神殿秘話
ジークフリートが皇太子であることはアストラル皇国の者なら誰でも知っていることだ。
それなのに、今更神殿で立太子式を行うから貴族の全員参加が命じられた。
どういうことかと訝しがっていると噂が流れ込んだ。
皇太子妃候補、側近候補の選定を行うらしい。
皇太子自ら望んだことだそうだ。
そうとなれば、出来るだけめかし込みたいところだが、残念ながら正式礼装との指定なので着飾ることも出来ない。
まぁ指定して貰って良かったのだ。
各地に簡易転移門まで準備して僅か5日後の祝典では、新しい服など用意できないから。
祝典は厳かに行われた。
皇族が全員集まる為か、警護はかつてないほど厳しく、神殿内にまで近衛兵が配置される始末だ。
神殿兵が守っていると言うのにだ。
そこで新たな聖女の紹介があった。
例によってフィクトス公爵家の娘だという。
何しろあのフィクトス公爵家だ。
何があってもおかしくはないが。
聖女である前公爵夫人のサトリと新たな聖女セーラ公女が祭壇の前に並んで立つと、深く祈りを捧げだした。
そしてふたり同時に浄化の魔法を展開する。
キラキラしたエフェクトがいつもの4~5倍の量でまき散らされたから、辺りは美しい光で満たされた。
ところがどうだ!
あちら、こちらの夫人や娘たちが、次々に姿が変化していくではないか!
しかも変化した女たちを、そうなると判っていたかのように、兵士たちが素早く拘束していく。
辺りは悲鳴と怒号で満たされた。
その時ノア前公爵が、壇上に幾人かの夫人や娘を連れてきた。
「本物はこちらに確保している。
まだ、見つけていない者も近日中に全員、漆黒の梟により救出される予定だ。
今からいう事は他言無用。漏れればまだ救出できていない女たちが殺される恐れがある。
全員の誓約を求める」
貴族たちは全員跪いて誓約を受け入れた。
この誓約は命を懸けるもの。
主の許可なく話せば、たちどころに命はない。
しかしこの誓約を求めるほどの事態であることは、間近で家族の変化を見た人々には理解できてしまった。
何者かが、妻や娘に成り代わる。
そんな恐ろしいことが起こって良い筈はない。
ライアン皇帝が進み出た。
「皆の忠義に感謝する。誓約はなされた。
皇家は全てを残らず貴公たちに詳らかにするものである」
そこで又ノア前公爵が進み出た。
「先ずはこの映像を見てもらいたい。
これは我が息子アレクの妻アナベルの真実の姿である」
そうして過日のアナベルの言葉が公開された。
「あなたの息子は下賤な女と結婚したのよ。
15年も気がつかないなんてね。
貴族も平民も一緒なのよ。
魔力がなんだっていうの?
魔力さえ無くなれば、貴族もいなくなるわ。
平等になるのよ」
「なんという事だ。15年も前から狙っておったのか」
「フィクトス公爵家ですら気がつかないとは!」
ざわざわと騒ぎ出す人々をノアが一喝した。
「静かにしろ!まだ続きがある。
そっちが重要だ」
「偉大なる革命家。オズワルド・クレイ氏の金言よ。
クレイの予言書は、星の書と呼ばれているの。
星の欠片を受け取れるのは、クレイ氏に選ばれた星の娘たちだけ。
私は栄誉ある星の娘第一位なのよ」
「理解出来たと思う。
敵はクレイと星の娘たち。
彼らは革命を望んでいる。無血革命だ。
我らの妻や娘を攫い、代わりに平民の娘を送り込む。
姿を完全に写し取って」
「しかし平民の魔力は我等より少ない。
魔力測定は随時行っているのに、それをどうくぐり抜けていたのだ?」
「調べたところ、星の娘たちは体内に魔石を埋め込まれていた」
「まさか、そんな。
昔それを試した医師がいたが、成功率は10%に満たなかったはずだ。
大抵は狂って死んでしまう。
その上魔石を取り込むと生きても15年と言われている」
「おい、最近貴族夫人の死去が続いていないか?」
「まさか、そうなると知って、星の娘は魔石を取り込んだのか?」
「さっきの映像を見たろ?
洗脳されているのだ。
魔石を星の欠片だと思い込んでいる」
「聞いたことがある。
雪降る夜に、星の欠片を見つければ幸せになれるという話を」
「つまり、雪の夜にうろついている娘を攫って、魔石を埋め込んだのか」
「厳寒の夜に外にでるのだ。
家族の庇護下にあるとは思えない。
つまり攫っても誰も探さない娘の命を実験台にし、成功すれば洗脳して送り込む。
人間のやる事ではない」
壇上にいた救出された娘たちの姿は無くなっていた。
誰かがごくりと唾を呑んだ。
「それはつまり、攫われた夫人や娘は……」
「見目良い娘の行先はひとつだろう」
「なんという真似を」
ノアが尋ねた。
「救出したご婦人方の手当は済んでいる。
しかし、記憶は消させて貰った。
それくらい惨い扱いを受けている。
身体の傷は全て治癒している。聖女がいるからな」
「そこで、彼女たちを受け入れるかどうかは、各当主の判断に任せる。
事件については、解決次第誓約は解く。
しかし女たちに何があったかを口にすることは許可しない。
それだけは駄目だ」
「誰も女たちの過去は口に出来ない。
しかし皆の記憶を消すことも出来ない。
知らないのは本人だけだ。
私としては、温かく迎え入れてやってほしい。
しかし、無理にとは言わない。
受け入れ準備が出来たら、いつでも申し出てくれ」
「ひとつ伝えておくことがある。
敵の狙いは次代の抹消だ。
魔力差があると子どもが生まれない。
それを狙ったものだ。
既に子供を産むことの出来る魔力持ちの娘は半数以下になった。
それも踏まえて考えて欲しい」
「そう言えば……」
「我が家にも子が生まれていない」
「このままでは家は断絶する」
「そうだな。貴重な魔力持ちだ」
「本人が何も覚えていないなら、なかったも同じだ」
「家族だからな」
「娘が少ない今なら、求婚者に困ることはないだろう。
たとえ傷持ちだとしても」
「いらない娘がいるならこちらで養女にしても」
「いらない訳がなかろう」
「妻が戻れば、子も出来るだろう」
虫の良い事を言い出した男どもを、サトリとセーラは冷たい顔で眺めていた。
荒れ狂う彼女たちの心を少しでも癒そうと。
惨い傷をなかったことに。
そう心を込めて治癒してきたというのに、男どもときたら。
「そう、怒るなよ。聖女様たちのおかげで、彼女たちは守られたんだからな」
「お父様。ありがとうございました。
15年も主犯を追っていらしたなんて」
「いや、放浪していたのは本当なんだ。
ただ、どうも気になっていたんだ。
義姉上は、とても龍の娘とは思えない言動をしていたし。
ポロっと星の娘のことも口走っていたしな。
こんな大事になるとは思わなかったんだ」
「でも攫われた人達を見つけ出したのはお父様ですわ」
「シャルロッテが攫われたからな。
すぐに後を追って救い出したが、攫われた娘たちの数が多すぎた。
俺たち漆黒の梟は少数精鋭だ。
こちらの捜索の手が恐ろしく少ない上に、探っているのがバレたら娘たちの命がない。
少しずつしか動けなかったのだ。
お前をひとりにして申し訳なかった。
子爵殿にくれぐれもと頼んでいたのにな。
親父の元に送れば良かったが、母国の方が良いだろうと思ったのだ」
「いいえ、お母様がご無事で何よりです。
お母さまも救出をお手伝いしているのでしょう?
いつ頃お会いできるかしら」
「もうすぐさ。
首魁はどうやらお前の母国プロイセン王国に潜んでいるらしい。
シャルロッテは娘たちを救ったら、すぐにこっちに返す。
俺は、このままプロイセンにいくよ」
「お前はここで、送られてくる娘たちの治療を続けて欲しい。
母上、兄上はどうですか?
仮にも妻にした娘だ。
苦しんでおられるのでは?」
「アレクは情が深い。
しかもアナベルの体調が良くない。
暇があればアナベルを見舞っているので、軟禁を解いて部屋に戻した。
監視は付けてあるがな」
「まさか義姉上も魔石を取り込んでいたのですか?
魔力は少なかったのに」
「元々無魔力者だったようだ。
魔石を取り込んでも、たいした魔力を持たなかったのはそのせいだな。
もう長くはないのだ。
最期ぐらいアナベルも夫と共に居たいだろう。
アナベルは誰かと入れ替わった訳ではないしな」
「それが救いですね。
妻が偽物に入れ替わり、しかもそれに気づかないというのは悪夢でしかありませんから」
「だからこそ、何としても元凶を捕らえてくれよ」
「わかっております。母上。
皇太子殿下と共に参りますし、ここはどうしても我らの手で決着を付けます」
そう言ってシーフは去っていった。
「行ったか?」
ノアがやって来た。
「ええ、貴方。プロイセン王に繋ぎは付けられましたの?」
「あぁ、過去の犯罪を全部調べて貰った。
大昔、フリードリッヒ11世の御代に、後継者争いがあったようだ。
カール王子が反逆を試みて、フリードリッヒ11世に討たれている。
ただしその時王も亡くなり、次男のレオンが王位を継いだ。
討たれた王太子の金庫番だった男の名がオズワルト・クレイ。
大商人だったようだが、一族全員が行方不明だ。
当時は口封じに殺されたとみられていたようだが」
「フリードリッヒ11世なんて歴史上の人物ではありませんか。
同姓同名では御座いませんか?
もしも子孫が生きていたとしても、今更こんなことをしでかすでしょうか?
それに恨みならプロイセン王に向けられるのでは?」
「まだ、100年も経っていないぞ。
最近の出来事だとも言えるのさ。
実は面白い記録が我が家に伝わっている。
父のブルーノには弟がいたらしい。
その弟が転生したというのだ」
「転移ではなく転生ですか?
それが何か?」
「それでな、その転生した弟の更に前世が、プロイセンのカール王子だったと言うのさ」
「まさか貴方は、オズワルト・クレイが転生して生きていると仰るのですか?」
「いいや、僕は、オズワルト・クレイ自身が時を越えて現代に来たと考えている。
痕跡も残さずに一族全員が行方不明。
何かの魔法を使ったとしか思えないだろう」
「でも、時を超える魔法は存在しませんわ」
「そうだ。人間には無理だ。
だが精霊ならどうだろう?
あの星の欠片の物語。精霊伝説に似ていないか?」
「まさか!」
そう言ったまま誰も何も言えなかった。
精霊相手にどう戦えと言うのだろうか?




