⑹出来損ないの皇子
「また逃げ出したの?あの皇子は。」
「本当に仕方の無いひとだ。第1皇子や第2皇子はあんなに優秀なのに。」
そう話す使用人を咎めることなんてしない。ただ気づかれないようにそっとその場を離れるだけだ。
事実俺の兄上達は凄い。だからかみんな俺と兄上達を比べてくる。兄上達ができることは俺もできて当然だ。もっと努力しろ。そう言うのだ。
俺は自分では頑張ってきたと思ってる。でも出来ないものは出来ないのだ。分からないものは分からないのだ。ようやく出来るようになったと喜んでも、褒められるどころかやっとかと呆れた顔をされる。頑張る意味が分からなくなって、頑張ることすら辞めてしまった。
勉強を逃げ出しても父や母、兄上達は何も言ってこなかった。楽だったが、見放されたのだと同時に知り、更にやる気が削がれた。別に兄上達のことは嫌いではない。兄上達は、勉強から逃げ出す俺に注意はしないが、俺を可愛がってくれている、鬱陶しいくらいに。
ただ俺が距離を置いているだけなのだ。話しかけられても無視をし続けた結果、兄上達が話しかけてくることはなくなった。
※※※
「殿下、また市井ですか?」
「うるさい、お前は黙ってついてくればいい。」
それからはよく宮を抜け出して街に向かった。居心地の悪い宮にいるよりは断然良かったのだ。ただ街に降りたからといって何かしたい訳ではない。知り合いなんてものはいないし、欲しいものがあるわけじゃない。だからひたすらブラブラ歩く。街を、行き交う人を眺めるだけだった。
「ぼ、坊ちゃん!」
「なんだ、騒が。」
護衛として連れてきたハヴィスの声が聞こえてきた次の瞬間、首を締め付けられ、息が苦しくなった。
「う、うごくな!この小僧がどうなってもいいのか。おい!」
「…全く、大人しく捕まってくれればいいものを。」
首元にナイフが当てられて、ようやく自分に置かれた状況を理解する。
「は、やく、た、す。」
「その子を人質にとってどうするのよ。」
「へへ、早くその持っている剣を地面におけ、今すぐにだ。」
「はいはい、分かったわよ。」
この男を捕まえようとしている目の前の女は、剣を地面におき、男の指示に従った、かと思いきや、地面に落ちていた石ころを投げつけた。それも相手の目を顔めがけて。ギリギリ目には当たらなかったが一瞬のことで理解しきれなかった男に隙ができ、その瞬間を見逃すことはなく女は置いた剣を再び手に取り、男に飛び蹴りをかましていた。
「ふぅー。これで一件落着ね。」
バランスを崩した男とともに俺も地面に倒れ、腕を擦ってしまった。ハヴィスに手を借り、体を起こすとその女は男の首元に自身の剣を突きつけていた。
「ノアさん!」
「あら、遅かったわね。ユラン。」
「1人で先走って行かないでください!なにかあったらどうするんですか!」
「何かって、なにも無かったわ。それよりあのおばあさん大丈夫だった?」
「少し足を痛めてしまったみたいなので、ご自宅にお連れしました。いいですか、なにも無かったというやは結果論であって、もしノアさんになにかあったら。」
「おい、お前!」
この俺を無視して話をしていることも腹立たしいのに、なによりこの女のせいで怪我をしたのだ。許せるはずがなかった。
「ノアさん、この方は?」
「この男がとった人質。ごめんなさいね、大丈夫だった?」
「大丈夫な訳あるか!お前のせいで怪我したんだぞ!どうしてくれる!」
「ぼ、坊ちゃん。」
「怪我ってこれ?大丈夫、小さな傷だし、すぐ治るわ。」
女は自身の髪を結んでいた赤いリボンを擦った腕に巻き付けた。
「何するんだ!」
「今はこれしかないもの。仕方ないでしょ。」
「ふざけるな!俺を誰だと思ってるんだ!皇子だぞ!そんな俺にこんな汚らわしいものを。」
ハヴィスの腰に差してある剣を勝手に引き抜き、目の前の女に向ける。出来損ないの俺でも、剣の腕は兄上達より優れており、唯一の長所とも言えた。その分剣術に力を入れるものの、兄上達には褒められたが、将来の渉外人を俺にと望む両親には、いい顔をされなかったが。
傷つけるつもりはない。俺の存在を見せつけられれらばそれで良かった。なのに、その女は一瞬で俺との距離を縮め、剣を持つ俺の手首を叩いた。剣はいとも簡単に俺から離れていき、カランと音を立てて地面に落ちた。
「あんたが誰だか知んないけど、もし本当に皇子だっていうのなら罪のない国民に剣を向けてどうすんのよ!皇子じゃなくても、人に向けちゃいけないものと、いいものの違いくらい幼児じゃないなら分かるでしょ!それともよっぽど貴方のご両親はいい育て方をしてくれたのね。もう1回お腹の中からやり直してきたほうがいいんじゃない?行くわよ。ユラン。」
「はい。」
俺は、しばらく動けなかった。あの女の動きすら全く見えなかったのだ。もし向こうに敵意があって、剣を向けられていたのなら、俺はきっと…
「坊ちゃん、大丈夫ですか?探しだして、不敬罪で罰しますか?まぁ、その場合抜け出したことが明るみになりますが。」
「探し出せ。」
「はい。」
「ただし、誰にも気づかれるな。身元と居場所が分かったらすぐ教えろ。俺が向かうまで決して話しかけるな。分かったな。」
「連れて来なくていいんですか?」
「いい。この俺が直々に赴いてやる。」
最初はこの俺にあんな態度とったことを謝罪させるためだった。でも、あの女は決して謝ることはなく、この前と同じ態度で接してきたから、だから、何度も通って俺の凄さを見せつけてやろうって。
思いもしなかったのだ。この俺が、あんな不躾で優雅さも何一つ備えていない平民の女を好きになるなんて。
「あら、ガイ様。来てたのね。」
「ココノア、俺は本気だ。だから俺の…」
「ガイ殿、こちらにいらしてたんですね。探してたんですよ。」
「また貴殿か…」
最近はいつもいいタイミングで邪魔をされて、その話どころじゃなくなってしまう。本当厄介な王子だ。自分から婚約破棄を申し出たくせに、ココノアに未練タラタラで、今だココノアの傍を彷徨いているなんて。
「皇后様が探しておられましたよ。戻られたほうがよろしいのでは?」
「…なら一緒に戻りましょう。」
「いえ、私はもう少しここに。」
「そう言えば兄上がぜひ貴殿とディカンタの心得について話し合いたいと申しておりました。ぜひ兄上の話相手になってくださいませ。」
結局この男のせいで今日も大事な話が出来なかった。
「気をつけて帰りなさいね。」
「また来る。」
「また来ますね、ノア。」
話に聞く限り、ココノアはこの男に婚約破棄を切り出されたため、母国を飛び出たという。ということは、少なからずこの男に好意を寄せていたのは確かだろう。
なら今はどうなのだろうか。会いに来られて嬉しいと思う程この男を好いているのだろうか。




