6節
「何だあれ……かっこいい……!」
カインは最後まで、何が起こったのか理解できない。
集落に向かっていた千切れた頭部の群れに気づき、何とかしようと走り出した瞬間。緑の線を描くグライダーが飛来すると、生み出した球体に捉えた全てを、跡形もなく消し飛ばしたのだ。
自分の知らない文明の技術。全く理解できない光景。
だからこそカインの目は、子供のように輝いてそのグライダーに釘付けになった。大きく手を振ると、上に乗っていた少女が控えめに手を上げて応えてくれる。
邂逅は一瞬。グライダーは黄緑色の光を引いて空を駆け、ウィルムの巨体の裏側へと消える。
その光を覆い隠すように、ウィルムの巨体が大きく震えた。
黒い塊にしか見えなかった胴体が激しく脈動し、渦巻くそこから何かがせり上がってくる。
形状こそ今までと同じ円柱状をしているが、その大きさは段違いだ。単純な横幅だけでも数倍はある。これに比べれば、先ほどまでの頭は、大樹の前に飢えられた麦の一束程にしか感じられない。
せり上がってきた大頭が、恒星の輝きを遮り、大地に影を落とす。
その影の中で、オルトは笑った。度を超えたスケールの大きさは、彼にとってたまらない愉悦となって心を震わせる。
「フン、多少デカくなったぐらいで、我々をどうにかできると?」
挑戦的に槍を握りしめる。それに呼応したように、大頭が動く。一度ゆらりと揺らいだかと思えば、支えを失った大木のように、オルトに向かって落ちてきた。
幅十キロ、高さにしてその数倍はあろうかという金属柱が、唸りを上げてオルトに迫る。
ただただ単純に巨大。それ故に比類無き一撃。回避も受け止めることも許さない、質量差による絶対的な圧殺。
その只中において、オルトは吼えた。まるで抱き留めようとでもするように両手を広げ、満面の笑みでそれを迎え撃つ。
「そうだ! もっと俺を驚かせてみろ! ウィルム!」
まだ足りない。槍を振るう喜びにどれだけ打ち震えようとも、巨体を受け止める衝撃にどれだけ感動しようとも、まだ満ち足りない。待ち続けた戦士の乾きは、癒える事を知らない。
もっと楽しみたい。全てを出し切り、全てを見届けるまで決して朽ちてなるものか。
何より――今まさに押し潰そうと迫る、数万トンの巨大な鉄柱。
「ただ押し潰そう」という安直な考えで繰り出される、質量に胡坐をかいた白雉な一撃。
全く馬鹿馬鹿しい。何と恥ずべき事か。
この程度の考え無しの攻撃で、まだ自分たちが倒れると思われているとは!
「父さーーーーーーーーーーーん!」
「やるぞぉ、カイィン!!」
頭上からの声にオルトが応える。カインは示し合わせたように、波打つ頭の上を跳び伝い、大頭の上空へと舞い上がった。絶大な質量を持つ大頭を挟み込んで、親子が向かい合う。
眠っていたウィルムは知る由もないだろう。
自分たちが、どれだけこの時を待ちわびていたかを。
どれだけ自分たちが、牙を研いで待っていたのかを!
「おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
身体全身が呼応する。悲願を果たさんと筋肉が脈動する。
オルトは渾身の力で、迫り来る塔に槍を投擲する。
――瞬間。彗星が地上から打ち上がった。
発生した現象は、そうとしか表現する事ができない。
オルトの周囲の空気がひずみ、投げた衝撃で大地が陥没する。
光すらその衝撃に指向性を失い、オルトの姿が一瞬揺らぐ。
途方も無い余波を与えて放たれた槍は、当然のように視認を許さない。
槍は光の線だけを残し、鋼の塔を貫いた。軌道線上のあらゆる物を消滅させ、破砕の衝撃派で周囲を引きちぎり、風穴を開けて突き進む。
着弾の衝撃で、大頭の落下が止まり、僅かに持ち上がる。直径数キロの鋼の塊を、秒に満たない一瞬で突き抜けた。
その向かう先には、跳躍して空を踊るカインがいる。
風穴を穿ち現れた超高速の槍を、あろうことか彼は空中で受け取った。
自らが回転して速度を分散させたカインは、闘志に滾る目で、大頭を睥睨する。
「く、ら、えええええええええええええええええ!!」
父に負けずとも劣らない、少年の咆哮。槍を再び大頭に向けて擲った。
彗星が、今度は正しく地上に向けて落下する。金属を食いちぎりながら真っ直ぐに突き進み、体内を往復して再びオルトの手の中へと舞い戻った。
「まだまだぁ!!」
間髪入れずに、もう一発。光の線が、三度幻獣の体内を貫く。突き抜けた槍をカインが受け取り、即座に投げ返す。
光の線が束になり、破片が舞う。音速を越えた槍の応酬。それは親子同士のキャッチボールのようにも見えた。二人は闘志を剥き出しにした笑顔で、互いに向けて槍を放つ。
<楔>の二人の応酬に、単純な質量しか持たない幻獣は為す術も無い。とうとう穴だらけになった金属の柱がボロボロと崩れ、大地に金属の雨を降らせる。
「――こんなものか」
カインから受け取った槍を大地に突き刺し、オルトが微笑む。
いまだかつてない充足感が、彼等の心を満たしていた。
「報われた」という多幸感だ。
長く続いた果てのない鍛錬は、無駄では無かった。
突然の変形には驚かされたが、所詮はそれまで。鍛え抜かれた自分たちの力と技には、相手の大質量はまるで問題にならなかった。
自分たちは、立ち向かえた。比類無き幻獣に立ち向かえる戦士であった。
その実感が。空白だった自信がやっと根拠を得られた充足感が、彼等の心を満たし。
――同時に、大きな隙を産む。
変化は唐突だった。
崩れ落ちる巨大な金属柱を突き破るようにして、中から新たな触手が現れたのだ。
素早く動く八本の新たな頭。その末端部分は、これまでと様子が違っていた。牙の並んだ口は閉じられ、蕾状になった先端から白い光が漏れている。
その蕾が、くんっと意表を突くように鎌首をもたげる。
機械的なディティールから放たれる、冷たく絶対的な、殺意。
冷や水を浴びせられたように、愉悦が消え失せた。本能が全力で警鐘を鳴らす。
あらゆる理知的な判断よりも彼を突き動かす、死への恐怖。それすら余りに遅すぎる。
真白の閃光が、オルトに向けて解き放たれた。




