勇者は勇者(ありかた)を否定する
強烈な覚醒感で意識が復活する。周りは黒い闇に覆われている。
いや、正確にはラキの影が球状に、俺を守る様に展開しているのだ。
落下する感覚が残っているという事は、俺は落ち続けている。
ではデバルはどうなったのか。確かに緋術でバラバラになったのは確認している。
「ラキ、外殻を解いてくれないか?状況を確認したいんだ」
「…」
反応はない。
「ラキ?」
「…」
影に触れると、糸が解けるように影は消えた。周りの空間は白一色だ。白い空間を俺は落下している。落下と言っていいのか分からないが。落ちている感覚だけはある。
底は全く見えない。
「ラキ?聞こえないのか?」
「ここは命のつなぎ目だ。新たな勇者よ」
空間から声が聞こえた。穏やかそうな女性の声だ。声質は何処か、あの人型の靄に似ていた。
「あなたは神か?」
「我が名はフラーマ…フラメルとも呼ばれている。お前が打ち破った、成り損ないと契約していたものだ」
「成り損ない…デバルは死んだのか?」
「お前が戦ったアレは本体ではない。暮明の騎士団の体を使って創り上げた偽物だ。本物は初代勇者達と戦っている」
少なくともセロハ達は無事だという事か。
「で、あなたは何の用なんだ?ここはどこだ?」
「さっきも言ったろう。命のつなぎ目、狭間の世界だ。お前は半死状態にある」
「ラキは何処に行った?」
「影の魔人は私の干渉からお前を守ろうとして、全ての命を懸けて結界を作ったようだな。まぁ、そんなものでは私の力には及ばないわけだが」
「ラキは死んだのか?」
「その捉え方で構わない」
ラキが死ぬ?そんなこと、考えたくなかった。影はもう重たくない。
「それで?」
「悲しまないのか?」
「悲しいが、悲しんだところでラキは戻らないだろ。それだったら悲しみより別の事を考えた方がいい」
「…合理的な考えだな。本題に移ろう。お前を勇者として迎え入れたい。英雄となれるのだ。断る理由は…」
「断る」
「なぜだ?富も名声も権力すらもお前の物になるのだぞ」
「そんなのは上澄みの方だろ。底は何で出来ている?呪いを科して人を操り、自分達は遠くから見ているだけだろう。そんなものはごめんだね」
「呪い、か。物は言いようだな。私はその代わりに与えられるもの全て与えている」
「やはりこの世界の神は嘘ばかりつく。与えた分も最後には全て徴収するだろうが」
「…貴様、何処まで知っている?」
「化けの皮が剥がれ出したな。神なんて碌なもんじゃないってな。いつか必ずお前は殺す。約束だからな」
「ほざけ、人類種風情が。私の領域にいることを忘れたか?その気になれば一瞬でその命を消すことが出来るのだぞ!」
体が締め付けられる感覚がする。だがこれでは無理だ。なぜなら…。
「善神とはよく言う。フラーマの正体がこんなめんどくさい奴だったとは」
「力が通じぬ…!?これは…なんだ!?」
「『事象基臓、起動。来い!駆動剣!!』」
体が熱くなる。腹の底から出る熱。
右の掌からゴテゴテした見た目の鞘に収まった状態の駆動剣が召喚される。俺はソレを握りしめ鞘を放り投げる。鞘は白い空間に溶けていった。
「馬鹿な!なぜ空間に武器が顕現出来るのだ!?貴様ぁ!なにをした!」
「領域にいるって、干渉してるってことは少なくとも体の一部はこっち側にあるってことだろう?その焦り様を見るにドンピシャか?」
「くっ…だが、武器が召喚出来たところで、神の私には当たらない…!聖剣でもない限りは!」
「ほーれ見た事か。こいつも聖剣なんだよねぇ!疑似的にだけども!」
「ラキ、まだ寝るには早いぞ。事象基臓、起動。起きろ、ラキ!」
影が重くなり、俺の背に合わせる様に人型の影が伸びていく。
「馬鹿な…命の再生だと?神にだけ許された力を…」
「半死の空間だって言ったろ。それならこいつでも呼び戻せる。ラキ、起きがけで悪いが付き合ってくれ」
「我が命は主様のために!」
「じゃあ行くぞ!『剣纏・黒影』からの…『聖剣解放』!!」
ラキは一瞬で剣に纏わり、俺はそのまま白い空間に向かって聖剣技を放つ。
黒く染まった聖剣技は白い空間に一撃で罅を入れた。
「ぐっ、があああ!!!」
フラーマ神が悲鳴をあげる。この空間は神にとっては体内と一緒だ。斬られれば誰だって痛い。
「効くだろ?お前ら用に調整してあるからな!」
「なぜ拒む、なぜ勇者を否定する!?」
「運命を背負いたくないからな、それに…俺の守れる範囲は小さいんだ。いや、人間皆そんなもんなんだ。それを否定しているのはお前らの方だろ。人間は人間のままで十分なんだよ。神ってのは何時だって気ままで我儘で勝手なもんだからな。だから俺は、勇者の存在を否定する」
「…人類種風情が…!」
「さっさとこの空間から、俺達を解放しろ!でないとお前を今ここで殺す」
「貴様の事、覚えたぞ。私は何時でも貴様を見ている!」
言葉の後、白い空間が消え去り、俺とラキはボロボロになった夜の国の街中にいた。
元の世界に戻ってこれたようだ。一息ついてラキを抱きしめた。
「無事で良かった。すまなかった、ラキ」
「いえ、良いんですクラウス様が無事でそれだけで…」
辺りで斬撃音が響く。誰かが戦っている。恐らくも何もセロハ達だろう。
「行けるか、ラキ」
「いつでも!」
俺達はすぐに駆け出していた。
セロハは焦っていた。
デバルの結界魔法『終末技巧』でクラウスと分断されたからだ。ハルカはネロが守っているが、クラウスの命が不味いことになる。
コイツの分身は全て同一の意識を持つ本物と言っても過言ではないからだ。もし、クラウスと戦っているのが分身でも、戦闘能力は大差ないものだから、どちらにせよ不味いのだ。
「デバル、退いてくれると嬉しいんだがねぇ…!」
「私が?無理を言うな、旧友との再会を楽しませてくれよ、セロハ!」
セロハは守りながらの戦闘はあまり得意ではない。ネロも先の戦いでの傷が残っているため万全ではない。永続的に発生する分身を一撃で消し飛ばしているが、後ろに行かせればバッドエンドだ。
徐々に後ろに押し込められているのも、不味い。
「くそっ…ん?この感覚は…」
デバルは気付いていないが後ろに人影が見えた。ボロボロだが見知った顔だった。
セロハはこれを好機と見て、前へと歩を進める。
「少し、押し返してどうするつもりだ?この物量差に勝てるとでも?」
「勝てるさ、こうすれば…!」
「『聖剣解放』!!!」
「な、に…!!?」
二本の聖剣から放たれた聖剣技がデバルを挟み込むように直撃した。前方からの一撃は分身達によって少し軽減されたが、後方からの攻撃は、ほぼ直撃している。
デバルの結界魔法は解除され、分身達も塵となって消える。
「なぜ、お前がここにいる!出来損ない!!」
「待たせたな、セロハ!」
「死んだと思ったよ、クラウス。間一髪だったねぇ!」
「質問に答えろ!なぜお前が!」
「俺は勇者らしいが、勇者を否定してここにいる。それだけだ」
「神に会ったにも係わらず、繋がりを斬ったとでもいうのか…?」
「そうだ、俺は猟兵だ。勇者じゃない」
「小賢しい、勇者の出来損ないがぁ!なぜ否定した!なぜ拒んだ!お前が勇者に成ってさえいれば…!」
「やかましいねぇ…そろそろ最後の分身を引っ込めなデバル!」
「なっ…」
デバルの首が音もないセロハの一撃で宙に飛んだ。ぼたぼたと血をこぼし、仰向けに倒れた首なしの死体は、クァーバの体に変わった。
本体は建物の屋根の上に立っていた。最後まで残った奴だから、本物だと思う。
「舐めていた。貴様の存在を。次はこうはいかん。次こそ貴様を…チッ…神如きが、今になって…!」
「デバル!」
「またなセロハ。今度は王国で続きをやろう、あの日の続きを」
そう言ってデバルは一瞬で視界から消えた。魔法光が見えたから転移魔法でも使ったんだろう。
「クラウス!ラキ!」
ハルカが俺達二人を抱きしめた。優しい香りがした。
ハルカは泣いている。
「死んだかと思ったじゃない!生きてるならそう言いなさいよぉ!!」
「ごめん。でも、皆が無事で良かったよ」
「まさか、デバルの分身を殺し切るとは…。思ったより成長してたみたいだね。クラウスもラキも」
「運が良かっただけ…それよりもこれからどうする?」
「グラスティアに戻って、事を報告する。王国の騎士団はデバルが殺したことにでもすればいいさ。ガロと合流して、家に帰ろう」
セロハの言葉を最後に、俺はまた意識を飛ばしそうになる。
今度はハルカが俺を支えようとして、一緒になって倒れた。
「疲れた…」
意識が飛ぶ前に言えたのは、この言葉だけだった。




