情報
セーラは自室に戻るなり、侍女長にねちねちといびられていた。
「姫さまは宰相閣下の庇護があればこそ、こうやって皇帝城に宮まで頂いて皇帝に侍ることが出来ていることを、お忘れですか?」
「いいえ、そんなこと。なぜそのように」
怯えた様子ですくみ上がるセーラに侍女長はにんまりと笑った。
「さようでございますか?
ではどうして皇帝の寝屋からまっすぐに宮にお帰りになったのです」
セーラはおろおろと視線を彷徨わせる。
その様子を侍女長は満足気に見やった。
「そんなに大急ぎで宮からお帰りで、何をなさっているかとおもえば、昼間からご寝所でお休みなさったとか?
随分よい御身分でいらっしゃいますね」
「ごめんなさい。だって昨夜は眠れなくて、それで眠くて」
あっさりと寝屋の事情まで白状する姫に、侍女長は憐れみさえ浮かべながら言った。
「それでは昨夜は、ご自分のお役目を果たされたのですね。
それならそうと、どうして私に話してくださらないのです。
私は宰相閣下に、吉報をご報告出来るかとやきもきしておりましたのに」
寝屋の結果など、侍女からとっくに報告を得ているが、最初が肝心だ。
この姫には皇帝の箸の上げ下ろしまで報告させなければならない。
それこそ皇帝が、うっかり睦言で大事を漏らすかも知れないのだから。
セーラは既に涙目になって震えている。
そろそろ宥めてやらないと怖がって近づかなくなっても厄介だ。
そう思った侍女長は、ねこなで声で、優しく諭してやる。
「そのように怖がらなくて良いのです。
姫が素直に寝屋での出来事をお話すれば、宰相閣下のお覚えもめでたく、ひいてはシーフ殿の身もご安泰なのですよ」
「お父様が。私が失敗すればお父様が惨い目にあうのですか?」
「いえいえ、天下のフィクトス公爵に仇なすものなどおりませんよ。
でもねぇ、姫。姫は朝は必ず私の部屋に来なくてはなりません。
そこで私の質問に素直に答えてくだされば、後はお好きに暮らして頂いてよろしいのですよ」
そう言えばようやくセーラに生気が戻った。
「申し訳ございません。私がまっすぐに宮に戻ったのがいけなかったのです。
これからは、すぐに侍女長のお部屋に参ります」
侍女長は満足すると肩をそびやかせて帰って行った。
侍女長が部屋を去ると、セーラは薄く笑った。
間諜にしても、あれは下の下だ。
本来間諜だと悟らせてはならないのに、ああもはっきりと自分の威風を示すとは。
どうやら宰相はかなり侍女長を信頼しているらしい。
それなら侍女長をつかって宰相の行動も操りやすい。
セーラはどんな情報を侍女長に持たせてやるか考え始めた。
周囲はほとんど侍女長の配下だろう。
侍女長に叱責されるセーラを、蔑むような視線で見ている。
セーラはその中の一人に目を止めた。
「やはり少し休みたいの」
その侍女は素早くセーラに寄り添って、寝所に付き従った。
セーラは小声で確認する。
「お父様は?」
「あとひと月はそのままで。
皇帝陛下に後見を付ける名分にはある程度の御乱行が必要とのことです。
できれば三月後に決行したいと」
「ジークに伝えておくわ。
明日からは昼も私を呼び出させます。
侍女長を調べて、宰相がどこまで侍女長の言葉を鵜呑みにするか知っておかなければ」
「御意」
女はするすると下がっていった。
セーラはその後、これ見よがしにぐっすりと眠ったから、起きたのはとっくにお日様が中天に昇っている時刻だ。
「姫様。お目覚めになられましたか?
皇帝陛下がお昼をご一緒にと仰せです」
「分かりました。準備をお願い」
さすがに皇帝直属の諜報機関『漆黒の梟』。
監視の目をかいくぐって、既にジークに連絡を取り次いだらしい。
そこまで急がなくても、夜には会えるのに。
そう思って、そこでセーラは知らずに頬を染めた。
まぁ、それでよかったのだ。
侍女たちは逢引きに頬を染める、純情な姫に見えていたのだから。
ジークフリートは庭園の東屋に午餐を用意させ、セーラの姿を認めるとすぐに人払いをした。
皆素直に下がっていく。
庭園で聞き耳を立てるのは難しいし、なにもそんな事をせずとも、会話の内容はセーラが包み隠さず話すのだから。
セーラはジークの隣に座すと、それでも聖女の力を使い浄化魔法を薄く広げた。その浄化魔法で浄化された者がいた気配はない。
そして聞くものがいないと確認すると初めてジークを見た。
「ジーク、いきなりの呼び出しで驚いたわ」
「だってセーラ。シーフが決行は三月後だなんて言うんだ。
僕はもう、一日だって待ちたくは無いというのに」
「ジーク、貴方だって分かっているでしょう。
宰相の狙いはジークの皇帝としての不備を理由に自分が後見することよ。
さすがにそれには名分がいる。
せめて三月ぐらいは暗君を証明しないと、皆納得しないわ」
「分かっている。奴が後見を名乗り出た時が勝負の時であること位は。
だからなるべく早く女に夢中の暗君の噂をたてたいじゃないか」
「まあ、そんな事だとはおもったけれどね。侍女たちは逢瀬だと思っているのに。色気のない話ばかりだとは、思ってもいないでしょうね」
「ご希望に沿う用意は何時でもしておりますよ。マイレディ」
「茶化さないでよ。ジーク。それにしても監視が多すぎるわ。
せめて半分は手の者に入れ替えないと動き辛いわね」
「ああ、それはシーフが動いている。
女どもは縁談。男どもにはより高給の仕事の話が、転がり込むはずだ。
宰相も油断しているから、半分くらいなら気にしないだろう。
何しろ末端の部下に目を配る奴じゃない」
「そうね。それなら侍女長の情報を宰相が信頼するように持っていきたいわ。侍女長の情報とおりに事が進めば、最後には裏どりすらしないで鵜呑みにするはずよ。
何かいいネタはないかしら?皇帝陛下」
「それなら、これはどうだ。これで、お前と侍女長、ついでにシーフまで信用させられる」
ジークフリートは面白そうな顔で情報をセーラに寄越した。
昼食会の帰りセーラはまっすぐ侍女長の部屋に行きました。
「今戻りました。侍女長様」
セーラが身を低くすると、侍女長は言った。
「公爵家の姫君が、そのように遜るものではございませんよ。
さあ、あちらにお掛けになって」
セーラは侍女長と向かい合って座る。
「それで皇帝陛下は何と仰っていましたか?」
セーラはもじもじと言いにくそうに言う。
「あの、私が可愛いと、それに愛しているとも仰いました」
侍女長のこめかみはぴくぴくとひきつり今にも怒鳴りだしそうだったが、ねこなで声で続けた。
それを見てセーラはこっそり溜飲を下げた。
「あらまあ。お熱いことで。そのような睦言まで報告しなくてよろしいのよ。なにか臣下の事で、仰いませんでしたか?」
「えーと元帥がどうとか」
「元帥とはダンテ元帥の事ですね」
「ええ、そんな名前でした」
「それでダンテ元帥がどうしたというのです」
侍女長が大きな声をあげるとセーラはすくみ上がってしまった。
「ごめんなさい。わからないです」
侍女長は自分のこめかみを真剣に揉むと、心を静めるように大きく深呼吸した。
そしてようやく猫なで声で聞いた。
「怒っていませんよ。ゆっくり思い出してごらんなさい。
ダンテ元帥ですよ。ダンテ元帥が何かするのですか?」
侍女長が宥め空かして手にした情報はささやかなものだったが、それはもしかしたらフィクトス公爵の本性を確認できるかも知れないものだった。
フィクトス公爵がこの情報を宰相閣下に報告すれば白。
しなければ、今までの態度は擬態ということになる。
面白い情報を手に入れて侍女長はほくほく顔だったからセーラは面白がっていた。
今回渡したのは、たいした物ではない。
宰相ならばすぐにもみ消せる程度の話。
ダンテ元帥が宰相が賭博場を経営している情報を得たという話だ。
むろん貴族の賭博経営は禁止されている。
それを気に食わないが、親友の息子フィクトス公爵に調べさせるつもりだという話。
これをフィクトス公爵がおっとり刀で宰相に報告すればフィクトス公爵が宰相の手ごまであることが明白になる。
宰相は名義を配下の平民に書き換えれば済むし、ダンテ元帥が振り上げた拳の向かう先は、宰相からフィクトス公爵になる。
ダンテ元帥とシーフ公爵。
もっと言えば、クリスト辺境伯家とフィクトス公爵家の反目が決定的になる。
アストラル皇国の鉾と盾。
この両家の断絶。これは宰相家にとっては濡れ手で粟の珍事になるだろう。
もしもこの話をシーフが隠し、まして調査をするようなら、今までのシーフの言動は完全な擬態。
宰相家としては、全力でフィクトス公爵を潰しにかかる。
今、時勢は貴族会議にある。
さしものフィクトス公爵家も、家名を残せれば重畳ということになる。
セーラには情報を得て高笑いする宰相の様子が見える気がした。
この調子で、小さな情報を小出しにしてやれば、最後情報はパクリと丸のみするはずだ。
さあしっかり飲み込みなさい。セーラは不敵な笑みを浮かべるのだった。




