勇者ここにあり
牢と聞いていたから拷問でもされるのかと思ったが、連れていかれた場所は、客間だった。
俺をソファーに座らせると兵士達もすぐに出て行った。
そのすぐあと、先ほどの女性が入ってきた。白い髪に赤い瞳。
まじまじと見ていると、女性が振り返った。
「悪かったね、こんな所に押し込めて。建前が一応あるから一芝居したわけだが」
「貴方がセロハ、初代勇者セロハなんですね」
「名前を知っているってことはジアには会ったんだな。手紙かなんかないのかい?」
「これです」
手紙をひったくるようにとったセロハは封を切り中を見る。
中には手紙ではなくプレートのようなモノが一枚。
「ふむ…今どきのプレートを使う自体あいつも年を喰ったな」
プレートを一瞥し、セロハは俺の前に座った。
「…」
「面倒なことに巻き込まれているみたいだね。神に目を付けられている上に呪いも貰ってる。しかも未来から来たときた。普通の人間だったらまず信じないぞ」
「事実だから仕方ないです」
「そりゃそうなんだがな」
「これも、持っていくようにと…」
二つの事象基臓を前に置く。
まるで赤い宝石のような人の臓器のようなそれを見てセロハは驚くこともなく、手に取った。
「これが例の秘密兵器…マナを利用しない歪曲干渉装置か…」
「よく知っていますね…」
「昔ジアと一緒に造ってたからね、ま、プロトタイプだけど。あんたの剣、駆動剣だろ。それに搭載されているのがそのプロトタイプだ。よく造ってあるだろう?」
「そうだったんですね」
ニッカリ笑うセロハはどこかハルカに似ている気がした。
屈託のない笑顔だ。
「私はこの歪曲兵器には反対だったんだけどねぇ。あのバカは完成させちまったんだね…」
「そんなに強力な物なんですか?」
「ソレはあんたもよく知っているだろう?欠片でそれなんだ。本体でどれだけの範囲をカバーできると思っているんだい?」
「マナを無効化するんでしたっけ?」
「それだけじゃない、世界の事象を改編することもできる。それこそ時空転移も可能だろうよ」
「そんな兵器を使わないと勝てないものなんですか?魔王は」
「魔王だけならそこまででもないが、事象を改編できれば戦争を無かったことにも出来る。亡くなった人までは無理かもしれないが、大陸は元に戻るだろうな」
途方もない話であるが、二つの事象基臓なら可能なのかもしれない。
何より勇者が言うんだから間違いないだろう。
「魔王は私が総て滅ぼす。約束だしな。…そこで、だ。お前に頼みがある。お前の強さを見込んでだ。伊達に竜を殺してはいないんだろう?」
「それは、まあ、そうかもしれないですけど…」
「お前には神を討ち取ってほしい」
「は?」
「ある神を殺してほしいんだ。私は掛かっている呪いのせいで出来ないが、お前とその仲間なら出来るだろう」
無茶苦茶すぎる。しかし神はやはりこの時代にも存在する様だ。
ある、と言っているという事は神も魔王と同じく多数存在するという事でもある。
「ある神はこの戦争を引き起こしたクソ野郎だ。一柱くらい死んでも世界は廻り続けるだろうしな」
「どうやって?」
「魔王を総て殺した後に、そいつは現れる約束なんだ。約束というか契約に近いな。その時を狙って、そいつを殺してくれ」
「…分かった、やってみる」
「すまないな」
「別にいい、その代わり一つ約束してくれ。神を殺したら、俺達を元の時間軸に戻してくれ」
「それくらいお安い御用だ。任せな」
突然、鐘の音がなった。あちこちで兵士がバタつく物音が聞こえる。
扉が勢いよく開き、汗まみれの兵士が入ってきた。
「何の騒ぎだい?」
「グラスティア北部より、魔王の進軍を確認!勇者様、急ぎ出撃を!」
「めんどくさいねぇ、守護部隊はどうしてるんだい?」
「現在、南部側より現れた魔物の討伐に追われています!」
「挟撃か…魔王の癖に考えるじゃないか。クラウス!ついて来な。北部の魔王の殲滅に行くよ。連れて行きたい仲間がいるなら、一緒に連れてきな!」
「俺達だけで魔王軍を制圧するのか!?」
「制圧じゃない、処理さ。私を誰だと思っているんだい?勇者セロハ様だよ!」
一台のマナ式駆動二輪車に乗って、グラスティアを出発した。
サイドカーに俺が乗り、運転するセロハの後ろにはハルカが乗っている。ラキは俺の影の中だ。
「正気じゃないぞ!たった四人で何百という軍勢と戦うのか?」
「いつもは一人だから今回は頼もしいねぇ」
「本気なんだな?」
「ああ。勿論さ!」
遥か向こうに、展開している魔王軍が見えた。
殺意の気配が満ち満ちているのが分かる。
「突っ込むよ!掴まってな!」
「魔王だけを叩くのか?!」
「他の魔族にゃ罪がないからね。扇動してる卑怯な奴だけやる!」
「セロハ…」
「いっくよ!!」
二輪車で魔王軍に突撃した。魔族達は右へ左へ避けていく。
後方に見える、一番強そうなやつの前まで来て、二輪車は急ブレーキで止まる。
颯爽と降りるセロハに続き、俺はサイドカーから降りた。
「あんたが今回の魔王か!もういい加減諦めてくれないかねぇ?」
立派な二本角の魔族だった。魔王って風格がある。それにすごく強い。
俺でも勝てるかは怪しいところだ。
「…魔王殺しに言われたくないセリフだな。勇者」
「あんたらが関係ない村やら町を襲わなければ、私だってあんたらを殺したりしないよ。実際、一時期は休戦状態にあったろうが」
「人類種はゴミ虫ばかりだ。我々はその駆除をしているにすぎん」
「魔族だって広く見れば人類種だろうさ。それをいい加減認めろって言ってるんだ」
「虫の話を聞く気はない」
「そうかい、じゃああんたとはお別れだ」
セロハは既に剣を抜いている。いや、正確には、魔王を斬っていた。
魔王の左腕が落ちる。
「素晴らしい速さだな。流石勇者。だが…」
「仲間はどうだろうな?」
無詠唱の魔法が、俺を起点に降り注いだ。ハルカが事前に蒼魔女を操作し、法術の盾を形成していなければやられていただろう。
地面が陥没するほどには威力があった。無詠唱でこれなのだから、やはり魔王というべきか。
「防御法術か…虫の癖にやるじゃないか」
魔王の左腕は再生していた。凄まじい再生能力だ。魔法を使ったにしても早すぎる。
「…クラウス。あいつはあんたがやりな!」
「えっ…俺?」
「力が見たいからね。今のあんたの力ならやれるだろう?特別に影の魔族の使用は許可する」
息を吸って吐く。剣に手をかけて鞘から引き抜き構える。
俺なら出来る。修行を思い出せ。
「…分かった。やってやる!」
「男の子ならそう来なくっちゃねぇ!」
セロハは結界を張っていた。
「虫如きに負けるほど。私は脆くないぞ?」
「あんたが虫かもしれないじゃないか」
「…ふむ。その発想は無かったな」
魔王は考える素振りをして天を仰ぎ、そして俺の方に向き直った。
「こい、遊んでやろう。せいぜい退屈させるなよ?」
「退屈する前に殺してやるよ!」
「虫はこうでなくてはな…」
「『駆動剣、起動』」
「見た事の無い剣だ。知らぬマナが満ちているな。…まずは出方を見る、か」
魔王は動かない。考える素振りのまま、顎に手を当てている。
「『駆動剣、第一法、展開。攻撃機構変動形態』」
攻撃機構は剣の刀身を変化させるもの。
今回は鋸の様に変化させ高速で回転させている。いわばチェーンソーのようなモノだ。
「ラキ!影纏外装…!行けるな?」
「いつでも…!」
ラキが俺を包み鎧となる。アクラと戦った時より精錬されている影の鎧。以前よりヒロイックに変わっている。が。これは防御するためじゃない。
「『駆動剣、二重動機。第三法、自在機構変質形態』」
刀身が伸び、太刀の様に変化した。薙ぐように構え、集中する。
魔王は律儀にもこちらの出方を待っている。
ならばこちらは本気で行く。
「『影纏外装、偽装弾体』」
影が伸び、真横にもう一人の俺が、正確には影の鎧が形成される。
この鎧は俺の動きと少し遅れるがほぼ同期して動く。剣の切れ味も再現可能の分身だ。
「来るか…!」
魔王が構えた瞬間、俺は魔王の後ろへ跳んでいた。既に剣は振るっている。
魔王の前方には少し遅れて動く、偽装弾体がいて、同じ動きで剣を振るった。
魔王を挟み込むように、剣が交差する。当たらなかった。
上に跳ばれ回避されている。俺はそのまま剣を上へと斬り込む。
「障壁展開」
魔王が呼び出した円形の障壁に剣は阻まれた。魔王は障壁に乗り空中に立っている。
「『偽装弾体、自立起動!!』」
影の鎧が自動で動き、魔王に上段蹴りを放った。魔王は左腕で受けたが、態勢を崩し、障壁は消失した。
「そこだ!」
剣は体勢を崩した魔王の胴体に直撃した。障壁に阻まれているが、この一撃はさっきとは違う。
回転する細かい刃が、障壁を削りきり魔王の胴体を両断する。
だが、核はここじゃない。恐らく頭か胸にある。そこを潰さない限り、魔王は再生してしまうだろう。現に、再生が始まっている。
「惜しかったな」
「いいや、これからだ!」
魔王の目線の先に、偽装弾体の姿が映る。
刀身はまたも変質しており、弓状の形態に変化していた。
「剣以外にも、変化できるのか!」
「アクラ直伝乱れ撃ちってな!」
放たれた影の矢が魔王の全身に突き刺さる。威力は低く設定しているから即死には至らない。
パシャリという音と共に矢が影に戻り、魔王直下の影に吸い込まれていく。
直後、魔王の動きが完全に止まる。影にラキの影を混ぜたからだ。
「これは…魔法では…ないのか…!?」
「終わりだ…!」
俺は剣を振りかぶり、魔王を頭から両断した。血が顔にはねる。
魔王の体はゆっくりと別れて倒れた。
勝った。そう思ってしまった。一瞬の油断に俺は気付いたが遅かった。
「面白い技を使う、面白き人だな」
両断したはずの魔王が、目の前にいる。
俺が斬ったのは、偽物だった。完全に魔法でコピーした、魔王本人ともいえる、偽物だ。
「『第二法、てんかっ…』」
「遅い」
魔王の拳撃が半身に直撃する。俺は弾き飛ばされ、セロハの結界に激突した。
痛みで頭が回らない。ラキの偽装弾体は俺が殴られた時点で消滅している。それほどの威力だったという事だ。
「次はどうする?また分身で攻撃するのか?それとも違う技を見せてくれるのか?」
魔王は嬉々として俺を見ている。
俺は攻撃機構を解除し通常形態に剣を戻した。
まだ戦える。まだ負けていない。まだ…。
足が動かない。手が震えている。
腹に感覚がないが、内臓にダメージを負っている可能性が高い。
正念場だ。立ち上がれ…!
俺は震える手に力を込め、剣を握りしめ何とか立ち上がった。
吐き気がして血を吐いた。片腕で血を拭い、魔王を見据える。
「『駆動剣、第五法。……駆動』ラキ、あれで行く…!」
刀身が赤く染まり、発熱する。影が刀身を覆いつくす。
次で決めなければ、後はない。駆動剣の機能を出し惜しんでいる暇もない。
「赤い剣か?それで、何を見せてくれる?」
「『奥義、極圏』」
影が弾ける様に溶け、真っ赤に染まった剣が姿を現した。
俺は剣を振らない。
もうすでに、斬っているからだ。
「!?」
魔王が気付いた瞬間には遅かった。
俺に赤い剣と極圏を使わせた時点で、勝ちは決まっている。
魔王は少し笑って、嬉しそうに言葉を吐く。
「素晴らしい、これが新しき人か…」
解き放たれた一瞬にも満たない速度の斬撃が、魔王の心臓にある核を断ち切っていた。
魔王は一滴の血を口から流し、仰向けに倒れていく。
「新たな可能性か…最期に素晴らしきものを…見た…」
地面に落ちる前に、魔王の肉体は塵になって消えた。
「『駆動剣、納刀』」
赤い剣は何時の間にか、元の色に戻っていた。熱くもない。
俺はまた血を吐きうつ伏せに倒れかけ、セロハに抱き留められた。
「よくやった」
「いや、こんくらい楽勝だった…」
「よく言うね。…さあ、お前達!お前たちを縛っていた王様は消えたぞ!私の気が変わらないうちに何処とでも逃げるがいい、そして広めるがいい。魔王殺しのセロハがいたと!」
魔族達は散らばる様に走り逃げていった。
戦場跡には俺達四人しか残っていない。魔王の痕跡はなにも残されていない。
「これが魔王?」
「残念ながらこいつは分身だ。意識は別れてはいるがね。とりあえず、今は喜ぼうじゃないか。新しい勇者の誕生を」
セロハの言葉に俺は苦笑いして、
「俺はただの一般人…ただの猟兵だよ」
そう言って、握りこぶしを空に掲げた。




