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バカと狂人の凡奇譚  作者: 五十音
序章 定められた運命の始発点
19/26

十九話 冒険の楽しみと重み

 俺はあれから引き続き、先行するツルミさんの後をついていく形で森の中を歩いていた。

 食事も済ませて元気を回復した俺は遅れることなくそれについて行く。

 結局この間、特に会話はなかった。

 あれからもさらに歩き進めたおかげで、哨戒依頼の移動ルートの折り返し地点には既にそう遠くない地点まで進むことができているはずだ。


「しばらく進みましたけど、もうそろそろ着きそうな感じッスかね。」


「ええ、進んだ距離で考えても随分近くまで来ているはずだけれど。」


 俺達はそう話しながら森の中の道を歩いていく。

 木々の茂る森の中では、地面の凹凸やそれから成る小川などの自然地形がしばしば見られ、存外に退屈しない。

 俺の感覚も確実なものではないが、周囲の地形の観察が許されるのならばこの場から街まで戻るまでの道も分かりそうな気がする程に多様な景色がある。

 だが、ただ森の中を歩くのも今では周囲の景色を観察できるほどの余裕を得られているが、裏を返せばそれは森の中の景色に飽き始めた、とも言い換えられるだろう。

 悪いことではないが、順風満帆すぎるのだ。

 森の中を歩いているというのに魔物や獣一匹にすら遭遇しない、そんな変化の薄さに退屈を感じ始めてしまう。

 これは、いざ魔物に遭遇したときのことを考えれば良くないことである気がする。

 この心持ちを変えられるような、良い変化を見つけられると良いのだが。

 俺はそんな思いから、周囲の景色を見回すように視線を動かす。

 その瞬間、動かされた俺の視界の端に何かの光が反射したような閃きが映り込んだ。

 俺はそれを見て、思わず言葉を発した。


「ん?ツルミさん、ちょっと待ってください。」


「あら、どうかしたの?」


 俺のその言葉にツルミさんは聞き返す。

 ツルミさんからの問いかけに答えるため、俺は通り道から少し外れた茂みの方を指さしながら答える。


「いえ、今そこになにか見えたような気がしまして。」


「そうかしら…。私には特に何も見えないけれど…。」


 ツルミさんは俺の指さした方向を、目を細めてじっくり観察しながらそう言う。

 確かに、俺が指さした方向は木々が幾つか重なるようにして影を作っており、少し暗く見えづらい。

 だが、その分俺がさっき一瞬見た光はその暗がりの中では目立って見えた。

 だからおそらく見間違いではない…はず。


「一応、ちょっと確認してくるッスね。」


「そう?それなら私は周囲を警戒しながら待っているわ。貴方も気を付けてね。」


「了解ッス。」


 幾つか言葉を交わしてから、俺は茂みの中に入っていく。

 薄暗いとこを見ようとしてる訳だから、早めに目が慣れてほしいとこだが。暗いとこを見るのは明るいとこを見るより目が慣れにくいって、いつだったか学校の先生が教えてくれてた気がする…ってのは別に良いとして。

 集中集中、ツルミさん待たせてるんだし早めに確認を済ませとかないと。

 俺はそう思い、目を凝らしながら茂みを奥へ奥へと分け入って行く。


「確かこの辺だったか…?」


 木々に衣服を絡め取られそうになりながら、茂みの中を慎重に探る。

 枝葉の上に物が乗っていて、それを下手に触ってしまい地面へ落とせば、木々や枝葉に紛れて回収に手間取ってしまう、というのも十分にありえるためこういうときの慎重さは大事だ。

 俺はそう考えながら周囲を手で探って行く。

 そうして手を伸ばした時、不意に木々ではない何かが俺の指先を掠めた…が、そのはずみで指先に触れた物は枝葉の隙間を抜けて地面に落ちてしまう。

 思った側からやっちまった。しかも枝の隙間から地面に落ちてしまうような小さい物だから、回収するには眼の前の茂みに右腕を丸ごと突っ込むしかなさそうだ。

 気になるからこのまま気にせず突っ込むけども。


「よいせ…とぉ…っ!」


 俺は意を決して茂みに腕を突っ込んでいく。


「いっててて、めっちゃ枝が腕刺してくんだけど。」


 俺は茂みに突っ込んだ腕が太い枝に阻まれ、その枝を避けて手を伸ばすために腕を動かせば別の枝に腕を刺される、というのを何度か繰り返し、枝葉の中へ四苦八苦しながら腕を伸ばしていく。

 うまく見えないが、もう少しで手が届きそうだ。


「もうちっとだ、せーのっ…!」


 俺はその掛け声とともに、最後の一押しとばかりに腕を深く伸ばした。

 それと同時に、幾つかの木の枝が俺の腕に苛烈な攻撃を仕掛けてくるも、どうにか回収することに成功した!

 俺は手でしっかりとそれを掴み、離さないようにして腕を茂みから引き抜いた。


「痛って~、小枝くんマジ手加減してくれないじゃん。どっか血ぃ出たりしてないよな…?」


 俺はそう言い、手にしたものを離さず持って痛む腕をさすりながら木影の暗がりから抜け出した。


「ツルミさん、戻りました。」


「おかえりなさい。どうだった?何かあったのかしら。」


「ええ!何かは分からないッスけど、ありましたよ!」


 俺はそう言って右手に掴んだものをツルミさんに差し出す。

 それは、手のひらに収まるカードのようなものだった。

 ツルミさんはそれを見て訝しげに眉を顰めながら言う。


「何かしら、これ。何かのカードのようだけれど…。」


「確かに何なんスかね、これ。ちょっと汚れてるんで表面払って見ますね。」


 そのカードは、大部分が固まった泥や砂に覆われ、表面に何が描かれているのかを断定することが難しそうだった。

 それをみて俺は、お互いの顔からカードを離して、手で叩くようにして表面の汚れを払う。

 そうして、土煙を立たせながら現れたカードの表面には様々な線や文字と思わしき印字がなされていたが、そのほとんど全体がひどく摩耗し、描かれている内容は結局のところ分かりそうにない。

 絵のようなものも描かれているのか、幾つかの色が見られる部分があるが、それも長い間太陽や風雨に晒された結果か、少し溶けたかのように滲んでしまっていた。

 大したものではないのか、落胆しかかっていた俺の思考を遮るようにツルミさんは言う。


「これはおそらく、先史遺留物(アーティファクト)に当たるものだと思うわ。」


「えっ、そうなんスか?」


 先史遺留物(アーティファクト)って、凄そうな名前をしてるからこういうのよりもっと見るからに凄そうな道具っぽいのをイメージしていたが、案外全てがそういった重要なものばかりでは無いのかもしれない。

 とりあえず、俺よりこの手の事情に詳しいであろうツルミさんからの話に耳を傾けるとしよう。


「私は専門家では無いから、話半分で聞いていて頂戴。」


「了解ッス。」


 ツルミさんはそう前置きしてから話し始める。


先史遺留物(アーティファクト)というのは、主に現代の私達の技術では再現不可能とされている道具や器具、材質のものを言うわ。多くの学者達の主張では、神が人間に齎す神秘のかけらだったり、未知の文明の遺産だったりと、いろいろな仮説があると聞いているわ。」


 事実は未だ影も形も掴めそうに無いけれど、と肩を竦めて両手を軽く上げながらそう付け足しつつツルミさんは話を続けていく。


「話を戻すわ。最近では昔よりも解明が進んできたとはいえ、未だ特殊な機構だったり材質だったりと謎が多いものとされているわ。だけれど、今解明されている範囲だけでもその恩恵は絶大なものよ。詳しくは知らないけれど、私達の持つ冒険者のライセンスカードだって先史遺留物(アーティファクト)の技術が応用されているらしいわよ。」


「ほえー、結構壮大なレベルの話なんスねぇ。まさか冒険者のカードにも技術が応用されてたとは。」


 カードに技術が使われている…と聞けばなんとなく現実世界のように何かのICチップみたいなのが入ってるヤツみたいなのを想像するが、この世界でも似たような技術があるのだろうか。

 もしそうだと仮定すれば、まるで現実の世界のような技術だ、と俺はなんとなく思った。

 案外、こっちの世界では昔からありふれた技術だったりするのかもしれない。


「だから多分、貴方の拾ったそれも何かに使い道があるかもしれないわね。少なくとも今の、使い道の分からない小物、というままでは売値も期待できないだろうから。」


「そうッスか…それはちょっと残念ッス。」


 ツルミさんのその見立てを聞く限りは、これが実は貴重なものであるという期待もできなさそうだ。

 ちぇー、せっかく見つけたってのに、苦労に見合わねーもんだ。

 とはいえ今は依頼の真っ最中だから、こうやって落ち込んでばかりもいられない。売値に期待ができなくても、初めて手に入れた先史遺留物(アーティファクト)だ、記念として取っておくくらいはしても問題ないだろう。

 ロマンのある発見は値段のつけられないプライスレスな経験となるだろう。

 それに、簡単な依頼の行きがけに駄賃を得られたってだけでも儲けものなはずだ。

 よーし、この調子で気分も上げていこう。

 いぇいいぇいふーふー、ぱりぴぱりぴー。いつもの。


「ま、気を取り直して先に進みましょー。もうちっとで折り返しですし、このままサクッと済ませる感じで!」


「えぇ、気を取り直すのには同意するわ。進みましょうか。」


 つまり、サクッと済ませるという慢心には同意できない、と。

 堅実かつ確実で理に適った考えだと思います。

 そんなことを考えながら俺はポーチの中に謎のカードをしまい、ツルミさんに続く形で改めて道を進み始める。

 たしか哨戒依頼の達成を証明する方法は、依頼の終了地点に分かりやすい目印があるから、それを依頼を受けたときに渡された新しいものに取り替えて、回収した古い目印を提出することだったか。そうしないと、嘘をつかれていても気付けないからとか、結果の確認する時のために最低限の手順を用意する必要があるからとか言ってたはずだ。

 ここらには木が多いから、終了地点の木に巻き付けてある布を新しいものに変えるって方法だったな。

 この感じなら、もしかしたら敵と遭遇すること無く依頼を終えられるかもしれない。だったら、この調子で問題なく最後まで済んでほしいな、と思いながら俺達は更に数分ほど森の道を進んでいた。


「おっ、この先なんかちょっと開けてますね。」


 俺は今進んでいる道の少し先に木々の無い開けた場所があることに気付いた。

 そこが一体何のための空間なのか気になった俺は、早足で歩いてツルミさんを追い抜きその開けた場所に足を踏み入れる。

 だが、そこには異様な光景が広がっていた。


「うおっ、マジか…。」


 そこには、人間よりも小柄な体躯の魔物のものであると思われる体が1、2体分転がっていたのだ。

 その体は無惨にも食い荒らされたかのように胴体の肉のほとんどが喪失しており、肋骨までがしっかりと外部に露出してしまっていた。

 また、周囲にはその魔物の体の一部であったと思われる、肉の欠けた手足が散乱しており、臓腑の欠片もまた周囲に血の跡を散らしたまま不気味に佇んでいる。

 その悍ましい光景と、鉄のような生臭いような不快な匂いが、ここであったであろう凄惨な光景に嫌な想像を膨らませてくる。


『ひっ…!?』


 普段はみんな静かにしているが、今回ばかりはエテュミアさんが恐怖に上擦ったような声を漏らす。

 それは無理もないことだ。俺だって少しビビったくらいだし、エテュミアさんなら俺以上に恐怖を感じるのも分からないことではない。

 おそらく、エテュミアさんを含めた全員が固唾を飲んでこの状況を見守っていることだろう。


「どうかした!?この先になにか…っ!」


 俺に少し遅れて、小走りでこの場に追いついたツルミさんもこの光景に思わず息を飲んでいる。

 俺はそれを分かった上で冷静に、ツルミさんに声を掛ける。


「ここで、何かがあったみたいです。俺が先に調べに行くので、ツルミさんは周囲の警戒を。」


 俺のその言葉を聞いてツルミさんは深く息を吐き、表情を整え直して返事をする。


「分かったわ、気をつけて。」


「ありがとうございます、ツルミさん。」


 俺はツルミさんの返事を聞き、感謝の言葉を伝えてから広場に足を進めていく。

 周囲に何が潜んでいるのか分からない。念の為上体を低く屈め、足音を最大限殺し、周囲を観察しながら広場に散乱する死体の一部へ近づいていった。

 今、耳に届く音は風に木々がざわめく音ばかりで、話をしているときには気にもならなかったような音がこの場ではあまりに大きく聞こえてくる。

 その音は、周囲の異常にも耳をそばだてて警戒している俺の精神を擦り減らす邪悪な囁き声にも感じられた。

 そうして近づいて魔物の死体を観察する。


(まわりの血っぽいのはまだ乾いていない…魔物だから参考になるのか分からないが、そんなに腐敗臭もしない…。)


 俺はゴブリンの死体を軽く足で揺らすと、ぴちゃ、ぴちゃりと水音が聞こえることを確認する。

 それから、地面に転がった体の一部の比較的きれいな部分に手を添え、軽く関節を動かそうとする。


(そこまで固くない…死後硬直もそこまで進んでいないみたいだな…。つまりコイツらは、死んでからそんなに時間が経っていないと見るべきか。)


 俺の一番近くの残骸を調べ終えた俺は、今度は別の方向へ視線を向ける。

 他になにか情報を集められるものがないかと顔を動かすと、今度は地面に転がった生首に目が止まった。

 正直なところそんなに直視したくはないのだが、今は我慢だ。一応、触れないくらいで我慢しよう。

 そう思いながら、今度は頭の方へ注意を向ける。

 その表情は苦悶に歪み、今にも動き出すかのような鬼気迫るもので…って、やだやだ。だから見たくないっていうのに。

 思わず顔面から視線をずらしたその時、首に、正確には首の断面に目が止まった。断面っていうのもまあまあグロい…のはさておかせて頂いて。

 その首はうなじの方の肉が大きく欠けており、見てみる限りは背後からの不意打ちで一撃で仕留められたようにも見える。

 歯型から見る限りは、何かしらの獣のものであると考えられた。

 そして、この広場から離れるような軌道で血みどろの小さな足跡と、四足で歩く獣のものと思しき、これまた血塗れの足跡とがそれぞれ二種類、別の方向へ続いていた。

 これまでの情報をまとめれば、こいつらを攻撃したのは無惨な死体の様子から、よほど獰猛な獣か飢えた獣であると考えられる。

 おそらく、ここらに居たゴブリンを襲った獣は背後からの不意打ちで何体かのゴブリンを素早く仕留め、小さな足跡から一体ゴブリンを逃してしまった、といったところか。

 獣の足跡はそう多くないことから、複数いたであろうゴブリンを仕留めた獣はたった一体で複数のゴブリンに襲いかかったということが分かる。

 ゴブリンを一体取り逃がしているのは、偶然か打算あってのことかまでは分からないが、普通ならリスクを考えた上で数で劣る相手に積極的に向かっていくとは考えにくい。

 それでも攻撃したのは、余程の自信あってのことか、そうしなければならないほどに余裕がなかったのか…。

 そこまで考えついた俺は脳裏に一つの懸念が過った。

 あくまで可能性、されど可能性。

 今この状況だけでその仮定に結論付けるのは早計かもしれないが、それでも一度抱いた不安は霧のように俺の思考に纏わりつく。

 今、俺の意識では『手負いの獣は厄介』だ、と俺の友人が冗談混じりに言い放った言葉がありありと思い出されていた。

 そうでないと断定することはできなくもないが、可能性がないとも…。


「エルク…!数は分からないけれど、何かが近づいてくるわ…!」


「っ!?」


 現状の考察に集中力を奪われていた俺の意識の中心に、突如ツルミさんの緊迫感を纏った声が響く。

 俺の耳が声を聞いてから、頭が言葉の意味を理解するまでには一瞬の時間の開きがあったが、俺はツルミさんの言葉を認識してから、咄嗟に背負っていたワイルの柄に手を掛けた。

 ツルミさんの言葉を聞いて音に注意してみると、確かに何かが忙しなく移動するような足踏みの音が、複数聞こえてくる。

 そうしている間に、ツルミさんは俺の隣まで走ってきて居合の構えで刀を持ち、音のする方へ鋭く細めた視線を向けた。


「ゲゲゲ…。」


「ギャオゥ…。」


「ゲェーッ!」


 俺達がそれぞれ自分の身に迫る危機に冷や汗を流しながら、警戒していた広場の外れから、一体、また一体と、簡素な布切れを服のように身にまとい、棍棒や刃の欠けたナイフなどの粗末な武器を持ったゴブリンが姿を表した。

 口々に鳴き声とも同種間のコミュニケーションとも取れるような喉から発されるその声が、獲物を見つけた喜びを示すものなのか、獲物をどう仕留めてやろうかという嗜虐心を表したものなのか、同胞を殺された怒りによるものなのかも、一切わからないままただこちらの不安感をいやに煽ってくる。

 そうして形作られる異常な状況に思わず俺は口をついて文句を吐き出した。


「おいおい、俺等二人相手にコレは流石に多すぎるでしょう…!」


「これは流石に、万事休すかしら…?」


 不快な声のボルテージが次第に高まっていくにつれて、茂みからは次々と新たなゴブリンが現れ続ける。

 そうして現れたゴブリンの数の合計は、およそ十体ほどだった。


「ハハッ、哨戒依頼って毎回こんな感じなんスかー…?」


「そんな訳ないじゃない!」


 俺達の想像以上の数で現れたゴブリンは、俺達とつかず離れずの距離を保ちながら取り囲むように陣形を変形させていく。

 ツルミさんはその様子を見ながら、不安そうに言う。


「どうするの…?ここは一度退くのも…。」


「くっ…。」


 こちらにそう問うツルミさんと同じように、俺も不安感を拭えないまま何も言葉を紡げないままでいる俺の意識の中に、俺に代わって返事をするかのように声が響く。


『いーや、逃げるのもリスクがあるよー?こんなに大きな群れだから、仮にこの場で逃げても他で別働隊や伏兵がいないとも限らないしさ。広場になってるここじゃないと大変かもよー。』


 確かにそれはアルサス君の言う通りだ。安全に逃げられる保証が無い今に限ってはこの広場に居る方が戦いやすいだろう。

 とりあえずツルミさんの返事にはアルサス君の言葉をそのまま使わせてもらおう。


「いえ、他のとこに伏兵が居ないとも限りません。ここでしばらく居座る方が、戦って負ける以外の万一の事態を防げるッス。」


「はぁ…確かにそれも一理あるわ。ここまで不利な状況で、戦うのも逃げるのもままならないというのも歯痒いわ…。」


 ツルミさんはため息を吐きながらそう言って、刀を持つ手に力を込め直す。

 今下手に動けば、その瞬間即座に戦闘が始まる可能性がある以上、数で劣る俺達はまともな抵抗すらできずにやられる可能性も十分にあり、迂闊な真似はできない。

 俺達がそんな危機的な状況にあることを知った上でか、周囲からは蔑むような不気味な笑いが響いていた。

 そんな中でも俺達は戦闘態勢を維持しながらゆっくりと、互いに背を合わせあうような位置を取る。

 そうしながら俺はこの極めて不利な状況の中であることを意識しつつ、努めて平静を保ちながらツルミさんにだけ聞こえるような小声で言った。


「作戦ッス。こっちが攻撃のチャンスを作ります。タイミングになったら合図を出しますんで、俺を信じてそれまで待ってください。」


「分かったわ、お願いね…。」


 ツルミさんは隠しきれない心中の不安を態度の端から漏らしながらも、俺にそう返事をした。

 その会話を最後に、俺は背負っていたワイルを抜刀して構え、ツルミさんは低く腰を落として本格的な戦闘態勢に移行した。

 そして数秒間ほど、静寂とともにゴブリン達と俺達は見合った後。


「ガァーッ!」


 ゴブリンの内の一体が合図のように声を出しながらこちらに向かって石を投げてくると、それに従うように周囲のゴブリン達も次々に石を投げ始める。

 俺達がそれぞれ剣と刀を持っていることから、こちらが主に近接戦闘を主体にしていると判断したのか、こちらに近づかずに戦うことにしたらしい。

 賢い判断だ。ただしそれは、俺達が本当に近接戦闘しかできないならだが。


「テルミさん!」


 そう言うと同時に俺の目線は少し高くなり、手に持ったワイルは輪郭が波打つように外形が掴めなくなり、次第に杖のような形に変形していく。

 そうして僕はエルク君と交代してすぐにワイルを握り直し、体に漲る魔力を操作し魔法を行使する。

 久しぶりの戦いだし、失敗しないように気をつけないと…。

 前にルーサー君から教わった通りに、自分の体内にある魔力を土系統のものに変化させ、複数枚の障壁を僕達の周りを囲むように並べて生成する。


「よし、うまく決まったみたいだね…!」


 僕が発動した魔法によって、ゴブリン達から投げつけられた石は全て障壁に阻まれ、地面に落ちていく。

 それを見たゴブリンたちは、僕の姿の変化か、魔法を恐れてかは分からないが驚きの声を上げた。

 ルーサー君曰く、土属性魔力で形成されたこの障壁には岩以上の強度があるらしい。だから、防御という面で見ればこの魔法は十分に盤石たる守りを得られるが、デメリットとしてこちらもこの障壁を通り抜けることはできない。

 よって今、僕達は障壁で囲まれているため、このままではこちらが攻撃に転じることもできないのだ。

 だが、ルーサー君はその一長一短ある障壁魔法や、支援、回復などの魔法を僕ならうまく活かせると見込んで戦い方を教えてくれた。

 そこから得られた経験はきっと無駄ではない。


「グ…。」


 そうしてゴブリン達は驚きながらも二、三度石を投げ続けていたものの、投石ではこちらの障壁を破れないと理解したのか、少しずつ石を投げる手を止めていく。

 ここからはどうなるだろうか。正直なところ、このまま根気強く遠距離攻撃を続けられていたら、こちらが先に持久力切れを起こしてしまうだろう。

 だけどおそらく、このゴブリン達はエルク君が観察していた通り、この場で死んでいたゴブリンの内の逃げのびた一匹から状況を聞いてやってきたに違いない。

 だから彼らは今、気が立っており外敵というものに対して普段より強い敵意を抱いていることだろう。

 そんな今の状況なら、一刻も早く僕達を排除したいだろうから、投石で突破できないこの障壁を破るために別の方法で攻撃しようとする、という考えに至るはずだ。

 僕のそんな考えを肯定するかのように、ゴブリンの内の一匹が声を上げる。


「ギァーッ!」


 周囲のゴブリン達はその声に従うように、各々が武器を手に握って大きく振りかぶりながらこちらに襲いかかってくる。

 よかった、僕の予想通りに動いてくれたね。


「ツルミさん!今がチャンスだよっ!」


____________________________________________________


 私は今、呼吸を深くしている。

 周囲を魔物に囲まれ、いつ戦いの火蓋が切られてどこから攻撃が飛んでくるか分からない、そんな状況にあるが故の不安と恐怖、そして緊張感の中で心拍数は大きく増し、単に平常心を保つように努めようという未熟な私の心構えだけでは、刀の鞘を持つ左手と柄を握る右手が震え始めてしまいそうだったから。

 これほどの数の魔物に遭遇したことなど一度もなかった私にとっては、この状況は人生で最大の窮地なのだ。

 息を深く吸い、ゆっくりと吐き出す。たったそれだけのこと、されどそれほどのこと。

 そのゆったりとした息遣いに、体はほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。

 つい先程、エルクから自分がチャンスを作るからそれまで待て、と言われた。

 不甲斐ないことだけれど、私は彼のその言葉に、とても安心感を感じてしまった。

 きっと私一人だったら、彼のように冷静な判断はできなかっただろうし、おそらくもうこの場から逃げ出してしまっていたことだろう。

 そのこと抜きにしても、危機を脱したとは言い難いのに、彼が居ればなんとかなると思えてしまうのだ。

 そこまで考えた頃には、私は気がつけば平常心を取り戻していた。

 私がそのことに気付いた時、周囲のゴブリンが手に石を持ってこちらに投げつけてくるのが見えた。

 それをみて私は思わず居合に構えた刀を抜いてしまいそうになるが、実際にそうなるよりも早く私の背中を預けたエルクの声が聞こえてくる。


「テルミさん!」


 彼がそう言ってから、私の背後から感じる気配が変化した。どうやら彼は、さっき言った通りにテルミさんと交代したらしい。

 私がそう理解すると同時に、周囲に半透明な障壁が生成される。

 テルミさんの生成した障壁は私達を囲み、ゴブリン達からの投石から身を守った。


「よし、うまく決まったみたいだね…!」


 エルクと交代し、障壁を生成したテルミさんは安心したように息を漏らしながらそう言った。

 改めて思う。内に在る別人格との交代に伴って姿と力が変化する、という彼の能力は異常だ。

 多くの場合、人が極められる道というのは大抵一つか二つが関の山だが、彼だけはそれが別人格の数だけ倍増しているのだ。

 その結果彼は、多くの人々が必要とする、自分の専門分野外の経験を持つ他人からのフォローというものを必要とせず、戦闘における殆ど全ての役割が実質一人で完結できてしまうのだ。

 彼の持つ力の詳細を知って、実際の戦いぶりを見てみて、敵にしたくない相手だと実感した。これなら、マスターが彼の能力を気にかけるのも無理ないだろう。

 彼の真価に一目で気がついたマスターの観察眼に心の中で感嘆していると、投石を防がれたゴブリン達は痺れを切らしたのか武器を持って一斉に飛びかかって来るのが見えた。


「ツルミさん!今がチャンスだよっ!」


 テルミさんがそう言うと、周囲の障壁がそれぞれ私達から離れるように外側へ勢い良く動き、飛びかかるゴブリン達を弾き飛ばし、包囲を崩してから静かに霧散した。

 なるほど、こうして周囲のゴブリン達の隊列を破壊し、かつ隙を作ってから各個撃破を狙う、という訳ね。

 私はテルミさんの合図に従って、一転攻勢だとばかりに足を踏み出し、弾き飛ばされたゴブリンの内の一体目掛けて走り出す。

 テルミさんは私のその行動に合わせて声を上げる。


速度強化(モア・スピード)攻撃強化(モア・パワー)!」


 彼は障壁魔法を解除すると同時に私達に強化魔法を発動したのか、その言葉を聞いた後、地を蹴る足に、刀を持つ手に更なる力が加わる。

 本当に、求めているときに求めている支援を的確に与えてくれるわね。

 私はそう思いながらゴブリンのもとへ駆け、群れの内の一体を抜き放った居合の横薙ぎで一刀のもとに斬り伏せた。


____________________________________________________


 ツルミさんと僕自身に強化魔法を発動すると同時に、ツルミさんは僕の合図に従って弾き飛ばされたゴブリン達に攻勢をかける。

 何もしないで巻き返されるのも大変だし、こっちも出遅れないようにしないと!


(鳴宮…じゃなくてトールさん!頼んだよ!)


 僕が心の中でそう明確に言葉を意識すると同時に、僕の姿は変化し、ワイルも今度は拳銃のような形に変化していく。


「はいはい、お疲れぇ。」


 僕は丸山オジさんと交代してから、間髪入れずにゴブリンの急所を狙って発砲した。

 僕の手の内にある銃からはダンダンと銃弾二発分の発砲音が響く。

 そうして放たれた銃弾は僕の正面側に弾き飛ばされ、未だ態勢を整えられていなかったゴブリン二体の眉間を的確に撃ち抜いた。

 そうすると同時に、僕は銃を持っていない方の手に土属性魔力で簡易的な刃物を作り、その上に闇属性魔力を付与したものを投げ放つ。

 僕の持つ魔力の適性は主に闇属性、次点に並んで風、土、癒属性だ。

 風属性には、物を動かす運動エネルギーとしての性質を持つらしく、その魔力を人に付与すれば運動能力の強化になり、土属性には何かしらの物体を生成、操作する性質がある。そして闇属性は負のエネルギーとでも言うべきか。

 闇属性魔力は謂わば負の数であり、自分以外の魔力などを正の数とした時、闇属性魔力は自身以外の魔力を引き寄せ、もしくは自らが近寄って、足し算をしようとする。

 別な言い方をするなら、闇は引力を持った空の容器であり、自身の内部を何かで満たそうと引き寄せる力を持つのだ。ではもし、その何かというのは使う側がある程度融通を利かせられる関係上、もしそれが生命力や魔力などとなればどうなるか。

 そういった原理を持つ闇属性魔力だからこそ、ルーサーは『相手が格下なら戦いが始まってすぐに敵を無力化することもできる。他に簡単に思い浮かぶものでは、相手の生命力や魔力を奪うことも可能だ。』という説明をしたのだ。

 つまり、今回の場合は。


「ギィ…ッ!?アァ…。」


「ギャッ!?オォ…。」


 いつの間にか体勢を整えて僕の背後から不意打ちを狙って飛びかかって来ていた、二体のゴブリンの体内の魔力に引き寄せられ、空中で軌道を変化させてゴブリンの横腹や背、腕や足などに深々と突き刺さっていた。

 ゴブリンは自らの身体を傷つけた刃物の痛みに驚いたような声を上げた後に、闇魔力に魔力を奪われたことに気がついたのか、力が抜けたように弱々しく声をこぼした。

 ルーサー曰く、この世界の魔物の体は魔力の存在によって維持されている側面が大きいらしく、人間よりも生命維持に関わる魔力の重要性が大きいらしい。

 そんな魔物からすれば、魔力を奪われるというのはなかなか効くわけだよね。

 それにこっちは銃と違って、そんなに狙いをつけなくて良いのが楽だよね。

 僕は背後からゴブリンの悲鳴と、何かがドサリと地面に落ちたような音を聞いた後にそちらへ振り返って言った。


「何?もしかして僕がお疲れって言ったの、自分に対してじゃないとか思っちゃった?ざぁんねん。これが現実なんだよ、バァーカ。って、言っても分かんないかぁ。」


 一方は力なくその場に項垂れながらこちらに憎々しげな視線を向け、もう一方は地面を這いずるようにして僕から逃げようとする二体のゴブリンの脳天に僕は悠々と銃弾を撃ち込んだ。


(さぁて。十分仕事したし、残りはエルクに任せるとするかね。)


 僕はそう思いながら、ツルミさんとゴブリンの位置を確認しようと後ろを振り返りながら、周囲を見回そうとすると、今回もまたこちらに飛びかかってくるゴブリンが見えた。

 全く、他の方法を考える能もないのか?

 僕は内心溜め息を吐くような気持ちでそう思う。

 あーあー随分と、僕らもナメられたもんだ。

 僕はそう思いながら、軽やかにバックステップでゴブリンの攻撃が当たらない位置まで移動してから、エルクと交代する。

 そうして鳴宮さん、もといトールさんと交代した俺は、瞬間的に『気』を体に漲らせ、不意打ちしてきたゴブリンに反撃する。

 正直、トールさんの攻撃は殆ど銃撃だったから、剣でこういうゴブリンの相手をするのはどれほど手こずるのかはまだ分からない。

 そう思いながら俺は油断せず接近し、手に持ったワイルをゴブリン目掛けて力いっぱい振り抜く。


「ハアァッ!」


 そうして振り抜いたワイルはすんなりとゴブリンの首を刎ねる。

 意外にもワイルを振り抜いたときにその手から感じた感触はさほど重くはなかった。

 『気』の精度や出力が上がったのか、とも思ったが今そのことについて詳しく考える時間はない。

 そう思った俺は、今度は視線を動かしてツルミさんを探し、彼女のもとへ救援に向かう。今ツルミさんの前方には二体のゴブリンが残ってこそいるが、周囲を見れば三体のゴブリンの亡骸が残っていた。

 おそらくこのままでも彼女が負けることはないと思うが、ここで放っておくなんてろくでなしみたいなことをするわけにはいかない。


「ツルミさん、大丈夫ですか!」


「ええ、そっちは?」


「こっちは粗方片付きました、後はこいつらだけッス!」


「流石ね、このまま決めましょう!」


 俺が合流したことでこちらは対するゴブリン二匹と数が並んだ。

 こちらの、数の不利をものともしない戦いぶりに恐れをなしたのか、ゴブリン達は及び腰にこちらを見つめるばかりで、それをチャンスと見た俺達は二人で一気に攻め込み、手近な方のゴブリンを同時に斬撃を叩き込む。


「ふっ!」


「ハァッ!」


 俺とツルミさんの息のあったその一撃はそれぞれ胴体を深く切り裂き、二体のゴブリンの内一体の命を確実に奪い取る。


「ギ、ギエェ…。」


 味方の死に際を見届けてしまった最後の一体のゴブリンは、弱々しく声を漏らし腰を抜かしたように尻もちをつきながら、俺達から少しでも距離を取ろうともがくように後退する。

 俺はそれを見て、思わず追撃せんとする手を止めてしまう。

 俺のそんな様子を見て、ツルミさんは訝しむようにこちらに言う。


「・・・?どうしたの、エルク。早くとどめを刺さないと…。」


 ツルミさんはそう言うが、それでも俺は躊躇ってしまう。

 さっきまでは命の危機にあり、俺達には手段を選んでいる余裕はなかったが、今はこのゴブリンの多くの同胞を屠り、今俺が剣を振り下ろせば倒す事のできるこのゴブリンが最後の一体にまでなった。

 自分が命の危機から脱したから、さっきまで命を奪っていた相手の最後の一体だけ見逃す、というのは中途半端な善意や、強者故の驕りなのだろうか。

 ツルミさん達からすれば魔物を殺すのは当然のことなのかもしれないが、一度意識してしまった、俺の掌に乗ったあまりにもリアルな命がとても重く感じられた。

 俺が迷っていると、俺の内からも声が響く。


『なぁに悩んでんの?もしかして、今更命の大切さとか考えてたり?君ってば、甘いねぇ。おまけにずぅいぶん青い。』


(そ、そういう訳じゃ…。)


 俺は鳴宮さんに図星を突かれ、言葉に詰まってしまう。

 そんな俺を庇うかのように、他のみんなも俺に言葉をかける。


『エルク君、僕は君の考えを尊重するよ。救える命は人間のものでなくとも救うべきなのかもしれないから。』


『僕は迷わず駆除することをおすすめするよ。ここで見逃したら、生き延びたこの魔物が誰かを殺すかもしれないし、そもそもこっちの意図を理解できるかどうかも分からないからさー。』


『わ、私は…分かりません…。』


 優しく俺に言葉をかけてくるテルミオジさんと、いつものように抑揚の薄い声でそういうアルサス君と、困惑しているエテュミアさんは、それぞれ思うところがあるようだ。

 俺達の間にどこか緊迫した空気が流れ、俺は何も言うことができないまま剣を持つ手に力ばかりがこもる。

 今は悩んでいる場合ではないのかもしれない。

 俺は一度そう見切りをつけて剣を振り上げようとすると、突如俺の耳にツルミさんの声が響く。


「エルク!後ろッ!!」


「ッ!?」


 ツルミさんの激しく動揺したような声に、俺はワイルを握り直しながら背後を振り返りつつその場を飛び退く。

 すると、先程俺が立っていた場所あたりを何か黒い影が通り過ぎたのを視界の端で捉えた。

 そうして通り過ぎた影の移動先へ俺は視線を向けると、そこには。


「ア…ガ。」


 体高だけで大人に迫るほどの巨躯で鬼気迫るような異様な雰囲気を纏う狼が、尻もちをついていたゴブリンの首の肉を噛みちぎり、体の肉に一心不乱に噛みつく狼が居た。

 狼が身動ぎし、頭を動かして肉を一口、また一口と貪るたびに周囲にはぐちゃぐちゃと肉が引き裂かれ、血が滴る水音が静まり返った周囲に響く。

 あまりに突然現れた乱入者に、俺達は呆気にとられながらその様子を見守ることしかできなかった。

 そうして二口三口程ゴブリンの肉を口にした狼は、一段落だと言わんばかりに顔を上げ、鋭い目でこちらを見据える。

 この感じは間違いない、ヤツだ。

 向こうの意図までは断定できそうにないが、これから起こることはなんとなく予想がつく。


「ったく、最悪なタイミングでのリベンジマッチだな。」

書き溜め分が全てなくなりました。今後の五十音先生の苦心作に乞うご期待!

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