理
大精霊がノア達を連れて来たのは、静かな世界だった。
一見すると野原のように見えていたそれは、全て美しい宝玉だったのである。
花も草木も木々さえも、いくつもの宝玉の集合体でしかなかった。
空があるのか、それともないのか。
ただ、遥か遠い世界に星々が瞬くのは感じられる。
けれどノア達のいる場所には、柔らかい光が満ちているのだ。
大精霊は何も言わない。
ただ静かに歩いていく。
その時。ノアは気がついた。
自分たちが歩いている訳ではないことを。
魂は自分を元の姿で認識している。
けれど、実体がある訳ではないのだ。
時々、ふわり、ふわりと真っ白な宝玉が、吸い込まれるように空に漂い、何かに導かれるように、消えていく。
ふわり。ふわり。と浮き上がっては消えていく白い宝玉。
ノアは尋ねずにはいられない。
「あれは、あの白い宝玉は人の魂なのでしょうか」
そう尋ねた時、ライアン皇帝が嬉しそうに一つの宝玉を手に取っていた。
それはすこし奇妙な宝玉だった。
多くの宝玉が色合いは違っても一色であるのに、ライアン皇帝が手にした宝玉は、光があたるたびにその色を変化させているのだ。
ライアンは、まるで探していたものを見つけたかのように、幸せそうに微笑んだ。
そうしてそれを握りしめると、すぅっと宝玉の中に消えていった。
ライアン皇帝を取り込んだ宝玉は、居場所を求めるかのようにしばらく浮かんでいたが、やがて大きな大樹の中に自分の居場所を見出したようだ。
大樹の一部となって、キラキラと煌めいている。
「私たちは、働き手として連れて来られたわけではないのですね」
そう言うノアの傍らで、サトリが可愛らしいピンクの花の一部となって消えた。
「そうだ。ここは魂の休息の場所。転生を決めるのは、それぞれの魂だ。」
「それでは何故、二百年という縛りに同意なさったのですか?
ここは安息の地。そして再び生まれるのが自分次第だと言うのならば」
「ノア。そなたは何でも知りたがる。それがお前の本質だ。
責めてはいない。ただおまえのありようを伝えただけだ」
「ノア。そなたは既に決めていただろう?」
「私が、何を決めていたと仰せなのですか」
真っ直ぐに大精霊を見つめて、ノアは再び問いを発する。
「アーサーを助けてやりたいと思ったのだろう?
あの小さな黒龍となったアーサーを」
はじめてノアはたじろいだ。
「では、やはりあの黒龍の赤子はアーサーだったのですね。
だとすれば、私の孫娘セーラーはリゼだ」
「アーサーは執着が強すぎる。
龍となるのは、番への執着が強い者だ」
「アーサーが人間に戻ることはないのでしょうか」
「さぁな。執着を捨てられれば、やがては人として生きることもあるだろう」
その時、真っ赤な宝玉が矢のように空に飛んでいった。
「通常ならば。過去を癒し、真っ白な無垢の魂となって、また旅立つものだ。
だが時々、強い執着や、強すぎる恨みや想いゆえに、無垢になることを拒む者たちがいる。あのように」
大精霊は飛び立った赤い宝玉を憐れむように見た。
ノアもその赤い宝玉を静かに見送った。
ノアの瞳には哀悼の気持ちがにじんでいた。
ノアは大精霊にまた質問を始めた。
尋ねずにはいられない自分自身に苦笑しながら。
「どうして仕事などと戯言を?」
「本来ならば、裁断を仰がれれば、理を乱していないものは、連れて帰れぬ規則だ。
私も神に仕える者でしかないのだ。
だが置いていけば、残酷な死が与えられる。
一介の精霊にそれを止める術もない」
「助けてくださったのですね。我らを」
「良い目をしておったからな。そなたも、あの者たちも」
大精霊はそう言って大樹と花を見た。
「あのような戯言で神の目を欺くことなどできはせぬ。
だがそなたたちはここに来た。
子供騙しの言い訳だが、理をすり抜けることくらいは出来たのだろう。
神が見逃してくださっただけの事だ」
「ノア。そなたは輪廻なぞ望んでいなかっただろう?
そうしたいと言うのなら、精霊としてここを管理するとよい。
穏やかな日が過ごせるだろう。
そして、それに飽きたら、この宇宙に溶け込むことも出来よう」
「はい、私は輪廻を望みません。
この大宇宙の一部になれるなら、そうしたい。
けれど……」
「アーサーか。
そなた程の者でも、執着は捨てきれぬか?
なんと人間と言うのは業の深い生き物じゃ」
「ひと時の安息の宝玉は見つけたのか?」
ノアは手にした一つの宝玉を見せた。
それは深い宇宙のように、どこまでも深い青色だった。
「そなたらしい。ではしばしの休息を取るがよい。
忠臣ノア」
その声と共に、青い宝玉は、どこまでも高い山の頂にその場所を見出した。
大精霊はしみじみと言った。
「惜しいことだ。あれほど平らに世界を見る者が、忠誠だけは捨てられぬとは」
その時天がカラカラと面白そうに笑う声が聞こえた。
大精霊は深く地面に額ずいた。
笑い声はゆっくりと遠ざかっていった。
神の許しに感謝して大精霊は立ち上がった。
その瞳は休息の時を過ごす魂たちを優しく見守っていた。




