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星の欠片  作者: こもれびの空


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ジークフリート

 ライアン皇帝・ベルベット皇后・ノア公爵・サトリ公爵夫人・彼らの葬儀が荘厳にしめやかに行われた。


 ベルベット皇后は、長年皇帝ライアンを支え続けた過労の為に逝去したと発表された。


 ベルベット皇后が長く皇帝陛下を支え続けていたことは周知の事実であったから、民衆は国民の母である皇后陛下の死を悼み、賢婦・賢母と称えた。


 その賞賛の声を苦い思いで、ジークフリート皇帝は聞いていた。


 確かに母上は立派であっただろう。 

  だがジークフリートは母上の、虚ろな顔を見ている。 

  それには痛ましいほどの苦労の後が刻まれていた。


 だからジークフリートは思う。  

  賢婦・賢母の美名のもとに、女性に忍苦を求めすぎてはいないだろうか?       

  軽やかに笑う女性がいる家庭の方が幸せだとはいえないだろうか?


 わかっている。 

  皇家は平民と同じような家庭生活など、望めないことは。 

  ジークフリートも守役に育てられているから、母に甘えた記憶も乏しい。 

  逆に言えば、母は幼い子供を手放すしかなかったということだ。


 ジークフリートは己の婚約者であるセーラを想った。 

  彼女が母のように、艱難辛苦の人生を送るとしたら? 

  それは耐え難いことの様に思われた。


 伝統とは、石垣のようなものだ。 営々と積み上げた石垣も、僅かな綻びで跡形もなく崩れるだろう。


 けれど。それでもとジークフリートは考えた。 

  伝統の中にも少しは新しい風を入れても良いのではないだろうか?


  ノア には深く感謝している。あの侍女長もそうだ。 

  深い忠誠。 

  だがジークフリートはまだ若い。 

  老臣たちの忠誠は時にジークフリートを息苦しくさせるのだ。


 そのような迷いの中。


 民の賞賛の声は、皇城の中にいてさえも聞こえてくる。 

  不思議なことに、賞賛の声はジークフリート皇帝の心を温めてはくれなかった。


 逆になぜか心がいら立っていく。 


  ジークフリート皇帝は、己の手にある酒杯を眺めた。


 喉を焼くような龍の酒精が、部屋に充満している。 

  近侍たちが、気遣わしげに酒杯と空けた酒瓶をチラリと見ることにも気がついている。


 くっそ!ジークフリートは酒杯を投げ捨てた。 

  皇帝になっても、近侍の顔色すら気にしなければならないのか? 

  ジークフリートは常に監視の目に晒されていた。 

  絶え間ない監視の目。それがジークフリートを悩ませている。




  荒ぶる皇帝の様子はシーフにも伝わっていた。  

  シーフは後悔していた。 

  あの夜、自分が父親の通夜の為に皇城を空けてしまった夜。 

  あの夜からジークフリートは変わってしまった。


 あの夜何がおきたかは、報告を受けた。


 自分が温かい温もりを受けていた丁度あの時、ジークフリートは母が壊れていくのを見つめていたのだ。


 クラウスが側にいてくれたらしいが、人間と龍では感覚は違う。 

  ジークは孤独をひとりで耐えたのだ。


 クラウスは大量の酒をジークフリートに贈って寄越した。 

  少しでも慰めになればとの言葉を添えて。


 だが龍の酒は酒精が強い。人間には毒酒になる。 

  それでもジークフリートは、その酒を手放そうとはしないのだ。


  シーフはダンテ元帥を訪ねることにした。 

  先ぶれをだすと、ダンテがジークの部屋に来ると言う。 

  待つほどもなくダンテがやってきた。


「お呼び立てして申し訳ありません、元帥閣下」


 シーフの挨拶を無視したダンテは、椅子にどっかりと座ると、視線でシーフを促した 

  シーフが向かいに座るのを待ちかねるようにダンテが口を開く。


「気をつけろ。今お前が失脚したら皇家はどうなる? 

  軽々しく私と会おうとするな。 

  私は守旧派の頑固者だと、宮廷中から嫌われているのは承知しているだろう。 

  私は良い。だが嫌われ役はひとりで十分だ。 

  皇帝陛下が揺らぐ今、お前が側近から外されたら、皇帝は本当に潰されるぞ」


 シーフはハッとした。そのことは承知している。 

  けれどもジークの様子が急に変わってしまって、シーフも不安なのだ。 

  だからつい経験豊富なダンテ元帥を頼ってしまった。


「いいか。宮廷はいま貴族会議の連中が掌握している。 

  あんな奴らを、よくノアが、あしらって来たものだと感心するよ。 

  皇帝も今は旧臣に会おうとはしない。 

  会えるのはお前だけだ。わかるな?」


「はい、わかっています。ダンテ。 

  でも、今のジークは見ていられない」


「クラウスの所に行け!無理にでもセーラを連れ帰れ。 

  今ジークを癒せるのはセーラだけだ。 

  聖女が戻れば、ジークの評判もあがり、少しはジークも落ち着くだろう」


「それから、シーフ。お前はノアではない。 

  そんな顔をするな。おまえの優秀さは俺もよく知っている。 

  だがな。死んでしまった英雄と勝負は出来ないぞ」


「身を低くするのだ。敵が勢いに乗っている時は、静かに潜伏して時を待て! 

  いいか、何が起きても足元をすくわれるな。 

  必要なら相手の足でも舐めてやれ。わかるな?」


 シーフは苦笑した。


「この私が、貴族会議の屑野郎共の足を、舐めるのですか?」


「おうよ!宮廷とはそう言う所だ。 

  今は何が何でも生き残れ。 

  フィクトス公爵家の威信なぞ捨ててしまうのだ」


 何という事だろう。 

  戦神とまで言われる英雄の助言が、相手の足を舐めることだなんて!


 シーフはにやりとふてぶてしく笑った。 

  先ほどまであった迷いは払拭されている。 

  その顔はまさしくノアを彷彿とさせるものだった。


 ダンテも息を吐いた。 

  この小童を納得させられるかどうかで、皇国の未来が変るのだ。 

  だが賭けには勝った。此奴はひよこから鳳雛になった。


 ダンテがチラリと目線で示す。 

 どうやら敵の犬どもが様子を伺いに来たようだ。


「ふざけるな!」


 シーフは大声で怒鳴ると、テーブルを足蹴にした。



「馬鹿にするな!出ていけ! 

  父上の友だからと下手にでれば、なめやがって。 

  俺はフィクトス公爵だぞ」


 ダンテも言い返す。


「名前だけの坊主は何を偉そうに。 

  お前がノアの子供でなければ叩き切ってやるところだ。 

  今日の所はノアに免じて命はとらぬ。 

  ありがたく思え」


 そう言うなり、ずんずんと帰っていく。


 部屋は殴り合いでもしたかのように、家具が散乱している。


「さっさと片付けろ!」シーフが息巻いている。




 それほど待つこともなかった。 

  近侍が、宰相閣下の来訪を告げたのだ。


 宰相は大仰に驚いた振りをする。


「これはどうなさいました。狼藉者でも」


「宰相閣下。よく来て下さいました。 

  ええ、そうなのです。私が父上と比べて出来損ないだと暴れたのですよ。   

  あの乱暴者が」


「何という事を。シーフ卿は、典雅でいらっしゃいますからなぁ。 

  乱暴者にはシーフ卿の品の良さが分からないのですよ」


 宰相の瞳が意地悪そうに光っている。


 これは罠だった。 

  卿と呼び掛けるのは、自分より目下の相手につかう言葉だ。 

  又は高位貴族でも、爵位を継がぬ若年者に使用する。


  公爵あいてならば、閣下と呼ぶべきなのだ。


 シーフは阿るように頷いた。


「はい、宰相閣下の仰せの通りです。 

  だいたい父上と比べるのが失礼ですよ。 

  許されたとはいえ父上は罪人なのですから」


 宰相がにやりと笑った。 

  宰相の目には若造が庇護を求めて来たように見えた。 

  それなら飼うのも一興かもしれないと宰相は思った。


「いやいや。私はシーフ卿を尊敬しておりますよ。 

  よければ、私の子飼いを側近に差し上げましょう。 

  分からぬことはその者に相談なさるとよい」


 相手も海千山千の宮廷人。 

  側近を出すから命令に従えと言って来た。


 シーフは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。宰相閣下。どうぞよろしくお願いします」


 そしていかにも物慣れぬように、きょろきょろしていたが、やがて立ち上がると、見事な宝剣を持ってきた。


 これで城の一つも建てられそうな代物だ。


「たいした物ではございませんが、これは父上が生前大切にしていたもので、どうぞお持ち下さい」


 宰相はぎょっとした。


『あの宝剣はアーサー皇帝の遺品ではないか。成る程、こやつは本物の臆病者に違いない』


「いやいや、父上の遺品を頂くなど……」


「僕は、いえ、私は剣を使いませんので、宝の持ち腐れです。 

 こういうものは、宰相閣下のような方が相応しい」


 そうして憧れるような顔で宰相をみる。 

 心なしか頬までほんのり赤いのだ。


 宰相閣下はほくほく顔で帰っていった。 

 シーフが顎をしゃくると影が後を追う。


「掛かりやがった。あの剣が宰相家にあること。 

 その事実がいずれ奴の致命傷になる」


 シーフはそう呟いて、ぐったりと座り込んだが、ダンテの指示を思い出して、そのままクラウスの元へと転移した。

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