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星の欠片  作者: こもれびの空


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セーラの憂鬱

 セーラの日常生活は、大幅に変わらざるを得なくなった。


「どうしてアストラル学院に通えないのか、分からないわ。星の欠片事件でずっと聖女として働いて、その後は黒龍さまの館にいた。ようやく皇国に戻って来たし、皇帝陛下も自由に活動できるようになったでしょう?」


「しかし姫さまは、聖女でいらっしゃいます」


 フセイン公爵夫人アルテミスが、きっぱりと言った。侍女長が不在。皇后も不在の皇后宮の規律を正すべく、貴族会議議長夫人が臨時の侍女長として派遣されたのだ。


「ええ、だから神殿での治癒を行うと言っているではありませんか。神殿の治癒時間を午後にしたのは、午前中は学院に通いたいからなのよ」


 セーラとしても、一度くらいは学園生活を経験したい。というより、これは貴族の義務の筈だ。確かに皇太子妃が通学した例はあっても、皇后の通学などは聞いたことが無い。それはひとえに警備がとても厳重になりすぎて、他の生徒の迷惑になるからだけれど。セーラはまだ立后していないのだ。


「貴族たるもの、最低一年間は、アストラル学院に通う事、という規則があります」


 セーラが言い募るのを、新たな侍女長は、にっこりと笑っていなしてしまう。


「姫さまのご意見は平時ならばのお話です。ですが今は緊急事態なのです。姫さまのアストラル学院卒業証書は既に届いております。公務実績と、この間行った学力テスト。どちらも優秀な成績でした。おめでとうございます」


 セーラは今度こそ、口を半開きにしたまま固まった。セーラがこのように素を現すことは、今まで全く無かった。セーラは不思議なことに、この新しい侍女長に心を許してしまっていたようだ。


 「この間のテストは、編入試験だとおっしゃったではありませんか?長く学院に通えていないから、三学年に上がるためには編入試験が必用だと」


 「ええ、あれは三学年編入試験のつもりでしたのよ。ところが手違いで、卒業資格取得試験の問題だったようなのです。それで学院もねぇ。いまさら入学には及びませんと、言ってきたのですよ。姫さまには、もっと重要なお役目があるので、そちらに専念頂きたいとね」


 しれっと侍女長はセーラの抗議を流してしまった。さすがは公爵夫人。セーラの祖母サトリとは全く違う、食えないご婦人であった。


 『我が儘だって分かっているけれど、少しだけ子供時代を楽しみたかったわ。小さい頃から、友達とお喋りしたり笑ったりしたことが一度もないのよ。お友達と遊ぶのはどんな気持ちがするのかしら?皇后になる私には、もう友達は出来ないのだわ』と、セーラは寂しく思うのだった。


 セーラだって馬鹿ではない。うっかり間違えたと言うのが詭弁だと言うこと位は理解している。どうせ学位評議会が特例として卒業を許可するために仕組んだに違いない。そしてそれを仕組んだのは貴族会議に決まっている。


「ねぇ、アルテミス侍女長。貴方は白薔薇の君と言われる、たおやかで物静かな姫だと聞いていたのだけれど」


 セーラは恨めしげに言うと、侍女長は笑顔を浮かべた。


「そうですわねぇ、誰かさんは臆病で素直な姫君、と言われていたのとよく似ておりますねぇ」


 そう返されて、勝てる気がしない、とセーラは思った。セーラの戦意が喪失したのを見て取って、侍女長は、今後の予定を、てきぱきと伝え始めた。その予定は、もちろん立后に向けてのもので、予定は、ぎっしりと詰め込まれていたので、セーラはぽつりとつぶやいた。


「私だって、皇后になる覚悟はあるのよ。でもジークから、正式に求婚もされていないのに、手続きだけが進むのが釈然としないのよ」


 侍女長は、呆れた顔をしたが、セーラの言いたいことも、良く分かった。皇帝は多忙を極め、あの粛清の後、皇后宮に来たのは、一度きり。もう寵姫ではないと、夜のお召も控えている。それは全て、セーラを尊重した行為なのだが、恋人の態度としては、薄情だろう。


「姫さま。皇帝陛下は、姫さまを大切にしたいと、思し召しているのですよ。今回の粛清で姫さまのご活躍は、ご立派ではありましたが良家の姫君としては、いささか問題でございました。皇帝陛下は。正しく姫さまを扱いたい、と思っていらっしゃるのです」


 セーラはその言葉を聞きながら、黙々と書類を読み込む。やる事リストだけで膨大だ。ばさりと書類を置いて、セーラは外を見た。夏の日差しは陰りをみせ、夕日に赤とんぼが、ふわりと飛び始めている。風は、すこしだけ涼を運んできた。


 侍女長は、そっと席を外した。大人たちは、まだ十五歳になってもいない少女に、大きな責任だけを背負わせている。成人まで一年足らず。問題ないと言い放つ男達の顔を思い浮かべて、侍女長は首を振った。セーラは、もう子供ではいられないのだ。



 侍女長は皇帝に面会を申請した。秘書官はとても迷惑そうな顔をしたが、相手は貴族会議議長夫人だ。しぶしぶ皇帝に取り次いで、面会許可はすぐに出た。


「貴女が面会を求めるとは。セーラに、何かあったのだろうか?」


 ジークフリートは、気楽な調子で声を掛ける。頭の痛い問題が山済みの中、侍女長からは微かにセーラの気配が感じられて、それだけでジークフリートの心は少し浮きたつのだった。


「皇帝陛下は、セーラ様に正式に求婚をなさいましたか?」


 そう聞かれて、ジークフリートは必死になって記憶を探った。


「ほら、この黒ダイヤのピアスを渡した時、セーラは番だと教えたと思う。セーラも理解していた筈だ」


 侍女長は呆れ顔になって、皇帝陛下に釘を刺した。


「そう言うものは求婚とは申せません。きちんと礼をつくして、求婚して差し上げて下さい。今日中にです。皇帝陛下は、私事を後回しになさりそうですからね。乙女にとって、求婚を受け入れるのは人生の一大事なのです。ないがしろにされるべきこと、ではございませんよ」


 きっぱりと言いたいだけ言うと「御前失礼します」侍女長は立ち去った。その後ろ姿から、セーラの使う香の匂いが漂った。侍女長はわざとセーラの香を焚き込めたものを、懐に忍ばせて来たに違いない。


 その懐かしい香りをかぎながら、ジークフリートは、用意していたセーラへの贈り物の中から、どれが求婚の場に相応しいか頭の中で選んでゆく。会えない間にセーラへの贈り物だけが、贈られないまま、貯まっていたのだ。


 そして小さく笑った。知らなかったな。常識人と言われ続けたフセイン公爵家は曲者ぞろいだ。フセイン公爵夫人はセーラが皇后になったら、正式に侍女長を引き受けてくれるだろうか?多分彼女は、後任を瞬く間に育てあげて、さっさと皇城を去るに違いない。


 ジークフリートは、今夜の予定をキャンセルするように秘書官に命じたから、秘書官は侍女長を少しばかり恨めしく思うのだった。

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