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バカと狂人の凡奇譚  作者: 五十音
序章 定められた運命の始発点
21/26

二十一話 お話はバトルの後で

「だっはぁー!疲れたー!」


『ほんとにお疲れ様ー、おつかれんこーん。』


 俺は肺の中の息を全て吐き切るかのようにそう言い、アルサス君の冗談混じりの労いを聞きながら地面に勢いよく尻餅をつく。

 そのまま息を切らしながら、上半身が汚れることも気にせずに体を後方へ倒して仰向けに空を見上げた。

 傍には、先ほど仕留めた魔物の遺体が横たわっているが、この時ばかりはそれを気にすることもなかった。

 そんな俺の側に、ツルミさんが歩いてきてこう言う。


「お疲れ様。最後まで貴方に手間をかけさせてしまったわね…。」


「気にしないでください…。ツルミさんの行動がある前提で俺が動いた結果ああなった…ってだけッスから…。勝てたのはツルミさんが居てくれたからッスよ。」


 俺は地面に倒れたままそう言った後、息を切らして笑いながら右手でグッドマークを作りツルミさんに向けた。

 しかし俺の疲れ切った今の体では二秒ほどしか腕を持ち上げ続けていられず、右手はすぐに地面に落ちてしまう。

 それでも、こちらを見たツルミさんはこちらにクスリと微笑み返してきた。

 俺はそれを見て二、三度深く呼吸をしてから、地面に横たわった上半身を起こし、胡座をかくような姿勢に移行する。

 ツルミさんは、俺の隣に移動しこちらを見下ろすような位置に立ってから俺にこう返した。


「私も、貴方達のおかげで助かったわ。他のみんなにも、しっかり伝えておいて。」


「はい、了か…。」


 俺がツルミさんのその言葉に対して返事をする前に、俺の中にトールさん、もとい鳴宮さんの声が響く。


『まぁ、君も分かってると思うけど、こういう会話は普段から大体聞こえてるからね。こっちもお礼言ってた、って代わりに言っといてよ。』


 鳴宮さんの声に阻まれるように、たった今口に出そうとしていた言葉は喉奥に引っ込んでしまった。

 そんな鳴宮さんの言葉を聞いてから、俺は改めてツルミさんに返事をする。


「っと…。今聞いたことなんスけど、交代してなくても普段から他のみんなは周りのことがある程度分かるみたいッス。」


「あら、そうだったの?ともあれ、伝わっているのなら良かったわ。」


 ツルミさんは少し意外そうな顔で言ってから、すぐに表情を戻してそう続けた。

 そんなツルミさんの様子を見て、俺の脳裏には一つの疑問が浮かんだ。

 もしや、普段の俺が風呂で全力熱唱している時とか、便所の中で腹痛に苦しんでいる時とかも全部見られているというのだろうか。

 常に他のみんなの目線があるなら、俺にプライバシーはあるのだろうか…。

 俺の中の同居人達とは短くない付き合いをしてきた訳だが、今までそのことには全く考えが及んでいなかった。

 ・・・これ、もしかしたら今までで最大の友情崩壊の危機かもしれない。

 一人で勝手に深刻な問題に思い至り、冷や汗をダラダラ流してたその時、意外にも普段あまり姿を現さないルーサーから返事があった。


『・・・予め断っておくが、僕は君のプライバシーに興味は無い。このことを念頭に置いた上でこれから先の話を聞いてくれたまえ。』


 ルーサーはいつも以上に冷淡に、というか、嫌悪感のような感情を隠そうともせずにそう言った。

 待って、その言い方だと何か含みがある気がする。するけど…ルーサーはまだ本題には入っていない。

 今は、最後まで話を聞くとしようか。

 俺がそう一旦自分を納得させると、向こうも丁度そのことを察したかのように話し始める。


『君の普段の行動に関してだが、原則彼らも認識しているものと考えて良い。とはいえ、君の心配は概ね無用のものだ。』


 ルーサーはそう淡々と、事務的に俺へ説明していく。

 アイツは心配無用と言うが、説明を最後まで聞くまでは安心できない。引き続き耳を傾けるとしよう。


『今君が危惧しているのは、君のプライベートな状況を彼らが知覚している可能性だろう?だったら安心して良い。君が、プライベートな状況である、と認識している場面は、その認識が無意識か否かを問わず彼らも知覚できないからな。当然それも、特別君が彼らを求めない限りは、だが。』


 それなら良かった。良かった…んだよな?

 難しそうな説明だから少し内容を噛み砕くとしよう。

 ルーサーの話を聞く限り、要は見て欲しくない!って俺が思ってるとこは大体みんなも見えないってことか。

 ただ、俺が他のみんなに緊急で助けを求めたりしたらその限りではない、と。

 良かった、それなら安心だ。


『理解できたようだな、僕は戻らせてもらう。』


 ・・・なんかルーサー君、いつにも増して帰るの早いね。まあいいや、それは置いとこ。

 俺のプライベートなど誰が見たいというものでも無いだろうが、そういうとこがちゃんとしてるのは助かるね。

 でも、この内容の説明だけだったら最初の、『君のプライバシーに興味は無い。』って前置きは要らなかったんじゃないか?

 俺はそう思うが、普段のルーサーの行動を考えれば、そんな無駄なことをわざわざするとは考えにくい。

 そう思った俺は、先ほどまでルーサーが語っていた言葉の内容を思い出せる限り鮮明に記憶から掘り起こす。

 そして、気が付いた。


(まさか…。)


 俺が持っていた疑問は主に、『俺』と『俺以外』がそれぞれ特定の状況を認識できるか否かに関係がある事柄だ。

 そして、『俺以外』の部分に含まれるルーサーはその説明の間、『俺』を指す『君』という言葉と、『俺以外』に含まれる対象として、『彼ら』という言葉を用いていた。

 その言い回しから考えるに、アイツの行った説明の内容には、アイツ自身が対象として含まれていないかもしれない。

 結論だけを言えば、俺はルーサーに対してはあらゆるプライベートがない可能性がある、ということだ。

 説明の前に予め、俺のプライベートに興味はない、と予防線を張ったのは、全てがアイツの目には映っているだけにそうしたという裏付けになっているような、嫌な確信ばかりが積もっていった。


(なぁにが『彼らも認識できない』だ、含みを持たせるなよーッ!?)


 俺は、最悪の可能性に思わず心の中でそう叫ぶが、その言葉は聞く者もこの言葉を向けた相手も既にこの場からは居なくなっていた。


「ど、どうしたの?なかなか凄い顔をしているけれど。」


「いえ、こっちの問題ッス…。これに関しちゃ、あんま気にしないでもらえると嬉しいッスね…。」


「そ、そうなのね…。」


 落胆を隠せない様子の俺に、ツルミさんは戸惑いながらそう答えると、俺たちの間に少しの沈黙が走る。

 そうして数秒ない程度の間を開けた後、ツルミさんはこの沈黙を破ろうとするように声を少し張り上げてこちらに問う。


「そ、そういえば!さっき貴方がハウンドウルフにトドメを刺した時、突然空から落ちてきたようにも見えたのだけれど…どうやったの?」


「ああ、それに関しては…あそこ、見えますか?あの辺りの遮蔽物、土の壁ッス。」


 俺はツルミさんのその質問を聞いてから、広場の片隅に視線を動かして自分が先程使ったものを探し、そちらに指を差し示してツルミさんの視線をそちらに向けさせる。

 ツルミさんは俺の指差した方向を見て、頷きながら言う。


「ええ、見えているわ。」


「それなら…あの辺りの。背が高い遮蔽物が見えるッスよね?俺は、アレを使ったんス…。」


____________________________________________________


 今の俺にできることはもう何もないのだろうか?

 俺の懸命な追走も虚しく、距離が離れていくハウンドウルフの姿を見ながらそう思う。

 ここから進んだ先でツルミさんがハウンドウルフを待ち構えているはずだ。だから、後はツルミさんに任せることもできる。

 これまでも何度かハウンドウルフに攻撃を浴びせたものの、ヤツは今でもそれなりの運動能力を維持している。それは、俺の追走は容易く引き離せるほどだ。

 ツルミさんの力を信じていないという訳ではない。だが、ハウンドウルフのこの動きを見た俺は、例えツルミさんでもトドメを刺すことはできない可能性を否定しきれなかった。

 それでも、今から無理をして追いかけたとしても、追いつける可能性はどう見積もっても多くはない。

 そんな不安感から、今ここからできる行動があるか否かを自問していたのだ。


『なぁに迷ってんの?今動かずにアイツを取り逃がすよりは、今動いてその確率を少しでも減らすべきでしょ。徒労になってもこっちが疲れるだけなんだからさぁ!』


 意外にもトールさんが迷う俺にそう叱咤の混じった言葉をかけてくる。

 いつものとは違う、強い語気を孕む口調からは鳴宮さんの本気度が伝わってくるようだった。


(そうだ…その通りだ。)


 俺は鳴宮さんの言葉を聞いて、改めて手段を模索する。このことに関してはやらないよりはやった方が良い。もう意思は決まった、迷うことはない。

 規制線と土の壁が視野の殆どを満たしている周囲を俺は改めて見回した。

 仮に速度を上げて追いかけても、鳴宮さんの規制線によって作られた道を走るハウンドウルフの速度には追いつけない。

 ハウンドウルフをより確実に仕留められるようにするために動くとは決めたものの、どうしたものか。

 そんな時、今度はテルミオジさんが言葉を発する。


『エルク君…君には無理をさせるかもしれないけど、『気』の出力を上げて身体能力を強化すればこの壁を飛び越えられるかい!?』


 テルミオジさんは捲し立てるようにそう俺に問うて来た。

 俺はその、いつもの穏やかな態度とは一味違う声の勢いに気圧され、言葉を少し詰まらせながら返事をする。


(は、はい。筋肉痛を覚悟することにはなりそうですが、少しの間ならできるかと!)


 俺はテルミオジさんにそう返事をしながら、横目で土の壁の高さを確認し、それを飛び越えられる出力の身体強化をした際の体の動きを予めイメージしておく。

 俺のそのイメージが意識を部分的に共有する丸山オジさんにも伝わったのか、俺がイメージするのと同時に丸山オジさんはこう言った。


『ありがとう。それなら僕がエルク君のために道を作るから、そこを通って先回りするんだ!』


(了解ッス!)


 俺と丸山オジさんはそう言葉を交わしてから交代する。

 その交代に伴って形が杖に変化したワイルを地面に突き立てることでエルク君が走っていた時のままの速度を殺して、素早くその場に停止する。


「あそことあそこを伸ばして…そこは下げれば…よし、できた!」


 そうしてエルク君と交代した僕は、僕が作った土壁の位置を自分の魔力の感覚を頼りに確認する。その内の幾つかを、エルク君の身体能力に合わせる想定で高さを調整した。

 その際、土壁の位置関係と、どういう動きでエルク君が移動するのかのイメージをしっかり脳内で固めておく。

 そして、僕が土壁の高さを調整し終えるのと同時に、僕は再びエルク君と交代する。


「はあぁっ!!」


 テルミオジさんと交代し終え、再び体の感覚が取り戻されるのと同時に、俺はこれまでにないほどに『気』の出力を高めた。

 全身にほんの少し熱が巡り、心拍が加速しながら体に力が漲る。

 それを感じながら俺は力一杯跳躍し、土壁の上に飛び乗った。


(これなら、行けそうだ!)


 すると、ここから少し離れた場所に幾つか背の高い土壁が目に入った。テルミオジさんの想定通り、強化された今の俺の身体能力なら、その壁の側面を蹴り跳んで進めるだろう。

 そうして進めば、ツルミさんが立つ、ハウンドウルフが通れる道の唯一の出口まで進めるはずだ。

 俺はそう理解するが早いか、体を動かすが早いか、再び力強く地を蹴り、背の高い土壁の間を縫うように跳躍する。


「くっ、コイツはキツいな…。」


 土壁の側面を蹴って跳躍する俺は、これまでにない程の速度で移動していた。

 だがその反面、俺の足は二、三度壁の側面を蹴っただけで、ビキビキと筋肉が軋むかのような嫌な音を俺の体に響かせながら、同時に鈍い痛みを走らせる。

 分かってはいたが、これが無理をした反動の一つだろう。

 それでも、足を止める訳にはいかない。


(保ってくれよ、俺のカラダ…!)


 俺は体に無理をさせながら、さらに何度か土壁の側面を蹴り進む。

 すると、こちらがツルミさんのもとに到着するまで後一歩というところで、ハウンドウルフがツルミさんを飛び越えようとする姿が目に入った。

 危惧していた通り、ヤツの身体及び身体能力は未だ健在であり、このままではツルミさんの全力の一撃でもトドメとなるかは分からない。

 だが、分からないからこそ俺も動くと決めたのだ。

 俺はそう思いながら、最後の土壁をこれまで以上の力で蹴る。俺はその際、加える力の方向を、反作用がより上向きになるよう調整した。

 そうして跳躍方向を調整した俺は、より高く空に向かって飛び上がる。

 そこから俯瞰する俺の視界には、ツルミさんを飛び越えている最中のハウンドウルフと、それを目にも止まらぬ一閃で切り裂くツルミさんの姿が目に入った。

 だが、ツルミさんのその斬撃も、ハウンドウルフが空中で身を躱したことで急所を外され、仕留めるには至らないことは俺の目でも見て取れる。

 俺が状況をそこまで視認した時には、俺の体は既に落下し始めていた。

 そうして落下する先にはハウンドウルフが見える。

 狙い通りだ。

 絶対にここで終わらせる。

 俺がそう決意してワイルを構え、その手に全霊の『気』と力を込めた時、空中で身を翻したハウンドウルフと俺は、視線と視線を交差させた。

 そのハウンドウルフの目からは、死が目前に迫った故の後悔や絶望などが入り乱れる感情を感じた気がした。

 俺はヤツに視線を定めたまま両目を見開く。

 ここで仕留める。

 逃がしはしない。

 沸き立つ激情にも似た高揚感とともに俺はヤツに迫り、手に持った剣を振り下ろす。

 この時ばかりは、おそらくヤツと俺の心の中には似て非なる真逆のものでありながら、どこか似通った確信が満ちていたことだろう。


「これで…最後だぁッ!!」


 それは、もはやこの結果は覆らないという確信だ。


____________________________________________________


「・・・そうやって、アレを足場にしておかげでアイツを仕留められたんス。」


 俺はそう、ツルミさんにこちらの行動の顛末を説明した。

 それを聞き終えたツルミさんは、軽く頷きながら少し表情を苦くしてこう返す。


「そうだったのね…。ごめんなさい、私が未熟なせいで貴方には無理をさせてしまったかしら…。」


「いやいや、それを言うならツルミさんだけのせいじゃ無いッスよ!俺達だってもっとアイツを弱らせられてたら避けられる心配も無かった訳ですし!」


 ツルミさんの謝罪を聞いて、俺は少し慌てながら言葉を続ける。

 それでも、ツルミさんは納得いかない様子で眉を顰めるが、俺はツルミさんが再び口を開く前にさらに喋り続ける。


「ま、何はともあれちゃんと勝てたんスから!どっちのせいで、とかじゃなくて俺ら二人のおかげで勝てたっていう方に注目しません?」


 俺は笑いながらそう言い、胡座をかいたまま上半身を後ろに傾け、後ろの地面に両掌をつけて体を支える。

 それを見たツルミさんは、鼻で短く息を漏らしながら言う。


「・・・そうね、折角勝てたのにこんな話ばかりするのは勿体ないわよね。」


 ツルミさんは俺の言葉を聞き、微笑みながらそう答えた。

 俺もその様子を見て、思わず笑みを溢しながらこう言った。


「へへっ、そりゃそうッス!んじゃ、忘れない内に…ぅあ痛ってぇ!!」


 俺はそこまで言ってから立ちあがろうと腰を持ち上げると、突然足に強い痛みが走り、思わず再び地面に尻餅をついてしまう。


「大丈夫!?どこか怪我でもしているの!?」


 俺のその大声と、再び尻餅をついた様子を見て、ツルミさんも慌てて俺の側で屈みながらそう答える。

 俺はその痛みに口からゆっくりと息を吐いて耐えていたため、そのツルミさんの問いにもすぐに答えることができなかった。

 俺のその様子を見て、ツルミさんはますます慌ててしまう。


「ど、どこか痛むのなら待ってて頂戴、確か回復薬の備えが…。」


「い、いやツルミさん、これはそういうのじゃなくて…ぁ痛っつ〜。イットイズ…。」


 そう言いながら、慌てて自分のポーチを探るツルミさんに、俺はいつものをしながらどうにか言葉を発していく。


「そ、そういうのじゃないって言ったって…怪我をしたから痛いんじゃないの…?」


 なんとか俺が発した言葉に、少し冷静さを取り戻した様子のツルミさんは、未だ不安げにこちらにそう声をかける。

 そんなに深刻そうにされるとこちらも答えにくいが、答えないという訳にもいかない。

 俺はどこか居心地の悪さを感じながらおずおずと言葉を紡いでいく。


「これはあの…さっきの戦闘で無理に身体強化をしちまったもんで…もう筋肉痛が来ちまったみたいッス…。それがほんとに空前絶後の規模で…。」


 俺がなんとかそう言い切ると、ツルミさんは全身の動きを停止させてから二、三度ぱちくりと瞬きをした後、どこか呆けたような口調で言う。


「筋肉…痛…?」


「はい…お恥ずかしながら…。」


 俺はツルミさんのそんな様子に、更なる居心地の悪さを感じながら、短い返事を返すことしかできなかった。

 そうして数秒ほどの静寂を伴う間を置いた後、ツルミさんがその静寂を破った。


「も、もう…。私の心配を返して頂戴…っ!この…このこの…っ!」


 ツルミさんは少し頬を赤くしながら、立てないでいる俺の足をパシパシと叩く。


「す、すいませ…ぉあ痛ってぇ!?痛いッスツルミさん!?この筋肉痛マジで冗談じゃない痛みして…うっ、ぐあぁぁぁぁああああ!?!?!?」


 それからはさらに数十秒ほど、森の中に彼の悲鳴が響き渡るのであった。

 また、エルク当人はその時間が丸一時間程の長時間に感じられたと後に語ったが、それはまた別の話…。

 気のせいかもしれないが、ツルミさんとの仲が少し深まった気がした…。


____________________________________________________


「ゼェ…ヒィ…。マジ…ハウンドウルフ相手するよりキツかったまであり得る…。」


「ご、ごめんなさい…あ、あまりに恥ずかしかったからってやりすぎたわ…。」


 ツルミさんは顔を赤くしたまま、申し訳なさそうにそう言う。

 俺はそんなツルミさんに、息を切らしたまま満身創痍の体でどうにか答える。


「大丈夫ッス…俺はまだ生きてるッスから…。」


「ほ、本当にごめんなさい…。」


 地面に大の字になって倒れている俺の傍らで、ツルミさんは両手を合わせて謝罪していた。

 ツルミさんはそこまで謝罪を終えてから、きまりが悪そうにこちらから視線を外しており、辺りには静寂が走っていた。

 俺達のドタバタがそんな風に落ち着いてきた頃、それを待っていたと言わんばかりに今度は俺の中におずおずと緊張したような声が響く。


『え、えっと、エル君、大丈夫ですか…?』


(お見苦しいところをお見せしました…。一応、なんとか無事と言った感じです…。)


 俺は力無くエテュミアさんにそう返事をする。

 そんな俺の様子を見て、エテュミアさんはこう言葉を続けた。


『み、見苦しくなんかないです!じゃ、じゃなくて…回復魔法だったら痛いの治せるかも、です…?だ、だから、私と交代してほしいです…!』


 エテュミアさんは不安げな態度で言葉を続ける。俺は、そのエテュミアさんの態度からどこか必死さを感じた。

 その言葉に、俺はどう返事をしたものかと考えていると、エテュミアさんはさらに言葉を続ける。


『わ、私、みんなが頑張ってるのを見てることしかできないし…アルサス君とも違って私は何の役割も無いから…。だ、だから、せめて痛いのを治すくらいはしたいんです…。』


 エテュミアさんが辿々しくも必死に言葉を続ける。

 その間、いつものエテュミアさんの態度からは想像しにくい必死な姿から、丸山オジさんの時と同じように俺は何も言葉を発せないでいた。

 そんな俺を尻目に、エテュミアさんは一頻り話したいことを言い終えたのか、そこまで言い切ってからは言葉が止まる。

 それを見逃さず、今度は俺が返事をした。ツルミさんが目の前に居る手前口は動かさないが。


(自分が何かできてないから、ってのは別に気にしなくて大丈夫ッス!それはそうと、回復はこちらからお願いしたいくらいッスけど!)


 俺がエテュミアさんに向けてそう伝えると、その言葉に安心したのかほっと息をついた。

 俺はそれを理解してから地面に寝転がっていた体を起こし、地面にもう一度座ってからエテュミアさんに尋ねる。


(それじゃあ代わりたいんスけど、もう準備大丈夫そうッスか?良かったらいつでも代わってちょー。)


『は、はいっ!分かりました!』


 エテュミアさんが俺の言葉にそう答え終えるのと同時に、俺の目線は小柄な少女の高さに変化する。


「あ、うぅ…っ。」


 表に出た私は、思わず口から喘ぎ混じりの声を漏らしてしまいました。

 エル君と交代するまでは良かったですが、そこからはエル君がすごく痛がってた理由を実感したからです。

 これは確かに、すごーく大変な筋肉痛でもあります。それだけじゃなくて、肉離れしちゃってるところもあるかもしれません。

 どうやらエル君は、かなり無茶をしちゃったみたいです。でも、それだけ頑張ったってことだから、ちゃんと治してちゃんと褒めてあげるくらいはしてあげないと、です。

 そうやって傷の具合をある程度観察したところで、私は自分の足を撫でるように触りながら回復魔法を使います。するとその時、私のお耳に声が届きました。


「あっ、エテュミアちゃん!どうしたの?今日はどんなご用事?」


 ツルミさんはそう言いながら、私の目線に合わせるみたいに体を屈ませ、私のお顔を覗き込むようにお顔を近づけて来ます。

 そうすると、私のお顔は他の人のお顔とこれまでに経験がないくらいすごーく近づいてしまいます。

 とっても近くで、まっすぐこっちを見つめてくるツルミさんの姿に、私は少しずつお顔が熱くなるような感じがしました。


「あ、あぅ…、そんなに見ないでください…。」


 私は呟くようにそう言いながら、思わずツルミさんから視線を逸らしてしまいます。

 ツルミさんはそんな私を見て、はっと何かに気付いたような表情をしてから、私から少し距離を置いて言いました。


「ご、ごめんなさいね。ちょっと距離が近かったかしら…。」


 私から少し離れて、苦笑いのような微笑みを保っているツルミさんを見て、私は気が付きました。

 私が咄嗟に言い放ったこの言葉で、ツルミさんは私から離れてくれました。ですが今、ツルミさんの表情は少し曇っています。

 多分、ツルミさんは私のことをすごーく大切だと思ってくれてる…と思ってます。

 だから、あんまり見ないでって言われてからはすぐに離れてくれたんだと思います。

 私のことを大切に思ってくれるのはとっても嬉しいことなので、それを否定したまま、というのはちょっと嫌です。それなら、ちゃんと謝らないとだめだなって思いました。

 もうちょっと、そういうところも分かるようにならないと、です。

 私はさっきの自分の咄嗟の発言を振り返り、そう反省してから改めてツルミさんに言葉を返します。


「ご、ごめんなさい…。見られるのがすごーく嫌って訳じゃないから、ちょっぴり言い方が強くなっちゃってたかもしれません…。」


「・・・すー…はー…。」


 私がツルミさんにそう言うと、ツルミさんはお返事をするでもなく、両目を閉じて胸に手を当てて深呼吸をしています。

 ま、また気付かないうちに変なことを言っちゃったんでしょうか…?

 私は、エル君達を含めた他の人とのお話をしてても、私のちょっと変な語彙のせいで戸惑わせてしまうことがままあります。

 今回もそういうことをしてしまったのかな、と少し不安に感じていると、深呼吸を一段落させたツルミさんが私に話しかけてきます。


「ねぇ、エテュミアちゃん。なでなでしても良いかしら?」


「え、えっと…?なでなで、ですか…?」


 突然自分に投げかけられた、全く予想もできないような質問に、思わず私は首を傾けながらツルミさんに質問し返すことしかできませんでした。

 そんな私の様子を見て、ツルミさんは少し不安そうにこう返します。


「その…こうやって先に何をするか聞いたら、エテュミアちゃんもびっくりしないでいられるかもと思ったのだけれど、どうかしら…?」


 私は、ツルミさんのその考えを聞いてから、さっきの私が何を思っていたかを見つめ直して、意識し直します。

 さっきは、なでなでしても良いかしら?って急に聞かれて、感情が追いつく前に疑問が形になっちゃったから、ちょっと変な感じですけどびっくりはしてません。

 でももし、急になでなでされてたら多分びっくりしてたと思うので、ツルミさんの配慮はちゃんとした効果があるはずです。


「良い感じ…かもです。先に聞いてくれたら、私も安心できます!」


 私がそうお返事すると、ツルミさんはほっと息を吐き、胸を撫で下ろしながら安心したように言います。


「ほっ…それはとっても良かったわ。エテュミアちゃんに嫌がられちゃったら私、すごーく傷ついちゃうかもしれないから…。」


「えっと、すごーく酷いことをされたりしないなら、簡単に他の人のことを嫌いになったりはしないです…!ツルミさんは、すごーく優しくて大人っぽくて…とっても大好きです!」


 ツルミさんのそんな、私をとっても大事に思ってくれていると分かるような言葉を聞いて、私もその思いに応えるようにツルミさんにそう言います。


「エテュミアちゃん…!」


 私のその言葉を聞いたツルミさんの表情はぱぁっと明るくなります。

 その代わりに、私のお顔はまた熱くなるような気がします。

 ですが、ツルミさんの方はそのことに気が付かない様子で私のすぐ側まで近付いて…。


「私も大好き!エテュミア ちゃん…!」


 私に抱きついて、頭をなでなでしてくれました。


「ふえぇ…。」


 お顔が熱くなってたのと、抱きつかれてなでなでされたのが恥ずかしくて、目が回りそうになります。

 その頃には、もうすっかり体の痛みも無くなっていました。


『ツルミさんってなんか…たくましーッス。』

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