砂時計
この国の宰相が、国家反逆罪で逮捕された。
翌日皇城は、休暇どころではなくなっていた。この余波が、どこまで広がるのか、貴族や宰相の元で働いていた人々は戦々恐々としていた。
皇室からの布告文が、国中の広場に掲示された。
皇族減少による魔力不足と、その影響についても、明らかにされていたので、宰相一派に対する民の目は、急激に厳しくなった。もしかしたら、国土の四割の砂漠化が、進行していたかもしれないのだ
自分たちの住む場所が、元は広大な砂漠だった、と思い出した者も多かった。オアシスでの生活が、永遠に続くわけではないことを、思い知った一日だった。
ノアによって魔力が補充された事。そしてそれは、僅か二十年分しか持たないこと。なるべく早い皇族の増強が、必要な事も判明した。
広場で布告文を読んだ人々は、口々に言い立てた。
「二十年なんてあっという間だ。俺たちはどうなってしまうのだ」
「大丈夫だ。二十年あれば子も生まれ、そして成人するだろう。皇子さまが生まれるさ。その方が魔力を、補完して下さるはずだ」
「寵姫さまがいただろう?」
「ノア老公のお孫さまらしい。聖女として、午後から夕方までは、治癒していただけると聞いたぞ」
「ありがたいが、それよりは、お子を産んで欲しい。結婚する方が先ではないか?」
民の不安は広がっていった。皇帝陛下お一人に頼る皇国。不安にならない方がおかしい。皇帝が倒れれば、終焉を迎えるなんて、心配しない訳が無かった。その不安が、何としても皇帝を、セーラと、結婚させろとの圧力になった。
何しろセーラは、俺たち民の恩人、ノア老公の孫娘だ。しかも聖女。皇帝は、何をぐずぐずしているんだろう?寵姫として熱愛していた、という噂もあった。だったら問題は無いはずだ。外堀はどんどん埋まっていく。
緊急事態に、慌てて再結成された貴族会委員は、それこそ国の賢者や、人格者と言われる人々、ばかりであった。ところがその貴族会議が、緊急として国に提出した提言書は、服喪期間にも拘らず、セーラとの婚姻と、セーラを、皇后へ推戴するものだったのだ。
ジークフリートは、貴族会議長となったフセイン公爵と向き合っていた。
「貴方は良識ある方だ、と思っていたのだ。それなのに婚姻を勧めるとは。皇族の服喪期間は、一年と決まっているだろう」
「それはあくまでも平時の場合。今は平時ではございません。過去の先例もございます。民の不安は、増大している。これを抑えるには、陛下の婚姻と、お子の誕生。望まれているのは、それだけです」
ジークフリートは、深々とため息を吐いた。
「公爵。私は既に親殺しの悪名を、背負っている。このうえ服喪期間に、婚姻を強行すれば、後世の歴史家は、さぞかし暴君と、評することになるだろうな。今更だが」
「それこそ、今更でございましょう。後世の歴史家は、陛下を現実に即応した名君だと称えるでしょう」
「分かった。準備を進めるよう手配をしよう。しかし、血にまみれた皇座だな。これから宰相の家族を、処刑しなければならないのだ」
「陛下。これは私からの個人的な願いです。娘の命は、救われたとお聞きしています。ご子息の助命を願いたいのです」
「諸侯が、何ゆえに、そなたを良識人と評価したのか、ますます分からなくなりそうだ。娘は十二歳。未成年だったし、爵位の継承権も持たぬ女子だ。だから助命出来た。だが息子は既に十五歳。成人してしまっている。しかも彼は直系で、爵位継承権を持っていたのだぞ」
「だが陛下は、処刑を望んではおられない。既に皇国の次代は少ない。私はアランを失うのが惜しい。彼は聡明で、真っすぐだ。陛下の御代を、お助けできる人材だからこそ、望んでいるのです。アランは私の甥にあたるのです。私の妻と、宰相の妻は、共にヒースクリフ伯爵家の娘です。陛下は聞いた事がございませんか?ヒースクリフの紅薔薇と、白薔薇の噂を」
「そう言えば聞いたことがある、社交界に咲いた紅薔薇と白薔薇。求婚者が、後を絶たなかったと聞いたが、宰相と公爵が勝ちとっていたのか」
「はい、私の妻は白薔薇で、穏やかでたおやかな姫。宰相家に嫁いだのは、紅薔薇と歌われた姉、艶やかで気品のある姫でした。その関係でアランは
よく家で遊んでいたのですが、驚くほど聡いのです」
「甥だからではなく、能力が惜しいと言うのか?」
「はい、陛下。アランの異能は、ノア老公と同じ計算でございます。もしも万が一、アランが、この企てに参加していたら、このような結果は招かなかったと、私は愚考致します。アランは、ずっと学院の寮で生活していて、卒業を待つばかりでございました。」
そうきっぱりと言い切った
「罪名は国家反逆罪だ。どうやれば、直系を残せると言うのだ」
「その件について、提案があります。これなら余人が知ることなく、アランを残せる」
フセイン公爵の提案は、奇想天外なもので、彼は絶対に良識派ではない。この男ほど、良識とかけ離れた男は珍しいと思いながらも、ジークフリートは、その案を受け入れた。
そして皇帝は反逆者の一味を、その魔力を 全て皇国に捧げる方法で、処刑すると発表した。公開処刑を楽しみにしていた民は、残念がった。反逆者一味を、罵倒してやる機会が、なくなってしまったのだから。
「だけど、仕方ねぇよ。それだけ皇国は、魔力が足りないんだ」
「魔法使いは、魔力が枯渇すると死ぬんだってさ。よく分からない処刑方法だが、結局死ぬのならいいじゃないか。その上、少しは魔力も補充できるのだから」
民からも貴族たちからも、反発は起きなかった。かなり呆れた方法だと思われたし、何とも言えない顔をされたが、貴族たちは結論づけた。我が皇帝は、驚くほどの現実主義者だと。
ジークフリートは、その評価には大いに不満であった。その諸侯が良識派で、人格者だと、評価するフセイン公爵が、提言したものだったのに。ジークフリートは、この一連の出来事が、何者かによる陰謀だとすると、自分は、拙速すぎたのではないか?と思っていた。
もう少し老練であれば、国家反逆罪などというような、身も蓋もない罪を、でっち上げなかったかも知れない。彼らのやったことは、まさに皇国を危機に追いやったが、そこに反逆の意思が、無かったことは、知っている。
だがジークフリートには、父母を殺し蔑み、権力まで取り上げようとする輩は、まさに反逆者にしか、見えなかったのだ。それすらも、計算されていたとしたら?ジークフリートは、ぞくりと身を震わせた。
一週間後、宰相一派として捕らえられ、処刑が決まっていた人々は、広々とした一室に集められていた。国家反逆罪、という罪を被せられた以上、生きる道は残されていない。いよいよ処刑の日だ。そう覚悟はしていた。
けれどもそこは、民が集まっている筈の処刑場とは、大きく異なっていた。奇妙な椅子がずらりと並べられ、椅子には、チューブが取り付けられている。そのチューブの先は、小さな転移装置に繋がっていた。
そして大きな壁一面に、映像が浮かんだ。黒龍が棲んでいるであろう渓谷の中にある湖。多分それが、アストラル皇国を潤す、水の正体なのだろう。だがその湖には、空から轟々と、音をたてて滝のように水が降り注いでいた。
滝のように空から落ちる水。その凄まじい水音を聞くと、自分たちもその場にいるような臨場感がある。あれは魔法だ。魔法で天から水を落としている。その先はきっと、どこかにある水源なのだろう。
彼らはようやく、伝説が本当だったと知った。アストラル皇国は、黒龍の魔法で造られた国。そしてそれを維持していたのは、皇帝の魔力だったのだ。
やがて映像は切り替わった。それは恐ろしくも、巨大な砂時計であった。ただ中に入っているのは、砂ではなく、魔力だった。その魔力は、常にサラサラと下に落ちていく、使われる先は、件の水の転移装置なのだろう。巨大な砂時計は、硬質で、見るだけで冷え冷えとするような、冷気を纏っていた。
美しくサラサラと流れる、金色の光粒。だがそれが魔力だと思うと、恐ろしかった。一体どれだけの魔力があれば、あの砂時計を、満たせると言うのだろうか?砂時計の魔力は、残り少なくなっている。
そこに人が現れた。ジークフリート皇帝であった。皇帝は、砂時計にむけて、魔力を充填し始める。膨大な魔力が皇帝の手から流れ出て、砂時計は、みるみるうちに増えていった。
皇帝の顔が苦し気に歪み、ゼイゼイと、空気を求めるように喘いでいた。唇は真っ青になっていたから、限界まで魔力を放出したことが分かる。皇帝が魔力を止めた時、砂時計の中は、まだ六割しか満たせていなかった。
足りない。足りていない。その場にいる人々は、ようやく分かった。皇帝ひとりでは、この国の魔力を満たせない。その現実が。宰相の目が大きく見開かれていた。自分が何を間違えたのか、ようやく理解した顔だった。
そして彼らには分かってしまった。ここはやはり処刑場だ。あの椅子で魔力を吸い取られ、その魔力は転移装置によって、あの巨大な砂時計に、流れるのだろう。処刑方法が魔力の抽出だなんて!皇国は、余程魔力が足りていないのだ。
シーンと静まり返る部屋。大勢の人がいるのに、誰も一言も口をきかない。外はどうなったのだろうか?アストラル皇国は無事なのか?砂漠化は始まってしまったのか?
ガチャリと、扉の開く音が妙に大きく響いた。衛兵たちが入って来て次々と人々を椅子に縛り付けた。そして衛兵は宥めるように言った。
「心配するな。遺体は遺族に引き渡される。罪人だとは伝えない。反逆者の家族は、この国では生きられない。だから名は伏せられて、お前たちは事故死扱いになり、遺族には年金が送られる」
人々は啜り泣いた。一番心配していたことは、起こらない。家族は、そのままこの国で生活していける。国家反逆罪は重すぎる罪名だ。
そんな罪で裁かれる程のことを、した覚えは無かった。だが映像を見た。罪はあったのだろう。知らなかっただけで。だが許されて、遺体は家族に渡される。十分な恩寵だと思えた。
椅子に縛られて、魔力が吸い取られていく。十名もの人の魔力が、映像の砂時計に流れていく。だが砂時計の量は、僅かしか増えなかった。必要とされる魔力は、それほど膨大なのだ。
次々と処刑される中に、あの侍女長もいた。侍女長は、己が馬鹿にし続けた、セーラの顔を思い出した。違和感の正体。それはあの目。あの目に怯えは、一欠けらも無かった。冷徹に観察するものの目。
そう、あれは、支配することに、慣れきった目だった。そうと知って侍女長は、ふっと口元を緩ませた。ずっと気にかかっていたことが、やっと分かったのだ。そのまま侍女長の視界は暗くなり、再び光を見ることはなかった。
やがて残ったのは、宰相と妻、そして一人息子のアラン、だけになった。そこにシーフ公爵が現れて、黙ってアランの前に立った。宰相と妻は、椅子に縛り付けられながら、それを見ていた。
「アラン。君の両親の罪を見たか?」
「はい」まっすぐにシーフの目を見て、アランは答えた。
「私は皇帝陛下直属の諜報機関『漆黒の梟』の長、シーフ・フォン・フィクトス公爵だ。君の仇でもある。私は君を『漆黒の梟』に招聘したい。『漆黒の梟』の隊員は、龍の誓約を受けねばならぬ。忠誠はアストラル皇帝に捧げ、破れば死あるのみ」
シーフはそこまで言って、じっとアランの目を見つめた。
「アラン。君は『漆黒の梟』への招聘を受けるか?」
アランは跪いて誓った。
「私は『漆黒の梟』の一員として、この命をアストラル皇帝と、皇国に捧げます」
その瞬間、龍の誓約が成立しアランを青い光が取り囲んだ。それを見つめていた宰相夫妻は、涙を流していた。自分たちの罪を息子がそそいでくれる。
あれほどの侮蔑を与えたのに、皇帝はアランを救いあげた。どこで間違えたのか?どうして見誤ったのか?宰相の悔恨の時間は、それほどは残されていない。
アランは、死にゆく両親に目をやった。
「僕は間違えません。後は僕に任せて安心して下さい」
その言葉を聞いて、宰相夫妻はほほ笑んだ、死がその手を伸ばした時、彼らの顔は安らかだった。
「アラン。君は名前も、身分も変えなければならない。私が名を授けても構わないか?」
アランは黙って跪いた。
「君の名前は、ルシアン・フォン・ヒースクリフ。我がフィクトス公爵家の、猶子として保護する。君の両親はこのまま埋葬される。君は立ち会えない。だが埋葬先は後日教えよう」
そう言うと、シーフが軽く手を挙げた。するすると男が現れて、ルシアンと同じ年恰好の、遺体を運んで来た。彼が誰かは知らないが、反逆者の息子アラン、として埋葬されるのだろう。
「君の学院の記録は、全てルシアンの記録と、付け替えられた。優秀だったようだな。戸籍も整えている。ヒースクリフ伯爵家も、君を受け入れてくれた。君は伯爵の孫だしね。孫が息子になっても、問題は無いだろう」
シーフは、先ほど、アランの遺体を、運んだ男を手招いた。
「君はこのまま『漆黒の梟』の教育機関で訓練を受ける。戻ればジークフリートの、秘書官兼護衛となる。アストラル皇国の危機は、去ってはいない。君の頭脳に期待する」
ルシアンは、頷くと影に連れられて転移していった。
「聡いし理解も早い。なるほど、フセイン公爵が、惜しむほどの事はありそうだ」
シーフはそう呟いた。少なくとも一人は救えた。たった一人だけだったが。




