見えない敵
(決戦の日 夕刻)
貴族会議委員に選ばれる方法は基本は互選、かの人物ならば、と衆目が一致している人物のはず。ある意味で中立が求められるから、政府の要職にある者が、就くことは本来は無い。名誉職だった筈なのだ。
ところが拘束されて、丁寧に尋問されている、貴族会議の役員七名のうち、現職大臣が五名、という異常事態になっていた。
それは元宰相が、自分の派閥を優遇した結果だけれども、これがシーフと、ダンテが、貴族会議に手を出したくない理由でもあった。
大臣の下には多数の貴族達がいる。一網打尽などにすれば、多数の貴族家が巻き込まれる。どのあたりを、落としどころにするか、頭の痛い問題だった。
査問官たちは、のらりくらりと、尋問を躱す高位貴族にも、丁寧に接している。ただし、尋問は長時間になっているし、全て記録されている。それが何を意味するのか、まだ大臣たちは、分かっていなかった。
「いい加減にしたまえ。もう付き合っていられない。帰らせてもらおう」
経済を司る財務大臣は、席をたった。だが扉は固く閉ざされ、転移魔法を練り上げるも魔法が発動しない。初めて大臣の顔に焦りが浮かんだ。
「調べによると、かなりの金額が、貴方の懐に入っている。既に屋敷は差し押さえられ、館の人々の尋問も始まっています。証拠は歴然としているのですよ」
査問官は焦る大臣に、それだけを伝えた。
「貴様、ではこの取り調べは、茶番ではないか。既に結論はでておるのだろう」
「まさか。そんな訳ないではありませんか。お金の流れが問題なのですよ。着服した金はそのまま、前の宰相に流れている。で、問題なのは、貴方が謀反人の一味なのではないか?ということなのだが」
謀反と言う言葉を聞いて大臣は真っ青になった。謀反は大罪だ。一族郎党に罪が及ぶ。貴族には姻戚、血縁が多い。どこまで罪が及ぶかわからない。
謀反を企てたつもりなど全くなかった。ただ宰相の派閥に入れば、出世できると思っただけだ。
「違う、私は謀反人ではない。そんな事を企んでいたとは、知らなかったのだ」
査問官の声は落ち着いていて、ぶれることは無かった。
「君たち貴族会議委員は、皇帝とノアを激しく糾弾し、皇后までも死に追い詰めた。
この国は元々砂漠。不毛の大地だ。その水は何所からきている?黒龍の魔法で遥か山から転移され続けている」
「さて質問だが。大臣閣下。皇帝と皇后が死に、残ったのは、若き皇帝ジークフリートのみ。皇帝は人間だ。龍ではない。魔力は足りるのだろうか?この国を潤す水は此処にはない。彼方の山から転移させる。一人で出来ると思ったのか?」
「だが、だが、水は消えていない。この国は盤石なんだ。皇帝が居なくても、オアシスは維持できている」
「教えてあげよう。六割だ。ジークフリート皇帝が、生きる以外の、全ての魔力を使っても 維持できるオアシスは国土の六割。残りは砂漠化する」
大臣の顔が驚愕に歪んだ。初めて現実を知った顔だった。
「確かに水は消えなかった。それなら残りの四割は、誰が維持したのだ?どう思う?」
大臣は沈黙した。
「ノアだよ。ノア老公が、万が一に備えて、アーサー皇帝の死後十五年間、ずっと自分の魔力を、貯め続けていた。あなた達はそれを笑っていたな?ノアも老いたと。知りたいのだが、魔法士が年を取ることはあっただろうか?」
「何が言いたいのだ。言いたいことがあれば、はっきり言ったらよいだろう}
「簡単な事だよ。貴方はノアよりも年上だ。貴族会議の半数は老人だ。しかし誰も、ノアのように年を取らない。何故か?豊富な魔力が自己再生を促すからだ」
「ノアだけが年を取った。まるで平民のように。それが証拠だよ。ノアが、毎日魔力枯渇寸前まで魔力を、放出していた事の。そのノアの魔力が、皇国を守っている」
そこまで言って、査問官はじっと大臣をみた。
「私は、この国に危機を招いたのか?」
大臣の顔は蒼白で、その指はぶるぶると震えていた。
「大臣閣下。どうなさるおつもりですか?このまま反逆者として、処刑を待つつもりですか?」
「何を、何をしろと?」
大臣は思い出していた。シーフの言葉を。家名を残したければ、協力しろと言っていた。家名を残すと言ったのだ。私の決断次第で家名は残せるのだ。
「すべては私の不徳の致すところだ。私が間違っていた。だが決して反逆者に加担しては、いない。反逆の計画は知らなかった。だが結果は重大だ。私は自分のすべての罪を認め、その罪を己の命ですすぐ」
大臣の言葉を聞いて、査問官は頷いた。
「ええ、その辺が落としどころでした。閣下。家名は残り、反逆者の汚名を受けることもない。ありえない程の厚遇だ。家格は二段階下がります。侯爵家は、子爵家に格下げになります。領地も大幅に減るでしょう。だが家人は責めを受けないし、仕事も続けられる。希望は残ります」
「ああ。署名をしよう。わたしの自白証書に。用意は出来ているのだろう?」
査察官は黙って頷き、書面とペン。そして銀の杯を渡した。銀の杯には酒が注がれており、杯は黒く色を変えていた。
大臣は震える手で、ようやくの思いで署名をした。
そして銀の杯を見つめて、ぽつりと言った。
「公開処刑でなくてよいのか?皇帝陛下も、ノア閣下も公衆の面前で、処刑されたと言うのに。それを我らは、喝さいで見送っていたのに」
大臣は息子の顔を思い浮かべた。実直で謹厳な息子。世渡りも出来ない男。しかしその資質が、いかに貴重であったか、ようやく大臣にも理解できた。
「エドガー」ぽつりと言葉がこぼれた。
「閣下のご子息にもお孫さまにも、このアストラルで、民の為に、汗を流して頂かなければ、なりません。潔く自害なさったとお伝えします。すべての罪を、自分で被った高潔なお方だったと」
大臣は静かに頷いた。その瞳に、ようやく悔恨の情が宿ったのが、査察官にも分かった。大臣の指先は、もう震えてはいなかった。そしてほほ笑んで査問官に言った。
「遺言を伝えてくれ。皇帝陛下の温情に感謝するように。そして皇帝に忠誠を尽くすように。どうかそう伝えて欲しい」
査問官は、静かに深く礼をしてそれを受け入れた。それを見て、大臣はグラスの酒を飲み干して、「ああ、美味い酒だ」と呟いた。それが最後の言葉になった。
告白文書の写しと遺言。そして遺体は、丁寧に遺族に引き渡された。遺族には十日の猶予が与えられた。十日後、遺族たちは館を出て、新たな領地に着任する。そこには死と再生があった。
五名の大臣は、差し渡された毒酒を自ら飲んだ。残りの二人の貴族会議委員は、彼らの暴走を、止められなかった事を恥じて、貴族会委員を辞任した。
こうして決戦の日は、終わりを迎えたのだ。
(決戦の日 夜 皇帝私室)
ジークフリートは、次々に入ってくる報告を、静かに読んでいた。元宰相は公開処刑され、関わった者と家族は処刑されるだろう。一族は平民に落とされる。
ジークフリートは、家族の中に、まだ十二歳の少女がいることに、目を止めて、彼女を、修道院に送るように指示を出した。十二歳の女児を、処刑したくは無かったのだ。
今夜五人の命が失われた。明日はもっと多くの命が消える。ジークフリートの命によって。ジークフリートは、ぱさりと書類の束を、机に置いて立ち上がった。そして少し考えて、セーラに会いに行くことにした。
側近は慌てて、セーラ様をお呼びします。と言ったが、ジークフリートは首を振った。セーラはもう寵姫ではない。部屋に呼び寄せるような存在ではないのだ。ジークフリートは、皇后宮に先ぶれをだして、きちんとした礼節で、セーラの元を訪れた。
皇后宮に行く途中、ジークフリートはぽつりと言った。
「何かがおかしいのに、何がおかしいのか分からない」
セーラは、薄墨色の飾り気のないドレス姿でジークフリートを迎えたから、ジークフリートは、少し安心していた。セーラも、死に行く者たちを、哀悼していたのだ。と知ることが出来たのだから。
セーラは、そっとジークの手を取ると、そのまま、ちいさな茶室に案内した。
そこには、既に冷やしたレモネードが、用意されていた。レモンのさわやかな香りが、ジークフリートの、少し重い心を癒してくれた。
「終わりましたね。少し後始末は残っていますけれど」
セーラは小さな声でそう言った。まるで大きな声を出せば、今夜、命を捧げた者たちを、脅かすとでも言うように。
「そうだね。ようやく終わった。けれどなんだか嬉しくは無いのだ。あれほど復讐を、望んでいたと言うのに」
「そうですね。多分彼らが、潔く死を受け入れたからですわ。守りたいという想いは、本物でしたから」
セーラの言葉で、何がおかしかったか、ジークフリートには分かった。
「おかしいと思わないか?彼らは、誰ひとりアストラル皇国を揺るがした、危険にさらした、と言う自覚が無かった。仮にも政府の中枢に、いたと言うのに。誰かが目隠しをして操ってでもいたようだ」
その言葉を聞いて、セーラもハッとした顔になった。
「この文様は、まるで星の欠片の事件の時、のようではありませんか?」
「そうだ。星の欠片事件は、まだ終わっていなかった。誰かがこのアストラル皇国を狙っている。じわじわとまるでなぶるように」
「最低限の犠牲で済ませて、良かったですね。大粛清など行っていたら、皇家と貴族たちの間に、修復できない溝が、生まれていたかもしれません」
セーラの言葉にうなずきながら、ークフリートは言った。
「私とセーラそなたは若い。だが敵は我等の次代の半数を奪い、今回は知恵を持つ老人たちを、奪った。私達は、この皇国を、守り抜かねばならないと言うのに」
ジークフリートの言葉に、セーラは思った。早く黒龍クラウスに、戻ってもらいたいと。
けれども黒龍の復帰には、二百年かかる。
黒龍がこの地に戻った時、アストラル皇国は。今の姿で存在出来るだろうか。
セーラの指先が冷えたのは、レモネードのせいだけでは、なかった。




