二十話 daredevils
おまたせしました。
更新が一回遅れてしまった分、文章量は大体二倍になってます。
「ったく、最悪なタイミングでのリベンジマッチだな。」
俺達は、ゴブリンの死体の傍らで佇む狼と視線を交わらせる。
固唾を飲みながらお互いを見合う俺達には、いつ弾けるか分からないような緊迫した空気が漂っていた。
「この特徴…おそらくハウンドウルフのはずだけど…おかしいわね…。」
「ツルミさん、何かご存知で…?」
二人して武器に手をかけつつ、視線は目前のハウンドウルフと呼ばれた魔物から外さないよう意識し、少しずつ広場の中心側に後退しながら会話を続ける。
「えぇ、過去にこの魔物と同種のものを何度か倒した経験があるわ。」
「そこだけ聞きゃあいい知らせにも聞こえますけど、そんな感じの言い方じゃないですね…?」
ツルミさんはそう言うがその声色はどこか重苦しく、先程の発言が必ずしも良いニュアンスを含んだものでは無いことを十分に示していた。
先程までのゴブリンとの戦いでもなかなかだったが、今はその時以上に緊張感が俺の中で高まりゆく中、決着がつくまではもう長くは続けられ無いであろう貴重な会話を行っていく。
「鋭いわね、私が過去に戦ったハウンドウルフは全て今回のものの半分以下のサイズよ。」
「まぁ、流石にそうだろうと薄々思ってました。でも、間違いなく強敵だってことは分かりましたよ。」
このハウンドウルフの体躯は、体高だけで大人に迫るほどで、全長ともなればそれを優に超えることは言うまでもない。
前に見たときは俺より小さいくらいだったが、この短期間で一体何倍に成長したのか。このハウンドウルフも魔物であるため、ゴブリンを仕留めたように多くの命を貪ることで異常な成長を遂げたのかもしれないが、そのことについては今は情報と時間があまりに足りない。
周囲にはゴブリン十体分の死体が乱雑に転がっていて、おそらくそう遠からぬ内、この死体の中に人間二人か、魔物一匹分のどちらかの死体がこの中に加わることになる、そんな予感がしていたのだ。
そんな予感を感じながら、数秒間ほど静寂の中で互いを見やる。
魔物の視線は、俺の全身を射抜くかのようにこちらを見ており、涎を垂らしながら口を噛み締めて牙を剥くその姿からはこちらへの強い敵意や憎悪を感じ取れる。その爛々と妖しく輝く瞳は尋常ならざる怒気を孕んでいるように見えた。
まさか、ルーサーの修行後初めて戦ったこいつと、こんな再会を果たすことになろうとは。なんて驚いている余裕はもう俺にはない。
もはや、いつ戦いの火蓋が切られてもおかしくはないのだから。
今、対するこの敵との決着はどちらかが息絶えるまで決して着くことはないと俺でもなんとなく理解できた。
ツルミさんはそのことを既に理解しているのか、これ以上無く集中し一言も発さないまま一心にハウンドウルフを見据えている。
互いに敵意、覚悟漲るこの状況で、これ以上考えられることはなにもない。
この戦い、露と消えるのは敵か己か。
「ツルミさん!行きますよ!!」
「ええ!合わせるわ!!」
お互いに対して確認するかのようにそう言ってから俺達はそれぞれ武器を構え、狼に向かって駆ける。
俺は全身に『気』を漲らせながらも、一人で先行し過ぎないように移動の速さをツルミさんに合わせながら駆け出し、剣の軌道を交差させるように同時に切りつける。
「避けられたか…ツルミさん、追撃を!こっちは中距離から支援します!」
「分かったわ!」
ハウンドウルフは俺達二人同時の剣戟を、軽やかに後ろに跳躍して回避する。
俺はそう言ってから、再びトールさんと交代し、ツルミさんはそのままの勢いで接近していった。
そうしてエルクと交代した僕はツルミさんがハウンドウルフに接近し、刀を振りかぶるのに合わせて、ハウンドウルフを狙っての銃撃と、土属性で生成した刃物に闇魔力を付与したものを投擲しての支援を試みる。
だが、こちらが手に持った刃を投げ、引き金に添えた指に力を込めたその瞬間、ハウンドウルフは一瞬だけ確実にこちらを警戒した視線を向けてきていた。
僕はそれを認識しながらも、引き金を引き、ハウンドウルフに向けて銃撃する。
「ガアァッ!!」
だが、当のハウンドウルフは体を器用に回転させながら跳躍して、僕の撃った銃弾を身をかわして回避すると同時に、投げた刃物も全てはたき落とし、ツルミさんへの攻撃を敢行する。
ハァ…流石におかしいでしょ。どれか一発くらいは当たってくれると思ってたんだけど。
そうして僕がこのハウンドウルフのあまりの身体能力の高さに心の中で悪態を突いている間にも、ハウンドウルフはツルミさんに接近して、前腕での引っ掻きや噛みつきなどの攻撃を続けざまに行い、ツルミさんはそれを紙一重で受け流し、回避する。
銃弾を確実に当てられない以上、このまま距離を取っていてはツルミさんにばかり負担を強いることになる。
そう思った僕は、加えて素早く二、三度銃弾を撃ってからエルクに再び交代する。
「うおおぉぉッ!」
トールさんと交代した俺は『気』を纏って全力で走り出し、前腕を振り上げツルミさんに攻撃しようとするハウンドウルフとツルミさんの間に躍り出て、地面から跳躍すると同時にシングルアクセルのイメージで体を横に一回転させ、回転の勢いを乗せて横薙ぎに剣を振った。
だが、ハウンドウルフは俺がツルミさんとの間に割って入ったのを確認してすぐに後方へ退避することで俺の空中一回転斬りを回避する。
トールさんの銃撃を回避したことや、投刃を撃ち落としたことなどからうっすら分かっていたが、コイツはなかなか優れた危機察知能力を持っているらしい。
先のゴブリン戦で俺は少し体力を消耗しているため、持久力に欠けている俺はこれ以上変に時間をかけるのは避けたいところだが、焦って決着を急ぐのはなおさら危険だ。
だから、焦らず急ぐ。難しいことだが、それが俺が表に出ている間は最も重要な考えだ。
「やっぱりコイツ…なかなか手強そうですね…。」
「ええ…警戒心が強いのか、まともに攻撃を食らってくれないわ…。」
俺達は少し息を荒くしながらそう言い合う。
正面の狼は、先程よりもさらに強く口を噛み締めており、その顔は、さらなる怒りを表しているようにも、愉悦に歪んだ笑みのようにも見えてしまい、気が滅入りそうになる。
だが、コイツは魔物。こちらに落ち込んでいる余裕など持たせてくれる道理はない。
そう言わんがばかりにハウンドウルフはこちらに飛びかかってくる。
「くっ…テルミさん!」
俺もこのままやられてやるつもりは毛頭ない。
俺達も、最初の頃と比べれば具体的な言葉がなくとも、お互いの半無意識的な思考領域を共有しているかのように、考えと意思がある程度共有できるようになってきた。そんな、戦闘に慣れ始めた俺達から見れば、相手にとって不足はないと言える。
そうして僕はエルク君と交代すると、正面に障壁を生成しこちらに飛びかかってくるハウンドウルフの進路を阻むと同時に、ゴブリンたちにしたように障壁を勢いよく動かしてハウンドウルフを弾き飛ばそうとする。
だが、ハウンドウルフは突如自分の目の前に出現した障壁にさえ反応する。
軽く飛び跳ね、動き出した障壁に四本足をすべて接させ、膝の関節で衝撃を和らげつつ、衝撃に跳躍の力を加える形で障壁を蹴ることで自ら後方に移動したのだ。
まさか、今の攻撃にも対処してくるなんて。
僕は少し挫けそうになるが、エルク君やトール君のためにも、僕が先に諦めるわけにはいかない。
そう自分を鼓舞して、僕に交代したときに杖の形に変わったワイルを握る手に力を込め、諦めずに戦況を見極める。
ハウンドウルフは障壁を蹴ってこちらから距離を取ってからは、まっすぐに接近してくることは無く、斜めの移動を挟んだジグザグ軌道のステップでこちらを翻弄してくる。
これでは狙いをつけられず、さっきのように障壁をぶつけて隙を作る、という戦術を取ることができない。
ゴブリン達にやったように僕達の周りを複数枚の障壁で囲んでから弾き飛ばす場合、近くで多くのゴブリンが僕達を囲むように密集していて、ゴブリンが回避しようとすれば他のゴブリンの体が円滑な移動の妨げになり、障壁を移動させた場合の軌道外に逃げづらくなっていたからこそ実現できたにすぎない。
だが、このハウンドウルフは機敏に動いている上に距離も離れており、加えて危機察知能力を考慮すれば命中するのは期待できないし、こちらの移動を制限することになって、むしろ不利に働くかもしれない。
ジグザグ軌道での移動によって、障壁でハウンドウルフを囲って捕縛することも困難を極めるだろうし、障壁をたくさん作って移動経路を制限するのも、こちらの魔力量や同時に制御できる魔法のキャパシティを超えてしまうかもしれない。
トールさんの銃撃も投刃も、エルク君の身体強化を用いた戦闘でも、僕の魔法を使っても決定的な勝因には繋がらなかった。
僕は、諦めまいと自分を鼓舞したつもりだったが、状況を見定めれば見定めるほど、希望が薄らいでいく気がする。
そんな諦観にも似た思いに僕は思わず顔を伏せてしまいそうになった。そんな時、僕の耳に声が響く。
「テルミさん、私に少し力を貸してくれないかしら?」
ツルミさんは僕に神妙な面持ちでそう言う。
その表情からは、少しの不安と少しの希望の色を感じた僕は、ツルミさんの言葉に耳を傾ける。
「う、うん!大丈夫だよ、どうかした…?」
「今から、私の言う通りにして頂戴。まずは…。」
そう切り出してから、ツルミさんは二言三言ほど早口で作戦をまとめてこちらに伝えてきた。
「確かにできなくもない、とは思うけど…やっぱり危険だよ!」
僕はツルミさんの提案に対して思わずそう言ってしまう。
その言葉を聞いたツルミさんは優しく諭すように言葉を紡ぎ始める。
「テルミさん、貴方は誰よりも心が優しい人なんだと思うわ。きっと、他の人が危機に瀕するくらいなら自分が無茶をしたほうが良いって、そう思ってるんでしょう?」
「っ!」
僕は図星を突かれ、思わず形になりかけていた言葉をどこかになくしてしまった。
ツルミさんは優しく僕にそう言ったが、そこからは少しだけ声色を険しくさせ、こう続ける。
「でも、それは間違ってるわ。だって、私は貴方の、貴方達の仲間だから。仲間だけに無理をさせて自分だけ平気な顔でいるなんて、そんなの仲間じゃないわ。だから、私を…貴方達の仲間で居させて頂戴。」
「強いね、ツルミさんは…。」
ツルミさんの、迷いなく真剣なその言葉を聞いた僕は、無意識にポツリとそう言葉を漏らしていた。
僕はそう言ってから、気を取り直してツルミさんに返事をする。
「分かったよ、ツルミさん。だけど、危ないと思ったら無茶はしないでね。」
「ええ、貴方も。」
ツルミさんはそう言ってから、僕から少し距離を置く。
僕の方は両手で杖の片端を地面に刺し、風魔力と土魔力を体に漲らせ、魔法を行使する。
すると、地面に刺された杖を中心に、魔力が波打つように周囲へ広がっていく。
魔力が広がっていくに連れ、この広場の地面が数か所ほど隆起し、たちまちの内に盛り上がった地面による遮蔽が複数か所形成された。
ハウンドウルフはそれを見て、遮蔽物の陰を警戒しジグザグ軌道での移動速度を先程よりも低下させる。
ツルミさんはそれを確認してから、ハウンドウルフから隠れるようにその遮蔽物に紛れながら周囲を駆けていった。
「次は…トールさん!」
そこまで確認した僕は、トールさんと交代する。
交代した僕は、少し遅れてツルミさんと同じように遮蔽物に隠れ、ハウンドウルフとツルミさんの様子を伺う。
「ハッ!」
ツルミさんは、遮蔽を縫って移動するハウンドウルフに対して、器用に遮蔽物の死角を利用しながら一太刀ずつ攻撃を加えていくが、それでも効果は芳しくない。
僕はその動きを参考にして、遮蔽から飛び出すハウンドウルフの移動とタイミングを予測して狙いを定める。
「全く…遮蔽が多いとこっちも狙いにくい、ねぇ…っ!」
僕はそう言いながら銃に変化したワイルの引き金を引き銃撃を行うが、その一撃はこちらの慣れの不十分さもあってか、周囲に銃声を虚しくこだまさせるばかりで、ハウンドウルフの体の端を掠めることしかできなかった。
これは、単にダメージを与えられなかっただけでなく、僕は今の銃撃で敵からも居場所を知られてしまうことにもなる。
僕は外れてしまった銃撃を見て思わず舌打ちしながら、その場を駆け出し別の遮蔽の影へ移動する。
「グアァ!」
そうして僕が場所を移動していた時、突如僕の近くからハウンドウルフの鳴き声とともに破砕音が響いた。
「ッ!今度は何さ、全く…!」
その音を聞いた僕は、周囲に危険がある可能性を考慮し、咄嗟に近くの遮蔽に身を隠れる。
その間にも少し離れた位置から同じような破砕音が響いた。僕はその音のした方に視線を向けると、そこには土の壁が崩れた跡があり、ハウンドウルフは薄まり行く土煙の中で体を揺すって土を払い、再び走り出すのが見えた。
どうやら、ハウンドウルフは遮蔽物を邪魔だと判断したのか、破壊することにしたらしい。
そうして破壊された遮蔽物の中には、ちょうど僕が今隠れているものの一つ隣の遮蔽物もあった。
(全く、随分力押しだねぇ。そんなに僕らのことが気に入らないっての?)
僕は内心ヒヤリとしながら、再びハウンドウルフを探すため周囲に視線を動かす。
僕がそうしてハウンドウルフの今の居場所を見つけると同時にアイツは体を別の遮蔽物に勢いよくぶつけ、さらに一つの遮蔽を破壊した。その破砕音と同時にその場に土煙が舞い上がる。
このままだと僕の隠れ場が少しづつ無くなっていく訳で、何かしらの対策が必要になるのだが、ツルミさんの方は問題ないだろうか。
僕がそう思っている間に、崩れた土の壁による土煙は徐々に晴れていく。
だが今度は先程と違い、土煙が晴れたそこにはハウンドウルフの姿は無かった。
(まずい、居場所を見失った。アイツは今どこにいる…?)
僕は少し焦りながらも、遮蔽から無闇に飛び出すのは危険だと考えて、遮蔽物の影で静かに周囲を観察する。
だが、周囲を一通り見回しても肝心のハウンドウルフは見当たらない。
敵の居場所がわからない不安感に、徐々に焦りが高まっていく。
そんな時、僕の焦りと心配は無用の物だ、と言わんばかりに遠くから破砕音が響く。
(今の音…この地点からはそれなりに離れた位置だねぇ…。)
どうやら今、ハウンドウルフは僕から離れた場所に居るらしく、それから立て続けに破砕音が鳴る。
どうやら、手当たり次第に遮蔽物を破壊し始めたらしい。
自棄になったのかは分からないけど、この感じなら向こうはこっちの位置を分かっていないと見ても良いかねぇ。
そう考えた僕は、頬を伝っていた汗を拭い、内心胸を撫で下ろすような思いで数秒ほどの時間をかけて二、三度息を整える。
その間、周囲の破砕音は止み、僕の耳には自分の呼吸音と早まっている心臓の音ばかりが響いていた。
(いや、待て。音が止んで…?)
「避けてっ!!」
「ッ!?」
僕は、咄嗟にその場から飛び退く。
それから一瞬遅れて、周囲に一際大きい破砕音が響くと同時に、土煙が僕の視界の全体を覆った。
土煙の中で地面に足をつけた後、たった今の出来事を遅れて頭が理解し始める。
どうやら、先程僕が身を隠していた遮蔽物はハウンドウルフに破壊されたらしい。
僕の匂いを追ったのか、向こうはこちらの居場所を把握した上で、ハウンドウルフは遠くに居るんだ、とこちらに誤認させようとしたのだろう。
所詮は魔物だと、僕は心のどこかで侮っていた。
向こうはそんなこちらの油断を突いて、最もこちらを仕留められる可能性が高い瞬間を狙ったのだろう。
このハウンドウルフはそれを考えるだけの狡猾さを持つことを知り、僕は改めて危機感を抱くと同時に、まんまと油断し罠に嵌められかけた自分の迂闊さに怒りを抱く。
ちょうどそんなタイミングで土煙の中に巨大な体躯を誇る影が映り、それから間を置かずこちらに口の開かれたハウンドウルフの顔が迫ってくる。
(そりゃやっぱり、今狙って来るよねぇ…!)
僕は声を出すこともできないようなギリギリのタイミングで横飛びし、なんとか噛みつきを回避する。
その頃には徐々にこの場の土煙も収まり、ハウンドウルフの姿もはっきりと視認できるようになると、低く唸り声を上げ、渾身の不意打ちを躱された怒りを滲ませるかのように歯を噛みしめているハウンドウルフの姿が目に入った。
「さっきまでの勢いはどうしたの。もしかして、不意打ちしないと勝てないから今のを僕に避けられて不安になったとか?ハハッ、ウケるね、それ。」
僕は自分の余裕の無さを隠すかのように、努めて表面上の冷静さを取り繕うようにしながらそう言う。
言葉の意味が通じるかどうかも分からない相手にこんなことを言うのは、自分でもおかしいことだと思う。しかし、自分が気付いた時には既に、半分反射的に僕の口からこうして強がって弱みを隠す言葉ばかりが出てしまっていたのだ。
「グ…グアァ!」
だが、意外にも僕のその言葉の意味が通じたのか、僕の言葉を聞いた直後、ハウンドウルフは追撃を加えんとばかりにこちらに飛びかかってきた。
対する僕は銃と土魔力の刃をそれぞれの手に構え、臨戦態勢で攻撃を待ち構える。
正直なところ、周囲を遮蔽物に囲まれて移動を制限され、敵にここまで接近されている今の状況では、一対一となればこちらが圧倒的に不利な状況だ。
一対一となれば、ね。
「そこっ!」
「ギャオゥ!?」
この場にツルミさんの声が響いた直後、ハウンドウルフは短く悲鳴を上げながら背後から攻撃を受けたかのように身動ぐ。
僕はその隙を見逃さずに、狙いを定めて銃弾を撃ち込む。
「グゥ…!」
ハウンドウルフは身を躱してその銃撃を回避するが、そこから僕はすかさず二、三度銃の引き金を引き、それと同時に手に持った刃に闇魔力を込めて投擲する。
ハウンドウルフは、投刃よりも単純な威力が高い銃撃を警戒しているのか、軽やかなサイドステップで銃撃を回避した。
「やっぱり銃は嫌い?だったら、代わりにこいつを食らいなよッ!」
だが、この至近距離では銃撃を回避しながら、追尾してくる投刃までもを回避することはできなかったようで、胴体に三本ほどの投刃が突き刺さる。
「グ…ゥ…。」
僕の投刃を体で受けたハウンドウルフは体から魔力が奪われたことを理解したのか、力が抜けたように足を曲げて膝をつき、小さく唸り声を漏らす。
「私のことも、忘れないで頂戴!」
それを好機と見たツルミさんは、背後からハウンドウルフへ上段に構えた刀を振り下ろし攻撃を仕掛ける。
だが、ハウンドウルフは重苦しそうに体を持ち上げ、先程までよりどこか緩慢な速度でその場を飛び退き、再び遮蔽物に紛れるように走り出した。
まさか、僕の攻撃で隙を作った上でツルミさんと双方向から攻撃を加えても、有効打を与えられなかったというのか。
「今のでもまだ動けるっての?全く、キッツいなぁ…。」
「ええ…でも、希望は見えてきたわ。貴方はこのまま準備をお願い。」
「それってどういう…?」
僕はツルミさんの言う希望の意味が分からず、思わずそんな疑問の言葉を口にする。が、僕はその疑問の答えが返される前にツルミさんの言葉の意味を理解した。
「あぁ、なるほどね。分かった、こっちは任せといてよ。」
そう言葉を交えてから、ツルミさんは血に濡れた刀を一度血振りしてから構え直し、笑みを浮かべながらハウンドウルフを追うように走り出す。
先程のハウンドウルフはツルミさんの攻撃で浅からぬ傷を負ったのにも関わらず、構わずにこの場から退避することを選択した。
おそらく、この場で動かずに居れば正面の僕と背後のツルミさんとの二正面作戦に対応しなければならず、そうすることは自分の勝機を無くすことに等しいと判断したのだろう。
その事実と、ツルミさんの刀を濡らした鮮血が、僕達の攻撃は確実にアイツの命に迫っていることを如実に物語っていた。
そうして僕はツルミさんとは別の方向に移動して遮蔽物に隠れ、周囲の様子を伺うと同時に土魔力で両端に刃物のついた長さのある鎖を形成し、それに闇魔力と風魔力を付与していく。
「作戦会議は聞いてたから、何すればいいかは分かってるけどさぁ…!」
僕は悪態を突きながら、魔力で生成した鎖付きの刃に魔力を込めていく。
土魔力で作った物体に、さらに二つの闇、風魔力を込めるというのは、存外なかなかに難しい。
一つ一つを作るのに必要な魔力はそう多くないものの、三種類の属性の魔力を制御しなければならないため、一つ作るだけでもそれなりに神経を使う。
加えて、僕はこれを数本は作らなければならない。
これを作っている間には、僕は短くない期間隙を晒すことになるが、幸いにも今はツルミさんがハウンドウルフを引き付け、ハウンドウルフの方もツルミさんの攻撃を受けてからは僕から意識が外れている。
そうしてツルミさんが時間を稼いでいる間に、僕は可能な限り鎖付きの刃を作ることに注力するべきだろう。
「この作戦ってさぁ、僕の負担大きすぎない…?」
そうポツリと不満を漏らしながら、鎖付きの刃の作成を続ける。
今僕が作っているのは、両端に刃物が着いた鎖を土魔力で形成し、両端の刃物に運動エネルギーを付与、操作する風魔法と、触れたものの魔力を吸収する闇魔法を付与したもので、簡易的な規制線として使えるものだ。
これは、遮蔽物と別の遮蔽物に両端の刃物を突き刺して、間の鎖を張り巡らせるかのように設置する、簡易的な規制線だ。
先程ハウンドウルフ自身が遮蔽物を破壊した土煙の中に立つ僕に攻撃を仕掛けてきたが、アイツもツルミさんの奇襲を受け、土煙の中では互いに視界が奪われ不意打ちに対処しにくくなる、という危険性を理解したはずだ。
だから、ヤツはおそらくこれ以上安易に遮蔽物を破壊しようとはしないはず。規制線に関しては、正しく効果を発揮してくれることを期待するのみ。
(よし、これで個数は十分でしょ。)
ツルミさんの陽動のお陰で、ハウンドウルフに対して有効に立ち回れる量の規制線を危なげなく用意した僕は、戦闘の様子を遮蔽から確認する。
今、ツルミさんとハウンドウルフは、お互いに遮蔽物を利用して翻弄し合い、膠着状態に陥っているようだ。
ハウンドウルフは少なくとも今は、ツルミさんに背を向けるリスクを負ってまで僕のことに注意する余裕はないはずだ。
僕に注意が向いていない今のうちに、この規制線を正しく設置したいところだ。
(ハァ…風魔力である程度自由に動かせるから、設置自体はそう難しくないけどさぁ。どう設置するかはちゃんと考えないとねぇ…?)
僕は周囲を見回し、両端の刃をどこに刺して固定するか、ハウンドウルフをどこに誘導するかを吟味する。
僕が近接戦闘をする時はエルクと交代することを考慮して、戦いやすくかつ逃げ場もないように、程よく広さのある地点を探したいところだ。
そう思いながら地形に注目して視線を動かすと、お誂え向きに遮蔽物が破壊され一直線に開けたスペースが目に入った。
あそこは…アイツが僕の不意を打つ布石として、僕に位置を誤認させるために、遮蔽物を立て続けに破壊していた辺りだ。
(いいね、悪くない地形だ。それに、アイツの行動が最後にアイツの首を締める、っていうのもなかなかいい気味だ。)
小さな復讐心に口の端を吊り上げながら目的の地点を定め、僕はそこに誘導するためどのように規制線を引くか考えながら、遮蔽の中から顔だけを出して周囲を見回していていると、視界の端にツルミさんが映った。
見る限り、肩を上下させて息を少し切らしているが特に負傷している様子もなく、刀を構えたまま周囲をキョロキョロと忙しなく見回している。
待て、見回している…?
僕は一度ツルミさんから視線を外して広場の中をここから見える範囲で一回り見回すが、僕の視界の中にはハウンドウルフは映らない。
まずいねぇ、向こうもやり方を変えてきたらしい。
こちらが遮蔽を活かして有利に戦っていることに対抗して、今は向こうが遮蔽に身を隠しているのだろう。
僕が先程、規制線の作成にばかり集中していたのがまずかった。ツルミさんも僕もアイツが今どこにいるのか把握できていない。
ハウンドウルフが次に姿を表した時に攻撃する対象となるのは僕かツルミさんかも分からないため、居場所が掴めない中で迂闊に動くことは危険だ。
僕はそう思いながら、遮蔽に隠れたままここから見える場所全てを観察するが、それでもハウンドウルフの居場所は掴めない。
僕はそれでも焦らないよう自分を律しながら、辛抱強く周囲を観察し続けていると、視界の端で何かの動きを捉えた。
そうしてその動きのあった方へ視線を向けるとそこにはツルミさんが立っている。
(さっき何かが動いたようにも見えたけど…ツルミさんの動きだったのか…いや、まだそう断定するのは早いかねぇ?)
僕がさっき視界で捉えた動きはツルミさんのものだったのか、とも考えるが、どうにも釈然としない。
理由は断定できないが何となく僕は自分のその疑問に従って、ツルミさんの方を意識していた。
そんな時。
カサ…。
「ッ!?」
僕の背後の茂みから物音がした。
僕はその音に反応し、慌てて背後を振り返る。
しかし、そうして振り返った先には僕の苦慮を嘲笑うかのように変哲のない草木があるのみだった。
(なんだ…何も無いじゃんか…。)
僕は舌打ちしながら頭を掻きつつ、再びツルミさんの方へ視線を向けた、その時。
僕の視線の先には、視界の外からツルミさんに向かって踏み込みながら、低く地を這うようにツルミさんの胴体目掛けて攻撃しようとするハウンドウルフの姿が映る。
「ツルミさん、避け…っ!」
僕はその状況について考えるよりも先に、驚きに目を見開きながらそう声を出すが、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
「う、あぁーっ!?」
僕がその言葉を言い切る前に、ツルミさんの体が横に吹き飛ばされてしまっていたのだ。
ツルミさんは土壁に背を激しく打ち付けたのか、浅く短い息を吐いていた。
ハウンドウルフは今がチャンスだと言わんばかりに、ツルミさんの方へ駆け寄っていく。
先程の余所見のせいで、ツルミさんに不意打ちを仕掛けるハウンドウルフに気がつくのが遅れてしまった。その事実に僕は奥歯を噛み締めながら、ハウンドウルフに追撃の隙を与えまいと闇属性魔力を込めた銃弾を撃ち放つ。
魔力を感知できるのかは分からないが、ツルミさんの方へ駆け寄っていたハウンドウルフは明確に僕の銃撃を警戒した様子で後ろへ跳躍し、銃撃を回避した。
僕はハウンドウルフをツルミさんに近づけないようにするため、周囲の地形を最後に一度確認してから、銃弾を撃った続けざまに規制線の端の刃物を投げ、風魔力で軌道を操作して周囲の土の壁を支柱代わりにハウンドウルフの移動ルートを制限することを意識して設置する。
「ワゥ…!?」
ジャラジャラと激しく音を立てながら自身の周囲を取り巻き動く幾つもの鎖に、ハウンドウルフは驚いたような情けない声を上げる。
この鎖には僕の闇魔力を付与しており、それだけでとどめを刺すことはできないだろうが、触れるだけで魔力を奪うことができる特別製。魔物であるハウンドウルフが安易に触れると体の魔力を失い、自分の動きを大きく鈍らせることができ、触れずとも自由な移動は制限される、という代物だ。
咄嗟の対処だったから、予定通りの構造で設置出来てるかは分からないけど、これで少しは時間を稼げるはずだ。
僕はそう判断してツルミさんの下へ駆け寄り、テルミオジさんと交代する。
「う…く…。」
「ツルミさん、大丈夫かいっ!?すぐに回復するから…!」
トールさんと交代した僕は、杖の下端を地面で打ち鳴らし周囲の遮蔽物に土魔力を追加してから、ツルミさんの体の外傷を確認する。最も目立つ外傷は体側部にハウンドウルフの攻撃を直に受けた部分だ。それでも、直撃の寸前で衝撃を和らげたのかその傷はさほど深くはないようだった。
そうして確認を手早く済ませた僕は、ルーサー君から教わったように癒属性の魔力を生成して回復魔法をツルミさんにかけていく。
すると、ルーサー君から修行を受けたときと同じように、ツルミさんの傷は塞がっていった。
「うまく行ったね。ツルミさん、動けそうかい…?」
「くっ…不甲斐ないわ…。テルミさん、世話をかけさせたわね…。」
「良いんだ、これくらい気にしないで。」
回復魔法を受けて傷が癒えたツルミさんと僕はそう言葉を交わしてから立ち上がり、再び武器を握る。
ちょうどそのタイミングで、背後の遮蔽物の向こうから、何かがぶつかったような鈍い音が響いてくる。
「まさか、また壁を破壊するつもり…!?」
ツルミさんは壁の向こうから聞こえる音を警戒して、刀を構えながらそう言う。
先程ツルミさんがハウンドウルフの気を引いていた間は、僕の場所が分かってなかったから、土の壁を破壊して土煙を立てれば僕に隙を晒すことになる可能性を考慮して、リスクある選択を取らずに後手へ回っていたのだろう。
だが今はツルミさんの回復のために僕は姿を表しており、なおかつ僕達二人が固まっていると分かる以上、今なら土の壁を破壊すれば僕達の視界を奪い奇襲を仕掛けられる、と判断したのだろう。
「いや、今回は大丈夫だよ。今の内にツルミさんは準備をお願い。」
僕がそう言っている間にも壁からはさらに音が続くが、それでも土の壁は崩れるどころか、ヒビも入らずどっしりとその場に佇んでいる。
僕も、この状況なら向こうは奇襲を試みるだろうと予期しており、ツルミさんのもとへ近寄る際に土の壁へ魔力を追加して耐久性を補強したのだ。
ツルミさんはその様子を見て、僕の言葉が事実だと確信したようで、僕にこう返事をした。
「分かったわ。それなら、後を頼むわね。」
「うん!僕に…いいや、僕達に任せて!」
ツルミさんは僕のその言葉を聞いてから、僕に背を向けて走り出す。
僕は背を向けたまま、ツルミさんが離れていく音を聞いていた。
ちょうどその時、壁の向こうから断続的に響いていた音が鳴り止む。どうやら、この遮蔽物を破壊することは困難を極めると理解したらしい。
おそらくこれからハウンドウルフは、僕の作った土の壁とトールさんの設置した規制線を避けた上で取れる選択肢の中から次の行動に移るだろう。
それじゃあ、僕達も自分の役割を果たさないとね。
そう思ってから僕はトールさんと交代し、トールさんは悠々と規制線に近づいていく。
規制線が複数でなければならなかった理由は当然、飛び越えたり潜り抜けたりされ、規制線としての役割が果たせないようでは意味がないからだ。だから僕は態々神経を削ってまで数本分作ってやった訳だ。
人に勝る体躯を持つハウンドウルフへの使用を想定した個数分作成したため、僕みたいな普通のサイズの人間にとっては潜り抜けることは容易なのだ。
僕はそう思いながら、規制線を挟んでハウンドウルフと対峙する。
歯噛みするかのように唸り声を上げるハウンドウルフの前で、僕は後頭部を、銃を持っていない空いた手でポリポリと掻き、背筋を少し反らして伸びをしながら言う。
「さぁて、随分待たせちゃったけどさぁ…。」
そこで僕は一瞬だけ言葉を区切る。
その間に僕は掻いていた手を頭から離し、その手に魔力で生成した刃物を持ち、伸びをしていた体は戦闘に備えて腰を低く落とし、銃は手に馴染ませるように深く握り込ませ、言う。
「ここからは、狩りの時間だ。」
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「はー…。」
私は静かに息を吐き心を落ち着かせる。
ゆっくりと、数秒ほどの時間をかけた呼吸を行う度、私の体から余計な力は抜け、心に立った波は穏やかに静まっていく。
私の左手は刀の収まった鞘を掴んでおり、右手は優しく添えるかのように、半ば乗せていると表現する方が適切かと思うような柔らかい力で柄を握っていた。
今、私は左右を鎖に塞がれている。塞がれた左右以外の、前と後ろの道はそれぞれ敵が通れる唯一の道と、私か敵かがこの場から逃げる場合に通るであろう道を形作っていた。
そうして形作られた道の中央に私は静かに佇んでいる。
姿こそ今この場から見ることはできないが、トールさんの銃の音が何度も鳴り響いており、最大の好機にして最大の危機となる瞬間が目前にまで迫っていることが分かった。
それでも、私の心は不思議と凪いでいた。それはさながら、波風による一切の波紋なき湖面が如く。明鏡と言うべき境地を体現していたのだ。
私はそのことを薄っすらと理解しながら、足を開いて腰を落とし、上半身は腰から上を左側に捻って、深く、深く居合に構える。
それと同時に私は姿勢を維持するために必要な最低限の力のみを残して、残りの余計な力は全て抜いて脱力する。
居合の構えに重要なのは、腰の捻りと全身の脱力、加えて冷静な心だ。腰の捻りは、抜刀の際に捻りを戻す力を刃の速度に加えて振り抜きを速めることに繋がり、全身の脱力は、力を瞬間的に開放した際の瞬発力を向上させることに繋がる。
そこから放たれる斬撃は必殺最速の一撃となるのだ。
しかし、未熟な私ではそうした万全な状態に到達するまでに、戦闘中には決して無視できないほどの時間が必要になってしまう上、その間は一切の攻撃を防御する手段がない。
本来であれば果たし合いにおける、出だしの一撃必殺にしかなり得ないこの技を戦闘中に使おうとするのは、それだけで巨大なリスクを負うに等しいことだ。
それを戦闘中にも使用する私の流派での教えは、敵の動きを鏡にそのまま映したかのように的確に見抜き、その隙を縫う僅かな時間で真円の如き振り抜きで敵を切り裂く動きから、『明鏡円月旋』と呼ばれていた。そんな万全な状態からの居合い抜きは高い技量を要する技である分、最強の一撃でありながらリスクも相応に高い諸刃の剣である。
だが今私は、彼らの協力によりこれを実行するのに十分な時間を得ることはできた。あとはこれを形にするのみ。
私はそう思いながら、この時間を噛みしめるように静かな呼吸を続ける。息をする度、体から余計な力が抜ける度に全身に形なき力が巡り、溜めに溜めたこの力を解放することを渇望するかのような衝動が沸々と湧き上がる。
私は決してその衝動を抑えることはせず、巉巖の頂点に立つかのように全身で際どい力のバランスを取りながら、間もなく来るその瞬間を静かに待っていた。
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「出血大サービスだよ。さぁ、逃げてみな!」
僕は最後の追い込みだとばかりに銃をハウンドウルフ目掛けて連射し、合間合間に目一杯の刃を投げ、こちらに向かって来ようという考えを間違っても抱けない量で弾幕の如き攻撃を行う。
正直、このペースでの攻撃はそう長く持たせられないが、それを押しても今は多少の無理はすべきタイミングだ。
その攻撃の嵐に、ハウンドウルフはたまらずといった様子で僕に背を向け、規制線に塞がれていないルートを通り僕の攻撃から逃れんと走り出す。
「まだ…まだぁッ!」
僕に背を向けて走るハウンドウルフを追跡し、手を休めずに銃撃と投刃を繰り返す。
短期間に魔力を使いすぎてしまったのか、僕は重りを身に着けたかのように体が重くなっていく倦怠感と、徐々に息が上がっていく疲労感をはっきりと感じていた。
体力のピークを過ぎ徐々に調子が落ちていく体に鞭を打ちながら、追撃の手を動かし続ける。
これは僕の役割だ、これくらい満足にできなくてどうする。
僕は奥歯を噛み締め、意地を貫くかのように、無理を隠してやせ我慢するかのように、これまでで最大の密度での攻撃を繰り出し続けていた。
「終わりが見えたねぇ。あと少しだ…。」
そうして僕がハウンドウルフに追撃をしていると、これまで見た中で最も深く居合に構えたツルミさんの姿が目に入った。静かに佇んでいつもと変わらないように見えるツルミさんの姿からは、闘気のような迫力とチリチリと細かな棘が肌に刺さるような威圧感を感じた。
確信も根拠もないが今の彼女となら、きっとこの難局を乗り越えられるという自信にも似た信頼が湧き上がってくるかのようだった。
僕もツルミさんに遅れを取る訳にはいかないと、鉛のように重い手足へ懸命に力を込めていく。
「ほんと、こういうのは僕の柄じゃないんだけどねぇ…!」
そうして僕は全力で攻撃を繰り出し、ツルミさんのもとまで続く一本道を走り続けるハウンドウルフを追い立て続ける。
その後を追って走る僕は、この時は自分でも気が付かない内に、久しく忘れていた高揚感に両目を見開き口の端を吊り上げた笑みを浮かべていた。
それが自分の全力を試すことに対する挑戦心によるものなのか、策と力を弄して敵の命を狙うことに対する嗜虐心によるものなのかも分からないまま、この時の僕は自らが獲物と定めた敵を追い詰める一心で足を動かしていた。
そのことが、仇になった。
「は…っ?」
一瞬、呼吸が止まる。
それに続いて地を駆け動いていた足は止まり、意識により予定されていた動きを再現できないまま力を失うように膝が地面へ近づいていく。
僕は足を縺れさせたのだと遅れて理解した。
こんな時にこんなミスをしてしまう自分に対する怒りも、自分の行動の詰めの甘さに対する悔しさも、思考がそれらの感情を反芻して自覚するよりも早く、崩れゆく態勢の変化に流されるように体が傾いていく。
どうしてこうもうまくいかない、どうしてこんなにうまくできない、言葉になる暇もないこの一瞬の間にも自己嫌悪の思いだけは湧き上がり、この現実を受け止めようとすることを拒ませる。
そうして視界の内の地面が占める割合が増えていくその一瞬の間に、僕は今この瞬間だけでも現実から目を背けようと、自己嫌悪と諦観の中で目を閉じた。
僕は体がそのまま地面に倒れることを覚悟していたが、意外にも体には地面とぶつかったような衝撃は伝わって来ない。
何事かと僕が目を開く前に声が響いた。
「透さん、ありがとうございます!後は…俺が行きますッ!」
僕が気がついたときには、僕の代わりに表に出ていたエルクが走り出す。
その動きは『気』による強化を伴ったものなのだろう、魔力の過剰使用によって体力を消耗していた僕よりも素早くハウンドウルフを猛追していた。
先程までの僕は心のどこかで、自分の役割を果たすために他人の力を借りることはするまいと、してはいけないと思っていた。
彼を含め僕達にはそれぞれ決まった役割があり、自分の役割を果たせることがこの関係を維持するために必要なことなのだと、自分の役割が果たせないようではいけないのだと、心のどこかでそう思い込んでいたのだ。
自分が他人を信じきれないから役割を果たせるように必要以上に張り切って、その結果ミスをするなんて、どんなに滑稽な道化師か。
・・・いつまでも自分の過去と決別できない弱い自分に反吐が出そうになる。
彼が冗談交じり僕に言い、僕がからかった『自分は一人ではない』という言葉の意味を理解できていなかったのは、どうやら僕の方だったらしい。
そう気付いた僕はいつもの自分の調子に見えるように表面を取り繕って、エルクを煽り立てるようにわざとらしくこう言い放った。
『僕の代わりをやるんだ、しくじるなよ!』
「当然!ここで負けてやるつもりはないですよ!」
トールさんと交代してからは『気』を用いた全速力でハウンドウルフの後を追っていたが、俺が表に出たことで遠隔攻撃の心配はもう無くなっているのだが、そのことを知ってか知らずかこちらを振り返ることもなく進んでいく。
俺の後ろには未だトールさんの作った規制線が残り、この場から逃れる道はこの道を進んだ先に立つツルミさんのそのさらに先にしかないため、後を追う俺に対処する必要性は薄いと判断したらしい。
そう考えるのが妥当だろう。だからといって俺もこの場を静観する訳にもいかない…と思っているのも事実だが、俺に背を向けているハウンドウルフに一泡吹かせてやりたいってのが俺の本音により近いだろう。トールさんとテルミさんしかまともに活躍してない気がするし、俺もちょっとは見せ場が欲しいのだ。
一度冷静に状況を整理してみよう。
ハウンドウルフは今、この道の先に立つツルミさんの方へ向かっている。それはおそらく、この不利な状況から抜け出すためだと考えられるが、アイツの背後を走る俺に攻撃するでも振り返るでもなく背を向け走り続けていることから、逃亡を目的としている可能性もある。
逃亡を目的としているなら、この道の先で待ち構えているツルミさんを大きく飛び越えるなどしてわざわざ間合いに入ることのないように立ち回るだろう。そこで何の対策も講じなければ、ハウンドウルフを逃してしまうかもしれない。
であれば、俺はそれを防ぐように立ち回りたいところだが、俺は『気』で身体能力を強化している今の状態でもハウンドウルフに純粋な移動性能で劣っている。そんな今の状況では、考えなくトールさんに倣って無茶をしても十分な成果は出せそうもない。
可能であれば、ハウンドウルフがツルミさんを飛び越えてやり過ごすことができないようにハウンドウルフの上を塞ぎたいところだ。
しかし、テルミさんも長時間の身体能力強化や何度かの障壁魔法、土の壁の補強などで魔力を消耗しており、もはやそれができるだけの障壁を作ることはできないことが共有された俺達の思考領域の情報から判断できる。
・・・今回の戦闘で、俺の貢献度は他の誰よりも低いと言える。魔法が使えないということがこの世界においては非常に大きな弱点となり得るということが、今回の戦闘を通じてよく分かってしまった。それでも俺はまだ何かできることを探したい。
今の俺にできることはもう何もないのだろうか?
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かの獣は過去を回想していた。
今自分を追っている人間から傷を受けたこと、その傷を癒やすために死に物狂いで命を食らい続けたこと、手負いの自分が生きながらえることができるほどに運に恵まれたこと。
もとは有象無象の命を貪り傷を癒やすだけのつもりであったが、食らった命のあまりの多さに体が新たな境地に至らんと変化を始めたのは嬉しい誤算であった。
幾匹かの小鬼を食らい、体の変化を自覚してから次なる獲物を探さんと森の中を歩いた少し後。既に通り過ぎた背後の遥か遠くから新しい血の流れる匂いが漂ってきたため、飢えを満たす足しになるかと引き返してみれば、かの怨敵が居るではないか。
だから天命を授かったと言わんばかりに、雪辱を果たすため怨敵の前に姿を現してやったのだ。
そこからが悪い誤算だった。
まず一つ、かの怨敵には隠された力があったこと。奴には複数の姿と技があり、その多彩な戦術は容易く決まるはずだった決着を長引かせてきた。
そして二つ、取るに足らぬ路傍の石と思っていたもう一人の人間もまた優れた技量を持っていたこと。その人間も単体でこちらを仕留められるような実力者ではなかったものの、その人間もまた攻めず攻め込まれずの堅実な戦いを展開してきたのだ。
三つ、それら人間同士が互いに十分な連携を取り、加えて多くの策まで弄してきたこと。単純な連携攻撃から始まり、遮蔽物の生成とそれを利用した立ち回り。こちらもただ一方的にやられていた訳ではないが、盤面は少しずつ向こうに有利なものになっていった。
だが、それほどまで人間が努力してもこちらの命を奪うまでには及ばないと、そう思っていた。それこそが最後の、最大の油断であったと言える。奴らはこちらに壁を破壊するという選択肢を最初に与え、以降はこちらがどんなに不利な状況になろうと逃げる手段に困ることはないのだと、そう思い込ませてきた。
実際こちらもそう思い込んでいたからこそ、ここまでの長期戦に付き合っていたのだ。
だが、それも奴らの掌の上だった。奴らは好機を待ち、こちらにとって最悪のタイミングでその手札を封じてきたのだ。
策を弄そうとも届かなかった奴らの力を、それが限界と勝手に決めつけ油断した。その瞬間にこちらのこの危機は確定してしまっていたのだろう。
もはや奴らはただの獲物ではない、こちらの命にまで届きうる刃を持つ明確な敵だ。
だが、今回この敵を倒すには手傷と妨害を受けすぎた。ここは一度退き、再び力を蓄えてから出直すべきだろう。
次こそは。次こそは一片の油断も無く奴らの喉笛を噛みちぎってくれよう。奥歯を噛み締めたくなるような悔しさを、そう考えることで慰めながら駆けていく。
駆けていく間に背後には気配を感じなくなった。おそらく、こちらに追いつくことができなくなったか、追いつくことを諦めたのだろう。
そうだとするなら、こちらに調子が向いてきた。このままこの場から脱出し、来る再戦に備えて更なる力を蓄えるべきだろう。
そうして奴に作られた道を駆けて行くと、もう一人の人間が視界に入る。
だがどうしたことか、その人間は武器をしまい一歩も動くこと無く佇んでいた。まさか、戦うことも逃げることも諦めたというのか。
疑問は残るがそのことを細かく考える余裕はない、このまま通り過ぎさせてもらう。そう考えながら走り続け静かに佇んだ人間の目前まで到達したが、道の中央に鎮座した人間の隣をわざわざ通り過ぎるのは周囲を囲む厄介な鎖に触れてしまうリスクが有る。一息に飛び越えてしまおう。
静かに佇む人間を一瞥しながら、跳躍のため足に力を込める。
そうして足が地面から離れた瞬間、原因の掴めない圧倒的な恐怖が全身を包んだ。
それに呼応するかのように全ての動きが遅くなる。自分の動きも、周囲の風に揺れる木々も、自分の認識できる景色は全て一つの例外もなく、緩慢な速度で動いていた。
何が起きたのか理解できないまま、心臓を掴まれたかのように体が強張り全身から血の気が引いていく。
今の一瞬で一体何をされた、何が起こった。引き伸ばされた一瞬の中で、満足に動かすことすらできず、変化も見られない五感から懸命に情報をかき集める。
そうして、感覚で数秒、現実では一秒にも満たない時間で周囲を観察した時に気がついた。気がついてしまった。
こちらが飛び越えんとしていた人間の目を、見てしまったのだ。
その玉を散らすような鋭い瞳には、こちらの体が水面の正面に立ったかのように鮮明に映っており、その鏡のように澄んだ瞳からは一切の迷いのない殺意が伝わってくる。
全ての動きが緩慢な世界の中でも、その人間の振るう腕は、刃は、一際早くこちらに迫ってくる。
斬られる。
そんな恐怖ばかりが広がり思考が塗りつぶされていくが、体はかろうじて空中で身を翻し、本能的に攻撃を避けようと動く。
これでも命中を避けることはできないだろうが、肉の斬られる範囲を減らすことはできるはずだ。
反射的なその動きが幸を奏したか、振り抜かれた刀はこちらの体を深く切り裂くが、その創傷は命に別状がない程度に収まった。
「流石ね…。」
こちらが受けた傷に対してそう見当をつけると、そんな呟くような声が耳に届く。
その言葉がどのような意味を持つものなのかは分からない。だがその時丁度、体が翻ったことで今度は空に視線が移った。
その視線の先に映るものを見て、満身創痍であったこちらの思考は完全に停止してしまった。
目前まで迫った怨敵。
見開かれた瞳。
振り下ろされる刃。
それら全てがこちらの命を、避けようがないほど綿密に、確実に、緻密に捉えていたのだ。
こちらの安易な行動や油断への後悔、死が目前に迫った絶望、脳裏を駆け巡るのは形になる暇すらも与えられない感情ばかり。
目前にまで迫った最期に、思いはもはや形にはならないが、ただ一つだけはっきりとした確信があった。
それは…。
「これで…最後だぁッ!!」
もう、助かる道はないということだ。
起きたら昼でした、これは怪奇現象です。
なので、三時間も投稿が遅れたのは怪奇現象のせいです。怪奇現象なら仕方ないですよね〜。
失礼しました。私のせいです、申し訳ありません。




