2節
――惑星イル=グゥ――
『ゴミ箱』で育ったシエラにとって、感情を表に出すことは、死ぬことと同義だった。
両手を挙げて喜べば、心は油断する。その隙につけ込まれれば、ひとたまりもない。
泣きわめいてしまえば、心はもう立ち直れない。絶望の先にはとても酷い死しか待っていなくて、抗う力は二度と戻ってこない。
感情を隠すしかなかった。会いたいも、帰りたいも、全て不要だった。
心を頑丈な檻に閉じ込めて、暗幕で覆って、厚い岩で塞いで。泣いても喚いても叫んでも、誰にも聞こえないように。自分自身にさえ届かないように。
必要なのは憎しみだけだ。攻撃的な強い感情で、本心を封じ込めた殻に泥を塗って、分厚く補強する。そこに生きてやるという言葉を刻み込んで、呪文のように口ずさむ。
それが、シエラの心だった。
あらゆる感情を閉じ込めて、憎しみで覆い隠して、とうとう中に入っている感情がどんな物だったのかを自分でも忘れて、シエラは生きた。
生ゴミを囓り、凍える夜を越え、沢山の命を見捨て、沢山の人を殺す。
シエラは何も感じなかった。感じないと思い込んでいた。
いつの間にか、笑い方も泣き方も、忘れてしまっていた。
封じ込めた事すら忘れていたから、治し方なんて分かるべくもなかった。
――もし、その心の殻を破れたなら。
誰かの優しさによって、憎しみの泥を洗い流す事ができたなら。
殻の中に閉じ込めていた心は、きっと。
ずっと……ずっとずっと、泣いていたに違いない。
痛い。痛い。痛い。
胸が痛い。張り裂けそうだ。身体がぎゅっと縮こまって、心臓の鼓動が苦しい。
身体が燃え上がるように熱い。身体が殆ど自動的に動く。闇雲に<ハーピィ>を振るい、金属の触手を払い飛ばしていく。
熱い。熱い。頭がぼうっとする。自分が何をしているのか、どこに立っているのか、考えることができない。
分からない。分からない。この感情は何?
言葉にならない。痛い。熱い。痛い。熱い。
「ふぅぅ……! ふぅぅぅぅ……!」
ただただ、涙が止まらない。泣きたくて堪らない。
噛み締めた歯がギリギリと嫌な音を立てる。ぎゅるぎゅると巡る血液が耳鳴りを起こす。
身体ががむしゃらに動いて、あちこちが悲鳴を上げている。<ハーピィ>が宙を舞い、襲いかかる触手を端から切り落とす。
腕を止めたくない。止まりたくない。止まっちゃいけない。
そうしなきゃ立ち直れない。今度こそ、本当に自分は壊れてしまう。
金属の触手は、最早視界一杯を埋め尽くしている。無数の触手が渦を作り、辺りの大地を根こそぎ削り、巻き上げて喰らい尽くしていく。
渦は指数関数的に増長を続け、シエラはズルズルと背後へ押しやられていく。その度に胸が痛くなる。呼吸が苦しくなる。涙が溢れる。
分からない。自分の感情が分からない。
痛い。痛い。熱い。あつい。いたい。いや。
――いやだ。
「嫌だ……! 嫌だ……!」
離れてしまう。届かなくなってしまう。
あの中に行かなきゃいけないのに。金属の触手全てを切り落とさなきゃいけないのに。
助けなきゃいけない人がいるのに。
「嫌だ、嫌だよ、お兄ちゃん……! お兄ちゃん……!」
みっともなくべそをかきながら、シエラは兄を呼ぶ。
本当は、戦いなんて忘れて、平穏に生きたいのだ。
本当は、素直に笑って、胸に飛び込んで、会いたかったとうれし泣きしたかったのだ。
本当は……本当は、忘れた事なんて一度も無かったのだ。
宇宙で一番、お兄ちゃんが大好きなのだ。
だから、行かないで。
行かないでよ、お兄ちゃん。
「お願い……お願いだから! お兄ちゃんを返して! 返せ! 返せえ! 返せぇぇぇぇ!」
喉を振り絞って<ハーピィ>を疾らせる。
それでもシエラの武器は、立ち向かうには余りにちっぽけだった。
全身全霊を籠めて振るった一撃も、無数に沸き立つ触手の数本を切り取るのみ。次の一撃を繰り出す時には、アロイはそれ以上の増長を見せ、シエラを押し流していく。
息を吹きかけて台風を消すような無謀な行為だ。それでも、動かずにはいられない。
剥き出しになった心が泣き叫んでいる。十年ぶりの激情が、身体を支配している。
痛い。熱い。熱い。痛い。
つらい。さびしい。苦しい。悲しい。虚しい。嫌だ。
いや、いや。いやだ!
「失いたくない! もうこれ以上、私から奪わないでよぉぉ!」
子供のように泣きじゃくり、シエラは暴れる。その駄々が、金属の化物に届く事はない。
このままじゃ危ないと、理性が告げていた。目の前の驚異に、本能が全力で危険信号を発していた。けれど、悲しみに泣き叫ぶシエラの心はそれを聞き入れない。
最愛の兄を助けたい。その想いの前には、どんな道理も保身も関係ない。
辛いのはもう嫌だ。寂しいのはもう嫌だ。喪失を抱えたまま生きるのはもう沢山だ。
溢れる程の哀しみが、後退する事を拒んでいた。
けれど、感情を暴れさせれば解決できるほど、現実は甘くない。
怪物は情など持たない。金属なら尚更だ。
闇雲に突き出した<ハーピィ>が、アロイの渦に絡め取られる。金属片の連なった鞭が引き延ばされ、残っていた肘から先がみるみるなくなっていく。
「くっ――」
慌てて振りほどき<ハーピィ>を巻き戻す。タイフーンのような暴威に対して、その隙は決定的だった。
金属の奔流から幾本もの触手が伸びて、シエラに向けて襲いかかる。初動を逃したシエラに、全てを捌くことは不可能だった。
触手が、シエラの脇腹を深々と抉り抜いた。鈍重な一撃。腹がべこりと奇怪にへこむ。内蔵が押し潰され、空気が血と一緒に身体から飛び出る。
身体のどこかでメキリと、鳴ってはいけない音がした。
知覚できたのはそこまで。シエラの身体は礫のように吹き飛ばされた。木々をへし折り、何度も地面をバウンドし、木の幹に背中をしたたかに叩き付けた。身体がくの字に折れ曲がり、身体の中でまた異音がする。
「っ……こ、ほっ」
空気の抜けた肺が勝手に咳き込む。木の幹からずるりと崩れ落ち、立つ事ができない。
たった一撃。アロイの質量の前には、人体など紙細工よりもあっけなくひしゃげてしまう。
圧倒的だ。それも当然。相手は星を喰らう怪物だ。存在のスケールがそもそも違う。
ただの少女が立ち向かうなど、本来有り得ない事。こちらもアロイの力を借り、沢山のサポートを受けて、やっと並び立てる相手。
たった一人。無謀な挑戦とすら呼べない。シエラがしていることは、ただの自殺だ。
……そんなこと分かってる。
勝てない。分かってる。
馬鹿なことをしている。分かってる。
自分は死ぬ。お兄ちゃんは助からない。……分かってる。
理屈では全部、分かっているのだ。
「いやよ……! お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」
それでもシエラは、泣きじゃくりながら、金属の腕を地面に食い込ませる。
ボロボロになって震える身体を強引に動かし、木に背中をこすりつけながら起き上がる。
「取り戻すの。あの時の幸せな生活を。楽しかった時間をやり直すの。また一緒に暮らすの。それができないなら、私は……」
心が虚ろな言葉になって漏れていく。
もう、マトモな思考は浮かばない。手に入らない物を求めて泣きじゃくる。
頭がぼうっとする。体中が痛くて、重くて、力を出す為の糧が絶望的に足りていない。両手の<ハーピィ>が信じられない程に重い。まるで<ハーピィ>の方が、戦う事を放棄しているようだ。身体の一部を捧げた武器にさえ、自分は見放されたのか。
視界が曖昧に霞む。ぼやけた視界を、金属の奔流が埋めていく。
「いや……」
今になって、寂しさが押し寄せる。
十年間言えなかった孤独が口をつく。
今更、自分がただの少女であることを思い知らされる。
本当はずっと、助けて欲しかったのに。心の穴を、埋めて欲しかったのに。
自分は最期まで、失って、欠け続けて、空っぽのままで……。
「助けて……」
俯き、振り絞る言葉を、金属の奔流が飲み込んでいく。涙で濡れた顔に、無慈悲な死が迫る。
手遅れの一歩手前で、やっと気づけた。
自分は、ずっと、この絶望から救って欲しかったのだ。
「誰か、助けて、よ……おにいちゃんを、助けて……わたしを、たすけて……!」
銀色の奔流がシエラを包む。命の灯火が飲み込まれ、世界が永劫の暗闇に満ちる。
――その暗闇に、一筋の光が差した。
絶望に射し込んだ一閃は、シエラの脇を通り抜け、迫りくる触手に激突する。
怒濤の奔流を逆に押し返し、視界を埋める銀色に風穴を開けた。
抉れた空気が爆風を産み、シエラは咄嗟に目を瞑る。
「――待たせてすまない」
無骨な男の声に、シエラが顔を上げる。
目を開けた先に、大きな男の背中があった。
一縷に鍛え抜かれた、獅子のような精悍な巨体。その手には、まるで一人の人間が魂を賭して彫り上げたような、猛々しい意匠を持つ石の槍。
戦士はシエラを守るように、金属の渦に立ちふさがる。
「ぱ、ぱ……?」
「助けに来たぞ、シエラ」
オルトは振り返り、唇を上げて微笑んだ。
蛇のように襲いかかった数本の触手を、槍の一振りで消し飛ばす。片手間に触手を裁きながら、オルトはシエラを抱えて後方に跳躍。破壊の轟音が一気に遠ざかる。追従してきた数本の触手は、投擲された槍によって立ちどころに爆散した。
渦から大きく距離を取ったオルトは、森の中にある小高い丘に着地し、シエラをゆっくりと下ろした。
「なん、で、あんたがここに」
「家族を助けるためだ。理屈じゃない。お前がここで戦っていたのも、きっと同じだろう?」
オルトはそう言って膝立ちになると、シエラの顔を覗き込んだ。
怪我と泥で汚れきった顔。押し殺していた感情が溢れたせいで、表情はくしゃくしゃに歪んでしまっている。
その肩に手を置いて、オルトは微笑んだ。
「よく頑張ったな、シエラ」
「っ……」
「分かってる。都合が良いよな。俺が父と名乗ることは、まだ許されないだろう。だが、それでも俺はお前の――お前達の父親なんだ。守りたい。幸せになって欲しい」
目の前の壮年の男に、兄の姿が重なる。
十年間求め続けていた優しい言葉が、シエラの心に光を射し込ませる。
「身勝手と思われるかもしれない、余計なお世話かも知れない。それでも、父親として在らせてくれ。できる限りの事をさせてくれ」
今この瞬間、シエラには憎しみも、怒りもなかった。
溢れていた感情が、ようやく受け止めてくれる先を見つけて、彼へと流れていく。
肩に乗せられた手に、金属の腕を重ねる。
その手で温もりを感じる事はできない。彼の腕の力強さを感じる事はできない。
だから、彼の手に頬を押しつけ、縋るように涙を流す。
「……パパ……」
そう呼ばれる資格は、まだ彼にない。きっと自分には、言う資格もないのだろう。
けれど今は、今だけは、縋り付くことを許してくれ。
「お願い、パパ……お兄ちゃんを、助けて……!」
「もちろんだ」
迷いのない返答。端的で不器用な返答。シエラにとっては、それだけで十分救いだった。
オルトは大地から槍を産み出し、手の中で鮮やかに踊らせる。
眼前には星を蹂躙する金属の渦。森を抉り、山を喰い、今尚膨れあがる惑星の破壊者。
人が抗うなど決して不可能な、天文の領域に立つ存在。
にも関わらず、彼は決して怯まない。一本の槍を手に、悠然とアロイに歩を進める。
「我が子を貰おうというなら、親への面通しが筋というものだろう」
泰然とした様相は、決して彼が戦う為に産まれたからではない。
守るべき、愛する家族が、その先に居るからだ。
「覚悟しろ、アロイ――お前のような奴に、俺の息子は絶対にやらん!」
猛々しく叫ぶ。それに呼応するようにして、アロイの触手が敵意を向ける。
ドーム状を形作っていた渦から、巨大な触手がゆらりと持ち上がる。
現れた蕾状の触手は、計五本。
蕾は一度ぶるりと震えたと思うと、真白の閃光がオルトに降り注いだ。
大地は抉られ、木々は瞬時に蒸発する。オルトは身を翻して光線の射線から外れる。
木々の間を駆け抜けながら、槍を投げ放つ。蕾の一本が根元から千切れ飛び、金属の破片を撒き散らしながら、巨体がゆっくりと渦の中へと消えていく。
オルトは即座に槍を産み出し、続け様に投擲。宙を蠢く蕾を全て吹き飛ばす。
「オ、おおおおおおおおおおおお!」
かつてない程に力が漲っていた。父としての意地が、戦士としての矜恃が、底知れない気力を漲らせ、槍を握る力に変わる。
慟哭と一緒に放った槍が、大渦に突き刺さる。金属が引きちぎれ開いた大穴に向けて、オルトは叫んだ。
「カイン、聞こえるか! 目を覚ませ――カイン!」
しかし、オルトの声は息子には届かない。
<楔>としての凄まじい彼の力も、単純な質量差では凌駕されていた。先ほどオルトが穿った穴も、すぐに補充されて消える。高速で蠢くアロイの渦は厚く、惑星を削り続ける轟音でオルトの声はかき消される。
この破壊の渦の中から、一人の人間を救い出す。それは海底に沈む小さな宝石を上空から眺めて探すような、不可能に等しい芸当だった。
もちろん、『ただ不可能なだけ』なら、オルトはどれだけの時間、どれだけの労力を割いても、カインを見つけ出して見せるだろう。
だが、こうしている間にもアロイは着々と星を削り、質量を増大させていく。カインが生きている可能性は、刻一刻と極小から絶無へと変わっていく。
負ける気はない。活力は充ち満ちている。ただ時間だけが、余りにも足りない。
そして相手は、打開策を探す暇を与えるような甘い生き物ではない。アロイは一度大きく鼓動したと思えば、再び渦の中から、巨大な蕾が顔を出した。
「くそっ、際限無しか」
吐き出される光線を避けながら、オルトは再び槍を産み出し、蕾を吹き飛ばす。崩れ落ちた蕾はアロイの渦の中で分解され、また新たな蕾を産む資源となる。
星が金属に飲まれていく。アロイの渦はますます拡大し、カインへの距離が遠ざかっていく。
これが、アロイ。旧世界の支配者たる幻獣を素体とした、星を食う金属。シエラを絶望に追い込んだ質量差が、焦燥感となってオルトを責める。
「無念だ。またとない再戦を、楽しむ暇がないとはな!」
蕾の光線と、オルト投擲はほぼ同時。互いの全力の一撃は交錯し、槍が光の中を突き進む。槍は勢いを落とさずに蕾を貫き、金属の破片を空に巻き上げた。放射線状に拡散した光線は、大地のあちこちに破壊を撒き散らす。
オルトの背後の空で爆発音がした。
振り返れば、小さなグライダーが、煙をもうもうと吐き出していた。片翼の壊れたグライダーは、機体をぐらつかせながら、オルトの元に落下してくる。
グライダーは胴体着陸を行うと、大地に機体をめり込ませながら、オルトの隣で停止した。
プスプスと火花をあげるグライダー、その前面のステレオマイクのような部位が、黄緑色の光を波立たせた。
『皮肉――AIたる私でも、全く予想できませんでした。まさか光エネルギーを槍で打ち払い、拡散させるとは。あなたには常識が通じませんね』
「その声……カフカか?」
『肯定――貴方を追ってきました。艦長と通信が繋がっています。私のボディに内蔵の通信機なので、今度は苛ついても壊したりしないように』
そう前置きしつつ、カフカの黄緑色の光が波打ち、別人の肉声が響く。
『聞こえるな、オルト・ディケンズ』
「……ああ」
『時間もないだろう。この惑星にとっても、残された猶予はそう長くない。もうお前を止める気は無い。だがこれだけは聞かせろ』
今すぐにでもアロイに駆け出したい気持ちを抑え、オルトはその声と向き合う。激戦地にカフカを飛ばしてまで行う会話が、ただの問答で終わる筈がない。
『お前の抱く思いとは何だ』
「家族を守る。それだけだ」
『その為に、お前は戦い続ける覚悟はあるか。どんな困難が降り注ごうとも、どんな重圧を受けても、地獄のような苦しみを味わおうとも……そこに守るものがあるならば、お前は戦う事ができるのか?』
通信機越しとは思えない迫力。艦長の冷徹な声が、彼の真意を問う。
ここが人生の分岐点だと直感した。この瞬間、オルトは己自身を試されていた。
――だからこそ、オルトは信念を貫き、一切迷わない。
「当然だ。何を疑う必要がある」
艦長の問いを一蹴し、自分の胸に拳を乗せる。
「俺は<楔>だ。数千年に一度の戦いを待つ事が、俺の存在理由だった」
無念ばかりの人生だった。アロイという巡り合わせがなければ、幻獣ウィルムは眠り続け、オルトは悔しさに涙を流しながら、老いて朽ちてゆく運命だっただろう。
生涯、オルトは虚無を抱えたままのはずだった。その運命が、今日覆された。
「守るために戦える。生きる理由が、戦う理由がある。俺は父として、子供達を守りたい。これからの生活を隣で支えたい。これ以上に、一体何を求めるものか」
空っぽだった心に、決意が満ちる。ひたすらに鍛え抜かれた身体に、魂が漲る。
全てを捧げる覚悟など、今更聞かれるまでもない。この瞬間戦う事が。息子を救い出すことが、彼の存在理由そのものでさえあった。
『……分かった』
通信機の向こうで、艦長は静かに頷いたようだった。
カフカのグライダーのボディに、黄緑色の光が走る。光の線が小さな円を描いたと思うと、そこが滑るように飛び出てきた。円柱状の突起は、ガラスで覆われたシリンダーになっている。
突然姿を現したそれに、オルトは目を奪われる。
紅い光を宿す金属が、ガラスの筒の中で浮いている。理を外れた様相は、思わず跪きたくなるほどの膨大なエネルギーを感じさせる。
先ほど、スウィニーによってひけらかすように見せられたアロイのコア。それが今、オルトの目の前で浮遊している。
『忠告しておくが、決してお前に譲渡する訳ではない。それは一個人が持っていい物ではない。全てのアロイは<カラドリオス>が管理する。それは所有したお前も含めての事だ』
「……助かる」
『通信機越しの礼など何の足しにもならん。必ず返しに来い――幸運を祈る』
最後にそう激励して、通信は終了した。
紅い光が、呼吸するように明滅を繰り返している。
無機質な金属の核は、まるでオルトの手に収まるのを心待ちにしているようだった。
グライダーが微かに身じろぎし、カフカが言った。
『警告――後悔しませんか、オルト様』
「後悔するとすれば、たった一つだけだ」
オルトは迷い無く、己の左手を差し出す。
鋭い音を立ててガラスの扉が開かれた。大気に触れたコアが、一層強い光を放つ。
「俺はもういい年で、子供も思春期真っ盛りだ――こじれる前に、できればもっと早く、こうしたかったよ。それだけだ」
オルトは晴れやかな顔で微笑み、これまでの無為な人生に別れを告げた。
『<カラドリオス>へようこそ。歓迎します、オルト・ディケンズ』




