42.悪役令嬢とお兄さん
手紙でやり取りして決めた日程。飲み物をかってくるからと王子と離れたタイミング。まさか本当にヒロインと会うだなんて…やっぱり運命には逆らうことは出来ないんだろう。
「何をしてるの?」
「グ、レン様。あ、の、その。パンドュース様が。」
「ノア、何があったの?」
ヒロインにとっての都合の悪い部分はみることはなく、ヒロインの演技に騙され、私を悪だと思わせることができる素晴らしいタイミング。これも運命なのだ。どうやっても私は悪役令嬢なのだから。
でも私がここにいるのは、私が断罪を望むからで、街にさえ行かなければ決してこのイベントは起こらなかったに違いない。だから全てが全て、運命のせいだとは決めつけたくないかな。
「…別に何もしてませんわ。たまたまアルヘルド様とお会いしたので、世間話をしていただけですわ。」
「それは?」
「あぁ、可愛らしいですよね?アルヘルド様が持っていらっしゃったので少し見せてもらいましたの。そしたら地面に落としちゃいまして。本当にごめんなさい。」
ぬいぐるみは汚れていて、所々ほつれ、綿が出ている。この状態じゃお世辞にも可愛いとは言い難い。
「あ、あなたがわざとやったくせに!!これは離れ離れになった友達が私のために作ってくれたものなの。なのに…いくら侯爵のご令嬢でもやっていい事と悪いことがあるんじゃありませんか!」
「そうなの?ノア。」
さっきまでいい笑顔を見せてくれたグレンの顔は怖い。でもそうなるように仕向けているのは私だ。だからといってここで引き下がる訳にはいかないのだ。
「私にはこの方が何を言ってるかさっぱり分からないわ。もうこのかたは放っておいて、デートの続きを行きましょ、グレン。」
ヒロインは一瞬ポカンとしていた。ゲームでは、たまたまヒロインと悪役令嬢と攻略対象者が出くわすのであって、悪役令嬢と攻略対象が最初から一緒にいるとは思ってみなかったのだろう。何せ、私も本当に王子と街に出かけ、イベントが始まるとは思わなかったから。
グレンと腕を絡ませその場を去ろうとするけど、グレンは1歩も動こうとしない。
「グレン?」
「僕の婚約者が迷惑を掛けたね。お詫びするよ。カティー嬢。」
「グレン様。」
「ノア、君は自分が何をしたのか振り返ったほうがいい。今の君のしたことは人として次期王妃として間違っている。行こう、カティー嬢。」
「は、い。ありがとうございます。」
私を、ノアだけをその場に残して2人は一緒に去ってしまった。
きっとこの後ハンカチのことが明らかになるに違いない。ものすっごく見てみたいけど、もしこれで私がみていることがバレたら気まずすぎる。しょうがない、今回は諦めるか。
すぐ帰るのはなんだか勿体ない気がするしと、少し探索することにした。
「みて回りますか?」
「ーえぇ、そうね。折角だもの。」
どこにいたのか分からないが突然背後からユランの声がして少し驚いた。もう執事を辞めて隠密を生業としたほうがいいと思う。そっちのほうが儲かるだろうし。
「しかし、お嬢様、なぜあんなことを言ったのですか?」
「なんのこと?」
「俺はお嬢様の執事として見守らせていただいていましたが、お嬢様は何もしていなかったじゃないですか。なのにお嬢様が悪者みたいに。」
「ユラン、このことは貴方と私だけの秘密よ。誰にも言っちゃダメよ?」
「誰にも、ですか。」
「そう、私が幸せになるための作戦なの。だから内緒なの。」
「分かりました。お嬢様の幸せのために内緒にします!」
「ありがとう、ユラン。あら?」
「お嬢様?」
ふと目に入った果物屋で、ご主人と値下げ交渉をしている人物に注目した。あれは…
「こんにちは。」
「今忙しい、んだけど。」
「私のこと覚えているかしら?」
「はぁ。誰かと勘違いしていないかい、お嬢さん。俺は会ったことないと思うけど。あと今忙しいから邪魔しないでもらえるかな。」
「あら、5年ほど前に迷っていた私に道を教えてくれたじゃない。覚えていないの?」
「…顔は極力隠してはずなんだけどなぁ。すごいなお嬢さん。」
「ありがとう。ねぇ、おじいさん、それいくら?」
「横取りとは良くないなぁ。お嬢さん。」
「以前助けて貰ったお礼をしたいだけよ。おじさんのおかげであの時は本当に助かったもの。」
「義理堅いね。あと俺はお兄さんだからな!」
やっぱり日本でも異世界でもおじさん、おばさんという呼ばれ方に不満を持つ人はいるのは変わらないらしい。
「てかお嬢さん。相方はどうした?出かけるの今日じゃなかったのか?」
「よく知ってるわね。非番なんでしょ?」
なんだかんやで、果物屋を離れたあと近くにあったベンチに座って話すことになった。
「それくらいの情報は入ってるさ。で、どうしたんだ?」
「あの人は…私に愛想を尽かしてどこかに行っちゃったわ。」
「あの殿、坊ちゃんが!」
「えぇ。」
「どうしてそんなことに。」
「あとは他の人に聞いてちょうだい。どうせいるんでしょ?」
(そう言えば、10歳の頃の私には“影”がついていたけど、今の私にはいるのかしら。もしいるとしたら、私とヒロインの嘘が。)
「ねぇ、今日は何人いるの?私にもいるの?」
「え?あぁ、そうだな。詳しく聞かせてくれるなら答えてやってもいいけど。」
「ということは私には、いないのね。それもそうね。私には優秀な執事がついているもの。」
その言葉に後ろで控えていたユランの口角が上がったのが見えた。
「確かにそこのやつの腕は中々だな。なぁ俺と一緒に仕事しないか?今よりもっと金が貰えるよう俺から話をつけてやるぞ。」
「俺はお嬢様一筋ですから。」
「ま、簡単に行くわけないよな。人が増えたらもっと休みも増えるんだけどなぁ。」
「残念だったわね。」
「久しぶりの非番なんだぜ?ったく人使い荒すぎるだろ。坊ちゃんがお嬢さんと出かけるとは知ってたけど、でもまさかお嬢さんに会うとは思わなかったな。坊ちゃん、本当に今日を楽しみにしてたんだぜ?何があったか知らないけどそれだけは心にとめておいてくれねぇか。」
「…謝罪の手紙は送るわ。」
「そうしてくれると坊ちゃんの機嫌もマシになるだろうからこっちとしても大助かりだ。よっしそろそろいくわ。本当にこれありがとな。」
「お礼だもの。さようなら、お兄さん。」
王子が今日を楽しみにしてくれていた。それは嬉しい。私だって夏イベのためと思ってたけど、ヒロインに会うまでは楽しかった夏イベのことさえ忘れるくらい楽しかった。
(でももうデートをすることはないだろう。だって、王子は本格的にヒロインを愛してしまうから。)
今頃、ハンカチを渡してくれた女の子が、実はヒロインだと判明して、凄く盛り上がっているに違いない。
2人のことを想像すると、なんだか探索する気力もなくなってしまった。
「帰るわよ、ユラン。」
「畏まりました。」
結局、謝罪の手紙を送ることはしなかったし、王子から手紙がくることはなかった。




