軍師ノア再び
ノアが向かった先は、前皇帝の住む離宮だった。
いつまでも年寄りがいては子供達がやりづらいだろうと、皇城の中ではあるが離れたところに洒落た庵を構えたのである。
庵と呼ぶには荘厳過ぎはしたが……。
「危ないところだった。
あの頃ライアン皇太子には既にベルベットという婚約者が内定していたからな。
そうでなければ、偽物が皇后の位に立っていたことだろう」
ノアがしみじみとそう言った。
「けれども、お前の息子アレクにはすまない事をしたな。
アレクにも想い人がいたのだろう?」
「確か、ミレイアの娘だったわよね」
「過ぎた話だ。
ミレイア女王とアーサーの娘は、今は若き女王となっている。
縁がなかったのだ」
「確かに龍の娘がいきなりフィクトス公爵家の門前で倒れていたのだ。
今考えれば黒龍クラウスが娘にそんな扱いをする訳がなかったが」
「あの時は龍の悪戯だと考えたのだ。
元はと言えば、山に籠もりっきりで、連絡をよこさぬのが悪い」
「そうよねぇ、古龍さまは時々龍の娘を寄越していたのに」
「ここまで連絡がないとすると、龍の息子を育てているのかもしれないな。
だとすると100年は連絡はつかないだろう」
「それよりも敵の意図だが?」
「アストラル皇国を狙ったもので間違いはないだろうが。
何か考えがあるのか? ノア」
「星の欠片という言葉が気になってな。
僕たちの若い頃、そんな言葉を口にするものはいなかったろう?」
「確かにな。アナベルは星の欠片で姿が変化したと言ったか?」
「あぁ、その変化を解いたセーラも、星の欠片を探していた。
何でも望みが叶うと言われているらしい」
「アナベルの望みは龍の娘になることだったのか?」
「どうであろう?まだ話は聞いていないのだ」
「多分、今頃サトリが話を聞いている筈よ」
「それで、アレクに想いが残っているの?
それならこの事態が落ち着けば……」
「リゼ、お気持ちはありがたいが、さすがに」
「分からないわよ。貴方の妻のサトリだって、元々は恨みに囚われていたでしょう?」
「そうだったな。すべては子供たち次第だ」
「私達の冒険もそうでしたわね。
全部自分たちで解決しようと躍起になっていたわ」
「そうだ。だからこそ力を付けることもできた。
本気だったからな」
「その陰でずっと大人達が、はらはらしながら見守っていたんだな」
「えぇ、今度は私達が見守る番だわ。
自分たちでやった方がずっと楽だけれどもね」
「本当だ。今頃になって父上やおじい様の苦労が判るようになるなんてな」
「まぁ、好きなようにやらせて貰ったのだし」
「あぁ、最低限、命だけは守ってやろう。
後は子供達に任せよう」
「そう言うと思ってたよ。
それでは皇帝にはそう言上しておこう」
「良いのか、ノア?
シーフが行方不明だし、お前だってあの時は随分悩んでいただろう?」
「あぁ、無茶振りだよな?10歳児で軍師として全責任を負ったのだから」
「それで、今回動けそうなのは、フィクトス公爵家にいるのか?」
「それだよなぁ、本来なら後継者の孫は生まれなかった。
これは大きいよ。困ったものだ」
「なるほどなぁ、魔力量が違うと子が生まれない。
少なくとも15年以上前から仕掛けてきたことになるが……」
「今年のアストラル学院新入学者数はどうだ?
減っているのではないか?」
「まさか!貴族家ならば魔力量の計測は常に行っているはずだ。」
「それで、人数は?」
「減っている、ここのところ毎年。
じわじわと減っているので目立たなかったが、10年前と比べると、既に半数近くになっている」
「大問題だろう?現政府は何をしていたのだ!
大至急、貴族家の全員の魔力量を測る必要があるぞ!」
「それはまずい。貴族たちの反発を招く」
「それなら、神殿を使ってジークフリートの立太子式をすればいいわ」
「何を考えているリゼ」
「考えてみて、こちらには聖女が二人もいるのよ」
「そうか!二人に祝福を受けさせれば」
「ええ、貴族に化けて入り込んだ者をあぶり出せるわ。
貴族を全員集めましょう。
皇太子と皇太子妃の側近候補選びを兼ねるとしておけば、こぞってやってくるはずよ」
「信じられない。なんという遠大な計画を立てるのだ。
次代を産ませないなどど」
「相当の知恵者がいるのでしょう。
しかも粘り強い。
これは子供では歯が立たないかも」
「それでも取り組ませろ。
本体はこちらだ。
子供達はよい囮になるだろう」
「久しぶりにノアの本領発揮が見られたわね。
頼りにしているわよ。軍師さま」
ノアは何も言わずに転移した。
今度こそ皇帝のところだ。
ライアン皇帝は、さぞかしけむったいことだろう。
だがこのような場合、ノアほど頼りになるものはいない。
それが事実なのだから仕方がない。
一方のセーラ。
サトリはセーラを伴ってアナベルの元を訪れた。
セーラは置いていこうとしたのだが、頑として聞かなかったのだ。
「セーラ、貴方のおかげで皇国を揺るがす陰謀の一端が崩れたの。
貴方の父である、私の息子シーフも囚われたのかも知れない。
だからセーラが気に病む必要なんてないのよ」
「はい、お母様。わかっています。
でも私も不遇な生活をしていたから。
だからきっとアナベルさまのお気持ちに寄り添えると思うのです。
ご一緒させてください」
ここまで言われてしまっては仕方がない。
「セーラ、貴方は扉の前で、待っていなさい。
扉は開けておくから、全て見聞き出来る筈よ。
約束できるわね」
セーラは何か言いかけたけれども、やがてこくんと頷いた。
護衛達は扉の外。
セーラは扉の中。
そしてサトリが静かにアナベルに近づいた。
アナベルは憎しみに満ちた目でサトリを睨んだ。
「ご満足ですか?
お義母さまは、私がお嫌いでしたものね。
知ってましたよ。アレクの想い人のこと。
それでも私が龍の娘だから娶らせたのですよね。
ざまぁみろ!
あなたの息子は下賤な女と結婚したのよ。
15年も気がつかないなんてね。
貴族も平民も一緒なのよ。
魔力がなんだっていうの?
魔力さえ無くなれば、貴族もいなくなるわ。
平等になるのよ」
「平等思想ね。
それならセレスティア王国に住めば良かったでしょう。
あの国は実力主義なのだから」
「馬鹿じゃないの。あのねぇ、コネも実力の内なのよ。
最初にコネがなけりゃ、就職だって出来ないのだから」
「徒弟制度があるでしょう。
5年は無給だけれど、生活費なしで手に職をつけられるはずでしょう」
「無給ってのが問題だって分からないの?
体のいい奴隷制度だわ。そんなもの」
サトリは眉を顰めた。
これは信念だ。
新しい規範を信じている者の目だ。
後ろにいるのは革命家だ。
革命のあとに真に平等な社会が築かれることは少ない。
大抵の場合は、その革命家たちが、次に民衆を搾取することになるからだ。
「星の欠片とは革命家の魂を受け継ぐことなのかしら。
その偉大な革命家の名前を教えて頂けるかしら?」
アナベルはサトリが屈服したと思ったのだろう。
「偉大なる革命家。オズワルド・クレイ氏の金言よ。
クレイの予言書は、星の書と呼ばれているの。
星の欠片を受け取れるのは、クレイ氏に選ばれた星の娘たちだけ。
私は栄誉ある星の娘第一位なのよ」
サトリは何も言わずに部屋を出た。
アナベルの言葉は、皇帝の所にも、前皇帝の所にもリアルタイムで
届いたはずだ。
敵の正体ははっきりとしたのだ。




