第5話:俺の胸で、君が泣いている。――どうかもう少し優しい嘘を
「はい、あーん」
玲央(善造)は、前世を含めても覚えが無い位の恥ずかしさに、悶えていた。
マスコミが自宅に大量に張り付いている玲央は、怪我が治ったらホテルにでも泊まろうと思ってたのだが、なるべくなら病院にいて欲しい玲那と、もう少し玲央の体を検査したい病院との思惑が合致した結果、十日程入院となってしまった。
病院都合という事で、特別室に入れてもらい快適ではある。
病室にはトイレはもちろん、風呂もスマートテレビも、ソファーが付いた応接セットに付き添いが泊まるベッドまである。
だが、玲央は今、玲那が剥いてくれた果物を「あーん」されている。玲那はとてもいい笑顔で差し出してくるのだ。
おかしい、玲央の記憶にはこんなのなかったぞ。
しかし、嬉しそうな玲那の顔見ると、嫌だともいえん。
「あ、あーん」
羞恥心で赤い顔になりながらも、玲央は桃を頬張る。
うむ、こりゃあ甘くて美味いな、美味いんだけどなあ……。
「はい。あーん」
再び玲那が差し出した桃に俺が食いついたとき、担当ナースの海未さんと刑事が、ノックと同時に入ってくる。
……いい娘だけど、こういう所ガサツなんだよなあ。
あらあらと笑っている玲那を置いておき、何事も無かった体で刑事は話しかけてくる。……コイツわかってるな、有難いわ。
「木元たち4人は、まだ病院で話せる状態じゃなくてね。捜査は暫くストップだが、治療終わり次第で聴取して送検されるだろう。今回は犯情が悪いからね、検察次第だが警察も意見つけるし、君も示談に応じないんだろ?」
「ええ。出来るだけ塀の中にいた方が世のためですよ」
刑事はうんうんと頷いて、口を開く。
「それと、他のクラスメイト達なんだけどね」
「強盗や傷害の共犯は在宅で捜査してるんだが……」
「ああ、そいつらの親ですか?」
「そうなんだよね、いくら傷害や強盗になると言っても『学校内でのいじめと遊びで、うちの子は巻き込まれたんだ』ってね、聴取に応じないんだよ。出来れば逮捕はしたくないしね。そんなわけで、ちょっと時間はかかりそうなん……」
「そんなのおかしいわ!」
俺と刑事はビクッとして大きな声が上がった方を見た。
さっきまで笑っていた玲那が、顔を真っ赤にして怒っている。
少なくとも俺は彼女が声を荒げたのを初めて見た。
「逮捕したくないってどういう事ですか? この間みたいなことないって言えないでしょう。警察はまた犯人の生徒は庇って玲央はどうでもいいんですか」
玲那は目に涙を貯めながら、刑事に詰め寄る。
……ああ、玲央よ、お前は愛されてるなあ。
こんな人から息子を奪った奴らや、共犯の連中はもちろん、虐めを煽ったり、笑って傍観してたガキは地獄に落ちればいい。
だから俺も玲那の後押しをしてやろうかな。
「刑事さん、僕も納得いかないですね。そもそも在宅って事は、僕が復学したら会う訳で、強盗の共犯者が、同じ空間にいること自体が、無言の圧力で脅迫や口封じにあたりますよね。『これ以上警察に余計なことを喋るなよ』とプレッシャーをかけているとみなせるため、刑事訴訟法上の『証拠を隠滅すると疑うに足りる相当な理由』で逮捕の必要性が成立すると思います」
「任意での事情聴取を拒否し続けているということは、捜査に非協力であり、隙があれば証拠を隠滅したり逃亡したりする可能性が高いと判断するでしょう、僕に危害加える恐れだってある。考えてみてくださいよ、もしまた俺が襲われたら、大ニュースになりますよ? 僕が上申書を書きますから、逮捕してください」
俺は前世で、下請けと契約でトラブルになり、従業員への暴力沙汰から警察に訴えた事がある。
その時も捜査が在宅だったために、被疑者からの嫌がらせや、家人や従業員への威迫行為があり、弁護士を通して『早期身柄拘束を求める上申書』を出したことがある。
そんなわけで俺はこういうのは詳しいのだが、高校生の玲央が言う事じゃ無かったかな。
突然高校生らしからぬ物言いをして、驚く刑事と海未さん。
玲那は俺の顔をじっと見て、何かを考えている。
「……木元たちに虐められてるときに、告訴とか告発の仕方とか、刑事訴訟法を調べたんですよね」
ああ、といった雰囲気になったが玲那の様子が気になる。
その時玲那がふらついた。
「かあさん!」
「本条さん!? ここに横になってください」
海未さんが付き添いのベッドに寝かせ、ナースコールをする。
すぐに担当ナースが来て様子を見ると、玲那を病室に戻した。
そして玲那の担当医が来て、玲央に話があると言い、刑事に帰って貰い、玲央の病室で玲那の体調について話し始めた。
「……落ち着いて聞いてほしい話なんだが」
担当医は言いにくそうに話し始める。
「先生、母の体調はそこまで悪いんですか」
「うん、正直いつどうなってもおかしくない」
わかっていた。わかっていたし、そもそも俺(善造)にとって玲那は実の母じゃない。
玲央や地蔵の願いと、息子が死んで自分が後に行く玲那が哀れで、玲央に代わって看取り、代わりに後の人生は貰う。
ただ、それだけだったはずなのだ。
なのに、俺の胸は締め付けられるように動悸が激しい。
ああ、玲央、お前はそこにいるんだなあ。
俺は涙が出ないように目を閉じて言う。
「先生、僕の入院中は、ここに母のベッド移して貰って、一緒に過ごしても良いですか?」
「うん。僕が手配しておくよ。夕方には移せると思う」
担当医が病室が出る時に、俺は言う。
「母と一緒の部屋で寝るなんて、久しぶりです」
「……いっぱい話をして、いっぱい甘えるといいよ」
俺は、玲央が流す涙が溢れないように、曇った空を見たんだ。




