⑺諦めきれないグレン
あれは、この国にやってきて、2ヶ月ほど経った頃だろうか。
ある夜、かすかにパリンとなにかが割れる音がして目が覚めた。泥棒かもしれない。俺は警戒しながら、音の出処を探ったのだが、玄関に鍵はかかっているし、窓も割られていない。となると、ココリアさんか、ノア様の部屋か。
勘違いかもしれないが、なにかあってはいけないので、ココリアさんの元にいき、事情を説明した。どうやらココリアさんの部屋も特に異常はないそうだ。ならばとノア様の部屋に伺ったのだが、音沙汰はない。ココリアさんが、問題はないか確認するためノア様の部屋に入ったのだが、すぐ「お嬢様!」と焦った声が聞こえ、居てもたってもいられなくなって、ノア様の部屋に入ってしまった。
すると、そこには虚ろな目で壁を見ながら、カップの破片を手首に切りつけるノア様の姿があった。
「…してない。私が、何を、したのよ。そうよ。私は、何も。」
国を出た時でさえも、このような姿を見せなかったノア様だったが、やはり精神的に堪えたに違いない。何しろ仲の良かった友人、婚約者、家族までもがノア様を敵視していたのだから。
涙を流しながら切りつけ行為を続けるノア様の手から破片を奪い、気休めにしかならない「大丈夫ですよ。」を繰り返しながら、俺とココリアさんはノア様を抱きしめた。
※※※
この国にきて、はや2ヶ月半が経とうとしていた。あと半月後には自国に戻らないといけないというのに、今だノアからいい返事をもらえていない。分かってはいるのだ、婚約破棄された男から復縁を望まれても、『今更なんだよこいつ』にしかならないと。実際、マリアンヌ先生の書籍にもそういう話があったのだ。婚約破棄された令嬢は、他のいい人を見つけ、幸せに暮らしていたのに、元婚約者に言い寄られて吐き気がしただの、なんだの。敬愛するマリアンヌ先生だが、その話だけは読むことが出来なかった。自分の境遇と似てしまっているせいか、主人公の令嬢をノアに重ねてしまい、悲しくなってくるからだ。
小説とは違い、ノアには想い人も恋人もまだいないと安心したが、この先は分からない。3ヶ月経ったら1度自国に戻らないといけない。また来るにしても、手続きやらなんやらで、少し時間がかかるし、その間にノアが奪われてしまうかもしれない。そう思うと、帰るのも躊躇われた。例え脈がなくても、最後まで諦めたくないのだ。ノアが結婚でもしたら、流石に諦めはつくだろうだが、でもそれまでは。じゃないと一生後悔しそうなのだ。いや、しそうではなく、するに違いない。それほど自分がノアに心酔していることを改めて思い知る。
「あの令嬢さえ邪魔しなければ、こんなややこしいことにはならなかったのですがね。」
あの令嬢というのもカティー=アルヘルド嬢のことだ。僕含めた学園の生徒たちに怪しげな香を使い、今の現状を作りだした張本人だ。罰として、外れの教会で悔い改めるように父が追いやったのだが(ちなみに僕はこの程度の罰で済ませるなんて納得が言っていない)、どうやら教会から逃げ出したようだ。現在も足取りを探しているのだが、今だ見つかったという報告は受けていない。一体どこに逃げ隠れしているのだか。
チリン
「ノア、今日は僕とお出かけ…」
いつものようにフェリスにむかった。のだが、ノアも、従業員であるココリアさえも見当たらない。
「あの、リナさん。ノアさんはまだ帰ってきてないですか?」
他の従業員リナさんにきくと、頬を赤くして、「2階にいると思います」と返してきた。フェリスの2階は元は、酔いつぶれた人の為用の有料の客室になっていたのだが、現在はノア達が部屋を借りているとこの前教えてもらった。そしてどうやら今日は部屋にいるそうだ。
「上がってもいいですか?知っての通り、僕とノアは仲良しですから。お願いします。」
「は、はい、多分、大丈夫だと思います。」
手をとり、お願いすると、あっさり了承してくれたので、2階へと上がらせてもらう。ユランやノアに何か言われそうだが、まぁその時はその時だ。
パリィーン
2階に上がり切る前に聞こえたなにかが割れる音。異常を感じ、階段を駆け上がった。。2階にはいくつか扉があったが、微妙に扉が空いている部屋を見つけ、中に入る。そこには、割れた窓とその欠片を首に当てるノアの姿、そして必死で抑え、止めようとするココリアとユランの姿があった。




