陰謀の影
ノアに抱えられたまま、セーラは優しそうなご高齢の夫人の前に連れてこられた。
「サトリ。シーフの娘を見つけたんだ。
固有魔法の発現を頼む」
サトリはセーラの手を取り、寝椅子に横たえた。
「私はあなたの祖母よ。少し魔力を流すわね。
ノアによるとセーラ、貴方は私の跡継ぎのようだわ」
そう言うとセーラの身体に、恐ろしい勢いで魔力が流れ込んだ。
無理、絶対に無理。もうやめて!
セーラがそう叫びそうになった時、まばゆい光が辺り一面に爆発した。
「セーラ、どう?もう使い方は理解したわね。」
「はい、おばあさま」
セーラはそっと浄化と呟いた。
美しい金色のエフェクトが部屋中に漂った。
付き従っていた侍女たちが、思わずひれ伏すほどそれは美しかった。
浄化の光を浴びた人たちは、心の憂いが少し楽になり、身体の不調はすっかり回復した。
「見事だわ。やはり貴方は聖女だったのね」
おばあさまは、鏡の前にセーラを誘った。
鏡に映る自分の姿にセーラは息を呑む。
栗毛色の平凡だった髪は、黄金色に染まっている。
不思議なことに瞳は、おじい様と同じ黒色だった。
黄金の髪と黒い瞳。
アンバランスなのに、不思議な魅力が醸し出されている。
「これは、一体……」
「魔力顕現をすると、容姿が変るのよ。
貴方には聖女の血と異世界人の血。
どちらも強く顕現したのね。
だとすると、魔法も自在に操れそうね。
その手首の魔道具は消してしまいましょう。
もう必要はないでしょう?」
おばあさまの言う通りだった。
セーラは自分がどうすれば魔法を使えるか、すっかり分かってしまった。
セーラがそっと手首を差し出すと、2枚の花弁はひらひらと祖母の手に落ちた。
「いらっしゃい。
貴方の叔父と叔母を紹介するわ。
今は彼らがフィクトス公爵家の当主と当主夫人なのよ」
そのまま邸宅を歩くのかと思いきや、彼らは自宅だというのに転移した。
「この館は双子の館なの。
元々、片方は龍の館。
もう片方はフィクトス公爵家を運営する人間側の館。
でも、黒龍クラウス様と番のステラ様は山の館に籠りっきりですからね。
それで先代である私達と当代の息子達で分かれて住んでいるのよ」
「父上、母上。お久しぶりですね。
なかなか、こちらにはお見えにならないから。
この娘ですか?シーフの娘というのは?
おやおや、母上と同じ聖女さまなのですね」
「いらっしゃいませ。お義父様、お義母さま。
とうとう、シーフ様の足跡を見つけたのですね。
それでシーフ様は?」
「わかっていて尋ねる癖は相変わらずね。アナベル。
セーラはあなたの脅威にはならないわ。
アストラル学院の寮に入れますし、卒業したらすぐに結婚してこの城を出ていくわ」
「それは良いご判断ですわ。
元々、フィクトス公爵家のお役目は龍の娘をお預かりすること。
それを間違えて頂いては困りますもの」
「黒龍さまの娘であっても、いささか口がすぎるのではなくて?
貴方は龍の娘かも知れないけれど、私とセーラは聖女なのよ」
「聖女なんて、仮初に精霊の庇護を受けているだけでしょう?」
「いい加減にしないか!
クラウスの庇護をあてにしているかもしれないが、こうも騒ぎを起こすようなら黒龍に返品するぞ!」
ノアの怒りにアレク公爵が割って入った。
「父上。申し訳ございません。
アナベルは黒龍を尊敬しているだけなのです。
お許しいただけませんか?」
「だが、アレク。私の目は節穴ではないぞ!
シーフが出て行ったのもその女の悪知恵だろう。
龍の娘が聞いてあきれる」
「お心をお沈め下さい。父上。
アナベルは、なかなか子供に恵まれなくて、少し病んでいるのですよ。
気持ちを察してやって下さい」
「浄化」
小さな声が漏れた時、一同は唖然としてしまった。
あんなに怒っていた前フィクトス公爵夫妻でさえも。
まさか龍の娘に浄化を掛けるなんて、そんな不敬は、聞いた事すらなかったから。
黄金の浄化の光は、凄まじい勢いでアナベルの身体に降り注ぐ。
そうすると、一体どういう事だろう。
アナベルの身体は瞬く間に、変化していった。
黒龍の娘の象徴である黒髪は赤に、金の瞳は菫色に。
「どういう事だ。アナベルは龍の娘ではないのか?」
「アナベル、答えなさい。何が起きているの?」
「知らないわ!私は何も知らない。
だって私は孤児だもの。
貰ったのよ。幸せになれるという星の欠片を!
飲み込みさえすれば、幸せになれる。
飲み込んだ時、苦しくて倒れてしまった。
気がついたらここにいて、龍の娘だと言われたの。
どうしたらよかったの?居場所が出来たのよ。
アレクだって私に結婚を申し込んだでしょう?
ねぇ、アレク。貴方は私を愛しているわよね。
そうよね」
アナベルの告白は想定外だった。
「とにかく、アナベルは塔に幽閉しておけ。
龍の娘を騙るなど重罪だぞ」
「父上、しかしアナベルに悪意があった訳ではないのでは?」
「アレク。
その方はアストラル皇国の盾だという自覚を持て。
冷静に考えろ。
龍の娘の擬態。生半可な力で出来るものではない。
しかもシーフは漆黒の梟を率いている筈。
それが行方不明。妻と娘を置き去りにするほどだ」
「何者かが、我が国を狙っている。
もう何年も前からじわじわと」
「正解だ。それで聞く。
アナベルは無実か?」
「いいえ、それはあり得ません。
教会へは婚姻無効を申請しましょう」
「やめておけ。
それをするとすぐに敵にバレる。
敵もまだバレたとは思っていない筈だ。
それとも此処の警備はざるか?」
「いいえ、失敗したのはアナベルだけです。
あの容姿に全員ころりと騙された。
子が生まれる筈はない。魔力量が違い過ぎる。
龍の娘だと思ったから、誰も魔力すら確認しなかった。
随分魔力の少ない龍の娘だと思ったが、昔は魔法の使えない龍の娘がいたから」
アレクの言葉に皆がシーンとしてしまった。
敵は、なんと計算高いのだろう。
恐ろしい敵が存在しているようだ。
ノアはもうこの部屋にはいない。
おそらく皇帝に報告に向かったのだろう。
「セーラ、あなたのおかげで恐ろしい陰謀の断片が見えたわ。
ありがとう」
サトリの言葉にセーラは頭を振った。
「私は、ただアナベルさまが苦しんでいたから。それで……」
サトリはそっとセーラを抱きしめた。
この優しい娘は、きっとアナベルにすまないと思った筈だから。




