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選ばれしオッサン、宇宙の最果てで『星喰い』を打倒する  作者: オリスケ
辺境星のモラトリアム
3/33

2節




    ――星域区ZⅨ:F6LR8 惑星イル=グゥ――





 温かな初夏が訪れる。

 遙か遠くで燦々と燃える恒星が、ほんの少し顔を近づける季節。その夜明けは一際心地よかった。木々がそよぎ、鳥がさえずり、いつになく待ちわびたような反応を見せる。



 イル=グゥは小さな惑星だ。恒星は遠く、冬になれば強い冷え込みに苛まれ、食べられるような資源は一気に取れなくなる。だから住民は夏のうちに畑を耕し、家畜の飼料を用意し、冬を乗り切る分の蓄えを作らなければいけない。

 夏場の集落は、夜明けと共に目覚めを迎える。全部で十五世帯、住民は総勢でも六十名を下回る小さな集落だ。

 森の中、木を切り開いて作られた平原の中に、木々を組んで作られた平屋が立ち並んでいる。草原の端には広い木柵が組まれ、家畜が数頭、悠々と草をはんで過ごしている。

 小さな子供とその母親を除いて、仕事は全員一丸となって行われるのが常だった。今日も今日とて、集落のあちこちで一日を働く為の準備に、人々がせわしなく動き回っている。



 そんな朝の喧噪から、少し距離を置いた所。

 村の端の方に、少女が一人佇んでいた。

 あどけない顔に浮いたそばかすを気にしながら、そわそわと体を揺すっている。



「ククル~? そろそろ行くわよ~」

「ごめーん、もう少し待って!」



 遠くから母親に声をかけられた少女は、振り返ることもせずに、よく通る声で返事を返す。

 視線は草原の向こうを見つめたまま。小さな手提げ籠を腰の前で大事そうに持ち、随分と落ち着かない様子だ。



「うう、遅いなぁ。もうすぐ出ちゃうのに……」



 そんな文句が、つい漏れる。集落の皆はほとんど準備を終えていて、こちらの様子を伺う物好きな視線を感じて居心地が悪いったら有りはしない。

 遅いなぁ、遅いなぁ。気持ちばかりそわそわしてしまって。

 意味もないのにつま先立ちして、より遠くの方を見ようと頑張ってみたりする。



「ククルー!」

「もう、待ってったら! 今日は特別だって、皆も分かって――」

「違う、上だ! 落ちてくるぞーー!」

「上?」



 泡を食った叫び声につられて見上げた、上空。

 夏真っ青な空を悠々と泳ぐ鳥たちの中に、奇妙な影が一つ。

 影はククルの視界でみるみる大きくなり、数百メートルの距離をあっという間にゼロにして。

 隕石のように勢いよく、ククルの目の前の大地に激突した。

 ドウッ! という衝撃波が空気を揺るがし、ククルの服をバタバタとはためかせる。


「きゃあああっ!?」

「おはようククル!」


 おっかなびっくり閉じた目をようよう開けば、ククルの目の前には一人の少年がいた。着地の衝撃で舞い上がった草をはたきながら、にこやかな笑顔を向けている。



「今日もいい天気だね、朝駆けにも最高の日和だ」

「もうっ! いきなり飛び込んでこないでよカイン! びっくりしちゃうじゃない!」

「ごめんごめん、ククルが待ってるのが見えたから、つい」

「う……そ、そうだよ。カインが遅いから待ってたんだよ。もうみんな出ちゃう所だったんだから!」

「え、嘘?」



 彼が慌てて、振り向き、空に浮かぶ恒星の場所で時刻を確認する。



「いつもと同じくらいじゃない?」

「いつもと同じだけど、それじゃ遅いのよ。昨日は雨が降ったでしょ。今日は皆で陸藻を取りに行くのっ。冬ごもりに向けた大事な保存食作り。いつもやってる事じゃない」



 彼が目を丸くして、露骨に「しまった」という顔を作る。

 柔和な人好きのする顔立ちをしていた。肌は若く瑞々しく、風を受けて流れる髪は流麗で、どこか花のような可憐さを感じさせる。その一方で、細身の体にはしっかりと筋肉が付けられ、戦士としての意匠をその体に携えている。

 名前をカイン・ディケンズ。凛々しき力強さを持った好青年は、ククルの背後から様子を伺う集落の皆の好機の目に晒され、照れくさそうに頭を掻いた。



「あっちゃー……ごめんねククル。ずいぶん待たせちゃったみたいだ」

「べ、別に、気分を悪くするほどじゃない。そんなには待ってない、けど……っはい、今日のご飯」



 もにょもにょと口を動かしたククルは、赤くなった頬を隠すように腕を伸ばし、手にしていたバスケットを押しつけた。

 にこやかに笑って礼をして、それからカインがふと首を傾げる。



「でも、どうして僕を待ってたの? いつもみたいに、遅れたときは玄関先に置いてくれればよかったのに」

「そっ……それは」



 ククルの頬が、ぼっと熱くなる。好機の目を背中に感じ、緊張で体がびくりと固まる。

 どうして待っていたのか。理由はちゃんとある。後は一回、勇気を振り絞るだけだ。



「その……今日の、サンドイッチのパン。おばさんにふっくらさせる方法を習って、自分で作ったの」

「へえ、ククルがいちから作ったんだ。凄いね」

「あ、ありがと。だから、ええと……か、感想! 味の感想、ちゃんと聞きたいな……って」



 自分でも妙な意見だと思う。カインの昼食は、毎日自分が作っているのだ。何も今日伝える必要はないし、引き留めるほど大した理由でもない。だいいち、彼が「おいしかった、ありがとう」とククルを褒めることを欠かした事はない。

 それでも、カインは疑う様子ひとつなく、嬉しそうに笑った。



「感想だね、分かったよ。今から食べるのが楽しみだ」

「そ、それともう一つ! もう一つ、なんだけど……っ!」



 上擦りそうになる声を必死に押さえて、ククルはカインのお礼を遮った。カインがきょとんと目を丸くして、首を傾げる。



「もう一つ、何?」



 背中で感じる視線がこそばゆい。集落の皆の「いけ、言っちまえ!」という心の声を感じる。

 いつの間にか顔を俯かせている。真っ赤になった顔を見てほしくない。けれども顔を上げなければ、変な風に思われてしまうんじゃないか。そんな葛藤が胸に渦巻く。心臓が緊張でバクバクしていて、心臓麻痺を起こしてしまうのではと不安になる。

 何度も深呼吸して、やっとの事で覚悟を決めた。胸元を握りしめて、用意していた言葉を紡ぐ。



「その……今日、雨上がりで晴れてるから、雲も少ないと思うの」

「そうだろうね。今日は本当にいい天気だ」

「だから、ね? 久しぶりに、月見をしたいの。カインと、二人で。そこで聞かせて……ご飯の感想とか、色んな事」



 たったそれだけ。夜を一緒にすごしたいとお願いするだけで、一生分の勇気を使い果たしたような気がする。

 分かりきっている。彼の答えなんて、手に取るように分かるのだ。

 顔を上げれば、当たり前のように、笑みを浮かべたカインの無邪気な顔がある。



「分かった。じゃあ、夜に迎えに行くよ!」

「う、うん……約束だよ。待ってるね? 待ってるから……」



 それから二、三言葉を交わすと、彼はいつもの日課の為に草原を走り去っていく。彼の姿が小さく見えなくなってから、ククルはどっと肩の力を抜いて、その場にへたり込んでしまう。

 背後からかけられる集落の皆の冷やかしが、今はただただくすぐったかった。




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