十八話 目的、理由、言い訳
「おはよう。」
宿屋のベッドで目を覚ました俺は、天井を見上げたまま誰に向けてでもなく、布団の中でそう言い放った。
『んはよー。』
俺の朝の挨拶にはアルサス君が応えてくれた。
お互いそうやって軽く挨拶を交わした程度で、それ以外に会話が続くことはなく、そのまま俺は少し眠気の残る目を擦りながらベッドから起き上がり、ゆっくりと朝の支度を始めるのであった。
こっちの世界では日の入りの少し後、然程時間を待たずに寝るっていう感じの生活習慣だから、目覚ましがなくても大体日の出くらいには起きられる。今は大丈夫でも、夏至近くになったらどうなるかは分からないけど。
この街には一日に二回ほど時間を知らせる鐘が鳴るが、少なくともこの宿にはそれらが分かるようなものは無いから、時計は一般に普及しているものではないらしい。
こうやって、朝起きてからも時間に縛られずにいられるって言うのには、普段とはまた違ってなかなか悪く無い特別感を感じていた。
・・・俺は普段現実の方で生活する時、たまに思うことがある。時間に厳密な、時計というものが作られてからは、人間は時間の奴隷のような存在に成り下がってしまったのではないか、人々が自身の生活をより便利にするために見出したであろう時間という概念は、人の制御の外にあり、常に移り変わりゆく『今』の変遷を可視化しているだけに過ぎず、人々はその殆ど全てが積極的にその流れに乗ろうと躍起になっているだけなのではないのか、と。
おそらく、俺のこの考えは論理的に考えれば間違っているのだろうが、残念ながら俺はこの考えを否定できるだけの論理性をまだ持てていない。持てる時が来るのかどうかは知らないけど。
まあええわ、こんなん考えとったってなんにもならへん。
とりあえず今日は、昨日試験を終えたばかりの、ギルド関連の諸々の話を聞いておきたいところだ。今の俺では知ってることが少なすぎる。
「さーて、メシメシー。」
俺は寝巻きを脱いで、ルーサーから渡された冒険用の衣装に袖を通す。この服は普段着れる方と着替え用の二着が用意されており、今着てる方じゃない方は宿屋のサービスで洗濯してもらっている。
ゲームの挿絵とかで見る、宿屋の人が洗濯物を干してる場面って俺たちみたいな客の衣類を洗濯してくれてたんだなって、自分で体験して初めて分かった気がする。本当に、ハンナさんには頭が上がらない。
そう思いながら、俺はこっちの世界の昨日と同じように、自室を出て食堂に向かう。
宿屋の食堂の中に入ると、昨日よりも少し落ち着いてはいるが、それでもどこか囂しさと穏やかさを失わない喧騒に包まれた。
そのまま昨日と同じように自分の食事の盆を取って、周囲を見回す。あの人が既にここに来てるのなら、相席して話でもしようかと思ったんだが。
その時、そう思う俺の思考を読み取ったかのように俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。
「こっち、ここよ。」
俺はその声がした方に顔を向け、姿を確認する。
「お、そこッスね。」
その声の主は、予想していた通りツルミさんだった。
彼女の座っている席は、昨日と同じ二人掛けの椅子で、彼女も既に自身の分の食事は確保しているようだが、当の食事にはまだ手をつけていないらしい。
ってことは、待たせちったのかも。軽く謝っとこ。
「すいません、待たせたッス。」
「いいえ、私も丁度今来たところよ。」
俺はツルミさんとありきたりな社交辞令を交えた簡単な会話を交わして間を埋めつつ、席に着いた。
「そんじゃ、これ以上時間かけさせてもアレだし、さっさと頂きましょー。」
「ええ、そうね。それじゃあ。」
「「頂きます。」」
俺達は二人揃って手を合わせた後、それぞれ食事を口に運び始めた。
口に運んだ食べ物を咀嚼し、飲み込む。うん、うまい。
食事は毎日していることだが、これを疎かにしていてはちゃんと動くことができなくなってしまう。それはこちらの世界では特に死活問題だ。
それに調理された食べ物が用意されているのは当たり前のことではない。
パンも、野菜も、肉も、全て誰かが時間を使って作り上げたもの、それに対する感謝は忘れないようにしたいね。実際、そういう部分のちゃんとした土台があるから俺はこうやってこっちの世界に遊びに行ける余裕が出来る訳だし。
あ、そうだ。
「そういえば、今日はこの後どうします?とりあえず、ギルドの方にライセンスの合否確認のために顔出して…その後ッスね。」
「そうね…貴方の試験の合否についてだけど、そこは多分心配いらないんじゃないかしら。」
ツルミさんは、俺の問いに少し考えるような素振りを見せてからそう言った。
「え、そうなの。」
俺は結果がちっと不安だったんだが。だって魔力の適性が、悪い意味で測定不能だったんだから。この手のパターンでマイナスな意味の測定不能ってなんだし?と正直思った。大体こういうのって魔力が強すぎて、とかだろ。
無いなら無いってはっきり言ってくれる方が俺的にはまだ心構えができてたのに、測定不能って言って変に希望を見せてくるようなマネをするのはやめてほしいと思ったものだ。
それはそうとして、その後のバトラカスさんとの模擬戦闘兼実技試験ではそれなりに善戦できたはずだし、確かにツルミさんの言う通りかもしれない。ツルミさんの発言を勝手に安心材料にさせてもらうとしよう。
「そうなのって…昨日マスターと一対一で話をしたんでしょう?マスターが貴方を不合格にするつもりなら、わざわざそんなことをする必要は無いと思うのだけど。」
「・・・確かに。言われてみりゃその通りッスね。」
ツルミさんに言われるまでは考えもしなかったけども、言われてみれば実際その通りだと俺も納得した。
俺が不合格になるなら、俺はギルドとは無関係な人間になる訳だから、マスターであるバトラカスさんの方から俺に何かを話す必要なんて無いはずだ。
裏を返せばバトラカスさんの方から俺に、ギルドマスターとして話題を持ち掛けてきた以上、それは俺がギルドと無関係な人間では無い、つまり試験には合格しているのだ、と解釈できないこともない。
いやー、言われるまで全然分かんなかったね。
あっははー…バカとか言うなし。
自分で自分に恥ずかしく感じて、脂汗を流しながら目線を逸らして目を瞬かせながら答える俺を見て、ツルミさんは溜め息を吐きながら呟く。
「はぁ…一応覚悟はしていたけれど、前途は多難そうね…。」
「ご苦労をおかけします…。」
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「それではこちらが、お二人のギルドカードになります。原因を問わず紛失なさった場合は再発行にお時間と料金を頂く場合がありますのでお気をつけください。」
「ありがとうございまーす!」
「ええ、ありがとう。」
俺とツルミさんはギルドの職員から差し出されたギルドカードを受け取る。
俺達は朝食を食べ終えた後、ギルドへ向かって試験の合否をチェックし、俺達二人共が合格していることを確認してから、職員にギルドのルールや依頼の種類など諸々の説明を受けていた。
たった今、説明を一通り聞き終わり、個人的に分かってないことの質疑応答も終え、最後にギルドカードを受け取ったのだ。
「さてさてさーて。これからどーします?ツルミさん。」
俺はツルミさんにそう尋ね、意見を求める。
が、俺は真面目に今後のことを考えていたわけではなかった。
正直、今この場で行動を共にしている人がもう一人居るわけだから、そっちに意見を求める方が目的の無い今からの予定を決めるのならば、こちらが意見を考えずに済んで都合が良いと思ったのだ。
俺のその言葉を聞いたツルミさんは、頬に手を当てて考えるような素振りを示しながらこう返してきた。
「私としては、これから貴方と行動を共にする以上、貴方の普段の動きを知っておきたいわ。何か手頃な依頼を探すのはどう?」
あ、そっか。そういやこの前、ツルミさんとパーティ関係の話とかしてたんだったな。
いやでも、まだ確定ってまでは話が進んでなかった気もするな?
やっぱちょっと自信ないから、一応確認しとくか!
「了解!それじゃ、こういう感じでしばらくは一緒にパーティを組んで仕事をするって感じで良いッスね?」
俺がそう確認すると、ツルミさんは頷きながら返事をする。
「えぇ、私はそのつもりよ。それなら早速都合の合う依頼を探しましょう。ここの辺りで割が良さそうなもので言えば、先史遺留物採取だけれど…。」
ほう、オーパーツとな?
一部のゲームとかアニメとかでもそう呼ばれたりするアイテム群があったりするイメージもある。
そしてそういうのは大体レアもんだったりするから、俺としてはオーパーツはどういうものなのかという好奇心を禁じ得ない。
具体的にどういうものかはモノをまだ見たことが無いからなんとも言えないが、急ぐようなことでもないし、今はそっちは主題でもないから後回しでいいだろう。
「ま、そっちは運が良ければって感じで。今回は気楽な…と言うと違う気もするッスけど、ちょっとした討伐依頼とかがあれば良い気がするッス。」
「それなら、哨戒依頼が丁度良さそうじゃないかしら?殆どの場合、何かしらの魔物との遭遇があると説明があったでしょう?」
あー、それさっきギルドの人から聞いたヤツ!
確か、特定のルートを巡回してゴブリンとかの魔物が居たりしないか確認して、居たら駆除するって感じの常設の依頼だった気がする。
・・・なんかこういう系で質問せずに済んだのってなかなか珍しいですナ。ハッピー。
俺は流石にこの思考を口に出すことはせず、ツルミさんに返事をした。
「良いッスね。それじゃ今日はそれで行きましょう!」
「分かったわ、それなら私達で依頼を受けましょう。それと依頼の名義はやっぱり貴方かしら?」
そういえば、パーティで依頼を受けた時の例に関してもギルドから説明を受けていたな。
報酬の配当とか、依頼の遂行中に手に入れた物の分配とかはパーティ内で決められるらしいが、依頼を受ける時には代表者一人の名義で受注することになるらしい。
つまり、今ツルミさんが言っている依頼の名義人、つまりパーティの代表者に俺がなるというのなら、俺が受注の手続きをしなければ…ウン、任せようかな。
一人の時なら俺がやるけど、他の人がやってくれそうならやってもらおうか。
よし、今回はツルミさんに代表を頼もう。
「いや、今回はそっちでお願いします。」
「分かったわ、この間に食料と水を買っておいて貰っても良いかしら。」
「了解ッス!任せてください!」
そんな風に俺はツルミさんと話を纏めて、それぞれ別の窓口へと歩き出す。
ツルミさんは依頼窓口の方へ、俺は冒険者ギルドの中にある商業ギルド出張所の窓口の方へ向かっていた。
こうも忠実で後輩口調かつ元気よく指示をこなす様はさながら一人前の三下キャラ、といったところか。って、誰が三下やねん!はい、いつもの。
これもさっき説明されたことだが、冒険者ギルドは商業ギルドと提携して事業を行っているだとかなんとか言っていたが、詳しいことは言ってなかったし言われても分かんない…っていうのは置いといて、そういう事情で大体冒険者ギルドの中には出張所があるらしい。
そこでは食料や飲み水などの冒険に必要なものが大体揃えられている、とのこと。
先立つものは当然必須だけども。
ま、今はそれなりに余裕あるし良いでしょ。
俺はそう考えながら足を進め、窓口に立つ職員に話しかける。
「すいません、半日分の食料と水を二人分ってあります?」
「畏まりました。少々お待ちを。」
職員は俺の言葉を聞いてからそう言い、近くの木箱の中に手を伸ばす。
それから小慣れたような動作でそれぞれ二つの簡素な木箱と木の筒を取り出し、カウンターの上に置いた。おそらく木箱に食料、筒に水が入っているのだろう。
「こちらで銅貨八枚になります。よろしいでしょうか?」
「ありがとうございます!えーっと、これで良いですかね?」
確か、硬貨十枚で一つ上の価値の硬貨一枚分だったか。それなら銀貨一枚で足りるはずだ。
俺はそう思いながらポーチから試験の費用のお釣りで幾つか渡された銀貨の内の一枚を取り出してカウンターの上に差し出す。
「はい、確認いたしました。銀貨一枚のお預かりで、銅貨二枚のお返しになります。お勤めに幸運をお祈りします。」
「ありがとうございます!」
俺はそう言ってから食料と水を手に持ち、お釣りをポーチにしまってから依頼窓口の方へ向かって歩き出した。
さーて、食料確保は滞りなかったが、ツルミさんの方はどうだろうか?
そう思いながらぼんやりと、依頼窓口の方へ視線を向ける。
そうして、丁度目を向けた方の窓口からツルミさんが歩いてくるのが見えた。どうやらベストタイミングだったらしい。
「丁度さっき終わったところよ。そっちは問題なかったかしら?」
「こっちも滞りなくッス、タイミングぴったりッスね。あ、こっちがツルミさんの分ッス。」
俺は小脇に抱えていた食料と水を、ツルミさんの分の一つずつを差し出す。
ツルミさんはそれを受け取り、身につけた自分のポーチに食料を収める。すると今度はこちらに視線を向き直して言う。
「貴方さえ良ければ、貴方の分の荷物も持ってあげても良いわ。貴方は随分と軽装そうだし、そうするべきだと思うのだけれど…。」
「あぁいや、ご厚意は嬉しいんスけど、大丈夫っていうか、問題ないっていうか…言って良いのかコレ…?」
正直言えば、俺はルーサーから渡された見た目以上に物が入るポーチがあるから荷物の量には今のところ困っていない。
当然こんなアイテムは普通じゃない…が、それがこの世界ではどうなのかもよく分かっていないのだ。
この世界に本来存在していないような道具だったなら絶対に他言するべきじゃないだろう。貴重だが存在している道具なら、ツルミさんに話すのはアリか…?
「・・・その判断はそちらに任せるけれど、こちらとしてはこのままというのは釈然としないわね。」
「そんじゃあ言わせてもらおうかと思います。けど、ちょっと声を抑えてもらえたらありがたいな、と言っておきます。」
珍しく真面目に考えながら話をしていた俺は、思わず緊張した面持ちでそう言う。
それを見たツルミさんも生唾を呑み真剣な表情になってこう返した。
「分かったわ。」
俺はそのツルミさんの返事を聞いて少し安心しながら、ぽつりぽつりと話し始める。
ちゃんと話を聞く側が論旨を理解できるように話さねば…。俺みたいな論理性のない奴だから気にしなきゃいけないようなことかもしれないが。
「俺、今腰にポーチを身に着けてるんですけど…。」
「えぇ、分かってるわ。というか、今も見えているわ。」
俺の言葉に続いてツルミさんはそう言い、俺の腰の辺りに注目する。
そこには俺の携えているポーチがあった。そのポーチは外見こそ何の変哲もない物だが、その容量はリュックサックぐらい、というのがどう映るのか。
良い感じに説明することを心がけたい。無理な気がしてきたけど。
「このポーチ、リュックサックぐらい物を入れられるんです。」
「・・・なるほど、そういうこと。」
俺は自分なりに精一杯言葉を選んでおずおずと口に出すと、それを聞いたツルミさんは長く息を吐いてから、こう返してきた。
「私もそうよ。」
「へっ?」
ツルミさんからの意外な返事を聞いて、俺は呆けたような、気の抜けたような驚きの声を口から漏らす。
俺が冷静になってツルミさんのその言葉の意味を理解するよりも早く、ツルミさんは言葉を続ける。
「だから、私のポーチもそんな感じよ。」
「あ、そうなんスか…?」
呆気に取られる俺を気にせずツルミさんはもう一度言葉を噛み砕いて話し出す。
「多分そのポーチって、見た目以上に容量があるっていう物でしょう?私のポーチも、それと大体同じものよ。貴方も、そう言いたかったのよね?」
「はい、全くその通りでございます。」
どうやら、こういう物は普通…なのかはまだ分からないものの存在してはいるらしい。
そこら辺りもちゃんと聞いておきたいところだ。よし、聞こう。
俺はそう思って、右手を上げながら言おうとする。
「あ、質問…。」
「さっき貴方が気にしてた通り、こういうのは少しばかり珍しい物ね。具体的にどれくらいかは私も知らないけれど、少なくとも冒険者になりたての私達みたいな人がみんな持ってる、なんて物ではないはずよ。」
俺は上げていた右手を下げて返事をした。
「なくなりました。とてもよく分かりました。」
ツルミさんは俺の言葉を最後まで聞くことなく、俺のしようとしていた質問に答えてくれた。
どれくらいの、どういう人が持ってるのか、という質問の内容を聞きもせずに的確に返答をするとは…さてはエスパーか?
それか俺が単純な…いや、そんなはずがない。
俺とのコミュニケーションに慣れてきた、といったところだろう。
「なんというか、失礼だけれど貴方って案外物を知らないわよね。」
「ほんとに。」
俺は短くツルミさんの言葉に同意の意を告げる。
失礼だってことと、俺が物を知らないことの2つに対してだが。両方事実なのでそうすることしか自分にはできませぬ。
ツルミさんと俺はお互い少しの間無言になった後、ツルミさんが口を開く。
「他に聞きたいことはあるかしら?」
「ございません。お手数おかけしました。」
俺は半分項垂れるかのように、ツルミさんの方に頭を下げる。
それを見たツルミさんは淡々と言葉を続ける。
「それじゃあ、そろそろ出発しても良さそうかしら?」
「畏まりました。」
俺とツルミさんは、その言葉を最後に静かめな声量で続けていた会話を切り上げ、俺達はそれぞれ自分のポーチに食料と水をしまってギルドの外の方へ歩き出した。
今回のことで、少しだけこの世界のことに関して理解していることと気になることが増えた気がする。
それらの疑問に関しては今後少しずつ解決していけたら良いなと思ってはいるが、今何よりも気になっているのはなんか本当にツルミさんの方がリーダーっぽくなってないか、ということだ。
はい、至極当然の結果だと思います。
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「・・・。」
「・・・。」
気まずい。
確かに哨戒依頼は、討伐依頼などとは違って敵の襲来や戦闘が確定している訳では無いということは理解していたが、ここまでヒマなものだったとは。いや、良いことなのかもしんないけど。
俺はツルミさんと森の中に通った道を歩み、哨戒ルートを辿りながらそう思っていた。
一応哨戒ではあるから、周囲の確認や警戒を十分に行うべきであって、何かを話す必要は無いのか。それに、余計な会話をすることで哨戒が不十分になってしまうことの方が避けるべきなのかもしれないし。
合理性を追求するならば、この場での余計な会話は不要であると考えても問題ないだろう。
それなら、このまま静寂に身を任せて周囲の自然の環境音に耳を傾ける、というのもまた一興であろう。
・・・とか言ってなんだかんだ言い訳してるが、結局俺的にはこの静寂のほうが耐え難いというのが本音ではある。
俺は別に合理性を重要視して生きてきたような人間では無いし、どっちかって言うと合理性とかクソ喰らえ、により近い考えを持っている。もっと厳密に言えば、今やりたいと思っていることを如何に実行するかばかりを考える、衝動に忠実な人間だと言うべきだ。
そして、そんな俺は今この静寂をどうにかして晴らしたいと思っている。
ならば、そのために思考を巡らせる方が俺にとって有意義だと言えよう。
「今お話いーッスか?」
「哨戒に差し障りのない範囲なら。」
「おっけーッス。」
火蓋は切られた、さあ何話そう。
聞きたい話題は思い浮かばない、それなら相手のことを…趣味とかそういうのか?とりあえずコレ話題1で。
次次、なんか無いか。腹減った、丁度昼時だし飯の提案もありか。コレは話題2。
これ話題2が結論みたいなもんだわ。これ以上のもんは今は出せない。
「もうじきお昼時…ッスかね?そろそろ食事を摂っても良かったりしないッスか?俺的にはもう食べたいんです。」
「確かに、もう丁度良い時間かもしれないわね。そうしましょうか。」
「よっしゃ!飯飯ー!」
「随分と元気が有り余ってそう、と言うのは無粋かしらね。」
肯定されたことでそう喜ぶ俺を尻目にツルミさんはそう呟きながら笑みを浮かべる。
失礼な話だ、俺は素直に喜んでいるだけだと言うのに!とか言ったらめんどくさいヤツっぽそうだな、といつものをやることを忘れない。ボケたがり星人の鑑だね。
「んじゃ、その辺の腰下ろせそうなとこは、と…。」
俺はそう言いながら周囲を見回す。
茂る草木の中に僅かに確認できる道、これまで通って来たものとこれから通ることになるもの。その途上に立ちながら腰を下ろせる場所を探す者は皆、一時か恒久かの判別の仕様はあらねど安寧を求める者であるという点に違いは無いだろう。
格好良さそうなことを言ってはいるが、大して中身のあることを言っていない気がする。
あ、良い感じのヤツはっけーん。
「あそこにしましょー。高さも丁度良さそうですし!」
俺は視線の先にあるものへ指を指しながらそう言う。
そこには二人が余裕を持って腰を下ろすことができるような倒木があった。
「分かったわ、一応休憩するのは周囲の安全を確認してからね。」
「了解ッス。俺はあっちの方を見てくるんで、そっちは頼みます!」
そう言って俺とツルミさんは二人で周囲を確認する。
周囲を目で見るのみに留まらず、自分の発する物音を消して周囲の音に耳を傾け、獣や血などの異様な匂いはしないか確認し、視界のみでは確認できない木々や草木の影に石を投げ込んでみる。
観察とは正しく見極めることであり、それに必要なのは必ずしも目だけとは限らない。
この場での観察を怠って敵に気づけなければ、この後に取り返しのつかないことになるかも知れない。これに限らず、観察することは多くの場合で重要な役割を果たすことだろう。
こうしているうちに、そのことをなんとなく実感することができた。気がした。
「うっし、大体こんなもんで良いだろ。」
俺は簡単に周囲の安全を確認し、先程の倒木の側に戻る。
そうして歩き出した俺の進む先から、ツルミさんも戻ってきているのが見える。
どうやら、向こうも丁度周囲の確認を終えてきたところらしい。俺こういうとこ、タイミング運みたいなのあるから。
「そっちは周り大丈夫だったッスかー?」
「ええ、恙無くね。それじゃあ手早く頂くとしましょうか。」
「りょーかい。」
俺とツルミさんはお互い軽く警戒の結果を共有してから、倒木に腰を下ろしポーチから食料を取り出す。
食料が収められているであろう簡素な木箱からは、木の匂い以外目立つ匂いはなく、手に持っても特段強烈な重みも感じない。まあ、危険な野外で食べることを想定している以上、大した重さや匂いはないに越したことは無いのだが。
それはそうと、こういう野外で摂る食事は中学に入ってから随分と頻度が減ってしまった。思い出せるのは小学生の頃の遠足や宿泊学習の記憶が最後で、なんだか特別感を感じる。
俺的には、こういう弁当風な食事ではやっぱりちゃんとした唐揚げが…って、それは話がズレ過ぎか。
気を取り直して、そろそろ頂くことにしよう。今日、腹が減っては戦はできぬと言う我々は戦いからは縁遠いが、この世界では実際に命を懸けた戦いが身近なものなのだから。
それから俺は手に持った木箱の蓋を開け、中身を見る。
「オ~ゥ、なるほど。」
木箱の蓋を開けてからは、まず一塊の干し肉が目に入った。だが、俺の目と知識では何の肉かまでは判別できないものの、水分は飛びきっておりそれなりに硬そうだということは分かる。
干し肉について軽く観察し終えてからもう少し木箱の中を漁ってみると、今度は保存性を高めるために乾燥させた果物類、所謂ドライフルーツと呼ばれるものが目に入った。なるほど、味がどうなのかはまだ分からないものの栄養バランスにはそれなりに気を遣っているらしい。
だが、あくまで栄養を補給することを目的とした食料なのであろう、見た目からはあまり食欲はそそられなかった。
とはいえ、ここで食事を摂らない理由もない俺はなんとなく口に運ぶ。
「頂きまーす。」
口に放り込まれた干し肉はハンバーグやステーキなどの肉を想像していたなら、少し硬いと感じてしまうが、岩のように硬いということはない。最初は硬めの食感があるばかりだが、二度三度と噛んでいくと、ほんのり肉汁の旨味を感じることができる。
より旨く食うなら、もう少し塩味と旨味を強くすれば酒のつまみとよく聞くセミドライソーセージであるカルパスのような味になるだろうか、といったところだ。
これはこれで悪くない。次はこっちも食ってみようか。
干し肉を食った俺は、今度はドライフルーツを口に運ぶ。
ドライ、というだけあって果物本来の瑞々しさはすっかり消え失せてしまっているが、それでも味がないという訳ではない。むしろ口の中の水分と合わさって感じられる味からは、普通のフルーツ以上に甘みがあるように感じられた。
この甘みからは、肉の旨味を味わった直後であるということもあってか、より口の中で目立って存在感を感じた。
こういうのも意外と悪くない。
携帯食料だから旨味などない、というのは間違いなのだろうと思い知った。
むしろ、普段の食生活では感じられない、これ特有の良さというものもあるのだろう。
野外で食事をすることへの特別感もあるのかも知れないが、かなり旨いと言える。
だが…。
「水あった方が良いな、コレ…。」
俺は思わずそう呟きながら、ポーチから水の入った木の筒を取り出し、その中身を口に流し込んだ。
水がなければ食えない、というほどではないものの、干し肉にドライフルーツという乾燥コンビを口に入れる以上、それなりに口の中の水分を奪われてしまう。
いくつかのパンにも同じことが言えるが、こちらはそれほどではないのが救いだろうか?
とはいえ、それでも雑草を食うよりはずっとマシだが…アレに関してはもう忘れさせてくれ。
俺がそうして食事…もとい食レポに集中している間、ツルミさんは静かに食事を続けていた。
どうやら、俺が食レポに集中していたおかげで、今の今に至るまでの静寂には気が付かないで居られたようだ。
静かな食事というのも寂しいものだし、何か食べながら話せる話題でも用意するとしましょう。
「そーいえばツルミさんって、何のために旅をしてるんです?」
わー、サクッと話題を出せた。
普段からこうやって自然に話題を出したいところだ。というのはさておかせて頂いて。
俺がそう言うのを聞くや否や、ツルミさんは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
もしかしたら、答えづらい質問だったのかも知れない。
それなら悪いことを言ってしまったと少しばつが悪く思ったが、同時に今更発言を訂正するのも変だとも思ったため、今回はこの話題で話を続けていくとしよう。
「そう、ね…これまではあまり考えないようにしてきたから…。ごめんなさい、うまく言葉が纏まらないわ。先に貴方の方はどうか聞いても良いかしら?」
ツルミさんは頭に指を当て、考えるようにしながらそう言う。
考えないようにしていたという言い回しに少し違和感を感じたが、言葉の綾というやつかと納得し話を続けることにする。
「俺は…。」
俺はそこまで口にして、思わず一瞬口を止めてしまった。
このときの俺は確か趣味代わりに、とかなんとか言おうとしていたはずだ。
実際それが、俺がこうしている理由を最も的確に表しているのは確かではある。
だが、この世界の人々からすれば命の危険すらある冒険者という仕事に就き旅をしようとする理由には少し弱い、というかクレイジーなヤツ過ぎる気がする。そんな余裕あふれる態度を取れるような強さはしてないってことは俺の試験を見てたツルミさんはわかってるだろうし。
うん、じゃあ別の言い方をすべきだな。
そこまで考えてから、俺は改めて頭の中で練り直した言葉を言っていく。
「人に言えるような格好の良い理由じゃないッスけど、俺は逃げてきたんスよ。嫌なこととか、目を背けたいこととかから。」
これは当然テストのことだ。もう来週に迫ってしまっている。
正直できることならやりたくないと思っているし、間違ったことは言っていない。
「・・・。」
その言葉を聞いたツルミさんはこちらから顔を隠すかのように背けたまま、何も喋らない。
俺が理由を誤魔化そうとしているのがバレたのか、とも思ったが、今はこのまま話し続けるのが良さそうだ。
「そのまま立ち向かうってのもできなくは無いと思ったんスけど、それでうまくできる自信も無くて。結局逃げちまいました。ま、そこは多分俺の弱さってヤツッスね。」
「そうなの…。貴方みたいな人も、逃げることがあるのね…。」
俺がそう言うと、ツルミさんが小さく呟くようにそう言った。
それを聞いて、俺は冗談っぽく笑いながら返事をする。
「ははっ、当然ッス。俺ってばそんなに強くないんで。多分俺、ツルミさんが思うより逃げてばっかりッスよー?ま、言い訳するなら今回の場合は立ち向かうために逃げたって感じッス。」
実際、俺がここに来ているのは一時的な気分転換といった意味合いが強い訳で現実逃避にもなっているかも知れないが、テスト本番に向けて英気を養うことにもなっているのも事実。
正直、心の余裕が金で買えるものならば、そのためにすぐにでも小遣いを全額はたきたいくらいだ。
「何かこうして、言い訳がましいのも嫌な感じッスね…?い、一応!そんなとこッス!」
自分の発言に少し恥ずかしくなり、多少無理矢理に話を切り上げる。
この間もツルミさんは静かに俺の言葉に耳を傾けていたが、俺が話を終えると一段声の大きさを上げて言った。
「ありがとう。それと、貴方ばかりに喋らせてごめんなさい。今度は私の番よね?」
どこかいつもと違う、不自然な声色でそう言うツルミさんの声からは、何かを隠すかのようなわざとらしさを感じたが、それが何を意味するのかは彼女と出会って間もない俺には分からなかった。
「私も、逃げてきたの。」
そうして紡がれた言葉は小さく短い声だったが、その言葉の裏には何か大きな感情が秘められている。
ツルミさんの呟くような言葉を聞きながら、俺はなんとなくそう思う。
「見たくない物から、聞きたくない声から…。」
先程までの雰囲気が嘘だったかのように、ツルミさんはゆっくりと言葉を続けていく。
俺はその雰囲気に気圧されたかのように何も返事をできないでいた。
その少しずつかつゆっくりとした話口調から、俺のことは意に介していないかのように淡々と、同時に、自分自身でも何かを探ろうとするかのように、慎重に言葉を選ぼうとするような注意深さを感じた。
そうして今も言葉を続けようとしているのであろう、気づけば辺りから聞こえてくるのはそよ風にざわめく枝葉の音や、名も知らぬ鳥のさえずりばかりだった。
そうした気まずい静寂が一頻り走った少し後、ツルミさんは諦めたようにため息を吐き、申し訳無さそうに頭を振りながら言う。
「ごめんなさい…まだ、ちゃんと言えないわ。時間を無駄にさせてしまったわね…。」
気づけば、お互いの手元の木箱の中身は空になってしまっていた。
どうやら、随分時間が経ってしまっていたらしい。
俺はしばらくの間続いていた静寂を晴らすかのようにすかさずツルミさんに返事をする。
「いいや、気にしないでください!こっちこそ、なんか無理に話させるような雰囲気にさせちゃってなかったッスか…?」
「いいえ、そんなことは無いわ。むしろ、私が勝手に話をし過ぎただけよ。」
「そのことに関しては、そっちは気にしなくて大丈夫ッスよ!もともと話を振ったのはこっちなんスから!」
「ありがとう、そう言ってくれるとありがたいわ。」
そうして、俺達はお互いにお互いをフォローし合う会話を一通り済ませる。
俺としては、他人と話をするのはどれだけ長くなっても嫌ではないし、今回の場合はよりツルミさんのことを知る良いきっかけになったと思うくらいだから、ツルミさんにも気楽でいてほしい。
そうして俺達は少し長めの昼食を終えたのだった。
「なんというか、少し時間を取りすぎたわね。そろそろ行きましょうか。」
「あっはは、そうッスね。遅れた分を取り戻すつもりで、さっさと済ませましょー!」
その会話を最後に、俺達は食事の片付けを手早く済ませて再び森の中の道を進み始めるのだった。
これまで、ツルミさんのことに関して話したことはなかった。だから今回彼女が旅をしているのには、彼女にとって何か深刻な事情があるのかもしれない、ということが分かったのは仲を深めるにあたって少なくない進展であると言えるだろう。
俺は、ツルミさんのことがほんの少し分かった気がした。
そうして歩き出していく森は、生い茂る木々に陽を阻まれ昼間だというのに薄暗く、道は十分な手入れもされていない荒れた道だった。だが、進むべき目的がある今の俺達の目には、平坦ではないながらも確かに存在する道がしっかりと映っていた。




