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選ばれしオッサン、宇宙の最果てで『星喰い』を打倒する  作者: オリスケ
星と夢の終わる時
30/33

3節


 左手がアロイのコアに触れる。

 その瞬間、アロイが命を得たように、オルトの掌へと飛び込んだ。

 衝撃で掌の骨が砕け、コアが肉に埋没する。

 浸食が始まった。飢えた獣のように左腕を食い潰し、銀色の金属で塗り替える。

 肉を摺り下ろされるような激痛が襲う。己の身体が、別物に塗り替えられる喪失感。血液に混ざって金属の冷たさが身体に染み込んでくる。



 思考にノイズが走る。己の意識に、全く別のものが浸食してくる。

 別人に身体を乗っ取られるような強烈な意識。それは飢えの形をしていた。

 獰猛に肉を求める野獣のようでもあり、冷徹に魂を奪う機械のようでもあり、ブレーキの飛んだエンジンのように熱い。

 あっという間に、オルトの左腕は肘から先を喪失した。変質した金属が、触手のような幾本の束になって暴れる。

 壊せと、誰かの声がする。オルトの思考を借りて、欲望が語りかけてくるのだ。



(黙れ……!)



 オルトは右腕で、左の二の腕を掴んだ。暴れる金属の化け物を睨み付け、痛みやおぞましさを断固たる理性で封じ込める。

 今オルトの左腕を覆っているのは、目の前でカインを殺そうとしているのと同じものだ。幻獣ウィルムを取り込んだ金属生命体。

 この飢えは、気が狂うほどの凶暴な感情は、オルトの宿敵たるウィルムの物だ。

 であれば、尚のことオルトは勝たねばならない。



(貴様は、俺たちに負けた……! 俺達と貴様の戦いは、もう終わった!)



 意識を左腕に集中させる。左腕を膨らませ、筋繊維を食い潰す金属に力で抵抗する。



(それで納得できないなら、まだ足りないというならば。今度は俺が、戦う場所をやろう。倒すべき相手をやろう。だから俺の為に力を寄越せ。守るべき物の為に力を振るえ!)



 星を喰らう相手に、一歩も引かずに、オルトは叫ぶ。

 脳の血管が破裂しそうに膨らみ、視界が赤く明滅する。文字通り血眼のオルトの目の前で、渦から蕾が持ち上がった。頭が明滅し、超高圧のエネルギーがオルトに照準を合わせる。





 (俺に、従え)





 (お前は俺の物だ、ウィルム!)





 蕾から、真白の閃光が放たれる。

 同時にオルトは、弾かれたように左腕を振るった。

 金属の奔流。オルトの左腕から広がったそれは、光線を真っ向から食い尽くし、射出口である蕾に襲いかかった。

 金属のつんざくような悲鳴がほんの一瞬聞こえたと思うと、触手が収縮し、オルトの左腕に収まる。蕾のあった部分には、千切れた茎だけが残っていた。



 アロイの大渦は一瞬、何が起こったか分からないというように身震いした。

 それよりもオルト自身が、自分の左腕に起こった変化に驚愕していた。

 浸食は二の腕の半ば程で止まり、その先はウィルムの頭部を彷彿させる、幾本の繊維が絡み合った巨大な剛腕に変貌していた。ウィルムは緩やかに回転し、獲物を求める魚のように先端の口を蠢かせる。



「っ……はは」



 オルトが乾いた笑いを上げる。大渦から飛び出た数本が、オルト目がけて襲いかかる。

 オルトはもう一度、左腕を振り上げた。下から掬い上げるような軌道。槍を投擲するようなイメージで腕を振るう。

 そのイメージを実現するように、左腕がぶわっと広がり、目の前の触手に襲いかかった。ウィルムは立ちどころに相手を食らい付くし、金属の破片が口の中へと消えていく。

 圧倒的な破壊力だった。同じアロイ、質量は向こうの方が上。にも関わらず力は遙かにこちらが勝る。まるで<楔>たるオルトの力が、そのまま振るわれているようだった。

 不思議な気分だった。この悍ましい怪物と自分が、神経のレベルで繋がっている。自分の身体でないことがハッキリ分かるのに、どう動かせばいいかを直感的に感じる。触覚を失っているのに、腕を伸ばす爽快な破壊力を感じる。獲物を喰らった手応えを感じる。



「やるじゃないか、ウィルム! ――づぅ!?」



 突然左腕に走った痛みに、オルトは呻いた。炎症に似た激痛が、オルトの接合部に響く。

 まだ意識の残っていたカフカが、機械音星で応えた。



『警告――直接接合では、アロイの浸食を防げません。早期の決着を推奨します。想定では、後十分で手遅れとなるでしょう』

「俺に寄越す前に、それを先に言うべきじゃないか!?」



 泡を喰ったように叫びながら、オルトは左腕のウィルムを操り、襲い来る触手を次々と食い尽くしていく。

 接触直後の激しさはないとはいえ、浸食の痛みは絶え間なく、ウィルムの持つ飢えや暴力性は、完全に消えた訳ではない。自分自身が食い潰される未来は鮮明にイメージできた。



『推奨――前回同様、中心部への攻撃が効果的です。短期決戦には、相手の核を壊す以外にありません』

「そりゃ名案だ。この左腕で穴でも掘れと!?」



 強力な武器を手に入れたとて、大渦の勢いが弱まる訳ではない。無闇な接近では挽肉になる状況は変わらない。

 水晶の大地では、地下水脈の跡とベルの力を使う事でアロイの真下に潜り込んだ、所謂搦め手で勝利を掴んだ。今回はそのような都合のいい環境はない。

 やはり、正面から圧し潰す他にない。

 新たに手に入れた左手を使って、相手の資源が尽きるまで削り取るのだ。

 目の前の、星を押し潰す勢いで増長する大渦を、全て。



「終わる前に、腹一杯にならなければいいが……」

「んな悠長な事を考えてる場合じゃないでしょ、バカ」



 突然背後から声がかかる。振り返るよりも先に、オルトの背中に何かが乗った。

 反射的に、オルトは上を見上げた。シエラの凜々しい顔が、彼の真上にある。



「シエラ? 何で俺の上に?」

「黙って、じっとしてなさい」



 オルトが何か言うより早く、両肩に膝が回される。

 太股が首を軽く締め付け、後頭部に柔らかい感触が当たる。

 肩車をしたシエラは、両手を左右に大きく広げる。

 神に自らを捧げる磔のような恰好。シエラが深く息を吸うと、両腕の<ハーピィ>が一度どくんと波打ち、その姿を変質させていく。



「大嫌いなアンタが、何が何でもお兄ちゃんを助けようとしてる……それなのに私が、泣いてばかりいられる訳ないでしょ」



 腕を構成していた金属片がほどけ、輝き、大きく広がっていく。

 煌めく金属片の連なりは、銀色の羽へと変形した。

 神々しさを宿す翼を広げ、シエラは言う。



「飛ぶわよ。全身全霊の一撃をぶちかますわ」

「これは……!」

「んっ。こら、首動かすな! 髪がチクチクして痛いのよ、バカ!」



 翼をはためかせると、疾風が森の木々を揺らす。二人の身体が空に浮かび上がる。

 見る間に森の木々を抜け、アロイのドーム状の渦が露わになる。青天に浮かぶ陽光に、シエラの銀色の翼が輝いた。



「これが<ハーピィ>の本来の姿よ。その分アロイの浸食も早まって、私の寿命もフルスロットルで縮むけれどね」

「な……待て、そんな事を許す訳には――!」

「やっ、ちょ、首を動かすなっての! 変な所に当たるでしょ!?」

「変な所ってどこだ、お前の命より大事なものか!?」

「デリカシーの話よバァカ! 次に無駄口開いたらマジで締め落とすからね!?」



 罵声を浴びせながら、更に高度を上げる。風が吹きすさび、シエラの白髪を揺らす。



「私だって引く訳にはいかないのよ! この星も、お兄ちゃんも全部守りたい。これ以上なにも奪わせたくない! だから私も命を賭けるし、つまんない意地も張らない!」

「……」

「アンタは許せない! こうして触れてるとイライラしてしょうがない! ……それでも、一緒にお兄ちゃんを助けるわよ。いい!?」

「……ああ!」



 シエラの叱咤に、オルトが力強く頷く。

 更に翼をはためかせる。上昇を黙って見過ごすアロイではない。渦から触手が飛び出し、オルト達に首を伸ばして迫り来る。無数の触手の奥には、光を溜める蕾も見える。



「まだ昇るわよ! アレの対処は任せたわ!」

「おう!」



 牙を並べたミキサーのような大口が迫る。オルトが左腕を振るい、溢れ出た金属の奔流がそれを頭の先から削り取る。

 直接接続された左腕から、食物を嚥下するような異様な感覚が伝わってきた。食欲は全く収まらず、寧ろもっととオルトをせき立てる。左腕はそのまま壁のように広がり、蕾から放たれた光線を全て飲み込んでしまった。



「気味悪い力ね、四次元空間にでも通じてるの? 超高熱の光線をスパゲティみたいに飲み込んでる!」

「自分の左腕ながらぞっとしないよ。だが相手も同じウィルムのアロイ、食欲には食欲だ。これがきっと、アイツに対する有効打になる」



 オルトは続けざまに左腕を振るい、空に昇ってくる触手を薙ぎ払っていく。

 異様な食欲はすぐに彼の左腕を侵食してくる。押さえ込むには強靱な理性が必要だった。オルトは魂を焦がす程の意志で、暴れる己の左腕と戦う。

 空気が薄く、凍える程冷たくなる。眼下のアロイが次第に小さくなり、とうとうその全貌が明らかになる。

 例え月から見下ろしても、アロイの姿はハッキリと認識する事ができただろう。有機物という有機物全てを覆い尽くし、アロイはまるで水槽に落ちた絵の具のように世界を銀色に覆い尽くしていく。

 比喩でもなくそれはタイフーンだ。質量を持つ渦。金属と破壊の暴風。



 その目を見つけるのは容易かった。破壊の猛威の中央に、黒い穴が開いている。

 いや――穴ではない。それは闇そのものだった。



 辺りの空気をビリビリと振るわせていながら、その黒い部分からは何も感じられない。

 その闇にだけ、自分の感覚が届かない。

 音も、光も、何も感じない。すくみ上がる程に絶大な、『無』という恐ろしいエネルギーを感じる。

 シエラが乾いた笑いを溢した。



「引く気はないんでしょうけど、一応説明しておくわ……大地を食い潰して消化した資源が、全部あそこに集まっている。とんでもない力で圧縮された事で、物質が物質であることすらも辞めて、原始的なエネルギーになって充満している」



 黒ではない。色を認識するための光が逃げ出す事ができないのだ。

 あらゆる物質も、原理も、法則も、次元の概念すらも通用しない絶対的な空間。

 宇宙の始まりを司る、全なる坩堝。

 ブラックホール。形を持たない単純なエネルギーの圧縮集合体。



「あの中で存在を保てる生物なんて存在しないわ。飛び込めばそれでお終い! 潰れるどころじゃない、最もシンプルな単一電子まで分解されて、エネルギーの一つになってごちゃ混ぜにされるわよ! 分かってる!?」

「ああ」

「分かった上で、そこに飛び込むって言ってるのよね!?」

「ああ!」

「そんな場所で、まだお兄ちゃんが生きてるって信じてるのよね!?」

「当たり前だ!」

「もう、ホント馬っ鹿みたい! アンタも、それを信じたいって思ってる私も!」



 高度は十分。覚悟も決まった。こうなれば一連託生だ。

 シエラが<ハーピィ>を動かす。巨大な羽が再び解け、シエラ達の周りを取り囲む。金属同士の擦れ合う音が、軽やかな音色となって彼女たちを包む。

 やがて<ハーピィ>は、巨大な円錐形となって二人を覆い隠した。天に突如現れたドリルは、重力に従って先端を真下に向ける。

 降下が始まる。秒速九.八メートルの重力加速度がシエラ達二人の肌を震わせる。

 星の引力をそのまま利用した自由落下。それはまさしく彗星の一撃。<ハーピィ>のドリルが回転し、迫り来る触手を片っ端から金属粉に変えていく。



「ブラックホールまで叩き込んであげる! そこから先は、アンタに全部任せるわ!」



 凄まじいGに魂を揺さぶられながら、シエラが叫ぶ。



「無茶よ、無謀よ。自殺以外の何でも無い! 私がやってる事は人殺し当然!」



 回転する金属片が視界を目まぐるしく煌めかせる。肌の震えで大地を認識する。

 瞳から溢れた涙が、上空へと舞い上がってきらりと輝いた。



「だから……だから、私を親殺しなんて呼ばせないでよね! 絶対に帰ってきて! 私を一人にしないで! いい!?」

「もちろんだ、シエラ」



 シエラの心からの叫び。それに応じる事に、理屈や理由など必要ない。

 怒りや哀しみの側に寄りそうのが父親だ。願いを叶えるために、共に歩むのが家族だ。



「約束だ。また、家族一緒に過ごそう……今度は必ず、お前を幸せにしてみせる」



 <ハーピィ>が大渦に激突した。

 凄まじい衝撃。千切れ飛ぶ金属の絶叫が円錐の中に木霊する。

 彗星の落下は止まらない。進路状のあらゆるものを破壊し、破砕し――分厚い金属の大渦を突き破った。

 ドリルの先端が開かれる。目の前に闇が広がっていた。



「行きなさい!」



 シエラの足が肩から外れ、オルトは落下を始める。

 夜よりも暗い漆黒。この世界に、本来存在しえない『無』の領域。

 オルトは<ハーピィ>を蹴り、躊躇せず飛び込んだ。

 闇が視界一杯に迫り、途方もない圧力に魂が戦く。

 この先に何があるのか、想像だにできない。未知への投身。不可能への挑戦。

 ――シエラもきっと、こんな恐怖を感じたのだろう。

 不意にオルトは十年前の離別を思い出し、自分がまだ謝れていなかった事に気がついた。



「……帰らなければいけない理由が、また一つできたな」



 一人ごちた言葉は、光すら逃れられない重力に飲みこまれる。

 漆黒が、彼の存在を塗り潰した。



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