大精霊
(当日 午後三時)
一応囚人ではあるので、騎士にでも拘束されるのだろうとノアが覚悟していたら、迎えにきたのは確かに騎士たちではあったが、彼らはあの最後の戦い、時の女神との戦に臨んだ懐かしい老兵たちであった。
皇帝と皇后陛下。そして聖女であるサトリは、一足早くジークフリートの親衛隊によって丁寧に会場に案内されていた。
自分だけが残された意味が分からなかったが、どうやら彼らが最後の案内されたためであったのだ。
この皇城から会場となっている神殿広場まで、通常ならばそぞろ歩きで三十分の距離だ。その距離をノアは馬車で進む。
天蓋のない馬車であったから、周囲の様子は見たくなくても見える。
沿道に多くの民たちが並んで、花びらを撒いてはノアを歓迎している。
それをいかにも誇らしそうに老兵たちが歩くものだから、民の興奮はいやがうえにも高まった。
プロイセン鉱山の戦いは、既に多くの吟遊詩人によって歌われ、辻説法師たちの好んで語る話となっている。当然その戦いに参加した老兵は、一兵卒に至るまで名前が知れ渡っている。
どうやらお気に入りの兵士が居るらしく、民は自分の贔屓の兵が通ると嬉しそうに名前を呼ぶ。
けれどこの戦いの第一人者は、やはりライアン皇帝であり、そして陰でこの戦いの指揮をとったノアであった。
ライアン皇帝がジークフリート皇子に、皇国の未来を託すシーンは一番の名場面だ。よく子供達がそのセリフを名調子で語ったりしている。
そうして現れた瀕死の黒龍。 それを画策したのは、名参謀ノア。 黒龍が明かした若くして亡くなった悲劇の皇后ルーナ。
物語要素が多すぎて、劇作家はどのシーンを中心にすえるか悩むほどなのだ。しかもその英雄皇帝ライアンと、老参謀ノアが、今この時に精霊の審判によって儚く散る。
思い入れが強すぎて、沿道では既に涙するものも多い。ノアは諦めて、時々馬車から手を振ってはやるが、内心は辟易としている。
ライアンとノアを追い詰めた者どもの腸が、煮えくり返っているだろうと想像することで、何とか耐えている状況だ。
今やノアはまるで見世物小屋の動物にでもなった気分だ。 だと言うのに、周りをかこむ騎士や兵士まで、民達と感情を共にするのだから堪らない。
どんどんノアの心はささくれ立っていった。
「あと少しの辛抱だ。もう少しでこの茶番も終わる」
何度もそう言い聞かせて耐えるノアは、会場に到着するころには、すっかり疲弊していた。
ようやく審判の被告席に座ったときには、安堵したくらいだ。
両脇にライアンとノアを従えてミゼラブル法王が、大精霊降臨の祝詞を唱えた。
やがて五十年前と同じような、まばゆい黄金の光が、神殿広場の隅々にまで広がった。
人々は目を開けることも、立っていることも出来ずに、ひれ伏した。 勇気あるものが、あるいはこの名場面を後世に残したいと逸っていたものが、何とか首をもたげても、光が強すぎて何も見えていないだろう。
ああ、そういう仕組みなのかと、ノアは納得した。 ずっと疑問だった謎が解けたのだ。 台風などでも中心部は平穏で、雨も風も吹かない。 つまりはそれと同じ理屈だ。
この場合祝詞を唱えた法王が、この黄金の光の渦の中心点だ。 だから法王は精霊を見ることも出来れば、話すことも出来たのだ。 それは、後世にその仕組みが伝わらない筈だ。
そんな事をすれば、法王の神聖性が薄れてしまうではないか。 そして大精霊は、不思議なことにアーサー王にそっくりだった。 これには法王ミカエルも、驚いたらしい。
「まさか。アーサー王なのか?」 ミカエルがそう口走ったので、思わずノアは言ってしまった。
「まさかと思うなら言うな。そんな訳ないだろうが!」
ミカエルははっとして我に返った。 居住まいを直して、うやうやしく大精霊に語りかけた。
「お呼び立てをいたして申し訳ございません。
これなるアストラル皇帝ライアンとノア・フォン・フィクトス公爵の審判を願い奉ります」
大精霊はうんざりした顔を隠そうともしない。
「精霊を政治に利用するのはどうかと思うが。 ノアそなたは審判が恐ろしくはないのか」
どうやらこちらの思惑はお見通しらしい。 ノアはひれ伏すと言った。
「その罪も含めて審判願います」
「大精霊さま。それならば私も審判をお受けいたします」
いつの間にかサトリまでもが大精霊の前にひざまずいていた。
「聖女は光の女神の加護を受けている筈。 それでも我が審判を希望するのか?」
「はい」
サトリはひれ伏したままピクリとも動かない。 排除されてたまるかという決意が身体中から、立ち上っている。
「なるほど、そなた達は番なのだな。 そうであればわからぬことではないが」
そしてライアン皇帝を見つめた。
「そなたにも、絆があるようだが、番はいかに?」
「我が妻はこの国の母。皇后にございます。 いまだ、次の皇后が立たぬ今、妻に審判を受ける余地は残されてはおりません」
「成る程。人の子はかくも面白いものか。 良かろう。そなた達の魂は我が連れ帰ってやろう。 棺は用意されているのであろうな」
大精霊の審判では身体を残されることは、ほとんどない。 しかし伝承では、大精霊に許しを与えられると、身体はこの世に戻されるという。
ただし棺が用意されていればの話ではあるが。
ノアはヒヤリとした。 サトリの棺は作られていない筈。 しかし法王は莞爾と笑った。
「既に用意いたしております。 水晶をくりぬいて作った棺に、たっぷりの緞子を敷き詰めております」
そう言うと目の前に三つの棺を並べて見せた。
ノアがホッとしてサトリを見た。 サトリはノアを見て誇らしげにしている。 法王がノアを訪れた時、余分に作らせていた棺を持ち込むように法王を口説いていたとしか考えられない。 サトリのやつ。自分の棺まで用意していたとは。 この数日、サトリには驚かされてばかりだ。
サトリは心底この国の宮廷人たちを見限ったのだろう。 それならば仕方がない。 ジークは苦労するだろうが。
大精霊は頷いた。
「そなた達の咎は我を利用しようとしたことだ。 だからしばし我の仕事を手伝うがよい。 精霊と言うのも忙しいのだぞ。精霊不足の折だ。 人でも役に立つところを見せるとよい。 心配しないでも、適当なところで解放してやろうではないか。 その際には、番と必ず出会えるようにしてやる。 この条件を受け入れるか?」
ノアは思わず質問してしまった。
「それで、労働期間はどれくらいなのでしょう?」
大精霊はグッと詰まった。
やばいところだった。 下手をしたら、無期限労働もありえたのではないか?
ライアン皇帝が胡散臭そうな顔で、大精霊を見た。 サトリまで怪しいペテン師を見るような顔になった。
「そんな目で見るな!分かった五百年でどうだ」
どうだと言われても。 皆がお互いを見ていると、大精霊は叩き売りのような事を始めた。
「分かった四百年。 大まけにまけて三百年でどうだ! ええぃこれ以上はおまけしないぞ。二百年!」
「買った!」ノアが素早く声を掛けた。
「よし、契約成立だ。俺の部下になって二百年間働く。 人間界に戻る時は、それぞれの番と又会えるように手配する。 これで良いな?」
三人は大きく頷いた。
法王は口をあんぐり開けている。
「大精霊様。それでよろしいので?」
「本来なら、精霊界に連れてゆけぬ者たちだぞ。 理を冒してもいないのに。 それでも人間特有の、政治的理由で殺さねばならぬのであろう。 それなら、我が少しばかり助けてもらっても良かろう?」
「それならば加護を。 特別優秀な人間を連れ去るのですからな」
ミゼラブル法王はここぞとばかりに言い立てた。 この精霊はちょろいと踏んだのだ。
大精霊はしばらく考えていたが、やがて頷いた。
「よし、加護を与えよう。今ではないぞ。 青龍はまだ世にでる年ではないからな。 青龍の番となる娘に、我の加護を与える。 龍の番ならば、長生きするから、お得だろう」
確かにそう言われればそうなのだが、大精霊とは、いや精霊とはこんな商売人みたいなやつらなのだろうか?
それぞれの頭にクエスチョンマークが浮かびあがったのも構わず、大精霊はほくほく顔で撤収してしまった。
大精霊が去った後には、三人の遺体が、綺麗に棺に納められていた。 それを見て人々は歓喜に沸いた。
「見ろ!棺に遺体が!」
「大精霊様はお許しになられたのだ」
「どうして遺体が三体あるのだ」
「聖女さまだ。聖女さまが命がけで許しを乞われたのだ」
「聖女さま、万歳」
「ライアン皇帝陛下万歳」
「ノア老公万歳」
三人が死んだというのに、もはや神殿前広場はお祭り騒ぎ。
劇作家や吟遊詩人、辻説法師をする人々も、大急ぎで今回の奇跡を語るのに忙しかった。
それを他所目にミゼラブル法王は、くたびれ果てた顔をしていたから、人々は法王をゆっくりと休ませることにした。
無理もない。誰もが目も開けられぬ光の中で、3人の遺体を得たのだ。
さぞかしご苦労なさったに違いない。そう思い込んでいた。




