「おーう…なんとか…?」


 先程の説明よりも複雑さを増した解説に、俺は頭から煙を吹きながらどうにか飲み込んで行く。

 まだ説明途中だから力尽きるな、俺…。

 え、煙出てるのはもうヤバイって?安心しなさい、まだ俺の頭は爆発してないから。

 はい、いつもの。

 俺はいつものを繰り出し、自分がまだ僅かに余裕があることを認識しながら、再びルーサーの説明に集中する。


「僕がリソースを消費して君に夢を見せても、最終的にそのリソースを消耗し切らず余らせれば、その余ったリソースで君は通常通りに夢を見ることがある。といったところだろう、分かったか?」


「あー…多分…。説明しろって言われたら自信ないけど、それなりには…。まあ、大体でもなんとかなんだろ。」


「全く、君はズボラの体現者だな。全世界の臆病者は君を見習うべきだろうね。」


 ルーサーはため息のように長く息を吐きながら俺のしまりの無い言葉にそう呟いた。

 きっと飲み物の飲み終わりにプハーと息を吐いたのであって、俺のズボラさに嘆息したとかではないはずだ。きっとそうだ、そうに違いない。

 残念ながらワタクシ、難しい言葉はあんまし分かんないので、簡単にまとめれば、夢を見るための力を余らせたから、その余りの力で普通の夢を見た、って風に理解しておこう。

 違っててももういいや。

 ってか、今なかなかの悪口を言われたな。概ねその通りだから否定できないが。


「オイその一言火力強いぞ、俺に効くからやめれ。」


「そうか、なら言い方を変えようか。バカめ。」


「ゲフゥ…ごめんて。」


 ルーサーから更なる追撃を受けた俺は、仰々しくガックリと肩を落とす仕草をしながら小さく謝罪した。

 それを見てルーサーは再びため息を吐きながら改めてこちらにこう声をかける。


「さて、他に聞きたいことは?」


「あー、じゃあさ、なんで毎回夢を見てる時間の体感時間が実際の睡眠時間と違うんだ?夢関連ではそれが気になっててさ。」


 俺は特に思慮を経ることもなく、なんとなくでそんな質問を口に出す。

 ルーサーはそんな俺に対して、眉根を寄せた少し機嫌の悪そうな表情をしながらこう返して来た。


「君のようなズボ…バ…浅学者はもう少し段階という物を経た方が良いと思うが、それでも説明が必要か?」


 ルーサーの表情と言葉を聞いた俺は、今の一言は思慮のないものだったことに気づき、タイミングを逃さない内に少し急いで言葉を発した。


「ほ、本音隠しきれてねぇぞ!けどまあ、確かにオメーの言う通りか。今の俺に説明されても多分理解する余裕ないからな…。」


 余裕があっても理解できないだろ、というツッコミはなしだ。

 そんな俺の思いが通じたのか、ルーサーはそれ以上こちらを追及してくることは無かった。


「フッ。自分の限界が分かったのなら、今後の成長にも繋がる。案外、君のような者が大成できるのかもな。」


「へへっ、そうかなぁ?ま、ちっとずつでも頑張ってくよ。」


「だが、そうやってすぐに調子に乗るのは減点だ。」


「ちょっ、ヒドぉ!」


 それからは、そんな調子でルーサーとの会話を幾許かの間楽しんだ。

 俺は、この時間を通じて少しだけルーサーとの仲が深まった気がした。

 そうして、しばらくの間話を続けた俺達だが、二度寝という贅沢な微睡から目を覚ます時が近づいていた。


「そろそろ起きたら、朝になってるッスかね?」


「ああ、そうだろう。そろそろ行くのか。」


「おう、今回はこれでお暇するかな。」


 俺はルーサーと二言三言言葉を交わしながらルーサーにティーカップを返し、俺が入って来た扉の方へ歩いて行く。

 そうして扉に手をかけた俺は、最後に一度ルーサーの方へ振り返りこう言った。


「また、茶でも飲みに来ても?」


「ああ、たまにならまた来ると良い。」

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