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星の欠片  作者: こもれびの空


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夏の宵

 宮廷に出仕停止になったことで、ダンテ元帥とシーフの裏工作は着々と進んでいる。

 ダンテ元帥の配下はほぼ全員皇都に集結したし、宮廷内、特にセーラの身辺はほぼ味方で固め終わった。


 さすがにジークフリートの周囲にいる者には手を出していない。

 敵が最も警戒している場所だからだ。


 ある朝のこと、普段は蔑みを浮かべて淡々と仕事をこなしていた侍女が、珍しく自分からセーラに声を掛けた。


「姫様のお世話も今日限りですので、暇乞いに参り生したの」


 状況を飲み込めずにきょとんとするセーラに侍女は言い放った。


「私、さる大家に嫁入りすることになりましたのよ。

 家格は高くはございませんが、何しろ事業が成功しておりますからねぇ。

 セーラさまの慎ましいお衣装も素晴らしいとは思いますが、私にはとてもとても」


 そう言って扇を口元に当てる。しかし僅かに扇が左に傾いている。

 扇の合図としてはいびつだった。


 閉じた扇を真っすぐに口元に持って行くのは、言うつもりはない。言えない。

 飛躍する場合には察しなさいになる。


 セーラには上等な衣服は似合わない。

 自分はそんな服などとても着ることはできない。

 口には出しませんけれどね。と言ったのだ。


 セーラは目をぱちぱちと二度瞬きをした。

 相手から視線を逸らしての二度の瞬きは驚きを現す。

 しかしセーラの視線は相手にまっすぐ注がれていた。


 侍女が言い募ろうとしたところに、話を聞いていたのだろう。

 侍女長が現れた。 


「姫さま。少しお話がございます」


 そこで侍女は嫌な目つきでセーラに最後の視線を送ると、侍女長に丁寧に礼をして部屋を出た。


 侍女長の話とは何だろう?

 呼びつけずに自分から来るとは珍しい。


「姫様には治癒の力があると噂が飛び交っております」


 そのことか。

 聖女の異能持ちかと警戒されたのだろうか?

 あえて僅かに情報を漏らしたのだが。


「申し訳ございません」


 素早く詫びるセーラに侍女長はため息をついた。


 話をする都度にいちいち詫びるし怯えるしで、この姫と話すのには、途方もなく時間が掛かるのだ。

 いちいち相手をするのも面倒になった侍女長は端的にセーラに命令した。


「よろしいですか。異能を使うことは許可できません。

 これ以降、異能を使えば厳しく罰しますからそのおつもりで」


 セーラが必死で頷いているので、侍女長は少し褒めておくことにした。


「貴方が皇帝陛下から聞いた話を、しっかりと伝えてくれるので、宰相閣下のお覚えもよろしいのですよ。

 もしかしたら、このようなお部屋ではなく小さな宮が与えられるかも知れません」


「そんな。勿体ないことです。私は此処で十分です」


 そう言うセーラを冷たい目で侍女長は見た。

 なにしろこの姫は部屋では寝ているだけだし、後はずっと皇帝に呼び出されている。

 愛玩動物でしかないのだ。この姫は。


 それなのに、どうして自分はここまで出向いたのだろうか?

 時々無性にセーラの様子を確認しておかなければならない、という焦燥感に囚われるのだ。


 こうした直感を侮ってはならないと、侍女長は長年の経験で良く知っている。

 大きな失敗をする前には必ず妙な違和感を感じるし、それを無視すると大抵とんでもない事態が起きるのだ。


 だが侍女長が何度不意に姫の部屋を訪れても、いつも姫は、ぼんやりと刺繡をしているか、さもなければ侍女に虐められているだけなのだ。


 侍女長が首を傾げながら出て行った後、セーラもため息をついた。


「困ったものね。さすがに宮廷を生き抜いてきただけあるわ。

 こちらが動いている時に限ってやってくる」


「まあ相手も海千山千の宮廷人ですからね。それでも侍女長がこの部屋に入る前に、警告で報せてくれるので、助かりますわ」


 そう言ったのは、先ほどねちねちとセーラをいたぶっていた侍女だ。

 漆黒の梟から警告が入ったのが、侍女長が部屋に入る直前だったので、あのような芝居を打ったのだ。。


 扇を左に傾ければ盗聴されていますの意味だし、右に傾ければ嘘ですという意味だ。だ。

 二度の瞬きも、まっすぐに見つめるのは、了解の合図。

 先ほど侍女は聞かれています。と伝え、セーラは了解と返した。

 侍女たちとセーラは細かな合図で危機をくぐり抜けて来た。


 そうでなければ、セーラがいくら急いで片付けたとしても、侍女長は見てならないものを見てしまったかも知れない。


「それでは、私はこれで。皇帝陛下の密書は私が届けます。

 宮を出ると言った以上、ここに残れば怪しまれますから。

 後任はすぐに着任させます」


「頼むわね。もうあと少しだから、敵もピリピリしているのだわ」




(同日夕刻 霊廟)



 その夜、久しぶりにジークフリートとセーラは皇帝とノアが眠る霊廟にやって来た。


 たまにジークフリートは民と共にここで祈りを捧げる。

 初心を忘れないという意味もあるだろうが、狙いは別にある。


 ひとりの男が酔っ払ったのだろう。

 ふらふら歩きながら、霊廟に入って来た。


「不謹慎だぞ、ここは酔っ払いが入ってよい場所ではない」


 酔っ払いは言い返した。


「何が皇帝陛下だ。俺は聞いたんだぞ。

 今の皇帝は寵姫にうつつを抜かして、朝から晩まで寵姫を召しているそうじゃないか。

 今、アストラル皇国を守っているのは皇帝なんかじゃない。

 宰相様だ。あんな暗君にこの国なんか守れるものか!」


 酔っ払いをとがめた男はたじろいだ。


「確かにそんな噂は俺だって聞いたさ。

 それでも皇帝は皇帝さ。

 皇帝が居なければ、アストラルのオアシスは枯れてしまう。

 皆、知っている事ではないか!」


「本当にそうなのか? 女の尻ばっかり追っかけているような皇帝に始祖の加護はあるのか?」俺たちはそう思い込まされているだけじゃないのか?」

 酔っ払いは又も吠えた。


「皇帝陛下を引きずり降ろそうというのか? 恐ろしい国家反逆罪だぞ」

 酔っ払いを宥めながら男は諭した。


 そうすると、酔っ払っていた筈の男は冷静な声で言ったのだ。

「そうじゃないらしいぞ。宰相閣下は慈悲深い。

 皇帝陛下は寵姫さまとのんびり暮らして、実務は宰相閣下が司るらしい」


 霊廟は喧噪に包まれていく。

 ジークフリートは近くにいた老人に尋ねた。


「ここはいつもこんな感じなのですか?

 とても霊廟とは思えないのですが?」


「いや、ひと月前までは、とても穏やかな霊廟だったんだ。

 けれども最近はいつもこんな感じなんだ。

 街でも宰相派と皇帝派が、しょっちゅう争っている。

 なんだか嫌な感じだねぇ」


 そこまで聞いてジークフリートは礼を述べて霊廟を出る。


「時は来たと思わないか?」


 ジークフリートは楽し気に言った。


「皇帝陛下が亡くなって僅か三ヶ月。この短期間でここまで情報操作を進めるなんて」

 これは貴方が?それとも宰相の手の者が」


 セーラの問いかけにジークフリートは肩をすくめた。


「両方だね。利害の一致って奴さ。僕も奴も早くけりを付けたくてたまらないのさ。

 それよりお茶にしよう。予約してあるんだ」


(同日 夜 テラス席で)


 表通りから僅かに離れるだけで、静寂が戻る。

 夏の夜風は気持ちが良い。


 ジークフリートが予約をしたのは、涼のとれるテラス席だった。

 少し涼しくなった風に吹かれながら、冷たいレモネードで喉を潤す。

 飲んだくれていた印象と異なり、ジークフリートは私的な場所では酒は飲まない。


 そこはお祖父さまと似ているとセーラは思った。

 ノアも必要なら酒を飲むし、その味わいを楽しむこともある。


 けれど私的な場所では決して酒を口にしない。

 常に明晰な頭脳を維持したいからだ。

 ジークフリートも同じらしい。


「それでは明日の朝一番で侍女長に、最後の情報を渡しますね。

 明日は仕事納め。明後日から宮廷も二週間の夏季休暇に入ります。

 褒賞もでますから、皇都の全貴族が集まる筈。決行は明日になるでしょうから」


「明日はそなたも連れて来いと宰相は言っていたからな。

 明日で間違いない。いよいよだ。いよいよ父上と母上の仇が討てる」


 高ぶる胸の奥が熱くてジークフリートは冷たいレモネードを飲み干した。

 レモネードの冷たさが、冷徹な思考を取り戻させる。

 ジークの瞳には月明かりだけでは説明できない光が宿っていた。


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