混沌
皇都のお祭り騒ぎは止む気配もない。
ライアン皇帝を偲ぶと言いながら、今日見た奇跡を語りたくてたまらない 何といっても自分たちは、黄金の光をこの目で見たのだし、奇跡が起きた瞬間だって目の当たりにしたのだ。
民たちは、棺に群がろうとしたが、自由を許せば怪我人が、最悪は死人が出てしまうだろう。
だからジークフリート皇帝は、約束をした。
きちんと葬礼の儀式を行うこと。 そしてその後、棺は何時でも民の参拝を受ける事が出来るように、当面は解放すること。
その約束で、ようやく民は帰り始めた。どうせどこかの酒場にしけこむか、さもなければこの場に来られなかった人々に話を聞かせるために帰宅を急ぐのだろう。
約束して騒ぎが収束に向かうのを待っていたかのように、貴族会議の面々が苦情を言い立てた。
「陛下、恐れながら前皇帝陛下は、罪人の身。 それを正式な葬礼で見送るなど、許せませんぞ」
「そうです。罪人を皇家の墓に弔うことは許されません。 野辺に晒せとまでは申しませんがのう」
ニヤニヤと笑いながら、そんなことまで言い立てる。 既に目の上のたんこぶであったノアはいない。 残った若い皇帝など、いかようにもできる。 そう高を括っているのだ。
だがしかし、若き皇帝が相手をする必要はない。
「貴様らは忘れているようだから、教えてやるが、皇帝陛下は既に大精霊様に許された御身。 貴公らは大精霊様の裁断に不平でもあるのか。 それなら丁度法王猊下もご滞在中。 新たな審判を開いてもらおう。 大精霊に不満不平を持つ輩を、どうすればよいか、俺は分からぬからな」
ダンテが眼光鋭く吠えたてると、かしましく騒いでいた廷臣たちが身を縮めて逃げ出した。
「屑共が!」
ダンテは忌々しそうに吐き出すと、皇帝に向き直った。
「雑事は側近にお任せして、陛下、どうか今宵は皇后陛下の元でお過ごしください。 今宵は本来ならば通夜。せめてお身内だけでも見送ってやらねば、逝った者たちが浮かばれませぬ」
ジークフリートは深々と頷いた。
「母上が心配だ。そうさせてもらおう。 シーフ、そなたも今宵は館に帰り、主としてノアを偲んでやれ。 館の者共も、待ちかねておるであろう」
「御意」
シーフは深く頭を下げると、静かに公爵邸へと戻っていった。 忠臣たちが、待ちかねている。 噂は届いただろうが、それでも主がいれば、正式に通夜が行える。
それを見届けるとダンテは秘書官達に言った。
「ご苦労だが、急いで葬礼をせねばならぬ。 廷臣どもが、また騒ぎ出す前に。 連日の激務で疲れていようが、もうひと踏ん張りしてくれ」
ジークフリートの側近たちは、慌てて応えた。
「元帥閣下に言われるまでもございません。 厳粛な葬礼を行って、アストラルの品位を佞臣どもに見せつけてやります。 時間がないので、他国の王侯貴族は招待できませんが」
「よい。我らが皇帝だ。我等だけで送れば良いのだ。 虚礼など望む方ではあるまい」
そう言われて側近たちは深く頷いた。 それを見届けて、ダンテは法王の元に急いだ。 あの時、実際に何が起きていたのか? 知っているのは、悪友ミカエルのみであったから。
最初ダンテは取次を拒否された。 当然だろう。あれほどの大魔法を使ったのだ。 こんな時に法王を訪ねるほうが無茶なのだ。 しかも先ぶれも無しに。
しかしダンテは静かに言った。
「法王にダンテが来たと伝えるだけでよい。 返事が無ければ、このまま帰る。 だから一度だけ、取り次いでくれ」
戦神にここまで乞われては仕方がない。 もう既にお休みかもしれないと思いながら、法王の元に伝言を届ける。 すぐに返事が返ってきた。
なんとダンテを法王の寝所に案内せよというのだ。 ついでに寝酒とつまみも所望するという。 なんであれ法王がお元気になられたなら重畳だ。 側仕えは頬を緩めて厨房に夕食を二人前と十分な酒を出すように言いつけた。
ダンテはすぐに法王の部屋に案内された。
「来るとは思っていたが、式典が終わってそれほど経ってはいないのに。 その方、仕事はどうしたのだ」
「心配しなくても手配は済んだ。そこまで俺も無能ではないぞ」
「知っているさ。無能でノアの友が務まるものか」
「俺をノアの友と呼んだのは初めてだな、ミカエル」
「あぁ、だって悔しいだろう。 ノアが先輩と呼んだのはお前だけだ。 それに気づきもしない。忌々しい奴だよ。貴様は」
「ありがとう。ミカエル」
「ふん、ここで礼を言うのか? まあ、そんな奴だからノアも好いたのだろうなぁ」
「なぁ、ミカエル。いい加減にいじけるのは止めてくれ。 お前は、気に入らないことがあると、すぐにいじける。 厄介なのだよ。そういうところ」
「いじけたっていいじゃないか!今日はそう言う気分なのだ」
「わかった。わかったから。今夜はとことん付き合ってやる。 だから教えろよ。何があった?」
「とんでもなく馬鹿馬鹿しいことさ。 まぁ、全部話してやるよ。お前には。 皇帝に伝えなければならないだろう。 秘匿事項もあるし、朗報もある。 どちらも皇帝としては、知っていた方が良い」
「ならば先ずは朗報を聞かせろ。 こんな時だ。吉事があるならば、ありがたい」
「朗報は二つだ。 まず皇帝とノア、そして聖女は二百年後には人間界に復帰できる」
その言葉を聞いてダンテは深々と安堵のため息を吐いた。 ノアの魂は無事に輪廻の輪に戻るのだ。 これ程の朗報があるだろうか。「二百年後。 ああそうか。黒龍が復活する時期だな。息子共々」
「そうだ。多分ノアはその時期を狙ったのだ。 精霊と交渉していたからな」
「精霊と交渉なんて考えたことも無かったが。 それで二つ目の朗報は?」
「二十年後、青龍の番に、大精霊が守護を与えると約束した。
二十年後ならジークフリート皇帝もまだ四十五歳。
青龍とその番をアストラル皇国に取り込むことが出来るだろう?」
「よいのか?そのような事を教えて。 お前はルーンフェル王国の人間だろう?」
「二十年後には我らは生きていないだろう?
それに青龍をルーンフェル王国で取り込めるとも思わんからな」
「ありがとう。ミカエル。これはかなりの朗報だ。
あと二十年耐えれば、青龍と大精霊の加護持ちが力を貸してくれるだろう」
「そうとも。大いに感謝するのだな。 加護を強請ったのはおれだからな」
「ミカエルが大精霊を強請った?そんな馬鹿な」
「ああ、その馬鹿な話が秘匿事項さ。 ここだけの話、大精霊は、かなりちょろい。 交渉次第では、かなりこちらが優位にたてる」
ダンテは棒立ちして動かなくなった。 では今までの大精霊の伝説は何だったのだ。 大精霊は非情で、裁断されれば身体も残らず、魂まで喰うというのは?
「気持ちは分かるよ。 普通なら大精霊と会話を試みることもないだろうしな。 ノアがこともあろうに、質問を投げかけたせいで、ことのほか物分かりが良いことが判ったのだ」
「もっと詳しく話してくれ。 いったい何がどうしたらそんなことになったのだ」
話を聞き終わって、ダンテも唖然とした。 今まで何を信じてきたのだろう? 常識を逆さまに振って、かき混ぜられた気分だ。
「分かった。お前がいじけたくなる気持ちは、よく分かる。 法王になるまでに、多くの修行を重ねて鍛錬してきたのも、大精霊召喚の義で、大精霊と話すためだったよな」
「そうとも。 大精霊を召喚しても、あまりの威風と輝く光のせいで、ほとんどの人間はその姿を見ることが出来ない。 万が一にも大精霊召喚の義で、大精霊を見ることも話すことも出来なければ法王失格。 それ以前に召喚した大精霊に取り込まれてしまうと、必死に修行したのだぜ。俺としては!」
「それがただの仕組みでしかなかったと。 しかも大精霊の交渉術は赤子以下。 ぐれてもしかたないよなぁ」 すっかりいじけてしまったミカエルを見て、ダンテは最初にミカエルに出会った時の事を思い返していた。 ミカエルは男爵家の子。しかも平民からの成り上がりの家の子だった。 この時期、諜報機関「白星」が国家に取り込まれ、それに伴い多くの貴族家と騎士爵家が誕生した。
ノアは、成り上がりの貴族家が学院で問題を起こすことを恐れ注視していた。何しろ白星の長は実質アーサー皇子であったし、ノアはアーサー皇子に瑕疵が付くことを嫌う。
ところが成り上がり組は、実に見事に学院に溶け込みその存在すら希薄であった。
「面白いじゃないか」 そう言ったノアの顔は忘れられない。 可哀想に。これで誰かがノアに取り込まれる。 そう思ったことを鮮明に覚えている。
成り上がり組をまとめ上げ、巧みに存在感を消させていたのがミカエルだった。 ミカエルは異常とも思えるほど高位貴族を避けていたが、ノアに叶う筈もなく彼の手に落ちた。
ノアはさらりと当然のように言った。「ミカエル、君の神聖力はとても高い。 卒業したらミゼラブル大聖堂の法王に仕えなさい。 必ず法王位に就くようにね」 ミカエルの運命はそこで決定し、ミカエルは学院時代から徹底的に神聖力を磨き上げた。 それこそ学院生から、惨すぎると罵倒され三凶星とあだ名される原因を作るほどに。 その努力の果てに、満を持して行った大精霊召喚の儀の結果がこれだ。 ミカエルがやさぐれても仕方がないとダンテは思った。
「それで秘匿事項と言ったが、この件を教団に伝えないのか?」
「嫌だね。誰が教えてやるものか。 それに教えたら、真面目に修行しなくなるだろう?」
「だったら、なぜ俺に教えてくれた?」
「言いたいに決まっているだろう。こんな面白い話。 ぶっちゃける相手が欲しかったのだよ」
「おい、それでは、俺は誰にこの話をぶっちゃければいいのだ?」
「知るか!そんなこと。 俺は気が済んだ。後は、お前が自分で考えろ」
「それはずるくないか?」
「ずるいに決まっているだろう。おれはずるがしたかったの」
「あー。もう。開き直りやがって!こんな時にノアがいたらなぁ」
「おい。忘れているようだが、元凶はノアだからな。 ノアが質問さえしなければ、こんなことにはなってはいない」
「はぁー。しかたねぇ。 もう全部ノアにおっかぶせてしまおう。 どうせ英雄だのなんだと言われているのだ。 ノアの至誠に感動した大精霊が、加護を約束し200年後の再誕も確約した。よし、これで行くぞ」
「あぁ、勝手にしろ」
親友を悼むどころか、実に殺伐とした酒宴の幕がこうして開いたのであった。




