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選ばれしオッサン、宇宙の最果てで『星喰い』を打倒する  作者: オリスケ
辺境星のモラトリアム
4/33

3節


 断崖絶壁の縁に立つと、涼しい風が吹き付け、カインの後ろ髪をたなびかせる。

 眼前の白い大地は、視界一面、地平線の向こうの更に先まで広がっている。

 曰くこの白水晶の大地は、六千年程前の"戦い"の際に生まれたものらしい。



 カインは崖の淵で顔を上げ、それを見る。

 山のようにそびえる巨体。

 見るからに残忍な、棘だらけの甲殻を持つその存在は、何百キロと広がる白い大地が自分の縄張りであると主張するように、今にも動き出しそうな意匠で座している。



 幻獣。

 かつて太古に存在し、条理を超越した圧倒的な力で世界を蹂躙していた、不死の生命体。

 そう、奴らには"死"の概念がないのだ。今は魂を奥底に仕舞い、長い休眠に入っているとされている。

 何千、何万年という時を隔てた後に、奴は再び動き出し、あの巨体で星を蹂躙するのだ。

 全てを滅ぼさんとする。自分が宇宙の支配者だと、再び誇示するために。

 まったく、なんて馬鹿げた現実だろうか。

 カインは深呼吸を一つ。空気を胸一杯に取り入れて、気合いを入れ直す。



「よしっ」



 軽やかな声。同時にカインは地面を蹴り、絶壁から身を投げ出した。

 ふわりとした浮遊感。体を縛る重力がなくなり、星の摂理から一瞬だけ解き放たれる。

 八十メートルの自由落下。そよ風がすぐに暴風に変わり、真白の大地がみるみる迫る。

 激突する直前で、カインはくるりと身を翻し、絶壁を思い切り蹴りつけた。

 超人的な膂力で以て下向きの落下エネルギーを全て打ち消し、斜め上へと飛翔。

 鳥のように滑空する。その手に握ったバスケットから、フルーツが一つふわりと浮く。



「おっとっと」



 空中を踊るフルーツを器用にキャッチし、カインは軽やかに白い大地に着地した。



「危ない危ない。今日は特別大事にしないといけないのに」



 赤い果皮に傷がついてないことを確かめて、ほっと安堵の吐息を一つ。採っただけの果物とはいえ、彼女が端正込めて用意してくれたのだ。大事にしなきゃ不幸がやってくる。

 バスケットの布を取ると、綺麗に具が挟まったサンドイッチが四つ。一つ一つの綺麗な形は、彼女の几帳面な手つきが目に浮かぶようだ。

 台所に立つ光景を思い浮かべて、カインは頭を掻きながら、嘆息一つ。



「今夜か……参ったなぁ」



 聞く者のいない呟きを一つ、カインは広大な白い大地を悠然と走り始めた。人

 間の領域を遙かに越える規格外の速度で、瞬く間に大地を駆ける一陣の風になる。



 時間にして二十分のジョギングを終えると、眼前に巨大な裂け目が現れる。

 幅は二〇メートル以上。覗き込むと遙か遠い底の方で、地核を形成するマグマの橙色の光が細い線になって輝いている。

 勝手に『星の口』と呼んでいる裂け目に、カインはひらり跳躍して身を投げ込んだ。所々に突き出た白水晶の塊に腕を引っかけ、ステップを踏み、危なげなく下っていく。



 壁面には幾つもの横穴が開いていた。かつてここに流れていた地下水脈の跡だ。拳大の穴からカインの背丈を越えるものまで様々。白水晶の地下に複雑な自然の迷宮を形成している。

 しばらく降りた所に、一際大きな横穴が穿たれていた。縦横それぞれ五メートルはある。内部は地下のマグマの橙色に地表からの陽光の白が混ざり、神秘的な温みある色に染まっていた。足元は地熱でほんのりと温かく、心地よい熱気をたたえている。

 硝子の破片を踏みつけると破裂音が木霊する。どこか張りつめた静寂の中を進む。

 洞窟の奥には大きなドーム状の空間があった。空間の最奥には、一か所だけ天上に穴が穿たれており、地上まで続いている。そこから陽光が燦々と差し込み、光の帯を下している。



 眩い陽光に照らされるのは、白い大岩だった。岩肌に浮かび上がっている粗々しい棘や鱗は、決して人為的に彫られたものではない。

 地上に眠る幻獣の、ちぎれた体の一部だった。

 小山のように鎮座するそれに、夥しい数の槍が突き立てられている。

 一目見ただけで、その槍全てが、途方もない業物である事を確信するだろう。

 白水晶、骨、木……材質は異なれど、いずれも一つの物質から削り出して造られた、継ぎ目のない構造だ。穂先は恒星を身に宿したかの如き鋭い刃の光沢を放っている。

 槍の中には、数千年前に生み出された太古のものまである。それなのに、穂先の輝きはまるで衰えを知らず、今尚獲物を探し、胎動しているようにすら感じられる。



 全ての槍に、込められた一人の魂と、並々ならぬ執念を感じる事ができる。

 気安く触れば切り伏せられてしまいそうな、圧倒的な剣気、おぞましくさえある闘志。

 槍の突き立てられた白岩は、かつての戦士達を祀る祠だった。

 “楔”と呼ばれる一族。幻獣を斃す事を使命とした古代の遺伝子。

 幻獣が目覚める度に代を刷新し、カインで八期目、千六百八十代目となる、

 カインの祖先にあたる強者達の、脈々と受け継がれてきた戦士の魂が、ここに刻み込まれている。



 槍を突き立てた祠の前に、男が一人座っていた。

 巌のように逞しい肉体をしていた。服越しでも筋肉はハッキリと浮かんで見える。カインと同じ色の髪はカインとは正反対に硬質で、鬣のようなそれを無理矢理後ろに撫でつけていた。

 鍛え抜かれた肉体で胡座をかいて座っていると、まるで小山か、そうでなくとも石を削りだして掘られた彫像のようだ。



「父さん」



 カインが声をかけると、不動の背中が僅かに反応し、鬣のような白髪が揺れる。

 振り返った男は、体型に似合わない穏やかな目をしていた。男は髭の浮いた口を緩めて、息子に笑顔を向けた。

 オルト・ディケンズ。一六七九代目の『楔』にして、カイン・ディケンズの父親。

 未だ精悍な年齢ながら、荒々しく伸ばした髭のおかげで老人のような雰囲気も纏っている。魂は生気に満ちていながら、笑顔は達観した穏やかなもの。そういうあべこべな、活力と年期を同時に感じさせる大樹のような男であった。



「早かったな、カイン」

「そう? てっきり、また遅いって言われるかと思ってた」

「また?」

「ううん、こっちの話。はい、父さんの分」



 赤い果物をひとつオルトに手渡し、カインは父の隣に座った。

 オルトは礼を一つ、果物にかじり付く。租借音が神秘的な静けさを和ませる。



「うむ……旨いな」



 父親ののんびりした声に、カインが思わず苦笑する。



「三〇年食べ続けてさすがに飽きたとか、この前言ってなかった?」

「代わり映えはしないがな。旨いのは旨いさ、それは間違いない」

「それは良かった。森に聞かせてやったらさぞ喜ぶだろうね」



 何気ない、男二人の弾まない会話。それでも沈黙は心地よく、父と息子という間柄にとってはそれで十分だった。

 カインは自然な様子で、祠を見上げる。



「この祠、前の戦い……目覚めた幻獣を倒した時から、新しく作られたんだよね」

「そうだ……と、聞いている」

「僕が一六八〇代目で、父さんが一個前。それじゃあここには一六七八本刺さってるわけだ……何本あるか、ちゃんと数えたことあったっけ?」

「ずっと昔、お前達がまだ小さいとき一度……途中で断念したがな。すっかり飽きてしまったお前達をなだめるのが、とにかく大変だったんだ」



 くつくつと喉を鳴らして笑う。変に気取らない親子の会話。

 自然に出た『達』という言葉が、妙に寂しく、カインの脳裏に響いた。

 それを努めて無視して、カインは言葉を続ける。



「僕らの前は、ウィルムは何万年眠っていたんだろうね……そろそろ、ぐばっ! て起き上がっても、おかしくなさそうだけど」



 期待を込めて、カインが楽しそうに言う。

 ウィルム。それが、彼らが待ち続けている、戦うべき大いなる存在の名だ。

 銀河系における最強の生物群である幻獣(ファンタズム)に名を連ねる、太古の怪物。死の概念を知らない、不滅の獣。

 幻獣が目覚めた時、世界は崩壊する。遙か古い伝承では、そう言い伝えられている。

 そんな生物の目覚めを、カインは晴れやかな顔で想像する。オルトが呆れた笑いをこぼした。



「相変わらず、不謹慎な奴だ」

「だって、父さんが僕をしごき倒すのは、全部全部、いつか目覚めるウィルムに立ち向かうためでしょ? 『楔』として産まれたなら、戦う事が僕らの本懐だ。どうせいつか目覚めるなら、僕らの代でもいいじゃないか」

「勝ち気なのはいいがな。勝てなかったときは、この星はおろか、全宇宙が危機に陥るんだ。本当に大丈夫か?」

「勝てるさ。僕と父さんなら、絶対に」

「……」



 微塵も敗北を疑わない、そんな力強い言葉。

 ひたむきに前を向く気力に眩しさを感じて、オルトは眉を持ち上げ、押し黙る。



「……あ、でも、目覚めるならここ数年がいいかな。父さんが耄碌する前じゃないと流石にしんど――だぁ!?」

「まだそんな年じゃないわ、馬鹿者が」



 口の回るカインを拳骨で黙らせてから、オルトは頬の皺を深めて笑う。



「まあお前の年なら、生意気な方が可愛げあるというものだ。俺も昔が懐かしいよ」

「枯れた花ほど実を慈しむっていうやつだね。わかるよ父さん最近眉間の皺が――ごうっ!?」

「よーし今日の鍛錬はいつもの倍だ。年期の違いを嫌と言うほど教えてやる」

「ぐぉぉぉ……! ウィルムの前に父さんに殺される……!」



 二発目の拳骨に悶えるカインを尻目に、オルトは果物を平らげて立ち上がる。



「ほら、ボサッとするな。早く上に登って始めるぞ」

「あ、待って父さん! まだ挨拶してないから!」



 そう言って、カインは祠の隣を指さす。

 オルトは指さされた方向を見つめたまま、しばし沈黙する。

 一体、その目の奥に何を思うのか……それを言葉で表すのは難しい。



「……先に上で待っているぞ」



 それだけ言うと、オルトはカインに背を向け、出口に歩き去っていった。

 カインはバスケットから自分の分の果物を取りだす。



 洞窟の隅に、小降りな白岩がある。そこには木で作られた二本の槍が、交差する形で突き立っている。

 二本の槍の状態は、まるで違っていた。一本はあの祠に負けず劣らずの意匠を誇り、表面には劣化の一つも見られない。反面、もう片方の槍は今にも崩れ落ちてしまいそうだ。酷く腐食し、所々に穴がほげている。

 十五の歳にカインが『能力』に目覚めて、初めて作った槍。その出来映えを見ると、今でも気恥ずかしさを覚えてしまう。

 対して、カインのと交差する父の槍は、目標の一つだ。未だ壮年でありながら、生み出す槍は既に他の先祖にひけを取らない。父は間違いなく、歴代でも屈指の戦士だろう。

 負けてられない、と思う。

 いつか、自分の槍が崩れ去らない内に、父を越える槍を創り、彼女の手向けにするのだ。こんなに立派になったぞと、自信満々に。



「その時はもうすぐ……いや、そんなには遠くない、はず」



 笑って、父の槍の穂先で、果物を半分に切り分けた。

 二つともを小山の前に置くと、カインは拳を胸の前で合わせて、静かに瞑目した。



「母さん……シエラ……」



 ここには、カインの家族の魂を眠らせている。

 遺体はない。物心付く前に病気で死んだ母親は、灰にして森に蒔いた。

 双子の妹の遺体を、カインは見ていない。オルトは見るべきでないと言って、焼いて灰になるまでカインを遠ざけた。



 齢八歳の時に、妹は足を滑らせて、谷底に転落した。

 酷い事故だと聞いている。ぐしゃぐしゃだったと聞いている。

 魂の消えた妹の姿を、見るべきだったのか、見ないで正解だったのか。その疑問は今もカインの脳裏にこびり付き、決して消えようとはしない。

 だからせめて、彼女がいた事は決して忘れない。幼い頃、一緒に森を走り回って遊んだ思い出を、色褪せさせない。

 だからここに墓を立てた。死してなお消えぬ繋がりとして。自分の決意の証明として。

 シエラの分まで、自分は強くなると決めた。彼女の無念を果たすと決めたのだ。

 それ以来、カインは毎日ここに訪れ、墓の前に祈りを捧げている。

 妹を失ってから、十年もの間、ずっと。



「……今日、ククルに月見に誘われちゃったよ。二人きりって、凄く強調されて」



 一人ごちて、カインはクスリと微笑を漏らす。

 星の綺麗な夜に、女性が男性を誘う。その意味が分からないほど、カインは愚鈍ではない。

 元より六十名弱の集落。年の近い女性など彼女以外にはいないのだ。



「父さんにも後で伝えるけれど、どんな反応をされるかな。笑ったり、冷やかしたりされるかな……どうせ「そうか」としか言わないだろうけどね」



 カインは静かに頭を垂れる。着いた片膝から、地熱がじんわりと登ってくる。



「参ったな……僕も随分、大人になっちゃったよ。ついこの前まで、シエラと森で遊んでいた気がするのに」



 幻獣ウィルムと戦う使命を帯びて、鍛え続けて、十年。

 あっという間だ。自分でも驚くほどに早く自分は大人になり、季節は風のように過ぎ去っていった。

 何せ比べる対象が違う。目覚めを待つ相手は、何万年も眠り続ける怪物なのだ。

 自分の一生だって、いびき一つの間の、刹那の命に過ぎないのだろう。

 そんな生物の目覚めを、自分は待っている。

 妹の墓標の前で、彼女の魂を感じながら。



「きっと、無駄にはならないさ……見ててくれよ、シエラ」



 カインは笑う。いつの日か合い見える、心躍る闘いを待ち望んで。

 夢見る彼の隣に立つ祠は、千を遥かに超える数の、振るわれることなかった無辜の魂が、刃となって眠っている。



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