第6話:届いてそして消えた 『月が綺麗ですね』
「玲央?」
「うん、何? かあさん?」
「フフッ なんでもないわよー」
うん、玲那がウザいな。
玲央、おまえはいつもこんな目に遭ってたのか。
玲那のベッドをこちらに移して3日が経った。
病状は、俺が車椅子を押して、一緒に行く散歩だけは頑として譲らずにいるが、それ以外は寝ていることが増えている。
玲那は、普段は先ほどのように、取り留めのないやり取りや、俺の話を聞きたがった。
とはいえダイジェストの記憶でしかなく、虐められていた玲央の話がそれほどはできる訳も無く、自然と善造の時に経験した話が増える。
玲那には、ネットで見たり、よく通る場所のオジサンから聞いた話だと言って俺の経験してきた話をした。
面白おかしく話すと、彼女は少女のように笑ってくれる。
その日はいつものように、通学中によく話す、善造ってオジサンから聞いた話だよと、前世の嫁の話をしていたんだ。
そのオジサンがちょっとしたことで喧嘩をして、仲直りの切っ掛けが掴めなくて長期間の喧嘩になってしまったこと。
仲直りしたくてケーキ買ったが、奥さんは食べもせず、それがまた喧嘩の原因になる悪循環だったこと。
「それで?その善造さんってひとはどうしたの?」
「飲んでて愚痴った時に、部下の人に『社長、いつも俺達に「察しろはダメだ、言葉で伝えろ」と俺達に言うのに、奥さんに好きだってちゃんといってます?』と言われたんだって」
俺はその時のことを思い出していた。
「それで奥さんに『俺はお前が大好きだ!』って言ったら」
「言ったら?」
「奥さんは驚いてから大笑いして、善造さんが言わなきゃ良かったと思ってたら、号泣して『私も大好き』って」
「……きっと奥さんは、好きでいてくれるか不安だったのね」
俺は玲那の言葉に驚いた。
あの時アイツは、同じこと言ったのだ。
俺は好きなんて態度で表せばいい、口に出すもんじゃないなんて、思っていたがアイツは不安だったのだ。
あんなに喜ぶなら、もっと早く言ってやればよかった。
久しぶりにアイツを思い出したなあ。
「それで?その後は仲良くなったの?」
「え?あ、うん、死ぬまで朝晩『好きだよ』って言ってたって」
「素敵な旦那様ね。いいなあ」
それを聞いている玲那は良く笑い、儚げな彼女はとても綺麗で素敵で、玲央は母として、俺は女性として大事に思い始めた。
その夜、とてもきれいな満月の夜。
俺はふと気が付いて、玲那のベッドを見ると玲那がいない。
病室を見回すと、玲那はベランダに出て月を見ている。
俺はショールをもってベランダに行く。
「かあさん、夜風は冷えるよ。これ羽織りなよ」
そう言って俺は、玲那の肩にショールをかけた。
「ありがとうね」
彼女は笑って再び月を見る。
俺も彼女の横で、とても綺麗な月を見る。
「貴方は誰なの?」
突然の問いかけに、俺は答えに詰まり黙り込む。
「玲央はね、『《《母さん》》』じゃなくて『お母さん』って言うの」
そして玲那は、昔を思い出すように微笑む。
「元は『ママ』で、中学校で揶揄われるから『お母さん』」
「母親ってね、そんな事でも気が付くのよ」
「だから、貴方が玲央じゃないって感じてた」
「でも、貴方から玲央も感じるの」
「貴方のおかげで、玲央が事故ではないとわかって、犯人にも報いを受けさせることが出来たから感謝してるわ。だから聞かないつもりだったの。でもやっぱり玲央のことが気になるの」
俺は、玲那から目を離せない。
彼女は、残ってる全ての命を燃やして聞いている。
ならば俺も、彼女に向き合って真摯に答えよう。
「玲央はね、いつも通学路の地蔵さんに手を合わせて、季節季節で花を供えてくれる息子さんだったんだ」
「その地蔵がな、殺された玲央の魂を摑まえてたんだけど、玲央の魂が虐めですり減ってて、ほとんどあの世に行ってたんだ。それで、たまたま死んだ俺に、玲央の体に入ってアンタを看取ってくれないかって、地蔵と玲央の意識から頼まれたんだよ」
玲那は、俺の目を見たまま泣く。
「あの子は、あの子は逝ってしまったのね……」
俺は玲那に近づき抱きしめる。
「いや、俺は松井善造って男だったけど、確かに玲央もいるって感じてる。玲央はここに居てアンタを見守ってる」
「アンタを息子として抱きしめたい本条玲央、アンタが魅力的で抱きしめたい松井善造、今の俺は両方なんだよ」
玲那は胸に耳をつけて目を閉じる。
「音がするわ、玲央は確かに生きてる」
そして《《善造を》》見上げて笑って言う。
「フフッ 男の人に抱きしめられたのなんて久しぶり」
「俺もだよ。嫁さん死んでから初めてで、緊張してるわ」
とてもきれいな満月の夜の出来事だった。
翌日から玲那は、殆どの時間を寝て過ごすようになった。
起きてるときは、ハグをねだり、残ってる玲央の意識に母として惜しみなく愛を与え、善造には女性としての好意と、善造の人生について聞きたがる。
玲央(善造)も母への愛を、女性への愛を、二人は玲那に惜しみなく献身と愛を捧げる。
そして一週間後の夜。
その日も月は綺麗で病室を照らしていた。
「善造さん」
玲那が俺《善造》を呼んでいる。
俺が起き上がると、玲那はベッドの上に起きている。
「どうした玲那。どこか痛いのか?」
俺達は、他人がいる時や、玲那が《《玲央を》》求めている時以外は、「善造さん」「玲那」と呼び合うようになっていた。
「月が見たい。ベランダに出たいの」
「しかしなあ、体調良くないんだろ?機械や点滴も……」
「お願い、どうしても月を見たいの……」
俺は、玲那の眼を見て悟った。
彼女の眼は、俺が見送った妻がしていた眼と同じだ。
ああ……お別れなんだな、これで君とは会えなくなるんだな。
俺は君に、何をしてあげられた?
玲央の仇は討てたし、玲央の気持ちも届けた。
でも、善造として、君を愛した男として、君にもっと何かできなかったのか、俺の頭をよぎる。
「バカねぇ」
玲那がいう。
「どうせ余計な事考えてるんでしょう?」
「私が善造さんに望むことは一つだけ」
「一緒にもう一度月を見てください」
そう言って笑う彼女は、とても儚くて綺麗で素敵だった。
病室の鍵をかけて、椅子などでバリケード作った。
俺は、玲那に絡みつく点滴や、機械を外していく。
彼女をこの世に繋ぎとめていた鎖を外し、俺は彼女の命を手放すようで怖かった。だが、玲那は解き放たれて嬉しそうだ。
ベランダにソファーを出して、玲那を抱えて運ぶ。
二人で月を見上げた。
はじめて秘密を明かしたあの日のような、綺麗な月がある。
「あの人を亡くして、初めて好きになったのが、息子の体に入ったオジサマなんて、映画みたいだわ」
玲那は俺の膝でコロコロと笑う。
「俺だって同じだよ。でもよく考えたら52歳だった俺から見たら、40歳ってストライクゾーンだもんなあ」
言ったとたんに鼻をつままれて、
「まだ39歳ですぅー」
と玲那はすねた。
「ゴメン。ケーキはちゃんとキャンドル39本にするよ」
俺達は、叶わない約束をしてひとしきり笑う。
外がやかましい。
そりゃ機械を外したから、全部止まってて驚くだろうな。
玲那が一つ、ハーっと長い息をした。
「善造さん、いや新しく生まれた玲央ね」
玲那は俺の頬を愛おし気に撫でながら言った。
「貴方は私にも玲央にも、善造さんにも囚われないで、好きに生きて、それが私の願い」
「玲那……」
「本当は『大好きだ』って言って欲しいけど、それは奥様に」
「その代わり、また一緒に月が見れたもの」
「……ああ、玲那、君に言うよ『月が綺麗ですね』」
あまりにも有名な「貴方を愛してる」を玲那に囁く。
彼女は笑って泣き、私もと小さく言ってくれた。
「……善造さんとキスとがしたいです」
俺は彼女をしっかりと抱き、最初で最後のキスをする。
彼女が抱き返してくれていた腕は、まもなく背から落ちた。
海未さんたち病院関係者が、扉を外して入ってきたときも、俺は玲那を抱えたまま、空を見上げて月を見ていた。
相変わらず月はとても綺麗で、まるで玲那のようだった。




